『傲慢』のルシファー
結果からいえば、プリシラはルシファーとの婚約を破棄する事が出来た。
ただし、それを公に公表するのは15歳になった時、また、それまでは婚約者候補という立場である事という条件がつけられた。つまり、学園入学時までルシファーとの婚約破棄は公にしないということだ。
「まあ、仕方ないわよね。王も認めた物を簡単に覆す訳にもいかないもの。色々面倒なこともあるし、婚約が破棄されただけで満足よ」
陛下に直訴したからという点で考えても。破格の扱いだ。プリシラにはなんの罰も与えられなかったのだから。
プリシラが婚約を取り消してくれ、と言った時、当然はいそうですか、とはならなかった。その場にいた殆どが声を荒げて、プリシラを批判する言葉を口にした。
しかし、陛下はそれを押し留め、無言でルシファーと共に帰って行った。
どうなることかと思っていた後日、プリシラとルシファーの正式な婚約破棄の書類が届いた。一緒に陛下から一筆、プリシラ宛に同封されていたものには、
『知らなかったとはいえ、愚息が数々の暴言、非礼をどう詫びてよいか分からぬ。申し訳なかった。貴女の希望通り、婚約は取り消そう。馬鹿な愚息に再教育を施すことを貴女に誓おう、小さき令嬢よ』
短いやり取りの中で、陛下はルシファーのプリシラに対する態度を見抜いたらしい。もしかしたら、ルシファー本人に詳細を聞いたのかもしれない。悪びれずに話しそうだ。婚約破棄はするが婚約者候補には依然残ることも書かれており、混乱を避ける為に暫くはその事を発表しないこと、また詫びの印として花や装飾が施された美しい首飾りも届いた。
この歳の少女は背伸びしたいと考えているのを熟知した贈り物である。
プリシラ内の陛下の株は急上昇であった。なお、ルシファーの株は底辺である。辛うじて、本人の能力面で評価されているだけだ。
「プリシラ様、大丈夫? 本当に大丈夫、です?」
「プリシラ様、よくルシファー様に好きな方が出来たとわかりましたね?」
グレイスに大丈夫、と返してから「ああ、それは」とソレルに向き直った。
「確か、この頃だったはずなのよ。ヒロインとルシファー様が出会うのが」
「えっ? でも、物語は学園に入ってからなのでは?」
「そうよ。でも、その前に関係があったというのは運命の出会いとして演出するのに必要でしょ?」
以前も会っていたというのはトキメキとしてかなり重要だと、プリシラは思う。
グレイスは眼をきらきらさせて、跳びはねて同意してくれたが、ソレルは首を傾げていた。なぜわからない。このトキメキ要素が。
「あの、プリシラ様。ヒロインとルシファー様、プリシラ様の関係をもっと詳しく教えてくださいよ。全然教えてもらってないんで、正直さっぱりです」
「私も、知りたい!です! プリシラ様、教えて! です!」
どうやらソレルが首を傾げたのは別の要因だったようだ。グレイスも賛成したその質問に、それもそうね、と思い、プリシラは別世界におけるこの世界のことを思い出し始めた。
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ゲームの名前はこの際、抜かすわね。
七つの大罪っていうのが題材にされてるのも話したから、ルシファー様のことだけ言えばいいのかしら。
『傲慢』のルシファー。その名を冠する通り、ルシファー様は人を見下し、自分が優れていると思ってるのよ。何においても一度も負けたことがなくて、リベンジって言葉は彼の辞書にないんじゃないかしらってパロられ……リベンジっていうのはもう一度挑戦するって意味で、パロっていうのは他の作品を風刺や揶揄する意味合いで模倣するってこと。
ああもう、分からないならいいわ! 後で教えるから今は気にしないで!
とにかく、ルシファー様はそういう人で、しかも実際彼は完璧って言っていいでしょ? 能力や才能でいうと。性格は底辺だけど、本人に自覚がないから。それで人生が楽しくないんですって。何でも出来る人ってそうだから嫌よね。側にいるとこっちも人生が楽しくないように思えてくるのよ。もう絶対に一緒に居たくないわ。
で、楽しいことや面白いことが大好きで、自分が面白い、楽しいと思えば権力も相手の事情も問わず、退屈を紛らわせる為に自分の物にするのよ。飽きたら捨てるの。迷惑な話だわ。
なあに? その顔。私もそうだったって言いたげね?
