最終話
この話でこの物語は最終話となります。最後まで読んでくださった皆様、心より感謝いたします。
では、本編へどうぞ!
目まぐるしく変わっていく日々の中で、ふと思い出す。
あとどのくらい待てば、あなたは盗みに来てくれますか。
複数の足音が扉の向こうから聞こえてくる。きっと私の元に来る足音にうんざりしながら、否うんざりさえできる状況でないながらもため息をそっと吐いた。
そうして開け放たれた扉。もうこの部屋もたくさんいるというのに。
「パール様、隣国からお手紙です!」
「後にしてください」
「パール様、街で酔っ払いが暴れています!」
「それは警備隊に任せてください」
「パール様、友好国からお手紙です!」
「手紙はあとにしてください」
「明日のドレスの試着を「それ、さっきもしたわよね!」
行事の前日だというのに、どうしてこんなに忙しいの。
急ぎの用を済ませ、今はひと段落。と、誰かが部屋に入ってきた。疲れてるからもう仕事持ってこないで。
「…パール様、お疲れ様です」
聞き慣れた声が労いの言葉を掛けてくる。
「えぇ。まさか前日にこんな忙しいだなんて思わなかったわ」
「それは毎年言っております」
「……気のせいよ、ペリドット」
そうして、机に突っ伏していた頭を上げペリドットに向き直る。
彼は前王であるルべライトが処刑されたあと牢の門番から私の側近になった。というより私が指名した。
気心が知れて、なおかつ政治にも詳しい。元々彼は文官であったが、あの男が王になり衛兵として、また牢の門番として就くことを余儀なくされた。
彼曰く、「俺が生きていられるのはパール様のおかげです」らしい。そんな彼は私の側近になることを快く引き受けてくれた。
「そういえば…街の騒動は収まりましたか?」
「はい。警備隊がすぐに駆け付け取り押さえました。酔いが醒めたら釈放だそうですが」
「そうしてちょうだい。明日のことに少し浮かれていたんだわ」
「そうでしょうね。だって明日は…パール様の生誕祭ですから」
含みのある笑顔に大きなため息をわざと吐く。
「私は望んでません」
「何を言いますか。パール様の生誕を国民で祝うのは当然です。まぁ、ご結婚をされれば生誕祭はなくなりますが」
「うっ…」
心に刺さる言葉を……。また溜息を吐き、窓の外の国を見つめた。
あれから5年という歳月が経った。ルべライトの政治はあまりにも自分勝手でめちゃくちゃだったのでかなり改革をした。国民も最初は困惑していたようだったけれど5年が経った今は笑顔が溢れる国になったと自負している。
でも、こんな大幅な改革ができたのはトルマリン帝国のおかげだ。帝国からの資金調達であったり軍事力で他国から守ってくれたりと改革に支障が出ないように尽力してくれた。
これは一生かかっても返せないくらいの恩だ。
それでもその恩を返したい私なのだが、皇帝曰く
「弟のショールが私や前皇帝である父上にまで頭を下げて君の国を助けてほしいと言ってきたんだ。今まで頼みごとをされたことがなかったから2つ返事で承諾しちゃったよ」とのこと。
また前皇帝も
「君の父上を守れなかった。私はまだ恩返しができていなかったというのに。だが君が生きていてくれた。そして国を建て直そうとしてくれている。あいつへの恩を私は返しているだけ。それに君はショールの大切な人だからね」と微笑まれた。昔の覇王は何処へ。
あの時のことを思い出し、恥ずかしさやら何やらで頭を抱えた。
「パール様、聞いていますか?」
「…いえ、聞いてませんでした」
「やっぱり。パール様、あなたは結婚適齢期に入っているんですよ。貴族や王族からの縁談を断り続けるのは国交にも支障をきたします。ここにある他国からの手紙はす・べ・てあなたへの縁談です。どうするおつもりですか!」
そう言って手紙の山を私の机に置いたペリドット。
「わっ私は…心に決めた方が「怪盗ノワールですね、知ってます」
あえて伏せたのにどうして言うの?と目で訴えてもペリドットは知らんぷり。
