4話
3話を分けました。内容は変わっていません。それではどうぞ!!
「―――お前に自由などない―――」
そう言って剣を振り落とした。
「ひっ……」
はぁはぁと口から息が漏れる。
額から汗が滲み出ているのが自分でもわかる。
夢…そうか、夢なんだ。あれは夢だ。
ゆっくりと起き上がり、窓から微かに差し込む光に朝だと気付かされる。足元でジャラという音が聞こえここが牢屋だと確認できた。
そうだ、昨日はいつもの服に着替えて寝たんだ。
やはり牢屋の中は寒く、数人のこどもたちが眠れないと泣いていた。なんとかなだめて全員眠ったが布1枚では寒さはしのげない。
「今日も…平和でありますように――――」
いつもの願いを光に捧げる。
誰にも聞かれないはずだった。
「それは、無理な話だな」
後方から聞き覚えのない声がする。この城の人じゃない。でも、耳に心地いい透き通った声だ。
「なぜ、そう思うのですか」
なるべく、平静を装って男に話しかける。
「そりゃ、俺が今日宝石を盗むからさ」
男のさも楽しそうな声。まさかとは思ったけれど、やっぱり……
「『怪盗ノワール』がどうしてここにいるんですか」
予告状を送った怪盗が後ろにいる。まだ、顔は見ていない。当たり前だ、私は窓を見ているんだから。
「最終確認さ。宝石を捨てられたりあんたを殺されたりしていないかっていう」
「それはそれは、随分心配していらっしゃるんですね。大丈夫ですよ、私が殺されることはほぼ皆無といっていいでしょう。この髪があるかぎり……」
宝石が捨てられることは可能性としてありえる。でも、私は……
「自分に自信があるようだな。その髪を持って幸せか?」
「さぁ、どうでしょうか。私には分かりません。ただ、あの方が幸せなら私の感情などないも同然です」
少しずつ空がオレンジ色から青色に変わっていく。鳥のさえずりが窓の外から聞こえた。
「それは奴隷だからか?」
「はい、私は奴隷です」
「本当か?」
怪盗が疑いの言葉を掛けてくる。なぜだろう、胸騒ぎがする。
「本当です。なぜそのようなことをおっしゃるのか私には分かりません」
「奴隷の烙印が見当たらない」
あぁ、だからか。少し考えすぎたようだ。そうだ、知るわけない。
「そうですね。押されたことはありません。あの方は美しい物が好きですから。そんな物に印をつけては美しさがなくなってしまいます」
至極当たり前のことをいうと後ろからため息が聞こえた。
なぜだろう。
「1つ質問してもいいか?」
「答えられる範囲なら構いません」
「名前は?」
どんな質問がくるのかと思っていたがすぐ調べられるような質問だった。
「サファイア・トルマリンと申します」
「違う、本当の名前だ」
そのとき妙な胸騒ぎの理由が分かった。と同時に手が震え出す。胸の前で組んでいるため多分、怪盗には気付かれていない。
この怪盗は知っているんだ。だからあんな質問をしてきたんだ。
それなら―――……。
「本当の、ですか。すみません。サファイア・ホワイト・トルマリンというのが私の本当の名前です。いつもはファーストネームとラストネームしか言わないものですから」
すると後ろで「そうきたか」と舌打ちとともにこぼれた声。だがすぐに
「それで、あんたからの質問はないのか?」
「私のような奴隷が図々しく質問をしていいわけがありません」
「いいんじゃねぇの?ここには『あの方』はいないだろ?」
まるで嘲笑っているかのような物言い。聞かれていたら死刑が確定だ。だけど、なぜか少し肩の荷が下りた気がする。だからうっかり聞いてしまった。
「あなたのお名前は何というんですか」
言った直後、自分に驚いてしまった。それもよりによってなんで名前なんか。
「さっきは奴隷がどうとか言ってた割には質問するんだな」
「いっ今のは言葉のあやでっ」
「へぇ、灰色の目か」
一瞬、わけが分からなかった。
怪盗が言ったことなのか。
怪盗の髪が黒色だったからなのか。
怪盗の顔立ちが良かったからなのか。
でも、分かったことが1つ。
目の前の怪盗がこれでもかと笑っている。
私は焦って後ろを振り向いてしまった。そのため、怪盗に顔を見せてしまったのだ。
私の目は白に近い灰色で白い髪にはこれくらいが丁度良いらしい。
ちらと怪盗を見る。あぐらをかき、右手で顔を支え膝に乗せた恰好は様になっている。笑っていてもそれがプラスされている。それほどまでに顔が整っているということだ。
そして、怪盗の髪の色は私と正反対の黒。私が純白なら怪盗は漆黒だ。
黒髪というのは、東の国に多いと聞く。「ヒスイ共和国」や「スイショウ帝国」がその例だ。
しかし、予想が外れてしまった。東の国は独自の言葉を持っている。『パール語』を使う人はそうそういないだろう。
「今、俺の髪のこと考えてたろ。俺は別に東のほうの国生まれじゃない。まぁ、先祖が東から来てそれが色濃く残ってるだけだ」
