1話
さぁ、始まりました!この「おはなし」が終わるとき、純白姫はどうなっているのでしょうか。それでは、どうぞ!
「――――さぁ、こっちにおいで――――」
誰かが私を手招く。ぼんやりしていて誰か分からない。
少しずつ少しずつ近づいていくと急に引っ張られた。
「つ~かまえた。これでお前はわしのものだ」
不気味な笑顔に身体が動かない。
だめ……逃げなくちゃ、逃げなくちゃ。
あぁでも……私はもう、『もの』になったんだ。
ひんやりとした風に目が覚める。起き上がって眠たい目をこすると、ジャラッと足元で音がした。
布団と呼ぶには薄すぎる布を剥ぎ、ずっしりとした鉄球付きの足枷を見る。
見ていたって仕方がない。どうせ外せないんだから。
深呼吸をしてゆっくり目をつむり、朝の光が漏れた小さな格子の窓に祈りを捧げる。
「今日も…平和でありますように――――」
毎日毎日、同じ願いを光に捧げる。
「おぅ、おはよう。今日も早いなぁ……って目、赤いぞ?大丈夫か?」
声のしたほうへ目を向けると甲冑を身にまとった兵隊さんがいた。頭には何も被っておらず、黄緑色の髪と瞳が日の光でキラキラと輝いている。
「おはようございます、兵隊さん。強く目を擦りすぎたんだと思います」
「また兵隊さんか。俺にはペリドットっていう名前があんだよ」
少し怒ったふうに言う兵隊さん。
「私はあなたの名前を言う権利などありません」
「それ、ホントに言ってんのか?だってお前は」
「奴隷です。私は…奴隷です」
淡々と、そしてきっぱりと答える。何も間違ってなどいない。
兵隊さんは目を見開いたと思うとすぐにため息を吐いた。
「そう…だったな」
「はい、そうです。だから私はあなたの名前も人柄もすべて知ってはいけないんです。私と兵隊さんは地と空の差以上にありますから。こうやって話しているのも本当はいけないんです」
あたりまえのことなのになぜ、眉を潜めるのか分からない。
「そんなことより、新聞を持ってきていただけないでしょうか」
「そうだと思った。ほらよ」
「いつもいつも申し訳ありません」
鉄格子の隙間から新聞をもらいベッドに腰掛ける。ここは牢屋。牢屋にはベッドと手の届かないところに小さな格子の窓がある。イスや机なんて贅沢すぎるくらいだ。
新聞を開けてまず、目に飛び込んでくるのは国外の出来事。政治、娯楽、スキャンダル……。いつもの記事。いつもの出来事。いつもの日常。それが「あたりまえ」だった。
ペラッとめくると見出しに「怪盗、また現る!」の文字。宝石だけを盗む怪盗でここ数ヶ月で4件も被害があったという。しかしこの怪盗、ただ宝石を盗んでいるわけではない。貴族の横領、捏造、密輸、人身売買……。今までこの4件の悪事が怪盗の手によって暴かれ貴族が没落していった。
「この怪盗は何がしたいんでしょうか」
「んっ?あぁ、『怪盗ノワール』のことか。自分で悪いことして、自分で悪いことを暴く。矛盾してるよなぁ。でも、俺はいいと思うぞ?宝石が汚い貴族のもんになってるなんて耐えられんわ。まぁ、宝石を助けてるって意味でだけどさ」
「眠い…」とあくびをした兵隊さん。宝石を助ける…か。
「闇が闇を暴く…ということですね」
「どいうことだよ?」
「それは」
ガシャン。
あぁ―――合図だ。
ギィィィィィィと嫌な音が牢屋中に響く。いつのまにか兵隊さんも敬礼をしていてまったく動かない。私も新聞を閉じ、さっと立ち上がって鉄格子に近づく。「あの方」はこうでもしないと……
人を殺しかねない。
だんだん近づいてくる足音に耳を澄ます。少しして足音が止まる。
「おはようございます、陛下」
完璧な1礼を心がける。しかし頭を下げていても、不満そうなオーラが出ているのが分かる。
「陛下だけとは…無礼な奴だな。我の名を言え」
「はい、ルベライト陛下でございます」
すべてのものを焼き尽くすような真っ赤な髪。ギラギラとした赤黒い瞳。このシトリン王国で最も最高位の地位に立つお方。
「今夜も楽しみにしているぞ、サファイア」
「もちろんです。ルベライト陛下の仰せのとおりに」
頭は下げたまま。すると、髪を一束取られる。
「いつ見てもなんと美しい純白。我のものにふさわしい髪」
「もの」……。今日の夢は嘘ではなかったようだ。
「傷1つでもつけてみろ。分かっているな?」
「はい。『契約』は必ず守ります。私はルベライト陛下の奴隷ですから」
「白髪」を持つのは世界で私だけらしい。