ショールが去ったあと自分の想いが恋だと気付いた。母が昔言っていたのだ。
「ふとした時に思い出す人はあなたが会いたいと思っている人よ。胸が苦しくなったり嬉しくなったり。それを私たちは恋と呼ぶの」
言われなくてもいつかはこの気持ちに気付いた。だからこそ私は彼が戻ってくるのを待っている。
でもそれがペリドットにとっては気に食わないらしい。
「パール様。もう5年ですよ?5年も待って帰ってくる気配がないなんて、怪盗はあなたを忘れているとしか思えません。待ってったってあなたが苦しいだけです」
「私がいつ苦しいと言いました?私は約束したのです。何年でも待つ、と。絶対戻ってくる、と彼も約束してくれたんです。
それにペリドットだって今の奥さんと恋愛結婚じゃないですか!私にも恋愛結婚させてください!!」
「それが本音だよな!?あっ…失礼しました」
「構わないわ。そちらのほうが私は好きよ。あなたは側近になった途端、敬語になってしまったから寂しいと思ってたの」
そう言うと一瞬苦しい顔をしたペリドットは、ガシガシと頭を掻きながら「あぁくそっ」と吐き捨てた。そうしてペリドットは昔の口調に戻る。
「俺は本当のこと言うとノワールと結婚してもいいと思ってる。でも、パール様はそこらへんにいる女とは違う。一国の王女だ。あなたのその肩書きは怪盗と結婚することで批判を買う。せめてノワールが王子とかならいいが」
私は誰にもショールが皇子だと言っていない。そんなことを言えば彼の仕事を邪魔してしまうからだ。それにトルマリン帝国にも被害が及ぶ。外交とは本当に大変な仕事だ。
でも、それは心の支えがあってこそ。
きっと戻ってくる。そう信じている。
「ペリドット、この手紙を送ってきた求婚者たちの本意は何だと思う?」
1つの手紙を持ち、ペリドットに問う。彼は少し考えると
「親に言いつけられた政略結婚だろうから友好関係の築きじゃないか?」
「半分正解ね。でもきっと優越感もあると思うの」
分かっていない顔をしている彼に「1度お会いしたことあるから分かるの」と伝える。
「彼らが私を褒める言葉は『お美しい白い髪ですね』よ。この髪しか見てない無能、んんっ失礼…使えない国王なんていらないわ。そんな人に任せればルべライトの二の舞よ。
私は髪じゃなくて国を見てほしいの。私や国民と一緒に国を作ってくれる夫がいいの。きっとこの手紙全部に髪が美しいだの1束欲しいだの書かれているんでしょうけどね」
そう言って私は持っていた手紙を手で真っ二つにした。「ぁあ!?」とペリドットは言ってるけど求婚を受ける気なんてさらさらない。
「もちろん、ノワールが使えないなら私は国のために恋心を捨てる覚悟はあるわ。だって私はシトリン王国の王女よ?それぐらいしなきゃこの国は守れないわ」
ふふっと笑うとペリドットは「可憐そうな顔して…」と呟きながら苦笑いしていた。でも納得はしているようだ。
「パール様がそれでいいなら俺は別に構わない。ただ、戦争を起こされるようなら全力で阻止しろよ。やっとアゲートが安定期に入ったってのに面倒事が増えたら困る」
「あらそうなのね!アゲートには無理はしないようにって伝えておいてちょうだい」
「分かってるよ」と彼は呆れていたがすごく幸せそうだ。彼らの子どもが見れるのはそう遠くない未来なのかもしれない。
「それ破くの手伝うぞ」
「あら気が利くじゃない!あっ、でも重要案件があるかもしれないから一応中身は確認しましょ」
「さっき見ずに破いたのはどこの誰だったっけ?」
「シトリン王国の王女に決まってるじゃない!ペリドットはバカね」
「昔よりめっちゃ口悪くなってるよな、パール様」
「ノワールびっくりしねぇかな」と心配しているペリドットは今、まとめて3通を破いていた。私と話しながら読むなんて側近に選んでよかったわ。
全て破り終えるころにはもう夜も更けていた。明日はうんといい日にしよう。
