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リテイク!  作者: とにあ
13/19

ステップ13

 



「だいじょうぶ?」


 少し遠い位置からのノイさんの声。


「ゆーきは気を失ったの」


 言われて思い浮かぶのはヒトが死んでゆく光景。

 刑場はどす黒い赤に染まっていた。

 込み上げてくる吐き気。

 ぐるぐる目が、意識が回る。

 耳鳴りのように聞こえてくる呻き。塞がれた口から漏れた唸りにしか聞こえない断末魔。

「ひどい光景よね。それでもここにはそれが必要なの。家畜や魔獣の肉を得るにはこのアーベント領の住人は弱いのよ」

 また、気持ち悪さが勝つかと思ったところを引き戻してくれたノイさんの声。

「ノイ、さ」

「本当に、死肉ならそれが何の肉でも気にせず魔力は得られるのよ。呼び込んでいる相手はそういった存在だから。でもね、私たちには強くなる実力も、資金も何もないのよ」

 ノイさんは笑う。

 嘆くように笑う。

『何もできない』と自嘲を籠めて嗤う。

 苦痛や後悔すらも越え、朗らかに笑う。

 とても、痛い。

「さぁ、お勤めを始めましょうね。観客も街にお帰りになったし、口減らしの死肉もすべて死肉になったわ。ここからが私たちのお勤めなの。手伝ってちょうだいね。ゆーき」

 その笑顔は僕の心にとても痛いものを与える笑顔だった。

 ノイさんは僕を助けてくれた。

 僕を助けてくれたことでノイさんを困った状況には置きたくなかった。

「僕は、なにをすればいいんですか?」



氷結魔法(グラセール)



 唱えた呪文に呼応して血塗られた床がうっすらと白濁する。

 刑場に散らばった肉をかき集めることが作業内容で、血臭やら吐瀉物やらで匂いがキツく、足下がぬらり滑ることを少しでも誤魔化せるかと試してみたのだけど、一度呪文を唱えても一メートルにも満たない範囲しか凍らない。

「あら、スゴイ。魔法使いだったの?」

 ノイさんが軽く告げる声に僕は首を振る。

 魔法を教えてくれた恩人の人たちには実用に向かないと宣告されている。

 魔法を放てるだけでは魔法使いと名乗れない。と教わった。

 それでも血肉の表面だけとはいえ、凍りつかせたことでわずかに匂いがマシになる。

「まぁ助かるわ。死肉はあっちにかためて置いてあるし」

 黒っぽい樽が二つ乗った台車を押しながらノイさんは笑う。

「この樽は?」

「すぐ、わかるわ」

 ノイさんは樽の中身を積み上げられた死肉の上にぶちまける。琥珀色の液体にジワリと薄い氷が溶ける。

 その部分から放たれるのは、甘い蜜の匂い。

「ゆーき。この辺のお肉を樽に詰めてくれない?」

 そう言って蜜まみれの肉を指す。

 言いながら自分でも散らばる細かい肉片を空けたばかりの樽へ放りこんでいく。

 時折り、香草を樽に放り込んだりもしていた。

 なんだか料理みたいだ。

 違う。ノイさんは間違いなく調理していた。

 生きて、数時間前まで生きていたヒトたちを肉として料理していた。

 蜜と香草漬けの肉。塩を少しまぶしたり味付けには気を使っているようだった。

 手や服を血まみれにして。


「うーん。ゆーき。加熱するってできるー?」


 のんびり聞いてくるノイさん。

 使えるものは使おうという意思が感じられる。僕も手を貸せるのは嬉しいから異存はない。



加熱魔法(ガルゼマ)



 樽の中の肉が唱えた呪文に呼応してほんのりと発光した。

 威力は、ほぼ無い。

 タライいっぱいの水を体を洗うのに適温と表現される温度まで温めることができる程度だ。(40度くらいだろうか?)

 つまり調理時の滅菌にも使えない魔法だ。

 アレ?

 加熱って言うには温度足りてない?

 ノイさんはそれで充分と頷いてくれた。

 少しだけでも、僕が役に立てたんだ。

 周囲の氷はかなり溶けてきて血臭と腐臭が帰ってきているが、もう、僕の中では嗅覚、そして、これがヒトの肉であるという認識がマヒしていた。

 ただの作業。

 幾つかの樽に散らばったヒトの肉を詰め、冷やしたり、温めたりと指示に従う。

 足下が滑るから足運びには気を配って。

 随分と長い時間をかけたように思う。

 感覚は麻痺していても疲労は積みあがっていたらしく、手足が軋み、意識が朦朧とする。

 ちゃぷり

 踏みこんだ先に水たまり。

 水はうっすらと赤い。

 魔法の効果が切れた?

