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リテイク!  作者: とにあ
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ステップ5

 少しゴタゴタしたけれど、行商人からの買い物も終え、今は厨房で買ったものを収納したり、加工したりしている。

 今、この厨房に居るのは僕、のぞみちゃん、円くんの三人だ。

 のぞみちゃんは椅子に座ってお茶を飲んでいる。ティーカップを持つ手はかすかに震えている。

 ちなみにお茶の準備は僕がした。

 円君はテーブルに筒から取り出した紙のようなモノを広げて、考え込みながら眺めている。

 円君にとってあれは大事なものらしく、見ている限り筒を手放さない。そこから出てきたものなので興味がないわけでもないけれど、あまり知らない相手に好奇心を示すのも気が引ける。

 機会が許せば、教えてもらおうと思う。

 そんな中、僕は一センチくらいの厚みでセダックさんから渡された木の実を輪切りにしている。

 ナイフ越しの手応えはとても軽い。

 この木の実、一晩干してから軽く加熱、それだけで食べた食感は食パンそのもので、そのまま食べるよりも他の加工に使った後に焼いて食べるのが向いている。と、いうわけで加工に使うためのカット中。

 次に芋も同じようにカットしないとな。

 頭の中で段取りを組み立てていく。僕は要領が悪いからちゃんと段取りを組まないと作業が進まなくなってしまう。

「変態なんて絶滅すればいいのに……」

 そんな時に、低めの声でのぞみちゃんが呟く。

 ピタリと円君が固まる。 僕も瞬間的に脳内に描いていた段取りが消えたよ。

 うん。ちょっと怖い感じだ。そう、たとえるならひゅっと深い地下からの風がうなじを通り過ぎるかのような。そのあとからんと落ちていった小石が響く音が聞こえないような感じ?

 コワいよね。

 うん。あの行商人のゼダックさんは足フェチの変態さんだった。

 困ったことに品揃えもいまいち良くなかったし。クルゼさんは胸フェチさんだったなぁ。確か。

 僕には対応できないのでのぞみちゃんをヒスらせるこの話題には触れないことにする。

「ユウキさん、さっきからなにしてるんですか?」

 円君もその件には触れないことにしたらしい。

「砂糖作りかな? コッチでは甘粉って呼ばれている甘味料だよ」

 この世界、甘味料の種類がかなりある。

 甘粉は糖度の高い樹液を精製し、乾燥させた物で加工は比較的簡単で濾過していくだけだ。

 僕はこの作業が結構好きだったりする。

 単純作業のルーチンワークは深く考えなくても、問題を起こさずに済むというところも大きい。

「ココって、本当に異世界なの? コスプレや特殊メイク、セットじゃなく」

 のぞみちゃんがお茶のカップを握り込みながらこぼす。

 知らない場所。言葉の通じない人たち。小さな頃の顔見知りとはいえ、よく知りもしない僕に、言葉も通じるし、年齢も近い円君。でも、出会ったのは訳がわからないであろうこの場所。

 不安にならないはずはないと思う。

「その心境はわからなくもないけどさ、異世界トリップなんてよくあるネタだろ」

 円君がざっくり切りつけるような発言をする。

 いやいや、ちょっと待とうよ。そんなのライトノベルやアニメとかでのネタで現実に早々転がっているようなネタじゃないから。そのはずだから。うん。たぶん。

「事実、ユウキさんなんか二回目だぜ。すっごい運だよな」

 僕は苦笑する。

 事実だけど少し円君の口調が気になる。 どこがとは言えないけど。

「……どんなよくある事例よ」

「異世界トリップ、テンプレ、チート。そんなお約束に胸を高鳴らせてしまうようなよくある事例?」

 この世界では簡単に打ち砕かれる期待だよね。

「僕も最初少し期待したかな。よろず屋に諭されてすぐ納得したってゆうか、そう、僕よりよろず屋の方がよっぽどチート的存在だよね」

 円君が天井を仰ぐ。

「うわっ、ものすごく納得。でも、俺がそう思わされた相手は違ったけどなー」

「どんな人だったの?」

 のぞみちゃんが興味を示して尋ねる。

「言葉を通じるように対処してくれて、あんまり見ないような移動手段と交友関係、多分、強い人」

 確かにこの世界には凄い人がたくさんいる。

「ちょっと異世界召喚、すわ、俺って勇者? って呟いたら、『典型的な迷い人、自信過剰系かよ』って、爆笑された。そのあとできることとか能力チェックされて、肩を叩かれたよ。それはもう優しく」

