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自慢ではありませんが、私は彼に好かれておりません!

「おはようございます、お父様。お母様」

「ああ、おはよう、プリシラ」

「おはよう、プリシラ」

「お兄様、おはよう。ベル、おはよう」

「おはよう、プリシラ」

「おねぇさま、おはようございます」


 三ヶ月もすれば全員慣れてくるものなのね、とプリシラは笑顔を返しながら思った。

 使用人に怯えられる事も悲鳴をあげられることも少なくなり(皆無ではないが)、お父様達にベットに連れ戻される事も少なくなり(皆無ではないが)、グレイスとソレルに強張った顔や青ざめた顔になられる事も少なくなった(皆無ではないが)。


 怪我が治り、プリシラは座学勉強を始めた。

 ついでに令嬢の教養に必要なダンスやお茶の仕草などのマナーも学び始めた。


 七つの大罪などというものをモチーフにしているだけあって、ここには魔法が存在する。

 プリシラは殊の外、魔法に傾倒した。

 その理由についてグレイスとソレルが尋ねられた時、迷い無く彼女は言い切った。


『魔法は技術よ。極めておけば大半の事に対処できるじゃないの』


 その後、それだけではなく剣や弓、護身術を習いたいとそれも熱心に始めたプリシラに、そっくり同じ質問をグレイスとソレルがしたところ、プリシラは体力づくりに走りながら答えた。

 なお、グレイスとソレルも護衛と侍女として、プリシラに付き合わされている。


『剣も何もかも、いざという時に対応する能力じゃない』


 グレイスとソレルは、プリシラが早々に諦めて、自分達が付き合わされている現状をどうにかしたかったから尋ねたのだったが、決意の固い彼女の前に惨敗することになった。


 ―――そんなある日。


「プリシラ。数日後にルシファー様がいらっしゃるぞ」


 喜べと言わんばかりの笑顔でプリシラの父———エビネランは告げた。

 プリシラの手は止まり、父を驚愕の思いで見つめる。

 そんな彼女の様子に彼は首を傾げた。


「どうした、プリシラ。嬉しくないのか? ルシファー様が来るのだぞ?」

「なぜ……いらっしゃるのです?」


 全く嬉しくない。ルシファーが来てしまったら、これからやろうと考えていた予定が全て出来なくなる。そもそも、来ないと思っていたのに。

 プリシラは彼が来る理由を考えた。


 婚約破棄?

 いや、お父様の様子を見るに違う。


 好きな女が出来たから?

 あっ、ありそう。凄くありそう。私を見下して嘲笑いそう。


 他に……婚約者の様子を見に来たとか?

 それはない。


 即座にプリシラは答えを出す。それはない。ルシファーはプリシラに一切の好意を抱いていないのだから。そもそも、3ヶ月も経っているのに今更様子を見に来られても感動も何もない。


 ならば、なぜ?

 その疑問に答えてくれたのは跡取りである兄———カクタスだった。彼は優しくその瞳を細めてプリシラを見た。


「彼はお前の様子を見に来るんだよ、プリシラ」

「はぃ?」


 何故だ、なぜ。

 困惑する気持ちが顔に出たのだろう。

 家族が一緒に困惑し始めた。というよりも、使用人達もなのでこの場にいる全員が困惑している。


「な、何故? 何故彼が私の様子を見になど来るのです? 自慢ではありませんが、私は彼に好かれておりません!」

「や、やだわぁ、プリシィ。そんなことないわよ」

「お母様! お言葉ですが本人に面と向かって言われたのです! 『お前のような低俗な女と婚約者でいるのは、俺が俺に相応しい女を選ぶ為の繋ぎでしかない。勘違いするな』と!」


 気を使ってか、慰めか、本気かは知らないが、母、ポリマーからの言葉に即座に否定した。

 婚約者になって暫くしてから言われた科白である。

 それを思い出した時には目の前が真っ赤になった。無論、怒りで。

 あの時は傷ついて泣いてしまったのだから、随分プリシラも成長したものだ。

 彼女自身が否定したことだが、彼女本来の気質は全く変わっていない。知識と相手を思いやる心などを知り、ある程度の常識を手に入れただけだ。

 よって。

 ルシファーは婚約者としてではなく、恋する相手としてどころか、男として、むしろ人として劣っていることを理解した彼女の気持ちの冷めようは凄まじかった。


 ———最終的にもしも主人公があいつを奪っていかなかった場合、私があいつと、結婚しなきゃなんないのよ?! 嫌嫌嫌!! 絶対、嫌! 絶対、蔑ろにされる日々しか待ってないじゃないの!!


