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男子3日会わざれば刮目して見よ。いわんや、女子をや。

「行きたくない行きたくない行きたくない……」

「プリシラ様、顔が暗い! 元気! 笑顔! です!」

「グレイス、貴女の笑顔が私の癒し……」


 励まそうと奮闘するグレイスに辛うじて口の端を上げる。

 既にごってごてに飾りつけた身体は重い。コルセットのない生活を続けていたプリシラは久々のコルセットの締め付けに、既に心が折れかけていた。


「お嬢さ……うわあ、久しぶりに見ました。懐かしいですね、その姿のお嬢様」


 感動したと拍手を送ってくるソレルに、プリシラはうんざりとした視線を向けた。ソレルは慌てて拍手を止める。


「……午前中、頑張ればいいのよ。一度だって、午後までいたためしがないんだもの、そうよ、午前中……頑張れば……」


 自分に言い聞かせる。

 ルシファーがプリシラに会いに来た時、話したことは殆どない。不機嫌そうな彼に一方的にプリシラが話しかけ続けるのみだ。楽な仕事ではないか。


「プリシラ様、頑張ってください!」


 グレイスの可愛い笑みに心癒されて、ちょっとだけプリシラは心を立て直した。



 *・*・*・*・*・*・*・*・*


『そういう余裕が足元を掬われるんですよ』


 高鳴る心臓にプリシラは数日前、ソレルに言われた言葉を思い出していた。


「―――久しいな、シャマーラの令嬢よ」


 ―――なんなの、この格好いい御方はっっ!!!


 吐血するかと思った。

 何もかもが色気に溢れている。

 身体は細身でありながら、女とは違うと分かる。薄い唇も細められた紅の瞳も、色気を増すだけ。服装が襟まできちんと閉めてあるのが更に色気を感じさせるとはこれ如何に。

 歩く所作で異性が倒れるどころか、同姓でさえ魅了しそうな男性。


「プリシラ、挨拶をなさい」


 ハッ、とプリシラは父の声に我に返った。


「……お、お久しぶりにございます。サタン陛下」


 声がうわずりつつも、挨拶が出来た事を褒めたい。

 人間とは思えない色気を振りまいて、齢10の少女までも魅了する御方。以前会った時はルシファーのことしか頭になかったから、殆どこの方の姿を覚えていない自分のばかっ!とプリシラは震える。こんな方を見ていなかったなんて、人生の損じゃないっ!

 プリシラは三ヶ月、マナー講座をみっちりやっていて良かったと過去の自分に本気で拍手喝采である。この方の前で恥ずかしい真似など出来ない。失敗したら羞恥で砂になる。


 ―――サタン陛下。ルシファー殿下の実の父親、そしてプリシラの住む国の王、その人である。


「ほう……」


 漏れる溜息さえ、格好いい。ああその息を私が吸い込みたい、という危ない思考に気付き、何を言っているのかとプリシラは心の中で突っ込みをいれた。

 悪魔や天使をモチーフにした乙女ゲームのことはある。怖ろしい。

 確か、彼の奥様は天使をモチーフにしていたはずだ。陛下がこれなら奥様は目が潰れる程に美しいに違いない。

 プリシラは思う。

 目がつぶれても良いから、是非一度お目にかかりたい、と。


「エビネランよ。貴公の娘は本物か? 前に会った時とは随分と違うが」

「はい、陛下。どうやら少し、娘自身が考え直すこともあったようでして」


 恍惚と見惚れる事もなく、汗を掻くこともなく、落ち着いた声音で返答する父親にプリシラは人知れず、尊敬の念を強めた。元々、父の事は尊敬している。


「シャマーラの令嬢よ。何があったか話してみよ」


 話しかけられた!


「はい、陛下。恥ずかしながら、お付きの者にわたくしの我儘で怪我をさせてしまったのです。それから、もっと周りのことも考えて行動しようと思ったのでございます」


 今度はどもることなく話せた。礼だって完璧のはずだ。

 陛下はちら、とプリシラの後ろに控えているソレルに視線を寄越した。どうやら、陛下は事前に私が使用人に怪我をさせたことをご存知らしい。そうでなければ、既に怪我の治ったソレルがそう・・だとはわからないだろう。

 ソレルの「何言うんですかぁぁぁ、お嬢様っ!? 俺、そんなこと望んでねえよおおお!?」という声無き声を聞いた気がしたものの、こんな素敵な御方に嘘をつくのはよくないと真実を話しただけだ。気のせい気のせい、とプリシラは一人、心で頷く。


「息子のルシファーもこれくらい成長してくれればよいのだが」


 ふ、と息を吐いて苦笑のようなものを滲ませた表情にプリシラは心臓を打ち抜かれた。


 ―――憂いを帯びた表情に色気が増したわっ! 凄い、陛下凄い! 陛下、私、一生ついていきますっっ!!


