ベルが幸せならそれでよし
いい? まず貴方は私の弟なのよ、ベル。
それは確実の不可侵のこれからも絶対に覆らない事実だわ。
そしてそれはこの世全てのお金を積まれようとも代えられない価値のある事実で、何より大切で一番重要なことで、それだけで貴方は私の役に立ってるの。
なぜなら、私がベルを大好きで愛してて、貴方が側にいるだけで私は幸せだからよ。
側にあるだけで幸せな物なんて早々ないでしょ? でも、貴方はそうなの。
物じゃないけど、そこにいて、息を吸って吐いて笑ってさえいてくれれば私は幸せでいられるのよ。幸せにしてくれるのよ。
それって最高に素敵な価値だわ。
だって、いるだけで確実にこの世の一人を幸せにしてるんですものね。だから、貴方はそのまま好きに生きていいのよ。だって、魔法を好きな貴方も植物を愛でる貴方も、剣を振るう貴方も私は愛してるもの。
そう、だからこそ、体調を崩すようなことはさせないわ。
ベルが倒れたら私は不幸になるのよ。
当然、倒れるようなことはさせないわ。魔法だろうと植物のことだろうと、もし剣のように無理や無茶をするなら即刻辞めさせるわ。分かったわね?
……あら、そんな話じゃなかったわね、ベルの話をしないと。
そうね、役に立たないって言っていた魔法と植物のことだけど。
好きなものがあるって素敵なことよ。
私は好きなものって家族以外には今の所ないもの。あ、私自身は大好きだったわ。でも、それって基本よね。ベルだって、自分のことは好きでしょう?
ベルはそれに加えて、好きなものがあって、それに関しての才能まで持っていて、しかも趣味と実用を兼ねてる!なんて素敵なの!
それから魔法は何より役立つ才能でしょ? 剣よりずっと役に立つわ。
ほら、アイスクリームだって魔法があるからいつだって食べられるのよ?
料理人達が剣じゃなく、魔法を学んだのは何でだと思ってるの? 役に立つからよ!
そもそも、人生において戦争や紛争が全てじゃないのよ、ベル。勿論身を守る術は必要だと思うわ。
だから私だって剣を学んでるし、ベルだってこれからも剣を学び続ける必要はあると思うわ。体術なんかもそうよ。
だけど、私たちは貴族だからそうそう戦いに身を置くことってないでしょ? むしろ、計算能力の方がずっと使うわ。
文字通りの戦いより、日常の方が多いのよ。
日常において殺す技術なんて、動物達を解体するくらいしか必要ないでしょう? 刃物を扱う術に長けるっていうのは大切なことだけど。
その点、魔法はすごいわ。
戦闘する時、ある程度近接武器が扱えるようにしてたら中距離、遠距離もカバー出来て、日常でも威力重視して火魔法だけ、じゃなく、ベルみたいに水魔法に精通してれば、まず火や水に困ることがないでしょう?
肉を焼くのに火が出せるなら、当然便利だし、成長魔法が使えるなら食料も種だけで済むから遠出するにも楽でいいわよね!
船旅をするにしても、ベルは風魔法も出来るからどんな天候でも問題ないわ。
好きな方向に好きな時に進めるのよ!
それに結界も作れるんですもの、嵐になっても転覆しないじゃない。
仮に転覆しても、浮遊魔法だって出来るから―――あら、ベル、貴方最高ね!
分かっていたけど、改めて口に出すとベルが本当に最高に素敵な天才魔法使いで可愛い弟だってことが再確認出来るわ!
そもそも、遭難して剣があれば動物を狩れるけど、それだけでしょ?
ベルだったら何が食べられるかそうじゃないかも分かるから、もっと美味しいものを食べられるけど、剣しか脳のない馬鹿達は焼くしか出来ないのよ?
ベルとは色んな意味で雲泥の差よ。比べるなんて馬鹿馬鹿しいけれど、貴方と他がどれ程違うかを貴方に言っておくことも大切よね?
それに、ベルが作ってくれてる香油とか薬湯も、ベルが私を手助けしてくれてるっていう証拠よね。
ちゃんとどういう効果があるかをベルが計算して作ってくれてるし、薬草で作られてるから肌にもいいのよね。
使用人達の肌荒れやあかぎれも少なくなってるって使用人達の間でも評判よ。
それに、私がこういうのが欲しいって言ったらちゃんと作ってくれるんだもの。
化粧水も作ってくれて……おかげで、私の髪も肌もつやつやすべすべもっちもちよ。
匂いも好みで、お気に入りなんだから!
