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すーはーすーはーなの!

 プリシラは現在、兄カクタスの膝の上で鼻を鳴らして泣いている。


「……ッ、ひっく……! ッ……! おにぃさまぁ……」

「大丈夫、大丈夫だ。プリシラ。ベルフェも本気で言ったんじゃないよ」

「わ、わかんないわ……! わたし、すごくひどいあねだったもん……! ベル、我慢して、っ、たっ、のかもぉ……ッ!」


 口にした言葉が思った以上に胸に響いた。

 プリシラはベルフェゴールが本当に我慢していただけではないのかと疑いだす。

 そんな妹を愛しげに、だが痛ましげに見つめ、その身体を優しく撫で慰めているカクタスはプリシラの額にキスを落とした。

 同じ様にカクタスの膝に座っていたミューがプリシラの手を握って首を振る。わざわざ誰からも見える人間に変化しているのは、プリシラが大泣きしていると勉強中に知り、変化する刹那の時間も惜しんで来たためだ。


「そんなことないのよ! ミュミュ知ってるの、シィはすごく可愛くて素敵なお姉様なのよ!」

「そうだよ、プリシラ。ミュミュの言うとおり、お前は誰にも負けない可愛らしい女性だよ。ベルフェも色々悩んでいたみたいだから、それで少しお前に八つ当たりをしてしまったんだろう」

「な、なやみ?」


 ああ、とカクタスがプリシラの頭を撫でる。

 涙を流したまま、プリシラがカクタスを見ればカクタスは瞼にキスをする。


「―――ベルフェは……騎士になりたい、と」

「……きし」


 ぽつんと口の中で転がった言葉はプリシラの目を見開かせた。


「おに、さま。騎士は」

「そうだよ。騎士になるには剣が一定以上の基準に達していなければなれない。プリシラはちゃんとお勉強をしてるね」


 騎士は国の兵士だ。平民がなれる貴族職といってもいい。


 だが、平民がなるのとは違い、貴族が騎士となる場合、もっと上の近衛騎士を指す。


 王族の護衛を担当できる実力、城を守る実力。それが出来る実力がなければ近衛騎士にはなれない。そのため、近衛騎士になる前の段階、騎士になる段階で篩にかける。


 騎士の国家試験といったところだろうか。


 騎士というからには、剣が一定の基準値に達していなければならず、国家試験では剣の実力が一番問われるということまではプリシラも知っていた。

 それ以上は興味もなかったので気にしなかった。

 聞いた時に思ったのは、お兄様とお父様はそんな剣の実力者達のトップに立っているなんてやっぱり素敵過ぎる、という安定した感想だった。だが、ベルフェゴールが騎士を目指しているのであれば話は別だ。


「で、でも。お兄様。ベルは魔法だって凄くて」

「……この国ではまだ剣を重要視しているんだよ。魔法が得意であるのなら、わざわざ剣を取らずとも魔法で生計をたてろと言われる。だから、騎士の採用試験に魔法分野は含まれていないんだ。まぁ、私の部隊は使えるものは何でも使えって方針だからね。ベルフェが入ってくればこっちに引き抜きたいくらいだが……それも騎士になったらの話だからね」


 もどかしそうな顔で言うカクタスに、プリシラは愕然とした。


「もしかして、ベルはその基準に達して……」

「ないよ。それに、ベルフェはそこまで上手くはならない」

「そんな!」


 プリシラはただ剣を扱えるようになりたいだけだと思っていた。


 騎士になる必要性がないし、異世界での知識でいうのならベルフェゴールは騎士になんてなりたい様子は皆無だった。だが、プリシラの周りの環境が既に知識と随分違っているのだから考えるべきだったのだ。

 ベルフェゴールが騎士を目指している、可能性を。

 プリシラの脳裏にベルフェゴールの悲痛な叫びが蘇った。


 ―――僕の気持ちなんか知らないくせに勝手な事を……!


 プリシラは確かにベルフェゴールの気持ちを知らなかった。

 才能がないことを賢い弟は、自分の限界を彼は感じていたに違いない。それなのにプリシラが剣を好きじゃないなんてそんなことを言うから、あれほど怒ったのだ。


「お、おに、さま、ど、しよ、わ、わたし……!!」

「お、落ち着け、プリシラ。大丈夫だから、深呼吸をして! すーはーすーは!」

「すーはーすーはーなの! ミュミュも一緒にやるの!」


 プリシラの目には賢明に息をさせようとする兄と精霊の姿は見えていない。自分が一体どれほどあの弟を傷つけてしまったかというその苦しみと悲しみに真っ黒に塗りつぶされかけていた。


「―――お嬢様。ベルフェゴール様がお話があると」


 プリシラの息が止まった。そして、一緒に涙も止まる。


 一瞬にして、妹の顔から姉の顔に変わったプリシラを愛おしそうに心配げに見遣ったカクタスの唇は涙で濡れた目尻へ。


 プリシラは、言葉なくとも慰めてくれる兄に嬉しくしなって、頬を肩に摺り寄せた。頭の天辺にキスを落とされる気配がして、


「ほら、行っておいで」


 優しく兄に促されて、プリシラは足を震わせながらベルフェゴールの元へと踏み出した。

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