【一話完結】 感情を捨てる魔女と、贈る騎士団長。
騎士団長って響きがもう好きなんです。
あるところに、千年の時を生きる、寿命のない魔女がいました。それはそれは綺麗な黒髮を持つ、黒曜石のような瞳をした小さな少女でした。
魔女は特別な力を持っていました。
それは、自分がなったことのある感情の数だけ魔法が使えるというものでした。
魔女は喜びました。自分で人を幸せにできることに気づいたからです。
早速魔法を使って見ました。真っ白な何も書いてない本に「感情録」と名前をつけ、自分がなったことのある感情が、魔法で浮かび出てくるようにしたのです。
そのには、喜び、感激、期待、と沢山の感情が浮かび上がってきました。
魔女は一つ魔法を使ったので、感情録の「喜び」を消しました。
さて、魔女には寿命がないと言いましたが、魔女は不老不死ではありませんでした。魔女が死ぬ時、それは魔法が使えなくなった時でした。
けれど、魔女はそんなもの気にしませんでした。なぜなら、魔女はもう千年を生きたからです。
魔女は町に行き、沢山の人の願い事を叶えました。
時には病気を治し、時には建物を造り、時にはご飯だって作りました。
初めはとても幸せでした。人々の願いを叶えることに達成感を感じ、感謝されることで充実した生活を感じることができたのです。
しかし、だんだんと魔女はその気持ちを感じなくなってしまいます。
願いを叶えるということを作業と感じ、生活が機械化してきたからです。
到頭、魔女は感じてきた達成感と、充実感を魔法の代償にして失ってしまいます。代償にした感情はもう感じることはできません。
そんな時、ある国の王様が魔女の所へ来ました。そしてこう言いました。
「魔女よ、貴様にはあと何個感情が残っているのだ?」
魔女は感情録を取り出し数えてから答えます。
「あと、6つです」
王様は少し目を見開いた後こう言いました。
「貴様には王命を授けよう。一つ、3日後に行われる隣国との戦争に同行し、勝利すること。二つ、その戦争で傷ついてしまった我が騎士団の強者がいれば、早急に治すこと。
三つ、今から我が騎士団の団長を務める者の右腕の傷を治すこと。
もし従わないのならば、貴様を捕らえ王命に背いた反逆罪で牢に入れることになる」
魔女は大人しく頷きました。王様の偉そうな口振りに怒る感情はもう失くしてしまっていたのです。
王様はニヤリと笑い魔女の腕を強く引っ張り、無理やり馬車に乗りました。逃げると困るからな、そう言って魔女を舐めるように見ていました。
魔女は何も感じませんでした。いえ、感じられませんでした。ただ、この戦争が終わったら死ぬのかな、くらいしか頭にありませんでした。
馬車から無理やり降ろされ、連れてこられたのは大きな部屋でした。白いシーツが部屋を区切り、その中に病人が横たわっていました。魔女は一人の男の横に立たされました。ベッドから脚がはみ出るほど身体が大きく、赤銅色の髪を乱雑に切った彼方此方に傷がある大きな男でした。
王様がいなくなった時から付いてきていた騎士たちは言いました。
「こちらが団長だ。早く治して差し上げろ」
魔女は素直に従い、願いました。
どうか、この騎士団の団長さんの傷が治るように、と。
すると、部屋が光りだしました。キラキラと幻想的に輝く光が集まりだします。そして、ゆっくりと寝ている団長の腕に消えていきます。光が消え去った後、団長の腕を見ると、そこには、傷ひとつない逞しい腕がありました。
「ん……ここは?」
「団長!! 気がついたんですね!!」
起きたらしい団長と喜ぶ騎士の隣で、魔女はそっと本の中にあった「不安」という文字を消しました。
さて、そろそろこの部屋を出よう、そう思った魔女でしたがそれはでしませんでした。起きたらしい団長に腕を掴まれたからです。
「君は……?」
団長は思わず掴んでしまった腕を離し魔女を見ました。
「もしかして、君が助けてくれたのか……?」
別に隠す必要もなかったので魔女は頷きました。
「あぁ、そうか。ありがとう、本当に感謝する。俺はこの腕がないと生きていけないんだ。君は命の恩人だ。本当にありがとう」
団長は魔女の手を両手で握りながらお礼を言ってきました。
「本当にありがとう。今度お礼をしよう。あぁ、そうだ、自己紹介が遅れたな。俺はジーク。聞いたかもしれんが、この国の騎士団の団長を務めている。君は?」
魔女は考えました。なぜなら、これまで魔女に名前を聞く人がいなかったので、名前がなかったのです。もしも、魔女が「驚き」という感情を捨てていなかったらそれはもう驚いていたことでしょう。
魔女は言いました。
「みんな、私のこと、魔女と呼ぶ。それ以外に私を表すもの、ない」
それを聞いたジークは一度、ふむ、と頷いてから言いました。