剣だこが出来た手でも、何とか令嬢の手に見えるくらいまでもっていられるのはベルが作ってくれたものたちのおかげよ。
それも、ベルの植物の知識がやってくれたことだわ。本当にあの素敵な匂いの香油も香水も……ありがとう、とても嬉しいわ。
あ、そうだわ。
ベルって、毒薬だって作れるし、だから解毒薬も作れるでしょ?
それにほら、この間くれたやつ。
身を守るのに役立つわよね、ええっと、何だったかしら……ああ、そうそう! 大の男を一時間は軽く麻痺させる、麻痺毒だったわね。
本当にお役立ちだわ。
これで私の腕で敵わない誰かと戦う事になっても、あれを使えば逃げる時間が作れるし、どこかで攫われても無事に生き延びられる可能性が高まるし。
これからも、私の肌と髪艶とそれから身を守る為の薬を作ってちょうだいね。
お父様やお母様だけじゃなくて、お兄様にも渡しましょうね!
ふふふ、ベルなら動く魔植物なんて作っちゃえるかもしれないわ。
小さく折りたたみのなんて作って、魔力を吸い取る触手型とか! そしたら、それを投げつけて拘束してる間にこっちが勝利を手に出来るわ。ちょっと研究してみようかしら? ね?
あと、そうね……ベルのおかげで色んなおいしいものが作れるわ。
香辛料も普通ここら辺では栽培できないっていうけど、ベルの庭じゃ、ベルの魔法のおかげで環境下の違う植物も育てられるから私があれしたいこれしたいと思ったら簡単に出来るの。
これからも、ベル達が喜んでくれるよう料理を頑張りたいわ。
……あら、いやだわ。
ベルが騎士になったりなんかしたら、私って生きていけないかもしれないくらいに助かってるのね……ねぇ、ベル。やっぱり騎士を目指すなんて止めましょう?
私、貴方に側にいて欲しいわ。本当よ。生きていて欲しいの。どこかの戦争に参加してるベルなんて、想像だけで息が出来なくなるくらい苦しいわ。
ね? ベル、国に仕える方法なんて他にもいろんな道があるのよ? だから、ベル。ベルは私だけの騎士でいてくれたらいいじゃない。騎士になっちゃったら、国の騎士―――それもアレの騎士や色狂いの後輩にならなきゃならないのよ?
ベル、私嫌いなのよ、アレらが。
だから、貴方がアレの騎士になって、アレの代わりに死ぬなんて職務について欲しくないわ。勿論、私の勝手な我儘……我儘だけど……! お父様もお兄様も仕方ないわ。その道を選んだのだし、それにお二人は最高に素敵なサタン陛下に仕えてるんだもの。
でも、ベルは年齢的に騎士になったら陛下じゃなくて、殿下に仕えることになるのよ。殿下の騎士になるのよ。ねえ、ベル。今のまま、私だけの騎士じゃ駄目かしら?
ベル―――騎士になるのはやめましょう、ね?
