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【絶対に二人っきりにはさせない】

「……さて、どう思ったのだ? エル」


 プリシラ嬢を見送った後、エルへと尋ねた。


 プリシラ嬢が真っ赤に頬を染めるほど可憐な笑顔を浮かべていた私の妻は、その表情を一瞬にして消した。

 そして、案の定、私を憎々しげに睨みつける。顔が整っているだけに、その憎悪の表情がおぞましく映る。

 そこに、先程までの『天使』な彼女はいない。予想していた態度に嘆息する。こうなると思ったから、私はプリシラ嬢とのお茶会を泣く泣く延期し続けていたのだ。


「どう思ったと聞いているのだが? エル」


 睨みつけたまま、彼女は震える唇を開いた。


「———なんだ、あの子は!」


 叫んだ彼女は止まらない。


「ボクの最大の笑顔を浮かべてもなお、警戒心を解かない者など! 骨抜きに出来そうなのに出来ないこのもどかしさよ! シャイ、ズルくないか? あの子を君だけが独占するなどっ! あれ程熱心に君を見つめて……まぁ、ボクの顔にもときめいてはいたようだったがしかし君の方が勝っていた!」

「……私はそなたの毒牙にかからないように、と気が気ではなかったぞ……」


 片手で思わず顔を覆った。巷では『人と思えぬ清らかさ』やら『愛らしさを具現化した方』などと言われているアリエルだが、実際のところ、彼女は誰よりも男らしい。


 公の場での顔は、ただの演技でしかない。王妃のように振舞う姿も、素だと皆が思っている天真爛漫な姿も、全てが演技だ。それは王族であるには必須の能力だから別にいいのだが。


 真の姿は誰よりも男前であり、男気もあり、賢く、その顔をどう使えるのか心得ており、懐も広く、そして。


「毒牙? シャイ、ボクがあのような可愛らしい子猫をどうこうすると思うのか? それは違う。ボクは可愛がり、ボクに依存させ、そしてボクしか目に入らぬようにしてやりたいと……」


 ―――そして何より、救おうと思えぬ程に変態だった。


「やめよ! プリシラ嬢は娘のように思っているのだ。誰がそなたの物にさせるか……!」


 うっとりと頬を染めて語る妻に、この変態ぶりに慣れている私も叫んだ。プリシラ嬢については異議を唱えなければ。


 こうなることが予想出来たために、会わせまいと努力してきたのだ。


「だが、あの気の強そうな少女を啼かせたいと思うのは自然の摂理だろう? あの猫のような目が潤み、ボクを下から不安げに、それでもプライドが高いからと怯えたところを隠すために睨みつけるところを想像するだけで……ッッ! くぅ……っ! 興奮する!」


 くねくねと身体を抱きしめて、身悶えしている。

 救いようがない変態だ。

 護衛として側にいた私の側近も何も言えないと顔を背けている。背けようと耳には入ってくるのだから無意味な行為だ。男達はエルに多大なる夢を抱いているようで、時折羨望や嫉妬の眼差しを受ける。近衛騎士は私と護衛になる際、王妃を間近で見られることを周りから羨ましがられるらしいが、全くお門違いだ。

 私の騎士になる際、一番必須なのは信頼だ。このエルを見て、真実を漏らさない信頼も信用もある奴でなければならない。現在、私の側にいる騎士はエルの本物の素を見て、王妃像だけではなく「女性への夢を壊された」と語った男だ。同じようなことは何度となく聞かされているのが、本当に頭の痛いことだ。


「あああもう本当にあのような少女っ! なんて素敵なんだ……! 流石はボクの女神であるポリーの娘! さいっこう!」


 両手を空へ広げながら叫んでいる彼女に選り好みはない。今、目の前で女性を選り好みをしそうな発言をしているが、彼女はどんな少女であろうと女であろうと愛している。変態だからだ。その一言で説明がつく。特に、自分に依存させていく過程がとても興奮するといつだったか、語っていた。変態だ。紛れようもなく、変態だった。


『ボクの容姿は極上だろう? 更に言うなら、可憐で誰もが守ってあげたくなる要素を兼ね備えている。異性は勿論だが、この庇護欲をかきたせる容姿は素晴らしいことに女性にも発揮されるのだよ、シャイ。気づいた時は、こんな容姿に産んでくれた親に感謝したものさ』