「それでは、「ハル」と呼んでいいか?君に助けて貰った俺の命がまた始まる今日この日を忘れないように、君を心に留めておきたいから、季節の始まりの春、から取ったのだがどうだろう?」
「ハル……」
魔女は何回も何回もその言葉を繰り返しました。
「嫌だっただろうか?」
そんな魔女を見てジークが少し焦ったように聞き返します。
魔女は少し考えます。こんな時、感情を失う前の私だったらどうするだろうと。
きっと、嬉しいのではないか、そう考えた時、魔女はまだお礼を言っていないことに気がつきました。
お礼は笑顔で。
嬉しさや喜びを無くしてしまってからはあまり使わなくなった表情筋をゆっくり動かして魔女は言いました。
「ありがとう、ジーク。とても嬉しい。ハル、とても素敵な響き」
昔はよく使っていた笑顔を作ったのです。
そこからは大変でした。
団長は戦争の準備をしに騎士団の宿舎へ行きました。魔女は三日間寝泊まりするだけの場所に案内され、ご飯が運ばれてくるだけで、外へ出ることは許されない生活を強いられました。
それでも魔女は何も思いません。感情がないのです。
戦争の前の夜、ご飯を食べ終わり、魔女が寝ようとすると、コンコン、コンコン、とドアを叩く音が聞こえました。
侍女かと思い、入室を許可すると入ってきたのはジークでした。
入ってきたジークはお礼を言いつつも、怪訝そうな顔をしました。
「ハルよ、夜中に誰だろうと簡単に入れるんじゃないぞ。何かあったらどうするんだ」
ジークは少し魔女を怒りました。
夜中に来たのはそっちなのに、そう思った魔女は聞きました。
「どうしてここに?」
そういうと、ジークはハッとし、ようやく要件を言いました。
「ハルのことを陛下と部下に聞いたんだ。魔法を使う代わりに感情を失ってしまうこと。感情がなくなったら死んでしまうこと。そして、陛下の王命のことも…」
なんだそんなことか、魔女は言いました。
「そんなのどうだっていい。私はもう千年も生きた。死んだって誰も構わないはず」
「俺が構うんだ!!」
いきなり大きな声を出したジークに魔女は体を震わせました。感情はありませんが、体はしっかり驚いたのです。
「あ、すまない…」
「どうして?」
大きな体を縮こませているジークに魔女は聞きました。どうして、私の死をあなたが構うのか、と。
ジークは一度魔女と目を合わせ、そらし、もう一度目を合わせました。心なしかその瞳は不安に揺られています。
「どうして?」
魔女はもう一度聞きます。
すると、ジークは揺れている目に決意を表し始め、しっかりと目を合わせて来ました。
そしてゆっくり言うのです。
「一目惚れ……だったんだ」
何も言わない魔女を見て、ジークは続けました。
「いきなり可笑しなことを言っているのは分かっている。けど、一目惚れをしたんだ。腕が折れ、絶望していた最中、朦朧としているところへ君がやって来た。
魔法の光を出す君は天使とか、天の使いとかと思った。その流れるような夜の色を表した髪が揺れるたびに何度心が締め付けられたか。
君が名前をないと言う時、少し瞳が寂しそうだったから、名前をつけてしまった。君を忘れないためじゃない。君をみんなと同じように呼ぶのがなんとなく嫌だったんだ。
それで、君がその、笑っただろう?素敵な名前だって。もう、俺は…その笑顔で…」
あぁ、くそっ。こんなかっこ悪く言うつもりなんてなかったのに!ジークは朱色に染まった顔を隠すように横を向きました。
しかし、魔女がそれを許しません。魔女は無意識にその先を聞きたいと思いました。
こんな大きな逞しい人が、顔を真っ赤にして自分を見ていることが不思議だったのです。
「笑顔で?」
つい、先を促す言葉をかけてしまいました。
ジークは眉をへの字に曲げ、口をハクハクさせた後、大きな呼吸をして、聞いてくれるのか?と問いました。
魔女は
「勿論。聞きたい」
と答えます。
ジークは今度こそしっかり伝えました。
「好きだ。ハル、君が。会ってからの時間なんて関係ない。君のことを想うと心がおかしくなる。それくらい好きだ。こんな気持ち初めてなんだ。俺と結婚してはくれないか」
魔女はよくわかりませんでした。好き、と言う感情が。なったことがないからです。けれど、わかることがありました。結婚です。ジークは自分と生涯共にあることを望んでいるのです。
それならば、魔女の答えは決まっていました。魔女はしっかりとした口調で言いました。
「ごめんなさい」
「……っ」
ジークは少し、時間を置いてから聞きました。
「理由を教えてもらっても…?」
魔女は答えました。
「私はもうすぐ死ぬ。きっとこの戦争を終えたら、王様の言った通り、強者の傷を治して死ぬ。だから、もうすぐ死ぬ人とより、ジークは未来のある人と結婚したらいい」
魔女は感情録を取り出しジークに見せました。
