1.
砂埃が舞っている。
乾いた埃の匂いは、彼にとっては心が安らぐものだった。たとえそれが、見知らぬ土地であっても。
「どこじゃあ、ここは」
彼は呟く。
はるかにそびえる尖塔。
石畳の街並み。
行き交うのは、エルフやドワーフや竜人といったバラエティに富んだ種族。
そう。ここがいわゆる異世界と呼ばれる場所であると、殆どの人間が理解するのに十分な光景である。その、はずである。
たとえ彼が、日本からやってきた男であっても。
たとえ彼が、二十代半ばの青年であっても。
たとえ彼が、どんなに世情に疎くとも。
目が覚めたら、異世界にいました。
そう状況判断をくだすしかないはずの光景なのだ。
「あやかしい。まっことあやかしいぜよ」
しかし。
この街に独り佇んでいるのは――眼光鋭き和装の男である。
紺色の絣に縞の乗馬袴。
総髪髷に、腰には大小二本差し。
足元の草履は随分と擦り切れている。
サムライ。
その姿はそうとしか形容のできないものだった。
彼の名は岡田以蔵宣振。
その剣の腕は、故郷である土佐藩でも認められた超一流。
その腕により、「天誅」と称して次々と暗殺を繰り返す剣客である。
のちに日本史上に「人斬り以蔵」として名を残すことになる男であり――
「しっかし、こりゃあ……どうやって京に帰るんじゃ」
――不幸にも異世界に転生してしまった、サムライである。