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本当にこちらの道であってるんですか?

 朝から落ち着かない。そわそわとプリシラは両手をすり合わせた。その様子を見ていたグレイスが失笑した。


「ッ、プリシラ様。落ち着いてくださいませ」

「落ち着けるわけないじゃない! 私、可笑しくないかしら。服は本当にこれで似合ってるかしら。以前はアレがいたからって派手なごてごてだったけど……久しぶりに会うから……ああっ、本当にドキドキするわ!」


 手紙のやり取りは続いていたものの、陛下はそう簡単にお会いできる人ではない。

 プリシラは3年ぶりに陛下と対面するのだ。

 緊張もする。熱心に手紙のやりとりはしていたから、あまり会っていない気はしないが。


 化粧も服装も約束の前日までに入念に準備した。お風呂での肌の手入れも髪の手入れも怠らず、勿論手土産も忘れずに用意した。他に何か忘れている事はないだろうか。


 プリシラは信頼する侍従に尋ねた。


「大丈夫ですよ、お嬢様。お綺麗ですって」

「そうです、プリシラ様! 凄く綺麗です! 美の女神です!」

「二人の目に綺麗に映るのは当然じゃない。陛下がどう思うのかが重要なのよ。もし、以前の派手なほうが綺麗なんて言われたらどうしようかしら……!」

《ミュミュも行きたかったの……》


 どんよりした空気が部屋の隅で渦巻いていた。

 普段なら輝かしい桃色の髪もどことなく暗い色に見える。

 どんよりとした空気の発生源であるミューにプリシラは緊張の面持ちを少しばかり緩めて、両手を広げた。


「いらっしゃい、ミュー」

《シィぃぃ!》


 きゅぅん!と空中旋回して飛び込んできた精霊を抱きしめる。


 陛下のお茶会には行けない事が決まってからミューは一向に気分が晴れないようで、よく部屋の隅っこで丸くなる様子がここ最近見られるようになった。


「大丈夫よ。陛下の元で何かあるわけないわ」


 違うの、とミューが首を振った。潤んだ桃色の瞳が悔しげな色を滲ませてプリシラを映す。


《ミュミュもシィの大好きな人見たかったのよ!》

「―――!」


 涙を溜めて言われた言葉はプリシラに少なくない衝撃を与えた。

 ミューは陛下に会えないのだ。プリシラがミューの立場だったら、部屋でどんよりするだけでは収まらない悲しみの感情に呑まれているに違いない。

 すん、と鼻を啜ったミューの額にキスを落とし、憐憫の情を彼女に向けた。


「それは……そうね。確かに陛下を見れないのは……辛酸を舐めるような苦しみがあるのは分かるわ」

「いやそこまでじゃないでしょう」


 ソレルが何か言っているか、意味が分からないので睨み付けた。たじろぐ彼にふんと鼻を鳴らす。


「サタン陛下はプリシラ様を気に入っておいでのようですから」

「そうだといいけど。陛下の隣でも恥ずかしくない女性になりたいわ。今はまだ……そこまでの自信がないわね」


 はぁ、と溜息をつく。

 ミューが膝の上でもぞもぞと動き、プリシラの頭を撫でる。突然の行動に目を見張った。


《大丈夫なのよ。ミュミュはシィがすごーく素敵なひとだって知ってるのよ》

「ミュー……貴方本当に可愛いわ。大好きよ」


 ぷにぷにしている頬に頬ずりして立ち上がる。ミューはふわ、と羽根を動かして浮かんだ。


「行ってくるわ」


 時間だ。


 プリシラは気合を入れ直す。


 敬愛する陛下の前で情けない姿など見せるわけにはいかない。

 あの人の前では出来る限り、洗練された優雅で清廉な令嬢でいたい、とプリシラは思っている。


 3年前よりも手紙のやり取りによって親しく思うようになってはいる。

 手紙でも「貴方の考察には私も唸るものがある」と褒められたことも「貴方とのやり取りは私の目を見開かせるな」とも言われた事がある。だからこそ、実際に会って幻滅したなどと言われるようなことがあってはならない。


 陛下がプリシラの期待を裏切る事など絶対にないのだから、陛下の期待をプリシラが裏切らないように気を張らなければ。


 そんな覚悟を持って、プリシラは屋敷外に待機させていた馬車に乗り込んだ。



 *・*・*・*・*・*・*・*・*



 城近くの宿屋に馬車を止める。城に入る前に来た事を知らせるのだ。その間もプリシラはそわそわとやはり落ち着かなげに身体を前後に揺する。


「お嬢様。少しは本当に落ち着いてくださいよ」

「煩いわ。分かってるけど上手くいかないのよ」


 プリシラとて、会ってしまえば為るようになる事は理解している。他の人だったらこれほど緊張も不安も感じない。陛下だからこそだ。


「―――絶対に楽しい時を過ごすんだから」


 決意を口にして、窓の外を見上げる。

 プリシラの覚悟を祝福するように空は晴天。雲ひとつない。気持ちも明るくなってくる景色だった。


「プリシラ様、どうやら……案内人が来たようです」


 グレイスの言葉に頷いた。



 城の中に入るのもプリシラはいつぶりか分からない。

 ルシファーとの逢瀬―――今では逢瀬というのも憚られるが―――は専らプリシラの屋敷で行われ、城に入る事などなかった。

 燦爛たる豪奢な造りはそれでも下世話な感じは受けない。

 他国から来た使者を自国の権威を現すためにある程度のお金を使うのだ、と手紙に書いてあったようにそれほど金額はかけられていないようでいて趣味のよい高額な芸術品が並べられていた。

