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鳥になった少年の唄  作者: 吉富カエル
3/8

憶測

 恵にはまったく理解できないことだらけだった。博は少年を見たと言い、美紀は見ていないと言う。博は少年が刺したと言い、美紀は博が刺したと言う。

 どちらかが嘘を吐いているのだろうか。それとも、動転してはっきり覚えていないだけだろうか。ただそれにしては、二人共落ち着いているようにも見える。


 恵は自分の夫である博を疑うことはしたくなかった。ただ同じように最愛の娘である美紀に対しても、同じ思いを持つのは母として当然だった。博が帰って来たら聞いてみるしかない。恵は先程から静かに寝息をたてている美紀を見つめながらそう思うしかなかった。


 その時、コンコンとドアをノックする音と共に一人の男が病室に入ってきた。昨日会ったばかりの横田と言う刑事である。

「失礼しますよ」横田は誰もいないと思っていたのか、恵の姿を見ると、少し意外な表情を浮かべながら軽く会釈をし、「先程娘さんが気がついたという連絡があったもんで寄ったんですがね」と、まるで誰かに言い訳でもするような口調で恵に話しかけた。


「ついさっきまでは起きていたのですが、また少し前から寝てしまって」恵は美紀の顔を見つめながら横田に伝えた。ただその表情は、できれば今はそのまま帰って欲しいという思いが十分に感じられた。きっと美紀と博ともう少し話をしてから、横田に話がしたかったのだろう。


 横田はそんな恵の思いを知るよしもないが「いや、たまたま近くにいたので寄ったんですが、また来ますよ」とだけ言い残し部屋を出ていった。恵は安心したようにフーッため息をついたが、次の瞬間急いで立ち上がり横田を追い掛けた。


 恵は横田が通ったであろう廊下を早足で追い掛けた。「ちょっと待ってください」恵が横田の姿を見つけ声を掛けたのはちょうど下の階に向かう階段の踊り場だった。横田は恵が追いかけてくるとは思ってもおらず、疲れているのか気を抜いていたのかはわからないが、ちょうど大あくびをしたところだった。「あっ、こりゃ失礼しました。ちょうど昨日から仕事続きなもので」少し言い訳をするように恵の方を振り返った。


 「こちらこそすいません。先ほど部屋に来て頂いたときに聞けばよかったのですが、少し気になることがあったもので」

恵は急いで追い掛けてきたため、少し息が荒げていた。

「気になること?」

「ええ、あの夫が言っていた少年、美紀を刺したという少年は見つかったのでしょうか?」

恵は単刀直入に横田に聞いた。

「あぁ、少年ですか」

横田は少し考える素振りを見せた。が、特に問題もないと判断したのか恵に正直に話した。

「捜査情報になるので詳しくは教えられませんが、まだ見つかってはおりませんね。ほら、お宅の家は住宅街でしょ?マンションとかと違って防犯ビデオとかもあるわけじゃないものですから、これがなかなか大変でしてね。今も他の刑事たちが聞き込みに回っている最中ですよ」

「そうですか。では、美紀を刺した凶器とかもまだ見つかってないのでしょうか?」

横田には恵がなぜそんなことを聞くのかなんとなく理解できたが、その理由が美紀の話によるものとまでは想像できなかった。

「ええ、まだ見つかっていません」

横田は恵の表情を見つめながら、少し間をあけて話を続けた。その時には先ほどの大あくびをしていたその表情とは違い、熟練の刑事としての顔つきに変わっていた。

「あえて伝えておきますが、刑事というのはあらゆる角度から物事を考える癖があるものでして、旦那さんの発言からいろいろと調査をしているところです。それが真実かどうかも含めてですがね」

横田はあえて「博も疑っている」とは明言はしなかったが、恵にはそういう意味にも受け取れる言い方だった。


 横田には今の時点で博を疑う明確な理由はなかった。だが、恵には美紀の発言から夫の博を疑う理由が生まれている。横田としては、美紀が目を覚ませばすべてわかるという思いがあるために、今の時点では憶測でしかないことを伝えることはできない。


 それは恵にとっても同じであった。夫と娘の矛盾。どちらを信用すればよいのか恵には判断できるほど頭の中が整理できていない。恵は横田にお礼を言うと一旦病室へ戻った。


 病室へ戻るとなぜか入り口で看護師二人が話し込んでいた。そして一人が恵に気が付くと不安げな表情で駆け寄ってきた。もう一人は反対方向へ急ぎ足で向かっていった。

「どちらへ行かれていたのですか?美紀さんはご一緒では?」

恵には最初質問の意図が理解できなかった。

「あっ、先ほど刑事さんが来たので少し話を聞きに。美紀に何かあったのですか?」

恵は逆に看護師に質問を返した。

「美紀さんがいないんです」


 恵はまさかという表情を浮かべたが、看護師は話を続けた。

「つい先ほど様子を見に伺ったのですが、部屋には誰もいませんでした。それで他の看護師を呼んで探しに行ってもらったところです。まだ完全に傷も塞がっていないから、そんな遠くに行くことはできないと思いますが」

恵はそれを聞くと急いで部屋に入って美紀が寝ているはずのベッドを見た。そこにはつい先ほど、恵が横田を追い掛けて部屋を出るまでは寝ていたはずの美紀の姿はなかった。そして、用意していた着替えもなくなっていた。


「いったいなぜ?」その問い掛けに答えを見つけることはできない。恵は博に連絡することも忘れていた。

「わたしも探しに行ってみます」

恵は残っている看護師にそう告げると急いで部屋を出た。恵が横田と話をしていたのは十分にも満たない時間のはずだ。その間に部屋を出たとしたら、そんなに遠くに行っているわけがない。いや、それ以前にあの怪我で早く動けるわけがない。恵はそんなことを考えながら、先ほど横田を追い掛けたのとは違う方向へ探しに向かった。


 恵が病室に戻ってきたのは、それから三十分ぐらい経ってからのことだった。病院内の思いつく限りを探し回り、病院の入り口で待機しているタクシーの運転手にも聞いて回った。しかし、それでも美紀を見つけることはできなかった。それは看護師たちも同じだった。


 恵は万一美紀が戻って来た時には、すぐに連絡をもらうように看護師に告げると一旦家に帰ることにした。

(いったいどこへ行ってしまったのだろうか?いや、それよりなぜ出て行ってしまったのだろうか?)

そんなことを考えながら、タクシーに乗り込んだ時、まだ博に連絡すらしていないことに気が付いた。


 急いで携帯電話を取り出し博に電話したが、生憎と会議中なのか博は電話に出なかった。また掛け直すことにして、恵は一旦携帯電話を鞄にしまった。が、その時1件のメールが届いたことに恵は気づいていなかった。送信者は勿論美紀だった。


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