ステップ8
「魔法処理されたとはいえ、カエルの体液を飲むのには抵抗があって当然だろ!? 正体を知らずに済ませたかったさ。ボクの、この、好奇心がっ憎い!!」
流石に円くんも表情を青くする。
小さく「マジかよ」と呟いているところを見るに飲んだ事あるんだろうな。
僕も飲んだことはある。濃厚バニラアイスっぽい特上クリーム風の濃い味だった。
ちょっと僕には濃すぎだったと覚えている。
食は重要だと思う。
食は五感で楽しむもの。目で見て香りで、舌で、歯ごたえで、素材を知る、知識で。そう言ったのは姉だった。
円君といつきちゃんはこの世界の食事情に花を咲かせている。
原形を知らない円君に一方的に情報を流している感じだ。しかも、怪しい原料限定で。
トルミエガエルは五歳児くらいの大きさのカエルでもも肉をさっと油で揚げるとおいしいとお隣のクラベルさんが言っていた気がする。それなりの湿地帯ならある程度の変化にも適応して繁殖するので安価でよい食材なのだとか。
ミルクと思っていたものはカエルの体液に始まり、屋台や家庭でよく食べられる串焼きの肉は巨大昆虫の肉であるとか、高級砂糖はゲル状の生物の乾物だとか、本当にゲテモノ限定情報だった。
円君は虫系が苦手らしく、串焼きの肉の正体を聞いた瞬間、テーブルに突っ伏した。
「ウチの調味料系は植物系が基本だよ。お茶とかもね」
よろず屋がのんびりした口調で言う。視線が少し空中を追っている。
円君が微妙な視線をよろず屋に送る。
「師匠のとこでは串焼きが主食だったんだよぉ」
そんな泣き言モードの円君に肩を竦めるとよろず屋は突き放す物言いをした。
「入手が簡単だし、処理も簡単。ごく当たり前の食材だよ。安くて旨くて料理もし易い。汁物にも焼物にもなるしな。夜逃げしたばかりでそこまで余裕があったわけでもないだろうしな。覚悟、決めていったんだろ? 弱音吐かないって」
なだめられた円君が再度突っ伏して低く呻く。
最初は弟子入りを断られたりとかしたんだろうか?
「……そう、だけど、さ」
「まぁ、ココ、ボクらにとっては未知の異世界だもんなぁ。最初は食事が普通にできるのか心配だったなー。成分調べまくったし、まずは毒見っぽく一口だけ食べて一定時間様子みるとか大変だったなー。解毒魔法覚えるまでは」
うんうんといつきちゃんが頷いて見せる。
そして、目を丸くしてる僕と円君を見ていつきちゃんは眉をひそめた。
「何が毒になるかわからないし、この世界の住人とボクらの体構造が違う可能性の高さを考慮した時、抵抗力の差異による摂取物との影響は無視できるものじゃないだろう?」
言外に「当たり前」と反応されて居心地が少し悪い。
疑問抱くことなく食べてました。
はい。
「考えた事なかった」
僕は口に出さなかったが呟いた円君と同様だったので、頷いた。
というか、どうやって成分調べたんだろう?
「呆れた。口に入れる物の安全性を無視するなんて信じられない」
ふるふるといつきちゃんが頭を振る。
「まともっぽい料理に見えたし、腹減ってたしさー」
「外観と成分品質は違うし」
「んー、僕もアレルギーとかは特に無かったし、気にしなかったかな」
言い訳する円君と僕。
冷たい眼差しと不注意を責め立ててくるいつきちゃん。
でも、心配してくれてるんだろうな。
「アレルギーとかじゃなくても、ほかの植生系の星や文明圏の違う星系に行ったら食べ物に気を使うのは当然じゃないか」
は?
他の…………星?
なに、それ?
「ん?」
いつきちゃんが僕を見て「ああ」という表情で頷いた。
「ボクはね、学生だったんだよ。学園惑星クセロの上位学習院のね。これでもエリートなんだぞ」
エヘンとばかりに胸を張る。
なんだか凄そうな学校だけど
「学園惑星ってなんだよ?」
円君が微妙な表情でいつきちゃんに尋ねる。
うん。僕も思った。
学園惑星ってなんなんだろう?