「え……っ? プリシィ、それはどういうこと……? そんな、まさか殿下が」

「あっ」


 しまった。

 この場にいるプリシラ以外が唖然としているのに気づいて、口を閉じた。

 ルシファーは当然、殿下である。皇太子である。ルシファーとはそうであるべき、という概念が別世界にはあったからだ。最終的に誰もが恐る王になる。

 今が馬鹿でどうしようなくとも、誰よりも出世株であることは別世界の者であれば名前で分かる。

 才能がある。有能である。それはどんな面であろうと。

 例えば、顔。

 例えば、剣。

 例えば、座学。

 とかく、ルシファーは天才ともて囃される。それも、お世辞ではないのだから恐ろしい。

 プリシラが、恋に憧れる幼いプリシラが。

 彼に夢中になるのは当然であったし、幼い彼女に普通の婚約者の態度が分かるはずもなく———そんな彼にどんな事を言われたからと家族であろうともそれを言うことは、つまり、自身に魅力がないと認めることはプリシラのプライドが許さなかった。


 グレイスやソレルなどの使用人は少なからず知っていたが、家族になど絶対に言えなかった。一人で耐えた。


 ルシファーは才能があった。大人の前で取り繕うことを、天才である彼が出来ない筈がなかった。


 プリシラは大人の前での自分の扱いが彼の本心だと疑っていなかった。薄々気づいてはいたが、それは認められなかった。

 だが、今は違う。二人っきりの時の扱いが彼の本心で、彼はプリシラを愛してなどおらず、自分に女の魅力はない。

 知識を得た彼女は、その非情な現実を受け入れる精神的成長を果たしていた。


 が、それと同時に家族を大切にしようという想いが強くなっていた。


 家族なら恋などより、ずっと確かなものだ。


 だから、ルシファーに言われたことを言うつもりはなかった。プリシラは愛されていることを知っていたから、彼らが傷つくことを知っていた。


 どうしようなく我儘なプリシラを彼らは見捨てることなく、愛してくれていた。


「プリシラ、どういうことか…….」

「分かったわ、お父様。ルシファー様にお会いするわ。ああなんて楽しみなのかしら。じゃあ、私はグレイス達とルシファー様たいさ……お出迎えの打ち合わせをしなくちゃならないから、もう行くわね」


 食事はまだ途中だったものの、ルシファー来訪のお知らせに食欲はなくなり、プリシラ自身の失態で気まずくなった今、食事は続けられない。後ろから聞こえる制止の言葉は敢えて全て無視して、部屋へと戻った。


 部屋へ帰ってすぐ二人と頭を付き合わせた。ルシファー様対抗策を考える、と、プリシラが言うと、グレイスは不思議そうな顔になった。


「プリシラ様、ルシファー様のこと、嫌い、です? 会いたくない、です?」

「嫌いかはどうかしら。好きだったのは確かだから、どちらかというとどうでもいいって感情の方が近いわね」

「お嬢様、好きの反対って無関心らしいですよ」

「それって、私が彼を嫌う以上に酷いって言いたいの? ソレル」


 軽口を言うものの、気分は重い。

 はあー、と重い溜息を吐いて、二人を暗い目で見た。


「グレイス、当日は以前の様なゴテゴテした飾り付けにして。以前の様に、ルシファー様に秋波は送れないけど、婚約者である限り、最低限の礼儀は尽くすわ」

「えーっ!? プリシラ様、前のより、今がいいです!ゴテゴテ、 似合う違うます!」

「礼儀作法も完璧になっていて、精神的にも今は遥かにお嬢様の方が上ですよね。飾りつけても身の内から出るものは誤魔化せないもんですよ? なんか嫌な予感がするんですが」


 不服そうなグレイスには謝り、嫌そうに顔を歪ませたソレルには「大丈夫よ」と笑顔で答えた。

 ルシファーが好きなのは自分を楽しませてくれる女、だった。

 自分が完璧だから、相手が予測つかない行動をすると楽しめるとかなんとかで、それってそこらの犬よりも他国の珍しい動物を愛でるのと何が違うのか、と思う。

 プリシラは自信満々に笑った。


「私がルシファー様の様な完璧な御仁を楽しませるような何かなんて持ってないんだから」

「そういう余裕が足元を掬われるんですよ」

「プリシラ様は、すごいです!」


 ソレルってば、なんてことを言うのだろうか。礼儀作法が完璧な淑女なんて、どこに面白みを見つけろと?

 出来る限り、早目にお帰り頂こう。


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