あちらこちらから国民の活気ある声が止むことはない。シトリン王国の国民を全員収めることの出来る広場はたくさんの人の笑顔と食べ物の匂いで溢れかえっている。
今日という誕生日を迎えられたことに安堵し、緊張してもいた。
ショールが今日戻ってくるのだ。
それは昨日までに遡る。
手紙を確認していると宛先不明のものがあった。こんな手紙は私の元に来る前に誰かが見ているはずだが開けられた様子もない。ペリドットと不思議に思いながら開けてみると
――――――――――――――
予告状
シトリン王国のパール王女様へ
明日、
王女様が誕生なされた時刻に
世界で最も愛する純白姫を
頂きにまいります
怪盗ノワール
――――――――――――――
「私っていつ生まれたの?」
動揺しすぎてそんな言葉しか出てこなかった。
そんなこともあって、広場を目を凝らして見るが人が多いせいで全く見つからない。探すことは断念した。
ところで私は玉座に座っており、いろんな人からの贈り物を手渡されている。それは他国の王族や貴族などが多いがそのほとんどは縁談に関するものが多い。今だってほら。
「じゅ…シトリン王女様、謹んで御誕生日のお祝いを申し上げます。つきましてはこれを機にご結婚を考えてはいかがでしょう。女性というものは男性を支える、いわば寄り添ってこそです。私の息子は政治に長けた者ですし寄り添うにはとても大きな財力を持っております(訳:純白姫は引っ込んで俺の息子と結婚しろ)」
贈り物を受け取る召使いでさえ顔を引き攣るほどの傲慢さ。この方は高位であるにもかかわらずまだのし上がりたいようだ。
「祝いの言葉と贈り物、大変嬉しく思います。しかし女性は男性にただ黙って寄り添うのではなく互いに尊重しあい、時には制止をするものです。さらに、いくら政治に長けていたとしても国民を苦しめるようでは……10年前の二の舞ですよ」
ニコッと微笑めば途端に顔を青くした貴族。この人は昔ルべライトの傘下にいた人だ。何を起こすか堪ったものではない。ここで牽制しておくのを忘れないでおこう。
「あぁそういえば最近、重税をした貴族を捕らえまして私が甘かったことを痛感しました。ですから近々、財政調査なるものを行おうと思っております。
まさか…あなたという方が重税などという法に触れることをしてなければいいのですが。期待して待っております」
それを言うと、まるで卒倒寸前の蒼白顔でその場をあとにした。あれでは図星と言っているようなものではないか。それにあそこの息子は確か、領地の町娘にご執心と聞いたが知らないのだろうか。どうでもいいか。
あぁそうそう。贈り物は貴族に限ったことではない。
「おひめさまおたんじょうびおめでとう!」
「こら!すみません、パール様」
「いえいえ、微笑ましい限りです。ありがとう、可愛いおひめさま」
玉座から立ち上がり小さな女の子から白い花を受け取る。女の子はきゃっきゃっと嬉しそうに跳ね、父親は目に入れても痛くなさそうな雰囲気だ。
私の父も私をたいそう可愛がってくれた。母も体調が良いときは楽しいお話を聞かせてくれた。2人は城の誰が見ても仲睦まじい夫婦であった。私もいつかあんな夫婦になりたいと今でも願っている。
女の子が手をこちらに振りながら父親と手を繋いでいる。手を振って見送る私にそばにいた召使いが「羨ましそうですね」と呟いた。
「そうね、羨ましいわ。大切な人に囲まれるのは誰だって夢見ることよ。まぁそれを言ったら私はとても幸せ者ね」
「それは…幸せそうな国民に囲まれているからですか?」
「あら、分かってるじゃない!」
玉座に座り直し、周りを見渡す。
装飾で彩られた広場。人を呼ぶ声が聞こえる出店。笑顔の絶えない国民。私が夢見ていたことが現実になっている。
「ではあとはずっとそばにいてくれる夫だけですね」
「あなたまでそんなこと言わないでよ。私には心に決めた「怪盗ノワールですね、知ってます」
何でみんな知ってるのかしら。そんなに顔に出てる?
