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お初にお目にかかります、王妃様

 プリシラは慌ててもう一度その可憐な女性を見つめる。


(アリエル? 陛下がそう仰ったという事は……)


 思いがけない、というよりも想定することなど全くなかった人物の登場にプリシラは驚愕して身動きが取れずにいた。

 近くにいた侍従二人からも息を呑む音がし、更に言えばシャイの護衛としていたのだろう側に控えていた男が「王妃様……」と愕然とした顔で呟くのが駄目押しになり、プリシラは確信する事になった。焦りながら立ち上がり、礼をする。


「お、お初にお目にかかります、王妃様。わたくしはシャマーラ公爵の娘、プリシラ・シャマーラにございます。本日は陛下にお茶会へお招き頂きました」

「ふふふ、お久しぶりね。プリシラちゃん。……なんて言っても覚えていませんね。ポリーがあなたを産んだ時に見ただけだもの、直接顔を合わせるのは」


 親しげに語る王妃に、プリシラはそういえば母は王妃と友人だったのだと思い出した。

 生まれた子を王妃が見るほどに親しかったとは知らなかった。プリシラは今まで一度も見たことのない王妃に視線を向けた。


「そ、そうなのですの」


 赤子のときの事など覚えていない。

 戸惑いながらもプリシラはそれだけを返した。


「―――何をしにきた、エル」


 背筋が冷たくなるような声だった。

 振り向くと、シャイが思っていなかった冷たさと鋭さを持って王妃を見ていた。

 急な来訪に驚いたものの、それ程に咎められることではない。陛下に用事があっただけだろうと軽く考えていたプリシラは、シャイの様子に眼を見開く。


 そんな鋭い眼光を向けられた王妃はというと―――頬を膨らませ、恨めしげに睨みつけるような表情をしていた。可愛らしく唇を尖らせてもいる。


 先程まで王妃らしい威厳のある空気を身に纏っていたのに、不満げな表情をする王妃はまるであどけない少女のようだった。


 纏う空気の急な変わりように呆気に取られてプリシラが見ている中、王妃は拗ねた顔でふっくらとした桃色の唇を開いた。


「酷いわ、シャイ! ポリーの娘となら私の娘もおんなじでしょ! 一緒にお茶したいのに! それにルシファーが酷いことしたから謝りたいって私が言っていたの、知ってるくせに……! どうしてそんな意地悪するの?」

「……お前を呼んだ覚えはないのだが?」

「ふふん! 私にだって色んな情報網があるのよ。生まれたのは生意気な息子一人! 私、女の子が欲しかったんだから!」


 腰に手を当て人差し指を立てて、ちっちっち、と振る姿は物凄く似合っている。その彼女は、あ!とプリシラの顔を見て何かを今思い出したという顔をした。


「プリシラちゃん!」


 急に名を呼ばれ、プリシラは「は、はい!!」と裏返った声を出してしまう。

 元々下がっているような眉をしている彼女の眉が更に下がる。え、と動揺する中、王妃はたたたと駆け寄って来てプリシラの両手を握り締めた。うるうると潤む翡翠色に更に動揺する。


「ほんっとうに、ごめんさいね? ルシファーが馬鹿なことして……あなたのこと、傷つけたでしょう? それに、アスも……あっ、アスっていうのはアスモデウス、あなたにすごーく酷いことしようとしてたルシファーの幼馴染みたいな、ほら、あの子のことも。そういう教育はしてなかったなのに、なんであんな風に育っちゃったのかものすごーく謎なのよ。優秀なのに、物凄く馬鹿なの! ほんっとーにごめんなさい! 直接謝りたかったのに、シャイが全然会わせてくれなくって……こんなに遅くなっちゃったの……申し訳ありません、母親としても、この国の母としても謝罪をさせて頂きます。申し訳ありませんでした」


 途中、真剣な顔で頭を下げた王妃にプリシラは顔色を変えて「いいえ!」と否定を返す。


「そのようなことはございませんわ。顔をあげて下さいませ。王妃様からはお詫びの品を頂き、むしろ、わたくしの婚約破棄のお願いを了承してくださったことやその後、殿下へ手をあげたことを不問になさったことに関して感謝する事すれ恨むようなことも責める気持ちもございませんわ。ですから、そのように悲しい顔をなさらなくてよいのです」


 悲壮な顔つきの王妃にプリシラは焦り、言葉を重ねる。


 アリエル―――天使をモチーフにしていたことは覚えていたが、本当に天使のような姿と天真爛漫な性格をなさっているようだ。


 プリシラは戦慄した。


 辛うじて、現在陛下と王妃はそれぞれ単体で目に入れられているため、プリシラの心臓も目も瞑れていない。

 けれど、この二人が並び、笑顔でプリシラに話しかけるような事になればプリシラの心臓も目もつぶれてしまうのではないだろうか。

 夜の帝王のようなシャイと陽の光の王女のようなアリエル。

 想像するだけで呼吸が苦しくなるほどの美しさである。

 昼夜という相容れないものがそこに並び立つものをプリシラが一人で独占するなど、あまりにも光栄であり、もったいない事ではないだろうか。彼女の目に使用人や護衛達は視界に入ってなどいなかった。


「ううう、本当に優しいのね……ありがとう。あの子を許してなんて言わないわ。……でも、私とは仲良くして欲しいの! ずうずうしいって思うけど、ポリーの娘とは仲良くしたいのよ」