「時間切れだわ。早く上に行きましょう」

 ノイさんがそう言って僕の手を引いて走り出す。

 時間切れ?

 ちゃぷん

 ちゃぷ

 ジャバり

 水量が徐々に加速をつけて増えてくる?

 ばしゃり

 ばしゃりと足を取られそうな刑場内を水音を立てて走る。

 水はすでに足首を越えている。

 溶けた分量ではないと僕にでもわかる。

 必死に引かれる手についていく。

 足が重い。速度は出ない。ノイさんが時々、いらだたしげに僕の手を強く引き、「急いで」と急き立てる。

 きっと、水はもっと増えるのだと思った。

 血肉の腐臭と甘く香る香辛料の香りが暗い刑場内には満ちている。

 くらい?

 さっきまでここまで暗かったっけ?

 僕を引いてくれる血まみれの手。

 ノイさんに声をかけたくとも呼吸が乱れるばかりでかけることができない。

「上がって。躓かないようにね」

 ノイさんの声。

 段差があった。

 無理に足をあげると膝が痛い。

「ゆーき、早く」

 何とか登る。

 たった数段。そう自分に言い聞かせて足を動かす。

 だけどノイさんは休ませてくれない。

 早く早くとせかす。

 息が切れる。

 ぐるぐると刑場の周りを走る。

 同じ場所を走っているように感じる。足が痛い。前がよく見えない。

 冷えてきたふくらはぎが軋む。

 打ちつけた膝が痛い。

 ばしゃりと足が水を踏む。

「はやく! もう少しで扉に着くから! 扉に着けばまっすぐ登れるから!」

 少し、焦った色の見えるノイさんの声。

 え? 登るの?

 躊躇う僕の対応にノイさんが舌打ちをした。

 ふっと掴まれ続けていた手首の圧迫感が消えた。

 ノイさんの手がなかった。

 見捨てられたような感覚が僕の足をなお重くする。

 どうして僕は期待に応えられないんだろう?

「ゆーき、手を伸ばして!」

 指示されて慌てて声のほうへ手を伸ばす。

 手首をしっかりと掴まれる。

 ノイさんの手の温度。

 壁があった。

 ノイさんの声は壁の上から聞こえる。

 腕が強制的に上に伸ばされていて肩が地味に痛む。

「早く手をかけて! 上りなさい!」

 壁の上へは手が届く場所だった。

 かなり苦労して壁を上る。

「休んでいる暇はないから!」

 ノイさんはそう言って目の前の通路に僕を引きずり込む。

 がしゃんと音を立てて来た場所には戻れないように落ちてきた壁。

 真っ暗な中、ノイさんの手が僕を引いて進む。

 もしかして、僕を引き上げるために回り込んでくれたんだろうか?

「少し上ったら休憩しましょう」

 ぐるぐる階段を回り上る。これは螺旋階段?

 たぶん、螺旋階段を上ると少し上にぽつんと灯りが見えた。

 あそこで休憩かな?

「あそこで休憩しましょう。だからがんばって」

 もしかしたらと思っていたらノイさんが思ったとおりの提案をしてくれた。

 かなりほっとする。

 小さな灯りの下でノイさんが飴玉を差し出してくれる。

 赤みがかった琥珀色。

「コレは花飴フリッシュ・ゲベット。疲労を取り去り、少しの傷なら癒してくれるわ」

 口に含めばじんわりと甘さが広がる。

「ありがとう。ノイさん」

 ノイさんは笑いをこぼした。

 少し、苦々しさを含んだ笑いだった。

 かげりが強すぎて純粋に笑顔を浮かべられないのかなぁと妙なことを考えてしまう。

「この先に領主様が、レーゲン様がいっらっしゃるはずなの。水が満ちれば支払いの儀式が始まるから」

 そう言って再び螺旋階段を僕らは上がり始めた。

「ゆーき、はやく」

 振り返ったノイさんが手を伸ばしてくれる。かすかな灯りにキラキラした光は希望……?



 ど    ん   !!





 予測していなかった衝撃と共に視界が揺れる。

 音もなく飛び散る鮮烈な赤。

 鮮やかなオレンジが視界を埋める。

 どこまでも鮮やかに透き通るオレンジは赤をまとってノイさんの灰色のローブから生えていた。

 ノイさんは笑いの表情のまま、刑場へと落ちていく。

 僕はノイさんに手を伸ばす。

 水面の近さ、ざわめく水音。水中をうごめくオレンジの生き物を感じながら。

「ノイギーア!! ユーキ!!」

 上から降ってくる男の切羽詰った声。

 ノイさんのローブに手が届く。

 灰色のローブは死肉の血と自身の血で赤く染まっていた。

 水が、迫る。


 なにが、起こったのかがわからない。





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