妻のContinue
隆が青空を見上げていたころ…
「隆さんのところに逝くはずだったのに…どうして中学生になっているの…?」
鈴は懐かしい実家の自室で一人呟いていた。原因は姿見に映る自分の姿だ。どの角度から見ても…どんなポーズをとっても、姿見に映る自分の姿は、十代前半の少女だった。
(神様的な何かが、私に人生をやり直せって言っているの?信じ難いけど…でも、もし…もしも、本当に過去に戻れているのなら…やり直せるのなら、私はこれから…)
そっと目を閉じ胸に両手を当てて、愛する夫の顔を鮮明に思い出す。途端に胸の奥から暖かいものが溢れてきて、鈴の心を満たしていく。
(…隆さんともう一度出会うことができる!隆さんと一緒にいられる!…もう二度と離れないわ…ずっと側にいて…前世で出来なかったことをたくさんして…特に子どもは必須…子ども…隆さんと私の子ども…うふっ…ふふっ…ふふふっ)
自身の下腹部を優しくなでながら、まだ見ぬ我が子に思いを馳せる。幸せいっぱいの未来を想像して、だらしなく頬が緩む。姿見の前で体をクネクネさせながら妄想の深みに嵌まっていると…突然、部屋の扉が叩かれた。
「鈴ちゃん、起きてる?ご飯できたから早くいらっしゃい」
(これは…お母さんの声…懐かしい…)
母である『堀内 香澄』の声を聞き、思わず懐かしさがこみ上げてくる。香澄は借金取りのヤクザ達に捕まった時も、母娘で陵辱されていた時も、ずっと娘である鈴を力が及ばないながらも守ろうとした強い母であった。結局、母娘は引き離され行方知れずとなってしまったが、鈴の中での香澄は立派な母親の姿として脳裏に刻まれていた。
「はーい!起きてるから、すぐに行きます」
返事を聞いて満足したのか、扉の前から足音が遠ざかっていった。鈴は食事に行くためドアノブに手をかけた瞬間、大事なことを思い出して硬直した。
(お母さんが無事でいるってことは…あの男も無事でいるってことよね)
「はぁ…憂鬱だわ……」
深くて重い溜め息をつくと力なく扉を開けて、朝食が準備されているであろうリビングに向かった。
「お母さん、おはようございます」
「おはよう!鈴ちゃん」
鈴がリビングに入ると香澄の姿が見えたので、挨拶をして席についた。正面に座る母の隣に新聞を広げて読み耽る男性がいたが、まるで存在していないかのように無視した。すると、新聞が畳まれ困り顔の男性が顔を覗かせた。
「鈴?お父さんには挨拶してくれないのかい?」
鈴は咄嗟に父親を名乗る男の胸倉を掴み上げたい衝動に駆られたが、正面に座る母の笑顔を見て思いとどまった。両手の拳を握り締めて耐える。
「…おはようございます。お父さん…」
「うん、おはよう。鈴」
自分の名前が呼ばれた瞬間、握り締めた拳にさらに力が入る。鈴は、この父親を名乗る男『堀内 公平』を心底憎んでいた。なぜなら、鈴と香澄を地獄に落とし、隆と作り上げていくはずだった幸せな未来を壊した男だからだ。
(この男をどうにかしないと…また悲劇が繰り返されてしまう…)
朝食に手をつけながら、実の父をどう排除するか考える…が、朝食が終わってもこれといった名案は浮かばなかった。しかし、愛する夫と愛する母、そしてまだ見ぬ我が子のため、父を排除し幸せな未来を掴む決意を固めた。
「ごちそうさまでした。…そろそろ、時間なので学校に行きます」
「お粗末様でした。えぇ、気をつけて行ってらっしゃいね」
あらかじめ玄関に用意していた荷物を持つと鈴は家を出た。雲一つ無い青空が視界に入り、思わず空を見上げる。美しい日本晴れを見て急に愛する夫の笑顔が頭をよぎった。この青空の向こうに隆がいると考えると、思わず愛する夫に語りかける言葉が口から衝いて出た。
「隆さん、愛しています。今度は絶対に離れませんからね…」