なるほど。それなら合点がいく。
「ノワールという名前もそこからですね」
「まぁな。ただもう1つ理由がある。分かるか?」
その目が何かを訴えてくる。あぁ、やっぱりこの怪盗は気付いている。それを私に言わせようとしているんだな。
「さぁ、私には皆目見当もつきません」
「あくまでもしらばっくれるつもりか」
「仕方ねぇか」と怪盗は何かを諦める。
「すみませんが、まだお名前を伺っておりません」
「あれ?そうだっけ?」
「はい。きっとノワールという名前も怪盗としての名前だと思って」
日の光が窓から差し込んでいるようで私の髪がキラキラと輝いている。
「俺はショール・ブラック・トルマリンだ」
怪盗は静かにそう言った。
「ラストネームが一緒なんて偶然ですね」
「あぁ、まさかあの王と同じとは思わなかったよ」
時が止まったかと思った。
目の前の怪盗はうんざりした顔であっさりと言った。
そう、あの方の名前は「ルべライト・レッド・トルマリン」。
別にそこはたいして動揺するところではない。
「私と一緒だと言ったつもりなんですが」
「おぉっと。そうだったな。忘れてた」
愉快そうに笑う怪盗。やはり、核心をついてくる。なぜそうまでして……
すくっと立ち上がると怪盗が少し驚いていた。
「もういいでしょう。あなたが私を盗むだなんて馬鹿げた考えです。なぜなら私にその気がないからです。それに私を盗めるだなんて本当に」
「思ってるさ」
さも当然だと言わんばかりの声。
「根拠はあるんですか」
「まぁ、ほとんどのことを知ってるな。この国のことも、あんたのことも」
「根拠になりませんよ、そんなこと」
「あんたを盗むのに根拠がいるのか」
あぁ、もう本当に……
「根拠がないならすぐにこの国から出て行って!あなたは何も分かっていない!この国がどれだけ…どれだけ……」
手がまた震える。それに伴い、俯く。
すると、すっと違う手が伸びてきて手に柔らかいものが当たる。見ると怪盗が私の指にキスを落としていた。どうやら、我を忘れて気が付けば怪盗の前まで来ていたようだ。
私と怪盗を隔てるのは鉄格子。手が通るくらいの狭さ。
「礼儀ですか。それとも無意識ですか」
指へのキスは……
「礼儀だな。頑張ったご褒美とでも言っておこうか。今までよく耐えた。でも、あんたは俺に盗まれることは確定な」
なんと傲慢な怪盗だろう。でも…心が揺れている。きっとキスなんてされたからだ。
「期待はしません。ですが私を盗んだとき、あなたはきっと後悔するでしょう。世界を敵に回すのですから。そして……」
バンッ!!牢屋の扉が乱暴に開かれる。
「サファイア!何を言おうとした!!」
あぁ、あの方が来る時間は確かこのくらいだったな。なぜ気付かなかったんだろう。
あの方の声が私の身体を締め付ける。言葉という無数の鎖で。
「おい!そこのお前、例の怪盗だな!我の奴隷を盗むなど図々しい!!その奴隷は我の物だ!我の物に気安く触るでない!!サファイア、お前もだ!怪盗に盗まれるというのに呑気に話しおって。『契約』を破ってもいいんだな?」
ふんと勝ち誇った笑みを浮かべるあの方。
身体中が震える。その場に立っているのすらままならない。
お願いだから…もうやめて。
「それを破ったら子供を目の前で殺されるとか?」
シンと静まり返る牢屋。
兵隊さんたちもいるのにまるで時間が止まったようだ。
恐る恐る顔を上げると私の手を強く握りあの方を睨んでいた。その瞳には怒りが込められている。
「契約の内容を俺から話してやる。サファイア・ホワイト・トルマリンは一生、奴隷として生きルべライト・レッド・トルマリンに仕えること。万が一、逃げる、助けを求める、その他、王に逆らうような真似をした場合、サファイア・ホワイト・トルマリンの目の前で誘拐した子供、あるいは国民を殺していく。まぁ、こんなところだな」
「なっなぜお前のような奴が知っておるのだ!」
あの方が驚いている。いや、ここにいる者全員が驚いている。
「この城で召使いになりすましていたとき、たまたま王の部屋に入ってな。そんときに紙を見つけた。その紙が契約書だったわけだ。あんた、大切なものは金庫にでも仕舞っておくんだな」
今度は怪盗が勝ち誇った笑みを浮かべる。
あの方は顔まで真っ赤にして怒りがもう限界まで来ている。
「だから何だというのだ!!我を脅して盗」
「いや?この純白姫の悩みを今夜、吹っ飛ばすんだよ。あんたの目の前でな」
その言葉を聞いてポカンとするあの方。
「それじゃ、今夜キャッツアイと純白姫をいただくから」
そう言い残した怪盗は私の手を放し、あの方の横を通り過ぎていった。
自分の手がどこか名残惜しそうにその場で固まっていた。
てか、今頃3人の名前の宝石が「トルマリン」の種類だったなんて。偶然って怖いなぁ。はははっ。
「ヒスイ共和国」と「スイショウ帝国」は東にあります。世界の地理的に言えばどこの国かわかりますね!