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な、んだと……!?

 サタン様からの手紙を握りしめ、プリシラは父の顔を見つめた。

くしゃくしゃにならないように気をつけるものの、身体に力が入っているのは後ろに控えているソレルやグレイスには分かるだろう。サタン様からの手紙の内容は———お茶会への招待だった。


「……プリシラ」

「お父様、どうして? 陛下からのお茶会のお誘いよ! 初めてなのよ!? 今まで、手紙のやり取りだけで、お茶会なんて誘われたことなかったんだからっっ!!!」


 身を乗り出して、父にプリシラは訴えた。


「駄目だ。プリシラ、陛下とのお茶会に行ってはならん」

「だからどうしてっ!?」

「どうしてもだ」


 お茶会のお誘いを受けたことを父に報告してから、ずっとこのやり取りが続いている。


 理由を聞くも父は答えず、プリシラは納得が出来ないために食い下がっている。


 陛下とはこれまでずっと手紙のやり取りをしているのみで、一度もどこかへ誘われたことなどない。こちらから呼ぶことも出来るが、それは陛下のお忍びということだから難しい、と父と兄に諭された。


 いくら王都近郊にあるとはいえ、城から王が離れるとなれば面倒な手続きも多いのだそうだ。プリシラは仕方なく、諦めた。だからこそ、せっかく陛下からの城への招待を断ることはしたくない。陛下からの誘いであろうと公的ではないため、父が駄目だといえば娘であるプリシラは断らなければならない。


「お茶会はお城でするから、もし何か急務があってもサタン様は対応出来るじゃない! お忍びでもないから、騎士達も堂々と護衛してもらえるわ!」

《ミュ、ミュミュも……ミュミュも護衛するの!》

「ミュー……!」


 可愛い天使精霊の言葉にプリシラはその浮遊する身体を抱きしめた。

 二人して、父を見つめる。


「……ぐ……ッ」


 父が悔しげな顔になる。


「お父様、いいでしょ? プリシラは陛下とお茶を飲みたいのよ!」

「な、んだと……!?」


 驚愕の表情になった父を不思議に思うも、そのことについて問いを発する前にミューが口を開いて首を傾げた。


《へーかって、シィがいつも言ってる素敵な人なのよ?》

「そうよ、ミュー。物凄く素敵な人よ」


 自信と熱意を持ってプリシラは愛情と敬愛を込めて、陛下をそう表す。


 サタン陛下を知れば他の男などそこらの虫と同等である。家族は言うまでもなく除く。


 兄とベルフェゴールに別荘で考えていたお願いをすると、快く承諾してくれたことをプリシラは思う。

 あんな我儘、それもプリシラはもう子供といわれる歳ではなくなりつつあるのに、全く邪険にせず馬鹿にせず受け入れてくれる二人のことが益々好きになった。


「貴方。行かせてあげて」


 更にまだ会った事のないアリエル王妃の魅力についてもミューに説明しようとしたところ、父ではない別の声がした。


 振り向くと母が真剣な表情で立っていた。


「お母様……?」


 父とプリシラ達だけの執務室は突如、父と母の執務室になった。


 母はプリシラを一瞬見て、微笑した。まるで安心するように、というように。

 す、とプリシラの前に立った母は諭すような口調で続けた。


「プリシラを陛下の元へ、行かせてあげて。貴方」


 思いがけない援護者にプリシラは目を瞬かせた。

 母は父の意見に反対する事は今まで一度もなかった。

 当然だ。

 だって、父は間違った判断などする人ではない。もしこちらが間違っていると思っていても、父はきちんとよくよく考えた結果なのだ。

 今回、プリシラが陛下とお茶会をすることを反対するのもそれなりの理由があるのだろうと分かっている。

 分かっているが、それでも納得できないのがプリシラだ。

 だが母は違う。

 母は父の味方でいる、のがプリシラの中での普通だった。


「ッ、ポリマー……だが、それは」


 プリシラと同じ様に驚いたのだろう。父は母の言葉にたじろいだ。ミューと両手を合わせて二人を見守る。


「貴方。私はプリシィの幸せを願ってるのよ。プリシィのしたいようにしてあげたい。貴方、陛下とのお茶会を許可してあげて」

「だが」

「陛下は賢い方よ。そう変な事にはならないわ。王政も安定してるし、それに……陛下なら大丈夫。プリシィを幸せにしてくれるわ」


 プリシラは首をかしげた。

 ミューもまたプリシラの真似をして首を傾げた。

 それを可愛く思いながら、二人の話す内容に注意を向ける。


 プリシラが陛下とお茶会するだけの話にしては妙な話し合いだ。陛下とのお茶会は確かにプリシラを幸せにしてくれるだろうが、二人の間にはどこか緊迫した雰囲気が漂っている。


 けれどプリシラは、それを疑問として口にする事はなかった。もし口を挟めばプリシラは最強ともいえる援護者を失いかねないと危惧したのだ。


「貴方」


 強く、答えを発する呼びかけに父は屈した。


 重い溜息を吐き、プリシラを視界に入れないようにして「わかった」と頷いた。

 ミューは何が起こったのかよくわからなかったようだが、プリシラには理解できた。


「―――やった! お父様ありがとう! 本当に嬉しいわ! お土産話を楽しみにしていて頂戴!」


 喜笑して、プリシラは前に立つ母に抱きついた。後ろからミューが《ミュミュも!》と抱きついてくる。その感触も嬉しさを倍増させる。


「本当にありがとう、お母様! 私だけだったらお父様を説得出来ませんでしたわ! 陛下にお誘いいただけたお茶会ですもの! 家の顔に泥を塗らないように精一杯楽しんできますわ!! お父様もありがとう! 反対してたのに賛成に意見を変えてくれて!!」

 《ミュミュもー! ミュミュも頑張るのー!》


 そうね、と返そうと笑顔を向ける。

 彼女が護衛としてついているのなら何があっても大丈夫だ。


「それは駄目よ、ミュミュちゃん」

 《みゅっ!?》

「えっ!?」


 母は首を振って「貴方にはまだお稽古が残っているでしょう」と残酷な宣告をミューに下した。

 プリシラもそのことをすっかり忘れて、ミューと陛下とのお茶会に行けるとすっかり喜んでいただけにこの宣告は瞳を潤ませるのに充分な効果を発揮した。


 そんな、と口にしたのはプリシラだったのか。それともミューか。


「お母様! そんなこと仰らないで下さい!」


 第二回戦の始まりのゴングが聞えた。




 ―――結局、陛下とのお茶会にミューは連れて行けなかった。

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