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―――ベル、もうやめて頂戴

 プリシラは決意した。彼の無茶をもう許してはならぬと決意した。


 すっくと立ち上がり、プリシラは「行くわ」と何処に行くのかと尋ねる侍従とミューを携えて、向う先には―――


「姉上?」


 愛らしい弟が汗で前髪を肌に張りつかせて、肩で息をしながらプリシラの登場に目を丸くしていた。

 それもそうだ。

 プリシラは弟の気が散って怪我をされてはならない、怪我をしているのを見たら絶対にその場に飛び出てしまう、と思い、決してベルフェゴールが剣を練習しているときには近づかなかったのだ。


 プリシラはずんずんと向かい、驚きに目を丸くしているベルフェゴールの手から剣をひったくった。


「えっ!?」


 そして、無言で剣を放り投げた。


「はっ!?」


 バシュッ、と後ろの地面に綺麗に突き刺さった。後ろで「ひっ」という声が聞えたが無視する。そんなことより、目の前の弟だ。


 先程から驚きっぱなしの弟にプリシラは表情を硬くしたまま、告げた。


「―――ベル、もうやめて頂戴」



 *・*・*・*・*・*・*・*・*


 話は数日前に遡る。


 最近どうもベルフェゴールがプリシラと共にいる時間が少なくなったと不平不満を漏らしたことが発端だ。よくよく考えていけば、プリシラはベルフェゴールと過ごしていない。


 そもそも陛下とのお茶会の準備で時間が取れなかったのもあるが、それだけが理由ではない。


 ベルフェゴールが以前にも増して更に剣やその他の鍛錬に身を投じているからだ。


 プリシラはベルフェゴールがやりたい事なら応援する。


 だから、彼が鍛錬していることを止めさせようとなど思っていなかった。

 本音で言うとプリシラとの時間を優先させてもらいたかった彼女だが、そのような事を言わずにぐっと我慢してベルフェゴールを見守っていた。

 母から「このままでは身体を壊してしまうわ」と憂いを帯びた表情で言われるまで。



 *・*・*・*・*・*・*・*・*


「ベル。貴方最近寝てないんですって?」

「あ、姉上?」

「それから、ベル。私、最近お茶を一緒に飲んでないわ」

「それは姉上が陛下とのお茶会の準備に余念がなかったからで……」


 プリシラは言い訳を重ねるベルフェゴールに嘲笑った。


「馬鹿なの? ベル。シャイ様のことは確かに敬愛しているわ。だけどベル。ベルの事を蔑ろにするほど、私は馬鹿じゃないのよ。それなのに、明らかに以前よりお茶会の回数が少ないわ。それに植物の成長過程を教えてくれなくなったし、新しい魔法を思いついたなんて話もしていないわ! それもこれも、全部剣のせいよ!」


