10.
「はあああああああああああぁあ!!??」
人斬りの名で幕末の京を震撼させた剣客・岡田以蔵は絶叫した。
「どぅわあああぁっ!!」
「おい、兄ちゃん声がでかいぞ」
異世界の港町イトークの屈強な漁師とともに、魔術によってモーターボートのように加速する小型の船に乗せられて。腰には食材ならば何でも斬れるという謎の刀【天厨】を携えて。
「なんっじゃあああああ!!」
初めて体験する高速移動に震撼し、そして。
「ぎゃあああ!! 思うてたんと違うううう!!! 大きい!! げにまっことデカすぎるちやああああああ!!!!」
戦闘員が乗った小舟が突き進む先に姿を現した巨大なシーサーペントの姿に絶叫した。
「思ってたのと違うってなんだ、お前が乗らせろって言ったんだろうが!」
シーサーペントの体調はおおそよ30メートルにも及ぶ。
巨大な魚とウミヘビの中間のような姿に、鋭い牙をむき出しにして猛然と陸に向かってきている。
その姿を改めて認識し、以蔵は絶叫する。
「大きい魚ち言うてもっ!! かつおくらいじゃち思うたがよおおぉ!!」
かつおは大物でも1メートル前後の魚である。
その30倍の体調を持つ魚……否、モンスターの前に以蔵は改めて声の限りに絶叫する。
「ウルセェッ!!」
漁師が怒鳴った。
以蔵は猫のように肩をすくめた。
「わしは……魚が食いたかっただけじゃ……」
高速で駆動する船にしがみついて嘆く以蔵に屈強な漁師が言う。
「あ!? じゃあ、食えばいいだろ、シーサーペント」
それは売り言葉に買い言葉……まさか災害魚であるシーサーペントを食うものなどはいない。食えばいい、などというのはただの軽口だったのだが。
「おん!?」
以蔵がその言葉に、反応する。
「なんだ、兄ちゃん。いきなり……」
「食えるがか?」
「あ?」
「じゃき、あのバケモンは――食えるがか」
以蔵の目に、文字通り飢えた獣の光が戻った。
魚、食べたい。
その気持ちは――本物だった。
手にした【天厨】が、どくりと脈動したように思えた。
***
近づくシーサーペントに、何層もの小舟で編成された間に合わせの部隊に緊張が走る。
「仕留めようなんて考えるな、とにかく追い返せ!!」
「外海の警備隊は何してやがったんだ……まさか全滅したか」
「とにかく、王都軍からの支援まではしのぐんだ。陸に近づけるなッ!!」
港の男。港に、守るべきものがある男たちの決死の覚悟だ。
そのなかの一艘、海原を疾走する小舟の先端に以蔵は立っていた。
海風に、袴がはためく。
結いあげた総髪髷が風の中に暴れる。
以蔵の目が射抜いているのは、巨大なシーサーペント。
手には、どういうわけか手に入れた「食材ならば何でも斬れる」不可思議な刀【天厨】。
――斬れる。
以蔵の天賦の才は、そう告げていた。
「えいぞ。このまま突っ切れ」
「は!? おい、お前どうした? だめだ、ここはジグザグ航法で攪乱を」
「えいから突っ切れっ!!」
「……っ!」
以蔵の気迫に、船の操縦をしていた漁師が息を詰まらせる。
なんだ、何なんだこの男は。
なんだ、この迫力は。
半ば気圧されるように、漁師は以蔵に言われるがままに小舟を――荒れ狂うシーサーペントに向けて動かした。
「おまんらは、えいとこでこの舟から飛び降りい」
「当たり前だっ! こんな……自殺行為だぞっ、あんた一体……」
「騒ぐなや」
低く、以蔵はつぶやいた。
(……来る)
そっと、以蔵は【天厨】の柄に手をかける。
腰を落とし、荒れ狂う巨大魚の急所を探す。
頸部。鰓。
そこに、狙いを定めた。
直線的な動きで突っ込んでくる以蔵の乗った小舟に気づいたシーサーペントが、紅い瞳をギラつかせて一気に距離をつめんと突進してくる。
距離が詰まる。
死闘の、間合いが、やって、くる。
以蔵は「ひひっ」と笑う。
命のやり取り。
ああ、人を斬るのも同じこと。
この瞬間が、たまらない。
「……フッ!」
息遣いと、ともに。
ダン! と。以蔵の脚が、小舟の船主を蹴る。
舟の推進力と、波に乗り上げた衝撃をあわた力が以蔵を空中高くに跳躍させる。
中天に輝く太陽が、以蔵の姿を隠す。
瞬間。
屠るべき相手を見失ったシーサーペントの動きが、一瞬、鈍った。
「うおおおおおおあああああぁっ!!!」
以蔵は凄まじい気合いを発し、
「行くぜよッ!!!」
落下の力すべてをかけた一撃を。
「天ッッ厨ゥウウーーーーーーッッ!!」
その、一刀を、振り下ろす!
静寂。
「――すまんのう」
以蔵のつぶやきとともに――血しぶきがあがる。
「う、うわああ!? シーサーペントが一刀両断!?」
「あの硬い鱗を、け、け、け、剣でっ!?」
周囲の小舟に乗っていた男たちが、目の前で起きた出来事に騒然とする。
なんだ、なんなんだあの男は!
チン、と小さな音を立て【天厨】を納刀し。
そんな喧騒をよそにつぶやいた。
「よしっ、今夜はコイツをたたきにするぜよッ!!」