「ほら、後五つ、私には感情が残って…え?」
「え?」
二人は驚きました。なぜなら、感情録には六つ、感情が残っていたのです。
「どうして…」
魔女は一番下の感情の名前を見ました。ついこの前までは「後悔」だったその下に続きがあったのです。
「「恋情」」
二人の声が重なります。
魔女は部屋から逃げようとしました。今、ジークの顔を見てはいけない気がしたからです。
しかし、そんなこと、ジークが許すわけありませんでした。
「ハル…!」
腕をジークに掴まれてしまったハルは逃げられません。
「離して…腕…お願い…」
離してと魔女は言いますが、ジークは離しません。ジークは言いました。
「そんなに耳まで真っ赤にして…言い訳は通用しないぞ。ハル…答えてくれ…。俺は君が好きなんだ。未来があるとか、死ぬとか、そんなの関係ない。
もう一度言わせてくれ。君の気持ちが知りたい…
好きだハル…結婚してくれないか?」
何故、結婚なのか。まだ友達でもないだろう。知り合ったばかりじゃないか。こんな陰気臭い女でいいのか。
魔女は頭が痛くなるほどジークが分かりませんでした。
しかし、自分の顔に集まった熱は、そんな疑問さえ溶かしてしまうほど熱く、気持ちよかったのです。
魔女は聞きます。
「こんな私でいいの?」
ジークはその言葉を聞いた瞬間に応えます。
「ハルがいいんだ」
魔女は、ジークの顔を見ました。魔女をまっすぐ見てくれる、紫がかった青色の目。
あぁ、そんな瞳をしていたのか。
魔女は掴まれていない方の手でユックリ、ジークの頬を触りました。そして、笑いました。
嬉しさ、喜び、とうの昔に捨てた感情より、もっと深い「愛情」から形作られた笑顔で。
「私も、好きです。ジーク。好きです。結婚、したいです…」
感情録に新たな感情が浮かび上がりました。「愛情」です。
それを見たジークが魔女に言います。
「あぁ。しよう。結婚しよう」
そして、と、ジークは続けます。
「……ハルは死なせない…。知ってるか?感情の数は星よりも多いらしい」
そう言うと、魔女の腰に手を当て、自分の方にギュっと引き寄せます。
そして、魔女の耳元で囁きました。
「全部…ハルに贈ろう。この世の全ての感情をハルに贈ろう。だから、どうか、俺より先には死なないと約束してくれ」
魔女は顔を真っ赤にしてジークを見つめました。大きな身長差ですので、見上げる、といったほうが正しいのかもしれません。
見上げた先には、目尻を下げ甘い顔で魔女を見つめるジーク。
お互い、相手の目に吸い込まれるように顔を近づけます。
魔女がハッとした時にはもう遅いでしょう。
「っと、ここまで来て逃げるのはやめてくれ。お姫様」
「私は魔女…!」
魔女は言い返しますが、ジークに頭の後ろを掴まれ、目を閉じてくれ、と言われてはもう逃げられません。
いえ、逃げる気なんてありませんでしたが。
ジークの唇が優しく、魔女のそれに触れました。
魔女は呟きます。
「おかしい…逃げようなんて感情、捨てた覚えない」
それを聞いてジークは笑いました。
「ククッ。嫌よ嫌よも好きの内ってことだろ。ハルにはまだまだ教える感情がありそうだな」
そうして、もう一度唇を重ねるのでした。
★★★
それからのこと。
戦争は両国の引き分けとして幕を閉じました。
しかし、その戦争にはおかしなことがありました。
それは、その戦争には、何一つ被害がなかったことでした。
自国にも相手国にも、死者一人もいない戦争。
誰もが戦ったことを覚えているのに、その痕跡が一つもない。覚えているのは、引き分けと言う勝敗のみ。
初めは、何かの間違いかと思い、もう一度戦争をする準備を始めましたが、それは叶いませんでした。
なぜなら、使った記憶もない戦争の武器や、道具、挙句は国の予算までもがどちらの国も、消費されていて、底を突いていたのです。
何もしていないのに、無くなった備品。
このままでは、国の物がなくなり、戦争どころではなくなると思い恐怖を覚えた各国の王は、この戦争を「空白の戦い」と呼び、神が争いを拒んだのが理由だと考えました。
戦争の話はそれ以来上がらなくなってしまい、この二つの国は同盟を結び、今では沢山の利益を出していました。
そんな平和な二つの国の境目の一部に大きな深い森がありました。
大きく凶暴な獣がでるというその森には誰も入りません。
国を行き来する者たちはその森の横の道を通るので、態々危険を冒して入る理由もないのです。
そんな森にはある噂がありました。
曰く、その森には魔女が住んでいる。
曰く、その森には獣を凌駕する剣の使い手がいる。
そしてその噂の最後にこう言われるのです。
曰く、その者たちは二人で笑い合いながら悠久の年を過ごしている。
と。
★★★★
感想お待ちしております。
やる気が出れば、番外編とか、その後とか書くかもです。