 まだ幼き頃の言葉だ。成人間近な頃である。彼女の両親は、そんなことで感謝して欲しくないと項垂れ、顔を覆っていた。


 絶句している私に彼女はその『庇護欲』を誘う容姿で続けた。

 頬を染めて瞳を潤ませて熱心に語る様子は、どうも傍から見ると私に恋する少女のように見えたらしい。

 外から見るだけならそうであるが、もし現実を知っていたら彼らは一体どのような顔をしたのだろうか。

 少なくとも私の妻、ひいてはこの国の国母などにはさせなかったろう。伝えても信じなかっただろうが。彼女の両親は泣いて「申し訳ない……!」と私に詫びている。詫びた、のではない。詫びているのだ・・・・・・・

 今もなお……。

 最後まで彼女を王妃にすることを渋ったのは彼らである。国一番の美少女である愛娘を嫁に出すのを渋ったなどという美談にされているが、現実は厳しい。


 息子の周りを騙す才能は、確実にこの変態から受け継いだ物だ。


『力がなく、守ってあげたいと思っていた少女———つまりはボクのことだが———そのボクに押し倒され、いいようにされていく彼女達は本当に興奮する。羞恥に震えながら、だが身分の問題で逆らえず、ボクの名を呼びながら、快楽に身を落としていくのだよ……! 誰であろう、このボクの手で! あの瞬間は……誠に素晴らしい。ボクのような身分であるから絶対に無碍には出来ず。ボクの言葉によって快楽を煽り、ボクのようなものにその快楽を刻み付けられる背徳感に更に快楽の渦へと落ちていく彼女達の表情と言ったら―――ッ!』


 その時にはもう、彼女を矯正させることなど諦めていた私はただただ思っていた。


 ———ゴート家の血、怖い、と。


 アリエルはゴート家の血を継いでいる。


 彼女の祖母がゴート家であり、その祖母はルシファーの幼馴染兼側近となる予定のアスモデウスの姉妹であった。


 祖母であるからして、その血はかなり薄くなっているにも関わらず、この所業。


 どれほど罪が深いのか。いや、罪ではないのかもしれない。


 彼女の優秀さは間違いようがなく、彼女の容姿の可憐さもまた間違いようがない。


 つまり、これは祝福ともいえる。


 そもそもゴート家は総じて能力面では優秀なのだ。そちらの方面で危ないだけで。

 しかしエルを見ていると罪とも言いたくもなる。いやむしろ、私の業が深いからこのような幼馴染を貰うことになったのやもしれぬ、と思うことは多い。

 犯罪スレスレどころか犯罪だろうと思えるようなことを口にするだけではなく実行している彼女は、その優秀さを思う存分全力で発揮し……恐ろしい事にそれら全て合意の上で行っている。合法だ。法を犯していないのだ。これでも。流石に法を犯したものを王妃にしたりはしない。いっそ、世の中の女性のため、犯罪を犯して捕まれと思わない日はないが、もう王妃になったので今ではこの所業がバレることがないよう日々神経を尖らせている。

 こんな幼馴染を持つ己はやはり何か罪を犯したのかもしれない。


 ルシファーをもうけた事からも分かるように、彼女は男を受け入れない訳ではない。それなのに。


「数年前のボクは正しかった! ルシファーなんかにあんな宝石をやるなど、後悔するところだった! 数年後には彼女は花開き、誰をも魅了する美少女、そして美女、美熟女になるに違いないよ。ああボクが手に入れたい……! シャイ、よくボクをこのお茶会に招待してくれた!」

「してないぞ」


 突然、現れた時には「帰れ!」と叫びたくなった。プリシラ嬢の手前、我慢するしかなかったのが悔やまれる。だがこの変態の手にあの高潔な少女がかかるなど、私の矜恃が許さぬ。


「あんな可愛らしい少女とのお茶会の後、細かいことは気にしていてはならないよ、シャイ」

「王妃を招待しているなど、細かいことではない。そもそも、今日は私の文通相手との秘密の茶会であったのだぞ」

「ふ―――美しい少女のいるところ、ボクが現れないと思ったのか」

「……そなた、そもそも今日は城を出る日だっただろう」


 今日、彼女は確か城下へとお忍びで出かける予定があった。だからこそ、私はプリシラを招待できたのだ。それでもこっそりと裏道を使って。


「そのようなもの。美しい少女の前では全てが無に帰すというものだ。むしろ君は何故美しき少女が来ることを察知出来ないなどと思ったのだ? ああ、次の逢瀬が楽しみだ!」

「ぐ……ッ」


 嬉しそうに言う妻に言い返すことは出来ない。


 そもそもこの女。


 文通を阻止した理由は私としても上手いものだったのだ。プリシラ嬢もまた特に疑問に思わなかったようだったし、悔しさに素を出しかけた彼女は小気味好いとまで思ったが、それを受け入れて後、お茶会の誘い。