「星自体が学校施設な星だけど?」
いつきちゃんは不思議そうに答える。
「それはわかるけど! そうじゃなくって!」
「多分、ボクの世界とそちらの世界は違うんだと思うよ。似て非なる世界。もしくは、IFの世界、いわゆるパラレルワールド? なんじゃないかなぁ。そちらの二人の世界どうしだって一緒とは限らないしな」
一口、コーヒーフロートもどきを流し込んでいつきちゃんは笑う。
「少なくとも、ボクは日本人じゃ無いよ。この世界に渡ってから日本という国があることを知ったくらいだしな。日本はボクにとっては祖先が旅立った母星地球にあった国家の一つらしいってくらいの位置づけかな。検索してくれるツレは今別行動中でさ~」
え?
「ネット小説、ライトノベルとかは由貴さんと話題が合ったし、テンプレ、お約束もわかりあえたからなー」
円くんの言葉に僕は頷く。
「確かに好む作品はお互いに知らないけど、趣味ジャンルや検索範囲が違うんなら変じゃないし」
確かにその通りだ。
僕は同意に頷く。
「サブカルチャーの話題以外は?」
いつきちゃんの口調が地味に尋問口調だ。
「してない。かな?」
うん。してない。
「あんたらバカ?」
いつきちゃんの眼差しが冷たい。
「失礼だな。相手の地雷がどこにあるかもわかんねーのに、ザクザク踏み込んだ話題になんか入れるわけないだろ。……由貴さん、地雷多そうだし」
言い返し、最後にボソッとこぼす円君。どうも気を使わせていたらしい。
「情報の共有は重要なトコだよ。いい? ゆっきー、まどかっち」
ゆっきー?
「は!? 俺はエンだ! マドカ読みすんじゃねぇよ!」
「あー、ボクはトージョー・イツキ。藤の上に大樹の樹で籐上樹な」
あ。
そっか。
そういえばちゃんと自己紹介してなかったかも?
「七尾円、七は数字で尾は尻尾の尾、エンは円い、……確かにまどかとかつぶらとかとも読むさ。でも、俺はエンだ」
よっぽどまどか呼びは気に入らないらしい。こだわりを感じる。
「僕は笹原由貴。植物の笹の原っぱで笹原。ユウキは少なくとも勇ましい方のユウキではないよ」
どう説明していいかわからない。
そんなに特徴のある名前でもないしな。
「ん。よろしくー、ゆっきー、まどかっち」
「だから!」
「語呂が悪いんだよ。エンって呼びにくいし、渾名なんだからいいじゃん。まどかっちで」
「私はヴィアルリューン。とてもエライいきものである」
頭上から重々しい声がおりてきた。
「疲れた」
そう言ってよろず屋は厨房を出て行った。
「ゆっくり休むようにな」
と、僕の頭上から声が飛ぶ。
自称エライ生き物が僕の頭の上に陣取っているらしい。
そっと触ってみた触感は硬いのに弾力もあって、柔らかいという矛盾のある薄気味悪い感触。
ぷらんっとした何かが時折うなじを掠める。
「悪趣味なでぶマスコット帽子じゃないか」
「そうは見えないけど、どうエライ生き物なんだ?」
いつきちゃんと円君の言葉に僕は嫌な表情をしてしまったと思う。
だって、僕の趣味の帽子って思われてたってことだから。
そりゃあ、かっこいいセンスなんて持ち合わせていないけど。
「……でぶ……」
頭上で身じろぐ気配を感じる。
うなじを軽く叩かれる。
「っ」
小さく声が洩れる。
かなり痛かった。
すぐにプニブニした感触がうなじを撫でていく。
「エライ生き物はエライ生き物だ。でぶではない」
撫でられて痛みは溶け消えてゆく。
回復魔法が使えるのは、すごいと思う。
僕の頭上に陣取っているようなサイズなのに。
スゴイよ。かたぶよ生物。多分尻尾付き。
「どんな相手かもわからない相手にいきなり偉ぶられたって、まず軽蔑しか出来ないな。偉いって自分で言い出すもんじゃないと思うぞ」
ビシッといつきちゃんが指差し指摘する。
まるで僕が指さされてるようだ。
「ぐぅ」
不満そうに頭上のエライ生き物が喉を鳴らす。
あれ?
もしかして、言いくるめられている?
いいの?
エライ生き物。