 それでも厭らしい印象を与えないのは陛下の趣味がいいからなのだろう。


「……お嬢様」

「何?」

「何だか……随分奥に行きますね。本当にこちらの道であってるんですか?」


 ソレルが訝しげに言う。

 案内人を見るとこちらを気にしながらも、周りの気配を探っているように見える。不審といえば不審だが、プリシラは公爵令嬢であり、しっかりと守ろうとしてくださっている陛下さすが、と思っていた。


 だが、一つ疑問を投げかけられると他にも色々と考える事が出てくる。


 馬車は宿屋に預け、あまり豪華ではない馬車で入った。

 表からではなく、裏から入った。その時も周りに人がいないかどうかを確認していた。

 城の中もだんだん煌びやかではなく、使用人達が使うようなみすぼらしいものになっていく。


「サタン様が可笑しな事をなさるはずないわ。大丈夫よ」

「……まあ、そうですね」


 自信を持ってプリシラが言うと、渋々納得していないという顔をしながら頷く。

 ソレルに言いつつもプリシラは僅かだけ警戒心を引き上げた。


 陛下の御世がどれほどに素晴らしくとも、愚かなものも貧なる者も存在する。

 そういう輩が公爵令嬢という格好のお金の元を狙わないとはいえない。

 父や兄に命令や脅しを聞かせようとするなら、プリシラやベルフェゴールは大変素晴らしい餌にも人質にもなることは理解している。


 案内人はプリシラ達の不安を全く気にすることなく、そのまま奥へと突き進んでいく。

 足音を立てないように忍び足で歩いているためにドタドタと音は立てていない。普通の案内人と違う事はもう疑いようがなかった。


 奥に行くたびに段々城下の喧騒も遠のいていく。


 プリシラはそっとスカートの下に隠している隠し武器を触る。そこにあることをしっかりと確認し、いつでも抜けるような体勢で彼の後を着いて行った。


 城を出たと思うと、案内人は振り返り人差し指を唇に当てた。

 そして、身振りで「話してはなりません」とプリシラ達に伝える。

 戸惑いつつ頷けば、彼は突然地面に手を突っ込んだ。驚いて固まる間に、案内人はもぞもぞと土から生えるようになった腕を動かしていると―――地面が割れた。


 思わず声をあげようとしたのを辛うじて両手で口を押さえる事で止めることが出来た。

 ぽっかりと開いた穴は周りが薄暗いために中まで覗く事は出来ない。

 案内人は近くまでやってきて囁き声で「私に続いて入ってください」とだけ言ってから、穴の中に飛び込んだ。

 3人で顔を見合わせる。色々と怪しすぎる。ソレルもグレイスもまだあの案内人に着いて行く事に難色を示しているようだったが、プリシラは2人を尻目に飛び込んだ。


「あ!」


 と小さく聞えたので、直ぐにプリシラの後を追ってくれることだろう。

 地面への衝撃を覚悟していたが、急な浮遊感を味わう事になった。

 あら、と少し声を出す。空中に浮いていた。

 ふわふわと重力に逆らっているために、地面に激突しなかったのだと納得した。

 見回すと、案内人が近くにいた。どうやって降りるの、と思っていると地面にゆっくりと身体が降りていく。最終的にそっと足を地面につけることが出来た。


 グレイスもソレルも同じようにして降りたつ。中は洞窟のようになっていて、一本の道が前後に伸びていた。


 2人が来たのを確認して案内人は「では参りましょう」と進み始めた。

 上を見上げても、外は見えなかった。

 こんな場所があることを城の住人の誰が知っているというのか。なぜ案内人は知っているのか。


 ますます、案内人が怪しくなってくる。


 いつのまにか手にしていたランタンを持ち、先頭を歩くため、見失う事はないものの、もしこの案内人を見失ったらプリシラ達はこの地下洞窟の中で迷子になると遅れることなく追いかけた。


 どれほどの時間が経っているのか、洞窟の中だと分からない。


(そう言えば私達、酸素が)


 そんなことを思った時、急に、周りが明るくなった。


 ひゅぅ、と髪を吹き上げる風に外にいると気づく。急に明るさを増した明暗差に目が眩む。プリシラ達は呆然と目の前に広がった様子を見た。


 整然とした美しい庭園だった。


 陽の光が照らすのはよく手入れされた木々と花々だ。

 乱雑に植えられている様で見ていて煩わしくない配置がなされている。

 何より興味を惹かれるのはプリシラが見たことのない植物があることだ。

 知らない植物がある、というのは陛下とのお茶会に快く送り出してくれ、更に「ミュミュのことは僕が面倒を見るから、姉上は心配しないでいいですよ」と笑顔で送り出してくれた愛するベルフェゴールにとって最高のお土産話となるに違いないのだ。

 出来れば苗木でも頂けたら嬉しいのに、とプリシラは木々たちを見た。


「珍しい花だろう? リラ」


 魅惑的な声がした。


 文字だけだろうと頭の中では何度も再生されていた声にプリシラは肩を跳ねさせて勢いよく振り向く。


 美しいかんばせに笑みを滲ませる―――サタン陛下が立っていた。


次回、超ラブラブ回。

当社比、甘さを多分に含みます。お楽しみに!

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