悪役令嬢というジャンルについて何も知らない作者が想像だけで悪役令嬢ものを書いてみた
作者は超人気のこのジャンルについて、「悪役令嬢」「婚約破棄」くらいのキーワードしか知りません。
だったら逆の発想で、知らない今だからこそ書けるものもあるのでは? と思い立ったのが運のつきでした。
初めに謝ります。ごめんなさい。コメディーにしかできませんでした。
私は平凡な女子高校生、安久谷 紅麗。
幼なじみで同級生のウォーリー・リャンと遊園地に遊びに行って、黒塗りの高級車の怪しげな轢き逃げ現場を目撃した。
轢き逃げを見るのに夢中になっていた私は、背後から近付いて来るもう一台の大型トラックに気付かなかった。
私はその車に苦汁を飲まされ、目が覚めたら――
「クレイ嬢!」
「なにかしら?」
異世界に転生してしまっていた!
安久谷 紅麗が転生者だと貴族達にバレたら、なんやかんやで命を狙われ、まわりの人間にも危害が及ぶ。
神様の助言で正体を隠すことにした私は、ブランに名前を聞かれて、とっさにクレイ・アックヤーと名のり、貴族達の弱味をつかむために、父親が貴族をやっているブランの家に転がり込んだ。
私はモリィのおじさまを名貴族に仕立てるべく、固有スキル《睡眠薬》でおじさまを眠らせ、《七色の声》を使って、おじさまの声でかわりに王族へゴマをすっている。
この二つの固有スキルは、神様の発明品だ!
神様は他にもターボエンジン付きエンジンや、メガネ追跡メガネ、シューズ力増強シューズなど次々とユニークなスキルを作り出してくれた!
ブランもおじさまも、私の正体には気付いていない。
知っているのは神様と、西の国の王子様、ハリー・ヘジィ、それに悪役令嬢仲間のシホ・ミヤノ。
彼女は黒塗りの男の仲間だったが、組織から逃げ出す際、私が轢かれたのと同じ車に轢かれて異世界へ転生してしまった!
黒のカーディーラーの正体は、依然として謎のまま……!
「クレイ嬢、大変です!」
そう言って馴れ馴れしく話しかけてきた女はモリィ家の使用人、つまり私の下僕のようなものだ。名前は忘れた。
「どうしたのです? そんなに慌てて、はしたないですよ」
「セーラ家のご令嬢であるマーシー様が、ここベッカー王国の王子、コーナック様との婚約を発表しました!」
「なんですって!?」
一大事だ。
コーナック様は私がこの世界に来てからずっと付け狙っていた男である。
それをどこの馬の骨とも知れない女狐が奪おうなどと、笑止千万、不届き千万。
「一週間後に正式な婚姻の儀をなさるそうです。どうなさいますか? クレイ嬢」
「どうするかって? そんなの決まってるわ……」
マーシー? 田舎娘が。目に物見せてやろうじゃないの。
「婚約破棄させるわ! どんな手を使ってでもね……!」
血の涙を流しながら、私は早速計画を練り始めた。
◆
一週間後。
「ついに出来たわ……」
私は苦心の末、ある薬を完成させた。
アシポキント4869。この毒薬を飲むと腎臓内で核分裂反応が起こり、溢れだしたエネルギーが一斉に膝へ向かう。
当然足はポキンと折れ、その結果服薬から僅か十数秒で死に至るのだ。
おまけに、死体からは毒が検出されないという代物だ。
これさえあれば、完全婚約破棄が成立する。
私はブランお姉様やモリィのおじさまと共に、意気揚々と結婚式場を訪れた。
「お~! 有名な貴族がいっぱいいるぞ!」
「お父さんったら……私達も貴族でしょう?」
二人の姿はまだ無い。
私は薬を懐に忍ばせ、こっそりと控え室へ向かった。
「えーっと、新郎新婦の部屋は……あった、ここがあの女のデッドルームね」
小さく開けたドアの隙間から、慎重に中の様子を伺ってみる。
部屋の前の私に気付くこと無く、二人はバカみたいにイチャついていた。
「綺麗だよ……マーシー」
「あなたこそ、素敵よ……」
「……なんだ……私は、一体何を……見ているんだ……?」
その時、私の中で何かがブチ切れた。
あの女に悪どい手でたぶらかされたのであれば、コーナックの命だけは助けてやることもやぶさかではないと思っていた。
だが、目の前の現実が私の目を覚ましてくれた。
「さよなら、私の好きだった人……」
私は二つの紙コップに水道水を汲んだ。
その中に例の薬と唾を入れ、何食わぬ顔で先程の部屋の扉をノックするのだ。
「どうぞ……おや、君は確か」
「クレイです、クレイ・アックヤー。お飲み物をお持ちしました」
両手に持ったコップを渡す。
しかし、二人は中の飲み物を見て顔をしかめた。なんと失礼なのだろう、やはり私は正しかった。
「では私はこれで……」
体内から毒が検出されないと言っても、現場に私が居ては流石に疑われる。こんなクソ地獄みたいな空間はさっさと出なければ。
二人仲良く最後の晩餐を楽しむが良いわ。
「――待て、クレイ」
コーナックが突然私を呼び止めた。
これはもしや……心変わりしたのだろうか? セルフ婚約破棄か?