「おいやめよ! リラにまで……」

「ね、どうかしら。プリシラちゃん。私と仲良く・・・してくれる?」


 天真爛漫な笑顔はそのままなのに上目遣いにお願いされてしまえば、プリシラに選択権などない。翡翠の瞳に吸い込まれるような感覚に陥りながら、魅入られるまま答えた。


「……は、はい……」

「やったぁ! 嬉しいわぁ、プリシラちゃんっ! これからいっぱい仲良くしましょうね」


 にこにこと笑う王妃。

 後ろから溜息が聞え、首を捻って見えれば陛下と護衛が苦々しいほどに表情を歪め、顔を覆っていた。



 それからプリシラは、王妃の「公じゃないからエルって呼んで?」というお願い攻撃に負けた。更に彼女はそのままお茶会の場に参加する事になった。


 主にエルがプリシラについて色々と質問をするので、それに答えるという形だった。


 シャイとエルが並ぶ様子を視界に入れないように気をつけるプリシラに構わず、エルは楽しげにプリシラの話に相槌を打つ。時には「まぁ! 素敵ねっ」と手を叩いて喜ぶはしゃぎっぷり。


 突然の高貴な方の来訪に恐縮していたプリシラやソレル、グレイスもその様子に何だか年下の少女を相手にしているような気がしてきて、段々緊張も取れてきた。


 その間ずっとシャイの眉間の皺が取れることはなく、エルが来てからはあまり話さなくなったことにはプリシラも気にしていたのだが、それを疑問にする前にエルから質問が飛んでくるため、口にする事は出来なかった。


「ねぇねぇ、プリシラちゃん」

「はい、何でしょうか? エル様」

「プリシラちゃんって、シャイとお手紙の交換をしてるんでしょう? 私ともしてくれないかしら」

「えっ、エル様とですの?」

「ええ!」


 愛らしいかんばせを綻ばせて、満面の笑みを浮かべられるエルにプリシラも頬を緩める。


「そうですわね、わたくしも……」

「ならぬ」


 そこに、ずっと黙り込んでいたシャイが言葉を挟んだ。それにエルが頬を膨らませる。


「どうして? シャイってばいーっつもそうなんだから! 私が誰とお手紙交換するかに、シャイの許可はいらないでしょう?」

「すまないが、リラ。彼女と文通することは止めてもらいたい。彼女はこういう・・・・性格だから心配でな。何を書くのか分かったものではない」

「なっ!?」


 紅色の双眸に警戒の色が見えるものの、真摯にプリシラを説得しようとするシャイにプリシラも納得する。

 そんなことないもん!と口調を強く主張する王妃は確かにうっかり王族の秘密でもばらしてしまいそうだ。そうと思わずに。それほど彼女は純真で無垢な印象がある。

 さすが天使だ。

 秘密を暴露しそうであろうとプリシラの評価は聊かも翳らない。

 なぜなら、可愛いは正義であり、王妃は誰が見ても十中八九可愛いからだ。これほど可愛らしい方はそうはいない。とはいえ、プリシラはいくら可愛かろうともしも家族を傷つければ許すことはない。アリエルがポリマーの友人だからこそ、傷つける心配は低い為、全力で目の保養をしているのである。


「申し訳ありませんわ、エル様。シャイ様から許可がありませんとエル様と文通する事は……」

「シャイ!」


 声をあげるエルにシャイは余裕の笑みを浮かべて、カップを手にして紅茶を口に含んだ。


「……どうした、エル。随分と鋭い視線だな」

「―――っ、ううう! わ、分かりました。でも定期的にお茶会を開いて、プリシラちゃんを王宮に呼んで、私とお話でもしましょう?」

「えっ、そのようなこと……」


 素敵なお誘いにプリシラが内心、行きたいいいい!と叫んでいようと遠慮しなければならないのがマナーだ。

 がっつくのはマナーが悪いのだ。

 この一度断らなければならないことがプリシラは面倒くさい、といつも考えていたが、今は正にその最高潮ともいえた。

 王妃に飛びついて、両手を握って、是非!と叫びたい。すぐに喜んでもらえたほうが、誘った方も嬉しいだろうというのがプリシラの考えだ。


「おい、駄目だ」


 だが、それもシャイに遮られる。


「駄目なんてことはありません。私は何が何でも実行に移します。文通を止めさせたのだから、それくらい、いいでしょう?」

「……ッ!? そなた……!」


 驚愕の表情になったシャイを無視して、エルはプリシラに無邪気な笑顔を浮かべた。


「私から招待状を送るわ。そうしたら、来てくれる?」

「はい、勿論ですわ。エル様から招待状が来たのなら喜んで参りますわ」


 一度断ったので遠慮は要らないとばかりにプリシラは笑顔で頷いた。色よい返事にエルは更に笑顔になる。春が来たかのような笑顔だ。


 結局、プリシラはそれから三人でお茶会を過ごし、様々なエルの質問に答えながらシャイとエルという極上の容姿の二人に見惚れながら、美味しいお茶とお菓子をご馳走になるという至福の時間を過ごす事となった。


 エルが来てからあまり口を開かなくなったシャイは最後にプリシラに最高の贈り物をしてくれた。


 それを帰ってからベルフェゴールに渡しながらプリシラは言ったのだ。


「ああ、ベル。最高だったわ。陛下も王妃様もそれはもう美しくて全てが二人に跪いている気がしたくらいよ。独り占めするのが申し訳なく思うくらいだったわ。王妃様とは始めてお会いしたけれど、凄く可憐で可愛らしい方よ。ミューも可愛いけれどそれとはまた違うのよ。ああ、でも。ベル。やっぱり陛下は素敵な方だったわ。あんなに素敵な男性は他にいないかもしれないわ。だって、ベル。貴方に見せてあげたいと思っていた植物を苗木ごと私に下さったんだもの!」



次回、他者視点。

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