*・*・*・*・*・*・*・*・*
話している内にベルフェゴールの大切さを実感したプリシラは弟に懇願した。騎士などになれば元々の心配に加え、食事事情から乙女の悩み、肌事情まであらゆる問題が浮上するのだ。
父に騎士の剣主義的な制度を変えてとお願いしようとまで考えていたプリシラだが、こうなるとこのままベルフェゴールが騎士を諦める正当な理由として残しておいたほうがいい気がしていた。
―――だが、プリシラのそんな心配は愛する弟ベルフェゴールの次の科白によって杞憂に終わった。
「……………………姉様、僕が間違ってました。僕、魔法使いか、植物学者になります」
「えっ?」
「だから、心配しないで、姉様! 僕は一生、姉様だけの騎士だよ!」
話し合いを始めた当初の不安げな様子はなくなり、ベルフェゴールはまっすぐにプリシラを見つめていた。むしろ、その瞳は以前よりも生き生きしている。頬を紅潮させたベルフェゴールは可愛いが、彼女は重要なことを聞き逃したりはしなかった。
僕は一生、姉様だけの騎士だよ、と弟は言ったのだ。それはつまり。
「…………………………ベル。貴方…………騎士を目指さないってこと?」
はい!と元気よく頷かれてプリシラは唖然とする。
あれ程、必死に剣を振っていたベルフェゴールの突然の意見の掌返しにそれがプリシラにとっていいことであろうと動揺するのは当然だ。
「あら……じゃあ、えっと。どうして、意見を変えたのか聞いてもいいかしら?」
プリシラが遠慮がちにベルフェゴールに首を傾げれば、彼はたいへん爽やかな笑顔を浮かべて言った。
「悩みが姉様のおかげで解決したんだよ! ありがとう、姉様!」
「そ、そう……? ……そう、解決したの。まあ、ベルの憂いを取り除くことが出来たなら良かったわ」
急な意思変更には疑問が尽きないが、プリシラはベルフェゴールの晴れ晴れした表情に「ベルが幸せならそれでよし」と通常思考を取り戻して微笑んだ。
ベルフェゴールは、その笑顔を見て―――顔を曇らせた。
「―――……姉様」
「? 何、ベル」
首を僅かに傾けたプリシラはベルフェゴールが唇を引き締めた。
「……ごめんなさい、姉様。僕、八つ当たりをしました。それに、大嫌いって」
「―――ッ」
ひゅうとプリシラの咽喉が鳴った。
言われた時の絶望感が胸を満たす。ベルフェゴールはまっすぐプリシラを見ていた為、その表情の変化がはっきりと分かっただろう。
「僕、姉様が大好きです! あれは本当に……八つ当たりで……」
「いいの。いいわ。ベル。いいのよ、大好きよ。私が好きならそれでいいの」
眉間に皺を寄せるベルフェゴールに、プリシラは首を振った。ベルフェゴールは「いいって……だけど」と口ごもる。
「私は最低な姉だったもの。三年経ったからって、怒られても当然なことの方が多いわ」
「……ッ、ち、ちが」
「でも、これではっきりしたわ。貴方に何を言われても、私は貴方が大好きなことが証明されたわ。貴方を見捨てる選択も、嫌いだって思うこともないってことが。少し不安だったのよ―――もし、衝動で貴方を傷つける言葉でも吐いたらって。でも実際はそんなことなかったもの。私は嬉しいわ。それに」
プリシラは俯いたベルフェゴールの顔を覗きこむため、屈んだ。
びくりとベルフェゴールの肩が揺れた。気にせず、プリシラは微笑んだ。
「貴方は謝ってくれた。心を込めて―――謝ってくれたわ。だから、私はベルを許すわ。ベルだって私を許してくれるんでしょう? ……くれるわよね?」
「う、うんっ! 勿論、当たり前だよ! そもそも姉様は悪いことなんてしてないし!」
不安になって尋ねれば、ベルフェゴールは大きく何度も頷いた。
「そう? なら良かったわ。じゃあ、これで仲直りね、ベル。……ふふふっ、初喧嘩ね! ベルっ。それに、初仲直りだわっ。仲直りが出来るっていう事は仲がいいって証明よね。ああ、ベル。愛してるわ。貴方に遠慮することなく、ちゃんと伝えられる関係に戻れて、私、嬉しいわ」
すっかり元の家族愛に溢れた彼女に戻ったプリシラの表情は明るい。
「ああベル―――! お兄様のところに行きましょう。凄く心配してくださっていたのよ。仲直りしたって、それからベルが騎士は目指さないって……ベル、本当に騎士にならなくてもいいのよね? 貴方が本当になりたいなら……私はちゃんと応援するわ。私の意見は気にしないでいいのよ?」
優しいベルフェゴールが姉を思って諦めたのではとプリシラが尋ねれば、ベルフェゴールは首を振った。
「ううん。僕は騎士って職業につきたかった訳じゃないから。姉上の言葉で目が覚めました」
敬語と姉上。
どちらも少し寂しく思うが、ベルフェゴールが平常心を取り戻した証拠と言っていい。プリシラは「そう」と言うだけに留め、愛する兄と可愛らしい精霊天使にベルフェゴールと仲直りをしたことを知らせるため、弟の腕を取って部屋を飛び出した。
プリシィ、仲直り出来て良かった(*´◒`*)!
次回、他者視点!
この流れなら、当然彼です!お楽しみに!