 文通で退いたか、と思った自分が情けない。あの変態が文通を失敗した程度で諦めるわけがなかったのだ。

 しかし文通したら最後、王妃は間違いなくプリシラ嬢の心を掴み、あの少女は毒牙にかかる、と思ったからこその結果だ。このような結果になると知っていても、反射で口を出してしまっただろう。

 だが最終的にプリシラ嬢はエルのお茶会に呼ばれる事になってしまい、本末転倒ということになった。


「彼女には牢屋も鎖も似合うだろうね。メイド服で『ご主人様』と呼ばせたい……! 屈辱に塗れた瞳だとなおよし……!」


 拳を握って言われた欲望に塗れた妻の言葉に私は決意する。側近とも目を合わせた。プリシラ嬢に対してあまり良い印象を持っていないらしい彼も、流石に幼き令嬢を変態の手に預けるような人で無しではなかった。お互いに目で会話する。


 ―――絶対に二人っきりにはさせない、と。


 馬鹿な息子がしっかりとプリシラ嬢を捕まえておかなかった事が、エルを見ていて悔やまれる。


 あの馬鹿さえ、プリシラ嬢を大切にしておけばエルは彼女を美味しそうと思いはしても手を出すとは考えなかっただろう。


 息子の婚約者、つまり将来娘になるかもしれない者に対してその魔の手を伸ばすほどアリエルという女は愚かではない。


 なのに、馬鹿息子はその手を突き放した。それはもう盛大に。


 エルにとって最高の状況だった。

 傷つけた息子の母として慰めや謝罪などを直ぐに彼女はやりたがった。エルなら幾らでも好きに出来るだろう、純真無垢なプリシラ嬢を手玉に取ることなど赤子の手を捻るようなもの。飢えた猛獣に大好物の肉を置くのと等しい。

 当時は必死で止めた。

 彼女の母、ポリマーがアリエルの親友であり、尚且つ、彼女の好みど真ん中だったためにそれはもう側近総動員で妨害した。


 その娘をどう見るかなど、分かりきっている。


 それが功を奏して、この3年間、その目に留まることをさせなかった。

 いや、正確に言うのなら13年間だ。

 会いに行こうとする彼女を押し留め、ポリマーを招待して会わせない様にした。

 百戦錬磨のエルがよもや年端も行かぬ少女に手を出さないという信頼も確信も、私にはなかったのだ。正確には私だが。


 その魔の手が終に、プリシラ嬢に届いてしまった。


 やはりお茶会などするべきではなかったのだ、と私は自身の迂闊さを恨んだ。


 3年前、あれ程に我が馬鹿息子に執着していた彼女の突然の変わりように警戒し、文通を始めてから、彼女の知識の奥深さと発想の豊かさや洞察力に徐々に警戒も解かれ、文通相手としてこれほどの令嬢はいないだろうと認めることとなった。


 時折、季節を感じさせる花の押し花の栞や彼女自身の絵などをささやかな贈り物として同封してくる風情と歳に似合わぬ気遣いに心打たれた。


 ――気づけば、3年もの間文通は続いており、娘のように思うようになっていた。


 純粋に私を慕ってくるプリシラ嬢は、可憐であり愛らしい。

 アリエルなどという紛い物ではない。

 アレを見ていると、プリシラ嬢は本当に清廉な令嬢だ。心が洗われる。


 エルが犯罪に手を染めていないのがむしろ不思議なほど、彼女は変態なのだ。


 ああ、本当に。


「あの馬鹿息子。お前がせめて少しでも貴族の立場として婚約という重みを理解していれば……」


 彼女は私の娘になっただろうに……! そして目の前の変態が目をつけることもなかったのに……!


 悔やんでも悔やみきれない恨み言を心の中で吐いた。

どうしてこうなった(第二弾)

誰がこんな王妃様を想像していただろうか(頭抱え)

皆さんが期待するような修羅場じゃなかったけど、陛下からするとある意味修羅場だよ!


プリシラは天使だ天使だと前回言ってましたが、天使なだけじゃ国母は勤まりませんよ!

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