シーサーペント汁
大男の店の厨房に、なんとも良い香りが広がっていた。
さっさとこんなところからは去るつもりだが、最後の腹ごしらえである。
「お、おいひい!?」
口の中に広がる芳醇な味わいに、マリアンヌは目を輝かせた。
「ん、悪うないぜよ。図体のわりに淡泊な魚じゃの」
以蔵もお椀に口をつけた。
野菜くずの出汁でシーサーペントの切り身をさっと煮込んだ汁である。
「しかし、まさか出島には味噌もないとはのう……おまんら意外と苦労しちょるの」
ほう、とため息をつく。すでに味噌味が恋しい以蔵であった。
「野菜のスープがこんなに美味しいなんて、長く生きてきましたが知りませんでした」
「ふっは! なあにが長生きじゃ。もっとこじゃんと食ろうて、ふとうなりや」
以蔵は知らない。
マリアンヌが彼よりも数百年以上長く生きていることを。
「太く……!? イゾーさま、ひどいです」
「おん!?」
そして土佐弁が、ときにエルフを傷つけることを。
***
【シーサーペント汁】
■野菜だし
タマネギの皮
人参の皮
キャベツの芯 等
水(500cc)
酒(50cc)
①よく洗った野菜の皮を水で煮込み、色が抜けてきたら酒を入れて強火で煮立たせる。
②清潔なさらしなどで濾してできあがり
■シーサーペント汁
シーサーペントの切り身
タマネギ
人参
野菜だし
①タマネギと人参を炒め、野菜だしで煮込む。
②野菜に火が通ったら、シーサーペントの切り身を入れ火が通るまで中火で煮込む。白身魚が硬くなるため長時間に込まない。
③塩コショウで味を調える。
***
腹を満たせば、出立だ。
「じゃあの、わしは去ぬるきに」
以蔵は立ち上がる。
さっさと京に帰らねば。
「え?」
「さっきの身請けっちゅうがは冗談じゃ。えい奉公先ばあすぐ見つかるじゃろ」
「そんな、まだお礼もしていないですっ!」
にま、と以蔵は笑う。
今日は本当に、不思議なことばかりが起きる。仲間内から揶揄される以蔵の短絡的な行動が、行く先々で感謝されるのだから。
「物の怪退治らぁて、えい土産話ができたぜよ。おマリ、達者での」
マリアンヌは大きく手を振る。
小さくなっていく以蔵の背中に、いつまでも手を振る。
以蔵もそれに手を振り返して、青い空を見上げて呟く。
「さて、目指すは京ぜ。しかしまっこと……」
……出島は広いぜよ。