 円君は遠い眼差しを天井に向けていた。

 よっぽど切なかったんだろうな。

 異世界トリップ、テンプレ、チート。そう胸を高鳴らせた途端、『特に突出した能力や運命とは無縁。そのくせ、特殊運命を期待しているという典型的な迷い人。テンプレ?』そう言ってよろず屋は笑った。


 この世界において『よくある事例』である異世界からの来訪者。

 彼はその一種、同様のやり取りに慣れきっていた。同時にその異世界からの迷い客の反応を面倒がってもいた。


「何ができるんだい?」あの時そう聞かれた僕は答えられなかった。

 それから何人かの人に会って、言語理解の魔法をかけてもらったり、初歩の魔法なら使えるようになりそうだから。と、基礎を教わったり、よろず屋に来た客の待ち時間の話し相手をして過ごしていた。

 それがすごく居心地が良かった。

 ここに居てもいいという気持ちになれた。

「でもさ、俺、ほとんどすぐにここに預けられて正直、くさってた。なんでこんな目に合わなきゃいけないんだって」

 円君の声に意識を向ける。

 少し思い出に浸ってた。

「そんな時、夜逃げのためによろず屋に地図職人の親方が来てたんだ」

 そういえばよろず屋って、夜逃げの斡旋とかもしてるものな。

「で、地図職人の作るこの世界の地図を見せてもらったんだ。 俺はあの地図に出会うためにこの世界にきたんだと迷わず断言できるね!」

 ……

 ……えっと……。

 さすがに気のせいだと思うよ。

「ふーん。その地図ってどんなものだったの?」

 のぞみちゃんに聞かれて円君は得意げに机の上に広げた紙を示す。

「コレさ! まだまだ未熟だけど、作れるようになったんだ」

 さっき見えた紙は白紙。何も描かれてはいなかった。

「真っ白ね」

 作業を中断して様子を見に行く。

 どんな地図なのか興味はある。

 機会があって見せてもらった地図は街の案内用や迷宮の内部地図だったから。

「今は魔力込めてないからな。見せてやるよ」

 円君が呼吸を整え、集中のためか目を瞑る。指先が気持ち紙に触れている。

 そして紙がじっくりと色付いて行く。

 地図の中央は林立するコンクリートジャングル(水没中)、周りに薄い緑、縫うようにほっそりとあるのは街道。街道は川に平行しつつ、森へと近づく。

 描かれていく地図は立体的でまるでジオラマだった。


「す……」


「世界せまっ」

 すごいという前にのぞみちゃんが先にそう言った。

 世界は狭いかもしれないけど、すごいと思うし、かっこいいと憧れた気持ちがよくわかるんだよね。

 おそるおそる円君の様子を見ると、それほど気にはしていないようで安心する。

「範囲は俺が認識して、導石仕込んだとこまでだから仕方ねーんだよ。地図作りにすべてを費やして他の魔法つかえるか、有効な戦闘法の習得、世界の常識は後回しにしたんだからな」


 円君。それは、胸を張っていうことじゃないと思うよ?


