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ベル、ごめんなさい

 ベルフェゴールの後をプリシラは着いていく。歩く間、プリシラもベルフェゴールも双方無言。気まずい沈黙の中、プリシラはベルフェゴールの背を見つめていた。


 やがて温室へと辿り着く。


 プリシラは朝に来ていたが、ベルフェゴールは朝練があるからと最近来ていなかったためにここで二人で会うのは久しぶりだった。ベルフェゴールはプリシラへと身体を向けた。プリシラは寸前に足を止める。


「―――姉様」

「……ッ、な、何かしら、ベル」


 先程まで泣いていたプリシラの声は掠れていた。声をかけたものの、ベルフェゴールは俯いたまま。


 何を言われるのかと、プリシラの身体に力が入る。


 じっと見逃すことがないように、と見ていたプリシラはベルフェゴールの唇が動いた瞬間を見逃さなかった。


「姉様は騎士ってどう思うの?」

「……え?」


 だが、思いもかけない疑問に聞き間違えではないのかとプリシラは呆けてしまう。

 プリシラに尋ねたのに関わらず、まるで答えを待っていないように、ベルフェゴールは口早に続けた。


「騎士ってどういうものだと思うの? 僕は、ね。僕は……強くて、誰よりも強くて、何より強くて、絶対に負けなくって、何でも出来て、それで、誰にも倒されないのが騎士だって思うんだよ。姉様は? 姉様はどう思う? 僕の、騎士の理想って間違ってる、かな」


 切羽詰ったような言い方にプリシラは真剣に耳を傾けた。ベルフェゴールは何かに傷ついている、と直感的に悟ったからだ。

 例え瀕死の重傷を負っていても、プリシラはベルフェゴールが傷ついているのならそちらを優先すると断言出来る。そんな彼女が、現在ベルフェゴールに嫌われ、そして傷つけていたかもしれないと恐れているからと、目の前の何かに酷く落ち込み傷ついているらしき、愛する弟ベルフェゴールを見捨てるような真似は絶対にする訳がなかった。


 ベルフェゴールの質問の意図は分からなかったが、プリシラはベルフェゴールの話を聞いて納得できないと眉間に皺を寄せた。嫌な男を思い出したからである。


「姉様、どうなの? ねえ、姉様はどう思うの?」


 必死に言うベルフェゴールにプリシラは眉を寄せまま言った。


「ベルが言ってる、強いって……それって武力の事ってことかしら」

「……そうだよ。だって、そうでしょ? 騎士なんだから。強くなくちゃ意味がないよ」


 ベルフェゴールはまた俯いていてそう言った。

 小さく呟いた弟に「そうなの」と一つ頷いて、彼女は真っ直ぐな瞳を弟に向けた。


「―――なら、ベルの言う騎士は物凄く弱いんじゃないかしら?」


 バッとベルフェゴールは顔を上げた。その顔には驚愕の表情が張り付き、先程までの気まずい雰囲気は忘れてしまったかのようにプリシラの顔を食い入るように見つめる。その瞳にはひたすら何故という疑問が渦巻いていた。


「どうして!? 弱くないよ!? 強いんだ! 誰にも負けない! 何でも出来る! 絶対に倒せないんだ!」


 酷く焦燥した声でベルフェゴールは叫ぶ。

 プリシラはそんな弟の様子に一体どうしたのかと思いながら、彼女は答える。


「だってそれってつまり、ルシファー殿下ってことじゃないの」

「―――え?」

「私、あの人が騎士だなんて嫌だわ。そうね、つまり弱いっていうより、嫌いなのよ。そういう騎士なんて。誰かを指名しなさいって言われて、もしアレが騎士だったとしても私絶対に選ばないわ。ベルはもしかして……殿下のようになりたいの?」


 話しながら自分自身の好悪を押し付けてしまったのではないのかとプリシラは不安になった。


 殿下のようになって欲しくないのは本心だ。


 あれ程人を苛立たせる、紳士的なところの欠片も情緒も協調性もない嫌なだけの男になって欲しくない。ベルフェゴールは可愛い可愛い可愛い弟のままでいてもらいたいというのが、プリシラの本音だ。


