旧友との再会
「いや、入りましょうと言われましても...」
「どのように?」
息の合ったリレー方式で投げかけられた疑問に対する答えは、すぐに出された。
集団の先頭が大樹の下に辿り着いたと同時にまるで招き入れるかのように大樹の根元が裂けたのだ。中には外見よりも広い空間が広がっているように見える。
それを見て、「凝り過ぎじゃない?」という表情のお手本のような顔をした二人を他所に集団は中へと入っていく。
固まっている二人を見つけたあの強面エルフーーーゴルが二人に声を掛ける。
「何を間の抜けた顔をしてんだ?ほら、行くぞ」
「あぁ、はい。おや?あなたはレースの時の...」
「おうその通りだ、俺はゴル。よろしくな」
「丁寧にどうも。私は中跳です。よろしく」
二人がゴルによって促され中へ入ると、其処には外観からはありえない広さの空間が存在し、その奥にはだいたい1メートル四方の年季の入った祠が静かに鎮座していた。その端に腰をかける形で身長、三十センチ程の老人が祠に同化する様に佇んでいた。
「おや?あれは...」
それを見て中跳が何かに気付くと同時に、その老人は立ち上がりサナトスと中跳に向かい手を振る。
「おーい、久しぶりじゃな」
「あぁ、道折ですか。久しぶりですね」
「おぉ、おぉ、お前さんは変わらんの、羨ましいわい、わしも昔はそこそこ整った顔立ちだったんじゃがな、あぁ嫁がおったら...」
「引退した後まで仕事する真性のワーカーホリックが何を言ってるんですか。というか貴方いきなり『そろそろ隠居する〜』って言ってやめたって聞きましたけど、なんでこんな所で土地神を続けてるんですか?」
「話すと長くなったり短くなったりするから後でな。中坊もよく来たな、元気か」
「はい、お久しぶりです。道折様」
「なんじゃ、様付けなんかしおって...昔みたいに土地じいと呼んでもいいんじゃよ?」
「お爺さんがお爺さんを『〜じい』と呼んでいる光景は中々辛いでしょう。それに、土地の住民が敬意を払っているみたいなので、揃えました。簡単に」
「ほーん、そうかそうか」
元?土地神の道折、土地神の中でも優秀な部類に入り、土地神の頼れるじいちゃんのポジションにいた中跳達の知り合いである。
サナトスと同年代の神であり、サナトスより少し前に引退したはずの神である。
「じゃあ挨拶も終えたことじゃし、エルフ達の祝詞と奉納の舞を見ながら話そうかの。ほれ、そこに座るといい」
「いや、祭りの祝詞を祀られている神の隣に座って聞く客人が何処にいるんですか」
「わしは気にせん。座ればええじゃろ」
「「こちらが気にするんですよ」」
「そうか...」
納得のいかないような顔ではあったが、渋々でも折道が折れてくれたことを確認してから二人はエルフ達の後方に回っていく
一方そのやり取りを見ていたエルフ達はといえば、自分たちの土地神と客人のあまりに親しそうな様子を予想していなかったのだろう、全員が半分口を開けた間の抜けた顔をしている。
絶世の美女、美男子が皆揃って口を開けて呆然としている光景はなかなか筆舌に尽くしがたいものがある。
間の抜けた顔をしているというのに妙に絵になっているような気もする。
話がそれた。
中跳達二人はそんなエルフ達の顔に困惑しつつ元の位置に戻り、サナトスが近くにいるゴルにおずおずと尋ねる。そのゴルもどうやら緊張しているようだ。
「あの...どうしたのですか?」
「い、いや...あなた方は神様なのですか?」
サナトスに負けず劣らずなおどおど度合いである。先程の豪快っぽさが何処かへ家出してまった様だ。
かなり畏まった様子でサナトス達に話しかけてくる。
そんなゴルの変わり様を見て、苦笑しつつサナトスが答える。
「実は...私はそうなんですよ」
「ちょっと...」
「ここまでやっといて誤魔化すのは無理では?」
「・・そうですね」
「でしょう?ところでゴルさん。そんなに畏まらないで下さい。私畏まられるの苦手なんですよ。先程と変わらない感じでお願いします」
「お、おう。じゃあ、こんな感じで...ん?『私は』ってことは、中跳の方は違ぇのか?」