「父上、私もきちんと成長をしております」

「ぁ……っ」


 プリシラは陛下の魅力に心奪われ、完全に忘れていた存在に思わず声をあげてしまった。

 陛下と同じ黒髪に紅色の瞳。

 陛下よりも甘い顔をしているが、それは母親の影響だろう。

 まだ子供の顔は可愛らしさも含まれているものの、将来に期待するだけの要素はあった。

 ルシファーはプリシラを一瞥しただけで、仮にも婚約者である彼女に対して何も言う事はない。そんな彼に陛下は首を振った。


「成長しているのなら、まずは自分の婚約者に挨拶をするべきだろう」

「―――っ、シャマーラ嬢。久しぶりだな」

「……? え、ええ。お久しぶりです、わ……?」


 プリシラは何かの違和感に、返答が一拍遅れた。

 父親と子供の図だったはずだ。ただし、そこは傲慢さゆえに自分は成長していると確信しているところは、普通の子供とは違うかもしれないが、父親に反発する子供の図。


 態度もまた、いつも通りプリシラにしているものと同じだ。


 だが、プリシラは―――今は違うが―――仮にもルシファー信者であったのだ。

 彼の一挙一足を観察し、彼が心地よいように過不足無く取り計らうような。

 何かしら。変だわ、気持ち悪い。

 思い出せないような、咽喉に詰まったものを吐き出していないような。

 嫌な違和感にプリシラは考え込んだ。


「今日はいつものように馬鹿みたいに話しかけないのか。ようやく、私が貴様を心底嫌っていると自覚したのか、中身のない話は自身を馬鹿にしか見せない事に気づいたのか」

「殿下!」


 護衛が焦ったように彼の名を呼ぶ。

 プリシラは、ああ、と紅の瞳に射抜かれながら気づいた。周りの様子も良く見えれば、ルシファーの様子もまた良く見えた。違和感の正体は、これだ。


「猫かぶりはどうしたのですの?」

「なに?」


 訝しげな様子にプリシラは目を見開いた。


「あら。気づいていませんでしたの? ここは私達だけではありませんわ。陛下の御前でもある。仮にも婚約者に対してその態度はあり得ませんわ。……二人きりの時と同じ態度だったから、気づくのが遅れたわ」


 最後は口の中での呟きだった。

 二人っきりの時は罵詈雑言、無視など当たり前だった。だから、気づくのが遅れてしまった。

 プリシラが別世界の事を知ったように、彼もまた何かの影響を受け、焦りか油断か、その背中に背負う大きな猫を忘れてしまったのだろう―――その影響・・に思い至り、プリシラは口元が緩むどころか、笑い出してしまった。

 陛下の前だからと我慢しようもするも、込み上げてくるばかりで治まってくれない。こんな愉快な事、笑いださずにはいられないから、仕方ないかもしれない。


「な、ん」

「―――好きな方が出来たのですね、ルシファー様」

「……っ!!! そんな訳がないだろう!」

「男子3日会わざれば刮目して見よ、とも言いますけど。ルシファー様もその類に漏れないようですわね。けれどそれは……況や、女子をやですのよ?」


 プリシラはルシファーを見る。自身が笑顔であることは間違いない。ルシファーに顔を真っ赤にさせて睨みつけられるも、愛らしい顔では迫力がない。プリシラは唖然とする陛下へと令嬢として完璧な礼をした。


「陛下。不肖ながら発言を許していただきたく存じます」

「あ、ああ。何だ、シャマーラの令嬢よ」

「ありがとうございます。———わたくしとルシファー様の婚約を取り消してくださいませ」


 よもや、これほど簡単に彼との縁を切る為の理由が出来るなど。昨夜胃痛になるのでは、と悩んでいた自分に高笑いして大丈夫だと言いたい、とプリシラは絶句する大人達を見回して微笑んだ。

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