煩いわよ、ソレル。自覚してるわ。
そんな彼が唯一、手に入らなかったのが『初恋の女の子』。
勝手に城を抜け出したら、ばったり会うのが10歳で何度か彼女と会って「また会いましょう?」って約束してから、3年間ずっと思い続けるのよ。一途なのはいいけど、もし婚約破棄出来てなかったら他人事じゃないからぞっとするわよねー。で、その約束の証にヒロインは四つ葉のクローバーを渡すのよ。
だから、ルシファー様の好きな花は白詰草よ。
……はぁ……頭の中に好きでもない、面識もない男達の個人情報が詰まってるって気持ち悪いわ。知りたくない情報を知ってるんだもの。ルシファー様の好きな花とその思い出をどう活用しろっていうのかしらね?
ルシファー様は約束した次の日にヒロインに会いに行くんだけど、ヒロインは会ったその日に引っ越してて会えなかったっていう、王道の王道よ。
で、ヒロインだけど。
普通の庶民だったけど、精霊と契約するの。それで、学園に途中入学することになるのよ。私達が18になる歳に。
「精霊?! 契約するって、本気ですかっ?!」
「大マジよ」
マジって何かって……それもまた後!
精霊と契約なんて、数百年ぶりの逸材でしょ?良くも悪くも皆の注目の的! それも、平民がー!ってなる訳。
ま、当然よね。だって、彼らより私達の方が教養はあるもの。
といっても、心の豊かさでいうなら平民の方が得てしてあったりするんだけど。
そこら辺が精霊の気に入ったところだったりするんじゃないの?
ヒロインはそういう事情で、学園での居心地が悪いのよ。
で、ちょっと泣いてたらそこにルシファー様が現れて事情を聞いて、当然の如く馬鹿にしてヒロインに叩かれて、彼女に興味を抱くっていうのが彼らの出会いね。18になる歳に転校してきて、卒業式でハッピーエンドだから恋愛期間は一年よ。しかも、両思いだって確認するのは卒業式なんだから、呆れちゃうわ。ホントすごいわよね、そんな短い恋愛期間で王妃を決めるなんて本当の馬鹿としか思えないわ。
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話し終えてグレイスが淹れてくれたお茶を口に含む。
「「えっ!?」」
「えっ?」
二人して同じ科白を吐いたのに、プリシラも同じ返しをしてしまった。
「……何よ?」
恐る恐る、という風にソレルが口を開いた。
「聞き間違いだったらいいなと思うんですが」
「ええ」
「ルシファー様、ヒロインに叩かれて興味を持つって言いました?」
「そうよ。ルシファー様はヒロインに頬を思いっきり叩かれてヒロインに興味を持つの。そういう行為をうっかり別世界の記憶を持つ人がやっちゃって、相手に興味を持たれるっていうのも王道だけど、私はそんなヘマをしたりしないわ」
その証拠にちゃんと婚約破棄してる、とプリシラは胸を張る。
「そこはいいですよっ! そうじゃなくって、そうじゃなくってですね……! ルシファー様って、叩かれて喜ぶ系の人だったんですかっ?!」
ソレルの魂からの悲鳴にプリシラは「え」と声を出すしかなかった。
「うわあああ、知りたくなかった新事実! あの顔で! あの性格で! あの声で! まさかの変態性癖とかっ! ———お、面白すぎる……ッッ!!」
ソレルは叫んだ後、あはっはっは、と笑始める。笑い続けて呼吸困難に陥りかけているのを、呆れてプリシラが見ていると、グレイスが今度は口を開いた。案外、彼の沸点が低いのを知ったのはごく最近のことだ。
「それで終わり? です? プリシラ様! 何か、他にないですか?」
「何かって?」
「プリシラ様、どうなるの、です? 他にどんな風にヒロインとルシファー様、仲良くなるです? 私達はどうなったの、です?」
ソレルより大分まともな質問に、プリシラは彼女の頭を撫でた。照れてはにかむのが可愛い。
「あっ、俺もそれ気になってました! 俺達ってどうなるんです?」
笑いを納めて聞いてくるソレルの口元は引きつっていて、笑い自体はおさまっていないことが分かる。
「別にどうもならないわ。特に二人には書かれてなかったもの。ちらっと出てきたくらいよ。あーでも……」
ルシファールートではないが、プリシラの侍女や従者が手引きして監禁されるルートがある。明言出来ないが、その情報を流す侍女と従者はグレイスとソレルだろう。裏切りとはまた違う気もするものの。
続きを待つ二人に「何でもないわよ」と言い置いて、話を反らせる為にヒロインとルシファーの事を話すことにした。