「バッカじゃない!? 下手しなくてもすぐ死ねるんじゃない? 情報不足って、キツイわよ」

 のぞみちゃんがキツイ。


 時として男は馬鹿なことをしでかすものなんだよ。

 たとえ、その行動で後々どれほど苦労することになっても。

「いいだろ。俺はこれなら熱中できるって思えるものに始めて出会えたんだから」

 拗ねた色の見える口調だったけれど、円君は本当に後悔してない満足そうな表情で、地図ジオラマを見下ろしていた。



 三人で地図を眺めているとよろず屋が厨房に入って来た。

「とりあえずまどかちゃん、親方からの手紙読んだから。雨季の間、毎日限界までシルベイシ作成ねー。作ってるうちに魔力も上がるはずだしね。それから基礎体力も地道に鍛えてもらいまーす。コレはゆきちゃんも手伝ってあげてね。うちにただメシ喰らいはいりませーん」

 こんな言葉と共に。

「んで、のぞみちゃんにはミルと一緒に神殿の方へおよばれされてもらいまーす。つーか」

 よろず屋が微かに表情を引き締める。

「男所帯で異世界の女の子の不安、疑問に答えられる自信が俺にはありません。神殿のお姉様方に聞いてください!」

 よろず屋的にも結構切実な問題なのかもしれないし、理解はできる気がする。

 でも実際的には丸投げ?

「おにいちゃんと別行動?」

 のぞみちゃんが不安そうに呟く。

 よろず屋はピッと指を立ててゆっくり左右に振る。

「別行動。コレ決定事項。神殿で少なくとも言語理解の魔法とかはもらえるはずだし、交渉次第ではもう少し利益が出るかもね。コレ、ミルには内緒。のぞみちゃんがどう動くかで下手を踏めば二度とゆきちゃんに会えなくなるよ」

 ぇ。

 それ危ないんじゃあ?

「神殿や宗教屋魔法使い組織は秘密主義でね、安全保障はできないんだよ」

 よろず屋はにこやかに笑って両手を広げて見せる。

「何処であろうと、安全保障なんかできっこないんだけどね」

 ゆっくりとのぞみちゃんが理解できるようによろず屋は説明する。

 どこか冗談めかして、ふざけた風に。まるで何も信用するなと言うように。

 よろず屋が一方的に宣言し、一息入れる。

「さて、夕食の準備を始めようか。ゆきちゃんは甘粉造り準備仕上げちゃいなよ〜。まどかちゃんは地図をしまって、シルベイシ作成ねー。今から始める魔力強化大作戦って感じだね〜」

 笑顔で指示を出すよろず屋に僕は頷く。

 そう言えば、作業中だったんだ。

「納得出来ない」

 のぞみちゃんがごねるようにつぶやく。

「別に納得する必要性はないよ。ただの決定事項の通達と余計なお世話的な助言だし」

 よろず屋の切り返しは早い。

 切り捨てるような言葉に少し胸が痛い。

「どうしておにいちゃんに二度と会えなくなるっていうのよ!!」

「そこだけかよ!?」

 のぞみちゃんの不満に円君が突っ込む。

 首を傾げ、しげしげと円君を眺めながらのぞみちゃんがため息を吐く。

「当たり前じゃない。それ以外の重要情報がどこにあったっていうの?」

 その様子を見たよろず屋は軽く笑いながら袖をまくり、料理準備にかかった。きっと夕食準備だろう。

「仲がイイねぇ」

 よろず屋はブロック状の肉を品定めしながら歌うようにいう。きっとよろず屋の中では問題はもう解決したんだろう。

 二人は顔を見合わせながら不満げな表情を作っている。

「私、おにいちゃんの作業見てる」

 唐突にのぞみちゃんがその場を離れて僕の方によって来る。

「つまらないかも知れないよ? 作業自体は単調だし」

「じゃあ、お手伝いする。それとも……邪魔、かな?」

 不安そうなのぞみちゃん。ポニーテールの黒髪が揺れる。

 もちろん、僕には答えをひとつしか出せない。

「邪魔じゃないよ」

「よかった」

 僕の返事にのぞみちゃんは鮮やかに笑った。

のぞみ「おにいちゃん好感触!」

円「え? 気のせい気のせい」

よろず屋「うまく立ち回ってね~」

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