 実際後半が本音だろ、と突っ込まれてもプリシラは否定しない。全てが本音だから。


 色々とやりすぎてベルフェゴールが身体を壊しそうなのが心配だから剣の鍛錬を止めさせようという話は当たり前の事過ぎて口にするのも馬鹿らしい。


 それは前提である。


 その上で、プリシラは自分の最近の不満を口にした。


「だから、ベルは私と今からお昼寝するの。分かったわね」

「……僕はまだ他の事が……」

「お父様にもお母様にも、お兄様にも許可は貰ったのよ。だから、ベルに拒否権はないの。私はベルと一緒に寝るの。大好きな匂いと大好きなベルと共にね」

「ミュミュも一緒なの!」


 今日はこういう目的があったため、ミューのお勉強も少なくしてもらったのだ。


「そう、可愛い私の精霊のミューともね」


 有無を言わさぬ圧力でもってプリシラは食い下がろうとするベルフェゴールの腕を掴んで、歩き出した。もうこうなったら弟に成す術はない。


「姉上! 止めてください、姉上!!」

「やめるのはベルの方でしょ。食事もあまり咽喉に通ってないし、朝に温室に行っても会えなくなって寂しくって仕方ないんだから」

「―――っ、それは、僕もそうですが、だからって」

「ベル。観念しなさい。暫く無理な剣の鍛錬は駄目よ」

「~~~~ッ! 止めてってば!」


 腕を振り解かれてプリシラはその場に立ち止まった。ミューは横で首を傾げている。


「ベル」

「姉上! 僕のやりたいことを邪魔しないで下さい! 僕は僕がやりたいからやってるだけで……ッ! なんで、なんでこんな邪魔をするんですか……ッッ!?!」

「ベル、煩いわ。どうしてこんなことするかなんて分かってるでしょう? ベル、早くお昼寝しに行くわよ」

「僕の気持ちなんか知らないくせに勝手な事を……!」

「―――……ッ」


 睨みつけられてプリシラは怯んだ。


 3年間、どころか虐めていた頃でもこのような態度を取られたのは初めてだったからだ。

 しかしプリシラはぐ、と姉のプライドでもって怯んでいることを悟らせまいとする。


「ベルの気持ちは知らないわ。でも私は私の気持ちを知ってるし、他の皆がベルを心配しているのも知ってるの。そもそも、どうしてそこまで剣を習う必要があるのよ。ベルはそこまで身体を動かすの、得意じゃないでしょう。それに、好きでも……」

「ッ!! 煩い! 姉様なんかが分かる訳ないんだ! 僕の気持ちなんて! なんで邪魔するの!! もう、ほんとに……もう僕に関わらないでよ!! 姉様なんかだいっきらいだ!!」

「―――」

「あ……ッ」


 ベルフェゴールが顔を強張らせる。プリシラは呆然と立ち竦んだ。

 後ろから「プリシラ様」と呼ぶ声と「お嬢様」と呼ぶ声がする。

 そして、隣からきゅ、と裾を握る感覚もして、プリシラは震える唇と熱くなり始めた目にぐ、と力を入れた。


「……え、ええ……そう、ね」


 普通の精神状態を保ったはずだったが、声は湿り気を帯びていたし、上ずっていた。

 息を吸い込んでもう一度呼吸を整える。


「ベルが、私を嫌いになるのは仕方ないともいえるわ。私は酷い女だし、性格も悪いものね。でも言ったでしょう。貴方がどれほど嫌いでも私は貴方を愛するって。それはこれから一生、何をあなたに言われても変わらないのよ」

「ね、ねえさ」


 ベルフェゴールが何か言う前にプリシラは踵を返した。


 これ以上ベルフェゴールから何を言われるのか、とても怖ろしくて聞いていられなかった。プリシラの頭にはベルフェゴールの「大嫌い」が木霊している。

 3年間、かなり良い姉弟関係をはぐくんでいたと思っていたのによもや勘違いだったのだろうか。

 まあ、プリシラがベルフェゴールを愛するのは変わらない事実なのでベルフェゴールから愛されずとも関係ないといえば関係ないのであるが。


「―――せめて今日は剣の練習を止めなさい。一日くらいなら筋力が衰えてもすぐに取り返しがつくわ」


 もう盛大に前が歪んで見えないが、辛うじて涙は流していない。


 ベルフェゴールが何か言いかけたような気配がするのも、隣からくいくいと裾を引っ張るミューもその他色々な事について考えるのを放棄して、プリシラは屋敷へ足早に入っていく。


「お嬢様、待ってください、待って」

「プリシラ様、プリシラ様……!」

 《シィーー》


 何時の間にかミューは隣を飛んで追ってきていた。

 プリシラはベルフェゴールから充分距離をとったと思うところで立ち止まり、くるりと振り向いた。もう我慢などしない。ぼろぼろと涙で前が見えないまま、プリシラは言った。


「き、きらいって……! きらいってぇぇぇ……っ!」


 座り込んで泣きじゃくった。

 グレイスもソレルも背を撫で、ミューもくるくるとプリシラの頭の上を不安げに飛んだ。部屋に帰る道中も、部屋に帰ってからも、泣き疲れて眠るまで、ずっとプリシラは泣き続けた。食事も摂らず、ずっと———。


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