「ルシファー様は別にMじゃないわよ。Mっていうのはソレルが言った性癖のことね、虐げられて喜ぶ人」
「えっ、違うんですか?」
「プリシラ様、そんな人、いるの……ですか?」
純粋なグレイスに心洗われる気がする。逆にその歳でいつそんな人のことを知ったんだ、とソレルに聞きたい気が起きた。怖いのでプリシラは止めだが。
「色んな趣味の人が世の中にはいるの。……ルシファー様がヒロインに叩かれて興味を持つのは、面白そうだから、よ。予測出来ない行動だったからっていう」
実際はヒロイン視点の為、ルシファーの気持ちは分からないが、現状本人を知っているとその可能性が高い。女性に泣かれたことはあっても、平手打ちをされた経験は皆無だったに違いない。皇太子を叩く人物などいるはずがない。そもそも、そうしようとしても周りに止められる。それが珍しかったのだろう。
プリシラの説明に一応の納得をしたソレルは首を傾げた。
「でも、それだけであのプライドも一級品のルシファー様が庶民の女に惚れるとは思いませんけど。それに庶民と皇子じゃ、身分でも結婚出来ませんよね?」
「身分は問題ないわ。ヒロインはルシファー様ルートに入ると、貴族の養子として引き取られるわ。カリステモン家よ」
「えーっ! カリステモン家に……」
カリステモン家は由緒ある侯爵家であり、立場上は公爵家であるプリシラの方が上だ。だが、公然的にカリステモン家はシャマール家とライバル関係にある。ヒロインがカリステモン家の養子となってから、プリシラは出てくるのだ。ルシファーの婚約者として。
ただし。
「既にその時にはルシファー様の心はヒロインに傾いてるから、私はただの当て馬ね。色々あって、最後はヒロインが王妃になってハッピーエンドよ。歴代最高の王としてルシファー様は名を刻み、それを献身的に支えた王妃は『精霊妃』として称されたんですって」
ネットでは歴代最高のバカップルじゃねぇの、とタグになっていた。ただ、ネットの説明もバカップルの説明もタグの説明も面倒だからとプリシラは二人にそれは言わなかった。
「グレイス、これでいい?」
はい、と頷いた彼女に続けた。
「婚約破棄もしたし、ルシファー様はもう無視でいいわね」
「そう言えば、他のヒロインの相手って誰なんです?」
ソレルが「ルシファー様並みって……そう居ませんよね〜?」と頭を悩ますのを、プリシラは少しだけ躊躇ってから攻略者の名前を上げた。
「……ルシファー、レヴィアタン、マモン、ベルゼブブ、アスモデウス」
「私も知ってる名前、いっぱい! プリシラ様!」
「な、なんです、その有力若手貴族ばっか……」
恐れ戦くソレルには悪い、と思いながら、プリシラは残り2人の名を告げた。
「……ベルフェゴール、サタン」
「は?」
「えっ?」
全く予期せぬ名前に二人が絶句する。プリシラは視線を反らせた。
「……ベルフェゴール様って、ベルフェゴール様? あの、ベルフェゴール様? プリシラ様の、弟の、あのベルフェゴール様??」
グレイスは目を白黒させてベルフェゴールの名を繰り返し、
「イヤイヤイヤイヤ、それより問題はその後の名前だろっ!? さ、サタン様って、サタン陛下のことですよねっ?! えっ、ヒロインってプリシラ様と同年代じゃなかったのかよ?! おい、それ犯罪だろ!! ルシファー様に引き続いて陛下がまさかの幼……むぐっ?!」
聞かれると不敬罪にも取られない言葉を言おうとしたソレルの口を慌ててプリシラは塞いだ。ルシファーをなんと言おうと構わないが、陛下を貶めるのは世間的にも個人的にも許せない。衝撃に素で話す彼を押しとどめて、落ち着いたかなと思ったところで手を離す。
「……落ち着いたわね?」
「取り乱し、ました。申し訳ありません……」
頭を下げるソレルを見て、グレイスもまた正気を取り戻す。
「申し訳ありません、プリシラ様……」
「いいわよ。私も思い出した時は愕然としたもの。陛下は別にロリコン……っていうのは幼女趣味の方を言うのよ。覚えておくといいわ。で、ロリコンじゃないわ」
「違うんですか?」
ソレルの質問に大きく頷いた。あれ程の色気に溢れる方がロリコンだなんてあり得ない。
「サタン、というのは陛下のことではないのよ」
「「えっ?!?」」
長いので切りました。
後、サブタイトルを『ルシファー様って、叩かれて喜ぶ系の人だったんですかっ!?』と最後まで悩みました。