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11.

 岡田以蔵は片膝をついていた。

 その表情は、絶望に似ている。


「イゾーさま」

「おマリ……すまんの。今は独りにしとおせ」


 その手に持っているのは、自ら斬り伏せたシーサーペントの切り身。


「わしは……たたきが食いたかったんじゃ」


 その切り身は、白身魚だった。

 たたきはカツオのような赤身魚に適した調理法である。


***


 おマリ、ことマリアンヌは困惑していた。

 エルフの遠見は遥か遠方を見通す千里眼に近い。いまは奴隷に身をやつしているが、399年を生きたエルフであるマリアンヌはその遠見の力で以蔵の活躍を見ていた。


 一刀のもとに巨大なシーサーペントを斬り伏せたその実力に、マリアンヌは身震いした。

 彼はただの料理人、ではない。


 しかし、沖から戻ってきてみれば、この体たらくである。

 もしかして情緒不安定なタイプなのだろうか、とマリアンヌは推測した。


「あのう、イゾーさま。たたき、というのはこの切り身では作れないのですか?」

「白身じゃあいかんき。たたきはカツオの赤身にかぎるんじゃあ」


 しょんぼりと肩を落とす以蔵であった。

 とはいえ。

 手に入れた「食材」を無駄にする、という選択肢は以蔵にはなかった。


「さっきのだしで汁にするかの」


 気味悪がってほとんどの者が手を出さなかったシーサーペントの切り身は、大きな木の葉っぱにつつまれて潤沢にある。

 さきほど野菜くずでつくった出汁にあわせれば、うまい汁になるだろう。


「出島にも味噌ばあ(くらい)はあるじゃろ」


 と。マリアンヌとともにぽてぽてと歩いていた、そのときだった。


「あの、あなたさま!」


 声をかけてきたのは、ひとりの老人とその取り巻きらしき身なりのいい男たちだった。

 以蔵はとっさに身構える。身分の高い人間は昔から天敵だ。


「なんじゃ、おまんら」


 抜けぬ刀に手を添える。威嚇だ。


「この度はっ、まことにありがとうございました!」

「おんっ!?」


 しかし、何か突っかかってくると思った老人たちは予想外の行動を起こした。

 以蔵に深々と頭を下げたのだ。


「わたくしはこの港町イトークの町長でございます。シーサーペントの討伐、まことにありがとうございます。あれは何世代も前から我が町が悩まされてきた災害魚。なにぶん素早く、攻撃も通らない鱗を持った相手です。内海まで侵入を許して被害がでなかったことなど、いままでの歴史ではございませんでした! それを……あなたはっ」

「はあ」

「さぞ高名な冒険者様とお見受けいたします、どうぞお名前を……失礼ではければ報酬もお支払いさせていただきたいっ」

「報酬かえ!」


 以蔵は目を輝かせる。

 金にはいつでも困っていた。


「ほうじゃの、物の怪退治の報酬じゃき5両、いや10両でどうじゃ!」

「リョウ?」


 町長がいぶかしげな顔をする。


「リョウ、というのは……はて。存じ上げない通貨でございますが」

「なにぃ?」


 今度は以蔵が眉を顰める番だった。


(なんちゅうこっちゃ…………出島は金も使えんのかえ!?)


 ここにきても、この場所が出島であるという確信は揺らがなかった。

 岡田以蔵。信心深い男である。


「困ったのう、じゃったら……」


 以蔵が応えあぐねていると、背後から怒鳴り声がした。


「っ、見つけたぞ!」

「ひ、ご主人様……」


 振り返ると、そこにはマリアンヌの手を乱暴に引く大男の姿があった。

 細い腕が折れそうなほどに、ひねり上げている。マリアンヌの顔が苦痛に歪んでいた。


「な、おい!」

「俺の奴隷だ、口を出すな! それとも、町長と警護隊の前でまた俺を殴るか!?」


 ギラギラとした嫌な目つきで、大男は勝ち誇ったような顔で笑う。ぶん殴られて気絶している間にシーサーペント騒動はすっかり終わっていたためか、以蔵の活躍を知らないようだった。

 ちぃ、と以蔵は舌打ちをした。忌々しい奴じゃ。偉そうに。人を虐げて。


「――ほうじゃ」


 以蔵は、町長に向き直る。


「報酬じゃけんど、あの娘っ子の身請けじゃあいかんがか?」

「ほお。そんなものでよろしいのですか」

「なにぃっ!?」

「……イゾーさま」


 大男の表情がゆがむ。

 マリアンヌが驚いたように以蔵を見ていた。その表情は、いったいどうしてと問いかけている。


「そがな子ども(おぼこ)を痛めつけちゅうがは、気に入らんぜよ」

「ふむ、エルフ族ですか。少々値は張る奴隷ですが、この度のお礼には少ないぐらいでございます」

「お、おい! 俺はコイツを高い金を出してっ!」


 町長は、にっこりと笑って宣言する。


「お安い御用ですよ。代金は町が立て替えます。そちらの方も、文句はありませんな?」

「ぐ……っ、うっ」


 男は、顔を赤くしたり青くしたりしながら、しぶしぶマリアンヌの手を放す。

 未練がましく以蔵のことをにらみつけているが、以蔵はどこ吹く風だ。所詮は、格下だ。


「ほかには本当に、お礼はよろしいのでしょうか」

「ほうじゃの。あとはちっくと路銀をくれりゃあ、えいよ。ああ、あとは……」


 以蔵は、茫然としているマリアンヌの手を引いて歩きだす。


「腹が減ったき、ちっくとおまんの店の(かまど)借りるぜよ」


 海風に、以蔵の袴がなびく。

 手を引かれるマリアンヌは300歳以上も年下の謎の男の、その大きな手をそっと握り返した。




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