「なんでしょう? コーナック様……」
私は期待を込めて振り返った。
彼にとってはこれが最後のチャンス。さぁ、私のものになりなさい!
「残念だよ……。君がこの水道水に毒を盛ったことは、もう分かっている」
「なっ……!?」
その時バタンと扉が開かれ、武装した警官隊が突入してきた。
「クレイ・アックヤー! 貴様を殺人未遂の容疑で逮捕する!」
「メグッルェ警部!? チクショウ、謀ったわね!?」
あっという間に、私はメグッルェ警部の分身に取り囲まれてしまった。
しかし何故……!?
「モリィさんのところの使用人が、全て話してくれたよ。君の邪悪な計画をね」
「あんっの……猿ゥッ!」
不覚だった。まさかこの私が、あんな名無しのモブ女に煮え湯を飲まされることになるとは!
「それに君の薬……なぜ粉のままではなく、カプセルに入れてしまったんだ? 見ろ、全然溶けてない」
「そんな!? し、しまったぁ……!」
コーナックが紙コップを逆さにすると、床は水道水と私の唾で満たされた。
そしてその中程には、小さなカプセルが溶け残っている。
「クレイさん……なんでこんなことを……!」
「田し……マーシー……」
女狐が潤んだ目を向けてくる。
「ふっ、どうやら私も……潮時のようね」
「なっ!? やめろ! 誰か彼女を止めるんだ!」
もう遅い。
私は隠し持っていた予備のアシポキントを一飲みにした。
「ふっ……ははっ……! 貴様とは……倶に天を戴かずとも……!」
「いやああぁっ!」
「見るな、マーシー!」
ポキンという小気味良い音を立て、私の脚が折れていく。
私の命はあと数秒で尽きるのだろう。
でも最後に……彼には、私の気持ち……。
「コーナックさん……ど、どうして……私の気持ちに、気付いて、くれ……なかったの……?」
「分からないね……。どんな理由があろうと、殺人者の気持ちなんて……分かりたくもないよ」
ああ、そうか。
「よーく分かったわ……覚悟しろッ! たとえこの身が滅びようとも! 私は! 私はァッ!」
「消えろオォ!! 人の皮を被った悪霊めぇッ!!」
「ぐわあああぁぁっ!!!」
ポキポキポッキン!
「はぁ……はぁ……コーナックさん……」
「あぁ……。終わったよ」
コーナックの除霊術により、クレイ・アックヤーの肉体は跡形もなく霧散した。
この世界にようやく、真のHEIWAが訪れたのだ。
しかし本当に、これで全てが終わったのだろうか。
コーナックは確信が持てなかった。
(彼女の最期……折れた脚からではなく、頭頂部から魂の抜ける感覚があった。まさか、誰か後ろで糸を引く者がいるのか……?)
彼はマーシーの体をギュッと抱き締めると、囁くように言った。
「もう大丈夫だ。この先何があっても……必ず僕が守るから」
「コーナックさん……!」
ベッカー王国に、晴れやかな鐘の音が響いた。
◆
「ぐ、っあああぁっ! あの男! 絶対に許さんぞっ!」
「派手にやられたのう、安久谷君」
「神様……! 早く次の肉体をッ!」
「まあそう焦るな。次は剣と魔法の世界にでも転生してみんか?」
パソコンをカタカタと叩き、目の前の神は私の転生先を決めようとしている。
「バカ言うんじゃないわよ……次も同じ世界で、悪役令嬢に転生するわ!」
「悪は滅ぼされるのが宿命じゃよ? なぜ君はそうまでして、棘の道を選ぶんじゃ?」
まったく、分かりきったことを聞くんじゃないわ。
「一度悪役令嬢として生を受けたからには……最後までやり通さないといけないわ。悪は滅びないの。何度でも蘇り、そして……」
神は依然として無防備にキーボードを叩いている。
「全てを、我が手に」
私はそっと、神の脳髄に《睡眠薬》を突き刺した。
つづかない