ステップ1
おちる。
浮遊感と下に引かれる引力を体に感じてる。
世界に広がる視界は木々がゆっくり広げる青い空。
音はない。
落ちてる。
ああ、夢だったんだなぁ。
「ゆーき! ゆーきおにいちゃん!」
希ちゃんの声が聞こえる。
音が還ってきた?
感じたのは冷たさとぬくもり。
黒髪がハラハラと垂れてくる。
犬の吠え声が聞こえる。
風が枝葉を通り過ぎる音、足音が、誰とも言えない声が聞こえる。
冷たい背中がゆっくり熱をおびてきて、視界が薄暗くなっていく。
ああ、夢だった。
全部、夢だったのかなぁ。
走馬灯っていうのかなぁ。
あれは。
落ちたんだ。
水の色なんか認識できないくらい唐突に落ちて沈んだ。
鰭をもつ手が僕を引き上げた。
そして、僕はずぶ濡れの状態で頭を下げている。
飲んだ水を吐き出して、顔を上げたところにいたのはかつて世話になっていた恩人だった。
彼はいつだって余裕のありそうな表情で『忙しい、面倒だ』と働いている人。
僕を見下ろして困った表情を浮かべているのは手間が増えると思ってるからだろう。否定できない。
僕は笹原由貴。二十歳。高卒後大学に行くほど学力はなく、その上、コミュニケーション能力に難有り。就職難でほぼ引きこもりニート生活。家族だって僕が仕事に就くことを期待なんかしていない。しているのはポイントサイトのクリックぐらい。
それでも、三ヶ月前に異世界転移して、その異世界住人の尽力で元の世界へと帰してもらい、改めて生き直す努力をしてたんだ。
少しでも、外へと。
……挫折したけどね。
ちなみにその時は異世界で数ヶ月過ごしたハズが戻してもらったら六分もたっていなかったという異世界魔法ミラクル。僕は行方不明にも何にもなっていなかった。なっていたとしてもきっと誰も困らないのはわかってるけどね。
その数ヵ月過ごした異世界がここ。だって恩人がここにいるから。
今、目の前にいるのは力を尽くして元の世界に返してくれた善意の恩人。
「追い返さないでください!」
僕は必死に勇気を込めて叫んだ。
こんな再会を望んでいなかったであろう恩人は微妙な表情で僕を見ていた。