 だが、それでも。


 その可愛い可愛い可愛い弟がアレのようになりたいというのなら、プリシラも血の涙を飲んで応援しようとまで考えた。


「まさかそんな……! 姉様を傷つけて泣かせたあんな奴になりたいなんてこれっぽちも思わないよ!」


 嫌悪感を露に首を必死に横に振るベルフェゴールにプリシラは自分の考え過ぎだったらしいと胸を撫で下ろした。ほっと息を吐いて少しばかり口元を緩ませる。


「―――それに、姉様を傷つけるしか出来ない輩になんて、絶対になりたくない」


 先程までの悲しみに打ちひしがれているような様子も苦しそうな、真っ直ぐにベルフェゴールはプリシラに言った。


「ッ、そ、そう」


 弟からの突然のデレ攻撃に胸を打ちぬかれ、頬を染めたプリシラは咳払いをして抱きしめたくなる腕を辛うじて止めた。


 こほん、と咳で自分を誤魔化した後、続ける。


「でも、ベルが言う条件には当てはまってるわよね。殿下は強いわ。それこそ、誰にも負けないほどに。まだ体格差や経験が浅い子供ということもあって、大人達が負けることはないみたいだけど、これで体格も出来て経験もそれなりについてきて、技術も追いついてきたらアレはきっとベルがいう誰にも負けない強い人間になること間違いなしの人物よ」


 プリシラは未来のルシファーを知っている。だからこそ、益々その言葉には真実味があった。何より、プリシラはルシファーを追い回していた時があるのだからその未来の姿を知らずともそれくらいのことを予測するのは簡単なことだった。


「だけど、私はアレがどういう性格かを知ってるから頼んだりなんて絶対しないわ」

「ね、姉様は、なら、性格も大事っていうこと?」


 アレのことを語る間、目があっていたのにベルフェゴールはまたプリシラから顔を逸らして俯いてしまった。


 せっかく顔を見てくれたのに、と顔を逸らされたことに傷つきながらプリシラは「そう、ね」と間をおいて続けた。


「強くて性格がいいっていうなら、護衛のアレだってそうよ? 殿下と来てたからあまり話さなかったけど、女性皆に優しいわ」

「何言ってるの!? 姉様、襲われかけたって分かってる!? あんな奴が騎士だなんてあり得ないよ!」


 プリシラの例えはベルフェゴールの睨みを持って否定される。


「ええ、そうね。もし騎士として護衛してる人を襲ったら最悪どころじゃないわ。だからこそ、将来彼を仕事でシャマーラ公爵家がこれから雇うことはないでしょうね。前科があって信用もない彼に仕事を頼むことはないわ」

「……なら、姉様の思う一番強い騎士って、どういうものなの?」


 途方に暮れた顔をするベルフェゴールにプリシラは条件を考える。


 家族以外には相当厳しいプリシラが思う騎士は正直、我ながらあり得ないなとプリシラが思うほどの完璧超人である。


 まず、当然武力はなければならない。

 そして勿論知力も兼ね備えられ、他国にも通じ、臨機応変に対応できる対応力、洞察力、観察力、決断力にも優れ、魔法も使えたらいい。他にも、薬草に通じていれば医者代わりになるし、料理が出来れば毒の心配がないし、裁縫が出来れば服がなにかの拍子に破れた場合も繕えるし、掃除が得意だとか片づけを任せられる。などと、考え出せば中々に実現が難しい騎士像である。


 ふう、と自分の馬鹿らしい理想の騎士像を放り投げて、プリシラはこれら全てにおいて通じる前提を話す事にした。


「―――信頼ね」

「しん、らい?」


 そもそも、仕事を任せるに当たって信頼がなければ武力があろうと智謀に優れていようと寝首をかかれる心配が先にたって騎士として活動してもらうどころではない。


 そんな人物がベルフェゴールや兄の側にいるなどプリシラからすれば悪夢である。


 その他のことも、信頼がなければそれはただの超要注意人物である。


「そうじゃなければ、武力があろうと智謀に優れようとただの脅威だわ。まあ、騎士になる人は信頼出来るかは試されるらしいから、敵になることはそうないと思うけど」

「―――」


 騎士は平民であろうとも、信頼たる人物かは査定されると兄から聞いていた。だから、国に所属する騎士は信頼されていて、仕事を任せられる。


 プリシラは僅かに迷って、自身の目を閉じた。


「……ベル。ごめんなさい」


 息を飲む音がした。

 目を開けてベルフェゴールの顔を見れば、きっと何も言えずに逃げ出すかもしれないとプリシラは目を開けなかった。これからいう事を考えれば、先に謝っておかないと心が耐えられない。