「パール様、トルマリン皇帝様と皇后様が参られました」
考えに耽っていると召使いから声が掛かる。慌てて立ち上がると「座ってても構わないよ」と言われた。一瞬、ショールが来たかと思いドキッとするがよくよくみると柔和な顔が印象的なトルマリン皇帝だった。やはり、腐っても兄弟なだけある。
「そういうわけには参りません。せめて皇后様だけでも座ってもらわなければ」
「あらあら。そんなに心配しなくてもまだ2ヶ月よ?」
「よし、そうしよう」
「あなた!」
怒った皇后に項垂れる皇帝。皇帝が皇后より弱いなんて公にしてもいいのだろうか。さっき通った貴族がぎょっとしてたのを私は見逃さなかった。
「今日はパールが主役なんだから絶対ダメだからね!」
「ほらほら座って」とあまり強くなくても従うことにした。
「パール、誕生日おめでとう。ささやかだけど、私からのプレゼント」
手渡された箱は両手に収まるくらいのもの。「開けてみて」と急かされたので何の戸惑いもなく開けた。
びっくり箱だった。
「あんまりリアクションしてくれない」
「いつも驚かされればこれしきのこと、びくともしません」
拗ねたふうだが彼女との関係はこんなものだ。皇帝も「やめろって言ったんだ」と呆れてはいるが心の中では大爆笑だろう。
「まぁ冗談はここまでだ。これから広場でダンスだろう?」
「えぇ。今年も混じるつもりなので。トルマリン様もいかがですか?」
「あいにく、やんちゃな妻が心配だから遠慮しておくよ」
困った顔の皇帝に肘鉄を食らわせた皇后は見なかったことにしよう。
「そっ…それでなんだが、今年は私が指名した者と踊ってくれないか?帝国からのプレゼントがそれなのが気が引けるが」
一瞬ひるんだ皇帝に小さくガッツポーズした皇后。あとでしこたま怒られそうだ。誰とは言わないが。
「構いませんよ。しかし、トルマリン様が指名する人とは一体どんな方ですか?」
「最近、海外からようやく帰って来たやつでこの国に早く行きたいと久しぶりのわがままを言うようなやつなんだ」
ははっと苦笑いの皇帝だがそんなに手間のかかる人なんだろうか。
「そういえばその方は今どこに?」
「んー、あとちょっとだなぁ。パール、君が生まれた時間をご存知か?」
私の問いを無視し広場の時計を見た皇帝は逆に問いかけてきた。昨日の予告状のことを思い出しながら「いえ」と首を振る。
「君の父上が私の父にずっと君のことを話していたようでね。そのとき君の生まれた時間を聞いたそうだ。確か―――……この時間だったと思うよ」
そういうや否やいきなり突風に見舞われる。そして、ダンスに用意していた花びらが広場に流されてしまった。そのとき微かに「偶然すぎるだろ」と皇帝の声が聞こえたが、風と12時を知らせる広場の時計の鐘ですぐにかき消される。
昔、この時計の鐘を父から聞いたことがあった。
「この鐘はねサファイアがパールを産んだ時刻を知らせてくれるんだ。私はこれを聴くとサファイアとパールをずっと守ろうと思える。もちろんこの国の民もね」
もう10年以上も前だから忘れていた。父は国民想いだけじゃない。家族想いでもあった。母、サファイアもそんな人だった。自分の髪にも病にも臆することなく最後まで正しく王妃であり母親であった。
これに気付かせてくれるなんてやっぱりあなたは素晴らしい方です―――……。
「こんにちは、パール・ホワイト・シトリン王女様。怪盗ノワールがあなたを盗みに参りました」
突風が去ったあと目の前にさっき思い浮かんだ人がいた。涙が溢れるのを堪え、立ち上がる。
「もうあれから5年ですよ。私のこと絶対忘れてましたよね?ショール」
頭を下げていたショールは私の手を取ると指先にキスを落とした。昔と何ら変わらない仕草に言葉とは裏腹にクスッと笑ってしまう。
指へのキスは―――「賞賛」。
「5年も待たせてすまなかった。パールのおかげでこの国は大分活気づいてきたな。よく頑張った。ていうかパールこそ、仕事に追われて俺のこと忘れてたんじゃないか?」
拗ねたような言い方にムッとする。
「そんなことない!そりゃ忙しかったし辛かったけどショールが戻ってきてくれるって約束してくれたからここまで頑張ってこれたもの。
それに私1人だけじゃなくてお城のみんなや帝国の人々、特に国民が助けてくれたから私は非力だけどたくさん支えてくれる人がいたからここまでやってこれたんだよ」
堪えていた涙が頬を伝う。「お前は泣き虫だな」とショールは拭ってくれた。
ふと彼の首元のネックレスを見た。それは私が昔あげた「パール」のネックレス。そして、私の首には「ブラックトルマリン」別名「ショール」のネックレスが輝いている。そのことに気付き、また泣きそうになった。
会いたくて逢いたくてたまらなかった。本当は戻ってきてくれるか不安で仕方なかった。もう諦めようと思っていた。
溢れ出る気持ちを抑えるために私は言葉を紡ぐ。
