余命宣言
神と人間が良き隣人として暮らしている世界で『死を呼び、命を刈り取る者」として忌み嫌われていた死神の一柱とその執事である中跳隠岐那は、とある丘の上のごく普通の家で暮らしていた。死神とその執事とはいうものの仲の良い友人のような関係だった。
ある日のことである。
何時ものように昼食を食べ、その片付けをしているとき
「中跳、片付けを終えたら私の部屋まできてください」
と死神が真剣な雰囲気で中跳に言った。死神━━サナトス=モルムは見た目は若い女だが老人の死神だ。その為仕事は少なく、午後からとなっている。勤務時間が近付いていた。
「かしこまりました」
勤務時間に遅刻をすることなど決してなかったサナトスに勤務時間ギリギリに呼ばれ、不思議に感じながらも片付けを終えて、部屋へと向かう。
「サナトス様、参りました」
「入ってください」
「失礼します」
中跳は部屋にはいる。
「中跳...」
「なんでしょうか」
「その妙に畏まった喋り方は?」
「サナトス様がとても真剣な眼差しと雰囲気でいらっしゃったので」
「いつも通りでいきましょう」
「はい」
いつも通り━━━とまではいかないが少し気が抜けたサナトスを見て少し楽になる中跳、そこで疑問に思っていた事を口にした。
「勤務時間が近付いていますが、仕事に行かなくてもいいのですか?」
「ああ、休みました」
「若い方達が大変になるのでは?」
「まあ、良い予行になるでしょう」
サナトスの言葉の意味が掴めず、内心首を傾げる中跳に深呼吸をして、サナトスは...
「私は6ヶ月後に死にます」
誰よりも親しい親友との別れまでの残り時間を告げた。
「6ヶ月...ですか」
「はい、寿命ですね」
神は長命ではあるが、不死ではない。不老かどうかは神により変わる。しかし、神の平均寿命はだいたい二百歳前後である。
「近いですね」
「...いつ言うべきか悩んでいたのですが」
この世界で死神は人の死期を視ることができると言われている、それは事実だが死神は視えるだけでそれを近付かせたり、先送りにすることはできない、死神から死期を教えられた死神の従者も同様である。死期を視れる変わりに救うことができないのだ。死神が視る死期はあくまで目安であり、寿命を全うする時以外はコロコロ変わる、何者かに襲われる、疫病にかかるなど。寿命は、実に変わりにくい。短くとも一年はかかる。
そして、自分の死期に対しても同様である。自分の死期も視ることができる、違うところは自分の命は救えると言うことだ━━━と言っても、死なない努力するだけ、つまり死の要因を避ける努力をするだけだ。よって、対処できるのは寿命以外の死のみ。ここまで近づいてしまった寿命はどうしようもないのだ。
「考えすぎて頭が痛くなったので今日言いました」
「そうですか...」
「まあ、あと三ヶ月は仕事を続けますよ」
自分の残り寿命の半分までは仕事をすると言うサナトスは真面目で死神の鏡であるのだろう。死神は自分の寿命が視えることもあり、寿命が近付くと死を恐れ、引き込もってしまうものも少なくない。『死を視てきたのに恐れる』のではない、『死を視てきたからこそ恐れる』のだ。
「そして、残りの三ヶ月は遊びに行きましょう」
「遊びに...ですか」
「はい、これからの三ヶ月間は予定をたてる期間です」
寿命が判っているのに実に楽しそうに遊びに行こうというサナトスに驚きつつ、相手として自分が選ばれたことを喜ぶ。破顔しそうな顔を崩さないように格闘していると、
「いいじゃありませんか、私だって友と遊びに行ったりしたかったのですよ...」
中跳が何を言うと思ったのか、口を尖らせ拗ねていた。そんな神の威厳どころか子供っぽい仕草をする主人に微笑みを隠さず言う。
「喜んで、ご一緒させていただきます」
「そうですか、ありがとうございます」
「いえいえ」
「あと...最後の三ヶ月の間だけで良いので、普通の友人のように接しましょう?」
この『お願い』には心底驚いたのか中跳は開いた口が塞がらない。
「だめ...ですか?」
「いえ!そのようなことは」
「では、最後の三ヶ月間は━━━」
『最後の三ヶ月の間だけで良いので...』というこの言葉からあることに中跳は気が付いた。
「最後の三ヶ月間だけ、ですか。失礼ながら尋ねさせていただきます。三ヶ月だけで本当によろしいですか?」
中跳の問いにサナトスは一瞬ポカンとした顔をした後、遠慮に気付かれたことに気付き頬を赤く染める。
「...いや、残りの六ヶ月間全てです」
「はい」
端からこの二人━━1人と1柱を見たなら、驚くだろう。仕える側の執事が主人を赤面させたのだから。普通の主従関係では確実に観られないだろうが、この二人にはごく普通のことなのだ、主人と執事であると同時に、かけがえのない親友同士なのだから。
~その日の夜~
「...あと六ヶ月ですか」
空には見事な満月が夜空に輝いており、夜中とは思えないほどに明るい。だが、外の明るさと対照的に中跳の面持ちは暗い。
「寂しくなりますね...」
中跳はサナトスがいなくなった後のことを考えようとして、いつの間にかサナトスのいない生活が想像できなくなっている自分に苦笑する。
考えようと努力するうちに意識は過去━━━出会ったばかり、人生を救われた時まで遡りサナトスの過去の言葉を思い出す。
『ふふふ。何故自分を殺さないのか、そんな顔をしていますね。簡単な理由ですよ、私はあなたより先に寿命を迎えるでしょう。その時に見送ってくれる人が欲しかったんです。それに、私はあなたの笑顔が見たい。とても素敵でしょうから。だから━━━━』
親しくなかったその頃は簡単な命令だと思っていた。しかし、親しくなってしまった今ではとても難しい命令。
『━━私が死ぬときは、笑顔で見送ってくださいね?』
「難しい命令を出されたものですね」
唯一無二の親しい者が死ぬ時、笑って見送られることは理想的なのだろうか?泣くよりは、あの世での再会を信じ『またね』と笑顔で送られる方が理想的なのかもしれない。だがそれは、見送る側にとってはとても難しいことだ。もう二度と会えなくなる、会話することもできなくなる、共に笑い笑顔を見合うことができなくなる、それに自分たちの場合、神と人間は死後同じ所に行くのか?再会できるのだろうか。そんな止めどない哀しみの全てに蓋をし、笑顔で見送らなければならない。しかし、感情は簡単に蓋をできる物ではない、閉じ込めたと思っても溢れてきてどうしようもなくなることの方が多いものだ。そんなものを閉じ込め、笑顔で親友を見送ることのなんと難しいことか。
中跳の脳裏にこれまでの生活が甦ってくる。仕事は完璧の癖に生活面では少しだらしなかったこと、仕事先で非業の死を遂げた者を導くたびに泣きそうな顔で帰宅し、誰にも気付かれないように自室で自分の無力さを呪って泣いていたこと、これまでに見てきた笑顔の数々。
中跳は、最高の笑顔で見送ることはとても難しいと思う。だが、泣くことで心配そうな顔をさせたくないとも思う。そして、出来るだけ願いは叶えてあげたいと思う。だから━━━
「最高の笑顔で見送りましょう」
そう決め、眠りについた。