「貴方には魔法も、植物の知識もあるから……騎士になりたいと思っていたなんて、いえ……これは言い訳ね」


 ぱちりと目を開ければ、思ったとおり、ベルフェゴールはプリシラを真っ直ぐに見ていた。


「……!」

「私は貴方が生きていて欲しいの。だから、言うわ。私はベルに騎士になんてなって欲しくないわ。お父様もお兄様も、領地の仕事や跡取りという立場だし、重要な上の立場だからそう危ない目にはあわないでしょう……でも、ベル、貴方は違うわ」


 プリシラは、心の奥底で知っていた。

 ベルフェゴールが騎士になりたいと思っているのだろうことを。当然だ。毎日、プリシラとの時間を削ってでも剣を振り続けていればどんな馬鹿でも分かる。だが、プリシラは気づいていない振りをしていた。


 騎士の仕事など、危ないことしかしない。


 人を殺し、プリシラが個人的に嫌いな王族でさえ守るかもしれない。アレの護衛になって、代わりに命を落とす可能性もないとは言い切れない。もしそうなってもカクタスが手配してくれる可能性もあるが、実際可能性がゼロになることはない。


「実力がなければ危険と常に隣り合わせ。戦地に真っ先に送られて、王族、国を守るために私は私の愛する弟の命が消えることは耐えられないわ! それくらいなら、いっそ私が代わりになんでもやってやると思えるくらいよ」

「なっ、姉様!?」


 プリシラは、あの理不尽な王子がプリシラの弟であるベルフェゴールに対して優しくするとは思えない。

 むしろ、騎士などになればここぞとばかりにちょっかいをかけてくるに違いない。


 兄や父なら自分達に火の粉が降りかからないように動けるだろうが、ベルフェゴールが無茶で無謀な命令を回避することは無理だろう。

 だからこそ、プリシラの少々・・ブラコン気味な思考回路は暴走し、彼女の頭の中ではベルフェゴールが様々な形で苦しめられる未来が描かれていた。そのため、プリシラは段々口調が熱く熱くなっていく。


「―――ベルには魔法があるじゃない! どうして剣の道を進もうとするの! 植物の知識は、宮廷の者達とも絶対に張り合えるだけの知識も愛も研究への情熱もあるじゃない! どうして剣なの!!!」

「魔法も植物も、そんなんじゃ、誰の役にも立たないよ!!」


 ベルフェゴールが声をあげて叫んだ。


 その叫びは、熱くなっていたプリシラが怯むほどの力があった。


「魔法じゃ、呪文を唱えてる間に剣に切りかかられたら勝つ術がない! 威力だけあっても、避けられた意味がない! 植物なんてもっと役に立たないよ! なんの意味があるの? どんな役に立んだよ!!!!」

「―――剣よりずっと役に立つじゃない。何言ってるの、ベル?」


 プリシラはベルフェゴールの内容がよく分からなかったが、とりあえず答えた。


「え……?」


 ぽかんと呆けた顔をしたベルフェゴールに、プリシラは希望を見出した。


 ―――ベルは自分のことがよく見えなかっただけなのかもしれないわ……!


 ベルフェゴールかすれば、魔法も植物に関することも出来て当然なのだろう。


 だから、その凄さが分からない。


 誰だって、自分が出来ないことは酷く魅力的に映るものだ。


 剣の才能があまりないベルフェゴールからすると、剣が出来なくてはなることが出来ない騎士が魅力的に映っただけなのかもしれない。


 かっこいい、とただ憧れただけなのかもしれない。


 ベルフェゴールに、ベルフェゴール自身の才能を思い知らされればよもや暗澹たる未来しか描けない未来である騎士という道を進むことをやめるかもしれない。

 死亡フラグ乱立の騎士などにベルフェゴールにはなってもらいたくなどない。プリシラの目はその期待に、輝き始めた。


「ベル、いいわ。よく聞きなさいな。貴方のその二つがどれほど私の役に立つかを私がしっかり教えてあげるわ!!」


 ベルフェゴールが騎士にならずともいいと思えるようにするなら、俄然プリシラは気合をいれた。兄と別れる時には、ベルフェゴールが騎士になりたいなら応援しようという殊勝な思いはすっかり彼女の中でなかったことにされていた。



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