ステップ15
薄暗い部屋。ほのかに漂う花の香り。
灯りに透ける青い髪が視界に揺れる。
「お。ゆきちゃん、おはよう」
「よろず屋?」
周囲が明るさを増す。よろず屋が照明を調節したんだろう。
「ああ。お使いご苦労様。疲れた?」
問われて僕は首を横に振る。
走って疲れたのは確かだけど、そんなに疲弊したわけじゃないから。
「そう。ならいいんだ。でも、もう一眠りするといい。今回はごくろーさん」
僕は再び眠りに落ちたんだと思う。何か飲むか問われた気もするけどその後の記憶はない。起きると円君が覗いていた。びっくりした。
「大丈夫か?」
問われている意味はわからないままに僕は頷く。
「えっと、おはよう」
「おはよう。あー。お使いご苦労様。怪我とか大丈夫だったか?」
おつかい。
よろず屋も、そんなこと言ってたような?
おつかい……?
「で、どんなお使いだったの?」
興味津々楽しそうに聞いてくる円くん。
スゥっと血の気が引いた。
「由貴さん?」
「お使いの内容覚えてない。えっと。サカナに会ったんだけど?」
たしか。たぶんサカナが送ってくれたんだと思うし。
「え?」
円くんの唖然とした表情がすごくやるせない心境を引き起こす。
本当にどうして、僕はこうなんだろう。
サカナは何の問題もない。きれいな魔法だったと褒めてくれたけれど。
「おつかいってなんだったんだろう?」
ぽりっと、額を掻いて、円君が提案してきた。
「えーっと、メモを作るようにしてみる。とか?」
うう、覚えてられなそう。
「おにいちゃん! 会いたかったの!」
大きい声に驚いているとばすりと衝撃を感じた。
胸元の少女から感じるのは甘い草と雨の匂い。
ああ、タフトに帰ってきたんだなぁって思う。
「三日しか離れてねーだろ」
ぼそりと円くんの声が聞こえる。
なんだかもっと長いような気もする。
「あのね、さびしかった」
上目遣いのうるんだ瞳と視線が交わる。
ああ、そうか。
見知らぬ異世界に一人別行動とか言われたら心細いよね。
「こわかった?」
「う、ん。こわかった。さびしかった。会いたかったの!」
うるりと見上げてくる瞳に少しドキドキする。きっと僕は兄代わりだろうに。
「え? 恋しかっただけだろ?」
「え? こっちがこわかったけど」
円君の言葉にミルドレッドの言葉も重なる。
きゅうっと腕を強く掴まれる。
不安だったんだなと思う。
こわかったんだなと思う。
かけるべき言葉を考える。できればおかしいと思われずにすむ無難な言葉。
「がんばったね」
ふっとつかまれてる力が緩む。
「えらかったね」
どんなにしっかりしていても年下の女の子なんだ。そっとその髪を撫でる。
「おにいちゃん、大好き!!」
もう一度ぎゅうっと抱きついてきたのぞみちゃんはそのまま泣き出してしまった。
僕は撫で続けるしかできなくて。
円くんとミルドレッドは地図を広げて魔力補正についての講義になっていた。
助けて欲しいのに。
どうしたらいいかわからないまま僕はのぞみちゃんを撫で続けた。
「こわかったの。連れて行かれた先はギリシャの神殿みたいな場所だったの。色は白じゃなくて鈍い感じの緑だったけど。奥のほうに銀の髪の女の子。七歳くらいかな。がいたの。その子が手を伸ばしてきたらぱって目の前が光ったの。ものすごく気味が悪かった」
ぽつっと話しはじめたのぞみちゃんはそのままに起きたんだろうことをこぼす。
受けた魔法がこわいと感じてしまうのはあるのかもしれない。
言語理解系の魔法かな?
「ギリシャ?」
「あ。世界にある国名のひとつで、古い歴史があって人間味あふれる神様達の神話が有名」
円君とミルドレッドが話している。
「そうしたら、今までわからなかった周りの言葉がわかるようになって、少し怖くなったの。すごく、歓迎されたのはわかったの。でもそれが怖くて悲しい気分になったの」
やっぱり言語理解の魔法かぁ。
言葉はわからないと困るしなぁ。
えっと、あれ?
言葉がわからないと困ると思うんだけどかなしい?
「かなしい?」
「あのね、ヒスイ神殿。ヒスイ様って神様を祭っている神殿だったの。神様の声が聞こえるって異世界ってすごいよね」
不安げに首をかしげるのぞみちゃん。
「そうだね」
神様?
「ヒスイ様はね、消えてしまうことをいいよって言っている神様だったの。それがとっても悲しくて腹が立ったの」
「え?」
腹が立った?
「あの神殿はね、ヒスイ様から存在するための力を搾取する人達が造った檻だったから。ヒスイ様はそれでも檻をつくった人たちでも手を差し伸べたいと思ったんですって。だから、異世界から力の流れを造るために呼んだことを謝ってくださったの。本当に優しい方だったから。それを当たり前とするあいつらが許せなかった。だってひどいの!! あんまりだよ!」
え?
展開についていけない。
泣き止んでくれたと思ったのぞみちゃんはまた泣き出してしまった。
どうしたらいいんだろう。
困惑する僕に助けは来ない。