「ショール、また私のわがままな頼み事聞いてくれる?」
「構わないさ。パールの頼み事なら何でも叶えてやりたい」
頬に手を添えられ2人で笑い合う。深呼吸をして彼の純粋な黒い瞳を見て言った。
「私を盗むかわりに国王になっていただけませんか?」
その時初めてシンと静まり返った広場に気付く。私の声は広場の人々に聞こえてしまっただろうか。あぁ…私が選んだ人をみんなは納得してくれるだろうか。
ショールは驚きすぎて固まっていたが「お前ってやつは…」と小さく零した。
「それ、俺のセリフなんだけど」
「あんまりにも遅くて待ちくたびれちゃったからこれくらいいいでしょ?それで返事は?」
自分でもいたずらが成功したときのこどもの顔だと分かる。ショールはその顔を見て「5年前そんなんだったっけ?」と拍子抜けしていた。もしかしたらペリドットの言った通りになったかもしれない。
勝ち誇った笑みを浮かべていると突然抱きあげられた。驚いて固まっちゃったけどこれは……お姫様抱っこかしら。
「おっ…下ろしてくださらない?」
「いやいや、国民の前で俺の妻だって言わなきゃ気が済まん。随分と縁談を申し込まれたそうだし」
誰だ、言ったの。帝国側か?それとも内通者?心当たりがありすぎて困る。
広場にそぉっと目をやれば見える範囲ですべての人が私を凝視している。恥ずかしったらありゃしない。
「えーと…シトリン王国の皆様、ほか他国の王族、貴族にこれから私とパールの婚約を宣言します」
広場がざわついた。そりゃそうだ。王女を抱え拙い言葉を言うこの男性は誰なのか。敵意さえむき出しにしている者もいる。もうどうにでもなってしまえ。
「ショール」
そこでやっと近くに皇帝がいることに気がついた。それでも抱えたままだ。早く下ろして。
「女性に言わせたままでは男の恥だぞ?ちゃんとプロポーズするんだ」
怒っているところ悪いんですが、みんな状況が掴めてません。皇帝に似たあの男は誰だとかまさかあの噂は本当なのかとかいろいろ言われてますよ。
「……?言ったぞ?」
「言ってねぇよ!正式なプロポーズしないとどっかの王族の王女に嫁がせるからな」
怒気を含んだ声は本気そのもの。抱えるほうも抱えられたほうもビクッとした。
誰がこの人をあの覇王と正反対だと言った?まさに血で繋がった親子ではないか。
「俺言ったよな」と渋々私を下ろし、再度プロポーズをし直す。その間、人々はポカンと見ていた。
「私が先に言ったのが悪いんだから気にしなくていいのに」
「いや、俺多分言ってないから」
多分じゃなくて言ってないよとは言わなかった。だってとても真剣だったし。
ひざまずいたショールは私の手を取った。優しく握られることに笑みが零れる。
「私、ショール・ブラック・トルマリンはパール・ホワイト・シトリンとシトリン王国の国民を宝石の名のもとに生涯寄り添うことを誓います」
ショールは立ち上がると私の両手を強く握りしめた。あの日と同じように守ってくれる。
「私と結婚していただけますか?」
笑う姿は昔と全く変わらない。透き通った声は心の中にすっと入ってきた。答えは決まっている。
「はい、喜んで」
すると、どっと歓声が溢れ何事かと広場を見る。そこでは抱き合う者や酒の杯を酌み交わす者、拍手を贈る者でごった返していた。
「みんな、願ってたんだな」
ショールの呟いた一言に頷く。縁談を申し込んでいた他国や貴族までもが場のノリで祝福をしていた。
「私はやっぱり幸せ者ですね」
ふふっと笑うとショールが私の髪に触れてきた。短いそれは彼のお気に召さなかったのだろうか。
あの日から髪は同じ長さにしている。それは彼が私を見つけやすいようにという思いだが世界に1人だけならそんなことしなくてもよかったかもしれない。
「短いほうが似合ってるな。俺はこっちが好きだ」
だからその言葉を聞いたとき不覚にも照れてしまった。縁談を申し込んできた人たちは「もったいない」とか「切った髪をくれないか」とか言って褒めてくれる人はいなかった。
照れた私に気付かないショールは「あっそうだ」と何かを思い出したようだ。
もう1度膝をついたショールが手を差し出してきた。私が首を傾げるとちょっと照れくさそうに
「俺、帝国側のプレゼントなんだわ。王妃、俺と踊ってくれないか?」
皇帝の叱責がまた飛んできたけど私はこっちのショールが好きだなぁ。
「喜んで、国王」
私はきっと世界で一番の幸せものだ。
その日婚約を果たしたシトリン国王夫妻は偶然か必然か、2人とも白い服を纏って踊ったという。
後世に残るおしどり夫婦の童話はまたいつか。
――完――
10ヶ月も置いてごめんなさい。約一年間のリメイク作品を読んでいただきありがとうございます。
本編の最後にも書いていますが「童話」として短編を出す可能性があります(予定は未定です)。
何か不明な点、質問などはコメントにて送ってくださると嬉しいです。
それでは、ありがとうございました!