「私はただの人間ですよ」
「・・ただの?」
サナトスのお願いに驚きを見せたが逡巡する様子は見せることなく態度を戻したゴルは、耳まで真っ赤になっている。
自分の態度の変わりようを振り返って恥ずかしく思っているようだ。
しかし、すぐに正気に戻り自分のことを「ただの人間」と言い切った中跳を疑うような目で見ている。
「な、なんですか?」
「いやぁ?何でも?ほら、始まるぜ」
ゴルは中跳の問いに明確な答えを出すことはせず、祝詞を唱え始めたエルフへと視線を向けた。
中跳も少々納得のいかない顔をしながらも祝詞を邪魔する訳にはいかず、ゴルと同じ様に祝詞を唱えるエルフを見る。
それは祝詞とは言うもののまるで歌の様に美しい。
だが、必要以上に美を主張する訳でもなく淡々と、しかし嫌でも侵し難いと認識させられる程の神聖さを感じられた。
「これは...」
サナトスかそう感嘆の息を洩らすのと同時に祝詞の旋律が変わる。
先程は陽の光のように全てを覆い、隅々まで行き渡るような、優しく暖かく澄んだ唄だった。
今度は静かであり、ドッシリとした頼もしさで、偉大な父を讃えるような、ぶっきらぼうだが愛を感じる唄へと変わった。
その後も様々な変化を経て、祝詞は終了した。
どうやら何か舞の様なものが始まる様だ。
大人の部と子供の部がある様で初めに子供が行う様だ。
その中に一人、中跳達が見覚えのある子供がいた。
集落での祭りの時見た格好とは異なり、舞うためのひらひらした衣装に身を包んでいる。
「おや、スイが舞うんですか」
「ええ、可愛いでしょう」
「はい、とても可愛らしくなってますよ。舞は大丈夫ですかね」
「大丈夫ですよ。珍しくあの子が頑張っていましたから」
先程の様子を見て少し心配気に中跳が呟くと、誇らしい者を見る瞳でスイを見ていたフェイが答える。
心配している中跳の言葉が聞こえたのか、少しだけ不貞腐れた様な顔でスイが近付いてくる。
「私は、大丈夫だよ。練習したもん」
「はい、お父さんから聞きましたよ。ですがやはり本番は緊張が失敗を呼び込みますから。そうですね...」
そう言って中跳はスイの肩に手を置く。
その手から中跳へ伝わる波がスイの緊張度合いを教えてくれる。
ーーートクトクトクトクーーー
「やはり緊張してますね。では息を大きく、お腹に空気を入れるイメージで吸って下さい。限界までです。・・そうそう、そしたら体の力を息に乗せて吐き出す様に思いっきり吐いて...」
パァン!
中跳は息を吐き出し終えたスイの眼の前でタイミングを見計らい、手を叩く。
そして再び肩に手を戻す。
ーートクートクートクーー
「うん、解れましたね。では頑張って下さい」
「?うん頑張る」
自分の緊張に気付いてなかったのか、よく分からない様に首を傾げながら走り去っていくスイを微笑みながら見送る。
「今のは?スイの表情が少し良くなったのは分かったんですけど」
「人の中には波があります」
「はい?」
「その波は様々です。怒りの波長もあれば悲しみの波長もあります。もちろん平常の波長もね。緊張というものは様々な波長が重なり合い、波が不安定になる事により起こります。その中で平常の波を少し強くして、後は上手く刺激を与えてあげれば...平常の波へと整えられる。まあ、おまじないみたいなものですよ」
「は、はぁ...」
「やっぱり中跳、お前は普通じゃねえよ」
「ほっほっほ。ほら、始まる様ですよ」
「おっと、見逃してはいけない。スイに怒られてしまう」
フェイはそう言い慌ててスイの方へと体ごと向き直る。
様々なエルフの子供が舞う中でもスイは一際目立つ程上手に舞っている。
スイだけ、明確にイメージが伝わってくる。その舞が訴えたい事、場面が鮮明に描かれ、引き込まれる。
(子供の演技力と言うか、表現力ではないでしょう。あなたはどれだけ濃い子供生活を送ってきたんですか...)
思わずそんなツッコミをしてしまう程に中跳は舞に引き込まれてしまった。
願わくばこんな緩やかな空気のまま終わって欲しかった。
引き方って難しいですね...