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鳥になった少年の唄  作者: 吉富カエル
4/8

疑問

 博が恵へ電話をしてきたのは夕方だった。仕事が一段落して、ようやく一息ついたときに恵からの着信に気が付いての折り返しだった。「美紀が気がついたのか?」恵が電話に出ると挨拶もなしに博は聞いた。恵はすぐには答えることができず、少し間を開けて「それが、いなくなったの」と小さく呟いた。


「いなくなった?」

博はまさか美紀があの傷でどこかに行ってしまうなんて思ってもいない。

「いなくなったって何が?」

恵に聞き返しながら、わざわざこの状況で美紀以外のことを恵が話すこともないことに気付いた。

「まさか、美紀がか?」

「ええ」

それを聞いた博が電話の先で動揺しているのが恵にも伝わってきた。博が動揺したのを見るのは記憶にないぐらいだが、状況が状況だけに致し方ないことに感じられた。


 だが美紀の話を聞いていた恵には、その動揺がどこか別のところから来ているようにも感じられたが、まだ確証のない疑問を博に伝えることはできなかった。恵は詳しい話は会って直接話すことにして、博には早く帰ってくるように伝えると電話を切った。


 恵が美紀からのメールに気が付いたのはその時だった。

『おかあさん、ごめんなさい。いま私自信が混乱していて考える時間が欲しいです。おとうさんのことも整理したら全部話します。必ず帰るから心配しないでください。』

その短い内容からは、いつもの美紀からは感じることのない不安だけが恵には感じられた。


 博が帰って来たのは恵が家に着いて少し経ってからだった。

「何があったんだ?」

博はスーツ姿のまま着替えもせずにリビングに入って来た。聞きたいのは恵も同じだったが、病院での出来事を伝えた。ただ、伝えたと言っても美紀から聞いた話は伝えることができず、横田が来たこと、横田に少年のことを聞いている間に美紀がいなくなったことだけを話した。

「美紀から連絡はないのか?」

「ええ、こちらから携帯にも連絡したんだけど繋がりはするけど電話には出ないわ」

なぜか美紀からメールがあったことを今はまだ博には言わない方がいいと思った恵はそのことには触れずにいた。

「どこに行ったって言うんだ?美紀の友達とか知ってる人には聞いてみたのか?」

「それはまだしてないわ。美紀が自分からいなくなったのだから、友達に聞いても教えてくれるとは思えないもの。それに・・・」

博はその後に続く言葉を待ったが恵の表情からは、それが周囲の眼を気にしての聞きづらさであることがわかった。そして、冷静に考えると博も同じ考えだった。何もわからない中で闇雲に動くより、警察に任せた方がいい。

「なら、横田と言う刑事には?」

恵はその時になって横田の存在を思い出したかのようだった。自分でも、なぜすぐに警察に連絡しなかったのか不思議だった。


 ちょうどその時だった博の携帯が着信を告げた。

「美紀からか?」

そう呟きながら携帯を見つめた博の表情からは、それが美紀からではないことはすぐにわかった。

「はい、黒田ですが」

博は恵に目配せすると電話に出た。


 電話の主は横田だった。

「黒田さんですかね?」

「ええ、そうですが」

「先程病院へ伺ったのですが、おられなかったので電話しました。いま少しよろしいですかね?」

横田は博へ聞きながらも、返事を待たずに続けた。その声は大きく横にいる恵にも電話の主が横田であることがすぐにわかった。

「娘さん、娘の美紀さんが病院から逃げ出したって聞いたんてすが少し詳しく教えてもらえないですか?」


 博は恵から聞いた状況を素直に横田に話した。横田としても、自分と恵が話をしている間にいなくなったとは思っていなかったらしく少し意外だと言った感じだった。ただ、話を聞き終えると横田は傍で聞いていた恵の方が驚くことを言った。

「そのですね、先ほど娘の美紀さんと思われる姿を見たという情報があってですね、それが、また厄介なことに、旦那さんが見たという少年と思しき子と一緒にいたってことなんですよ」

「美紀がですか?」

今までのことからも美紀以外のことを横田が言うわけもないのだが、博は思わず聞き返さずには居られなかった。


 恵はその話を傍らで聞いていたが、意を決したのか博に電話を替わるように告げた。

「もしもし、妻の恵です」

恵は傍にいる博にも聞き取るのがやっとの声で話しかけた。

「あの、まだ主人にも話していないことがあるんです」

電話の向こうの横田の表情はわからないが、博の表情は明らかに変わっていた。

「娘が昨日の出来事について話してくれたことをお伝えします。今朝、主人とともに病室に行った際、娘はまだ寝ていたのですが、主人が会社に向かってしばらくして目を覚ましたんです」

「それは私が行く前のことですね?」

横田は一瞬の間に割って質問した。

「ええ、刑事さんがまだ来る前のことです」恵は話を続ける。

「娘は思ったより落ち着いていて、昨日の出来事を私の方から聞きました。そしたら、少年のことを見ていないというんです」

それには横田も少し驚いたような声で「見ていないと?では誰に刺されたと?」と職業柄か戸惑いもなく聞いてきた。

「主人です」


 今度は博が驚く番だった。まさか自分が刺したなどということはあり得るはずがなく、考えてもいないことだった。なぜ自分が娘を傷つけなくてはならないのか。自分が傷ついてでも守り続けるべき娘を傷つけるわけがない。いや、それ以上になぜ美紀がそんなことを言ったのかが想像もつかない。

「でも、今思うと娘の話には違和感があるんです。娘から聞いた話では居間でリンゴを剝いていたら主人が帰ってきて、いきなり怒りだしたというんですが」

博には全く身に覚えのない話だが、いまは恵の話を遮る余裕はなくただ話の続きに耳を傾けていた。

「そもそも娘がリンゴを剝くなんて見たことがないですし、主人もそんな理不尽な怒り方をするはずがありません。いま考えると娘がむりやり作った話にしか思えないんです」

博からすると、美紀がなぜそんなことを言ったのかは別の問題として、自分がそんな意味もなく怒る男ではないことは、家族であれば恵も美紀もわかってくれていると思っていた。それが、自分が思っていたほどではないことがわかって少なからずショックであった。


「では、娘さんは嘘をついていたということになりますね」

どんな事情があれ、美紀が嘘をついていたのは事実である。だが他人である横田からそう言われると恵はいい気分はしなかった。それは横で聞いていた博も同じだった。

「そうなりますが、きっと娘にも何か事情があったのかと」

恵は美紀を弁護するように声を荒げていた。

「あ、いや、すいません。悪気があってのことではないんです。これも一種の職業病と思って許してください」

横田という刑事も根はいい方なのだろう。すぐに恵の心情を理解すると素直に謝った。

「いえ、こちらこそ、伝えるのが遅くて申し訳ありませんでした。娘から聞いた時点ですぐにお伝えしておくべきでした」

それは博も同じ気持ちだった。なぜ恵は自分にもその話をしてくれなかったのだろうかと一抹の不満があった。


「それで娘は、美紀は見つかったんですか?」

恵は話を元に戻すと横田に問い掛けた。

「いえ、それはまだでして、今も探しているところです」

「そうですか、ではまた何かあれば連絡をお願いします」恵はそれだけ言うと電話を切った。


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