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は、はじめましてなの! シィの契約精霊ミュミュなの!

 翌朝、父と母に話があると伝えて話をする機会を設けてもらった。


 ミューの事を話すためだ。


 昨日一日、ミューは空気を読んで大人しくプリシラの周りを飛んでくれていた。

 夜にはたっぷりと演奏をしてあげたプリシラの膝の上には、現在そのミューが緊張した面持ちで座っていた。


《ミューのこと、皆知らないの。ミューのこと、受け入れてくれないかもなの。そうしたら、シィはみんなに嫌われるかもしれないの。ソレルの提案、受け入れてもらえるか分からないの……》


 以前の契約者の時にそういうことがあった、と漏らすミューにプリシラは頭を撫でて、微笑んだ。


「大丈夫よ。私の家族だもの。お父様もお母様も優しいわ。それに、ソレルの案なんだから心配する必要なんてないわ」

「そんなに言われると困りますよ。ちゃんと旦那様達が受け入れてくださるか分かりませんし、というか、そもそもお嬢様は私の案を結局一度も聞いてないじゃないですか」

《シィ……》


 ソレルの言葉に不安を感じたのか、プリシラを見上げる瞳は揺れている。

 大丈夫なのよ?と聞いているのだろう。

 プリシラは、全く何も気負うことなく、先程と同じ様にミューへ微笑んだ。


「ソレルだから大丈夫。だって私の従者だもの。最近なんて、護衛と従者だけじゃなくって執事も兼ねようとしてるくらいに優秀なんだから」


 さっ、行きましょうと立ち上がった。

 ミューはふわりと浮き上がる。不安そうな彼女もソレルのことも問題にせず、プリシラは父と母の元へと向った。


 部屋に入った時、父達は長椅子に揃って座っていた。プリシラ達が入ってくると、二人は立ち上がり、プリシラを抱きしめた。


「プリシィ、お話ってなにかしら」

「私、お母様のそういう直ぐに本題に入ってくれるところ大好き」

「率直な貴方の事も母様は愛しているわ」


 すぐに本題へと導いてくれる母に笑いかける。

 はっきりしたことを好むプリシラにとって、大変嬉しい。

 二人が再び腰掛けると同じくらいに、長椅子の前方にある椅子へとプリシラは腰掛けた。小さくミューがちょこんとその横へと座るのを横目に、プリシラはまっすぐに二人を見た。


「私、別荘に行ったわ。とても寂しかったから、もう一人では行きたくないの。だって、私……お父様もお母様も、みんなのこと大好きなんだもの」


 プリシラは目を逸らして言った。

 若干、拗ねたような口調になってしまったのは、ソレルとグレイスをつけてはくれたものの、一人で放り出されたことを少しだけ、ほんの少しだけ不満に思っていたからだ。


 ……やっぱり、嘘である。

 プリシラはそれはそれは恨んでいた。恨みもするというものである。


「プリシィ、ごめんなさいね。お父様とカクタスを止められなくて……出来れば、私も着いていこうと思っていたのよ? でも」


 酷く申し訳なさそうに頬に手を当てて眉を下げた母に、プリシラは首を思いっきり振った。

 アレとの婚約が破棄されてからプリシラに対する対応が変わった。以前よりもプリシラの行動に干渉するようになったのだ。

 以前よりというだけで、それほど干渉されてはいないし、母から感じる愛情も変わっていないのでプリシラ的には問題ない。


「いいのです! お母様! ちゃんと分かってるの、お父様とお兄様が私を心配してくれたんだってことは……だけど、寂しかったってことは伝えとかなくちゃって思ったのですわ」

「そうね、プリシィ。言葉にしないと伝わらない事は沢山あるものですから。カクタスなんて、それを具現化したような子だから……」


 妙に遠い目をした母にプリシラは不思議に思う。


「お兄様はいつだって想いを口にして下さっていますわ。言葉にして伝えなければならないことなんてありますの?」

「……。あの子に言葉にして伝えなければならない事なんてないわ。むしろ、言葉にして伝えてはならない事ばかりだから、プリシィは気にする必要はありません。……それで、プリシィ? 他に何か言いたいことがあるのでしょう?」


 話を切り上げるように一定の音程で言った母に聞かれて、プリシラは頷いた。


「お母様……その通りですがその……」


 本題に入ってくれる母に感謝しつつ、プリシラは母から視線を横に滑らせた。

 凛とした佇まいで腰掛けている母の横で絶望の色を滲ませた父が何故か頭を抱えている。


 プリシラが「寂しい」と想いを口にしてからずっとだ。


「いいのよ、プリシィ。自業自得だから」


 ぴしゃりと言い切った母にプリシラはこれ以上父のことを聞くことは出来なかった。


「……それよりも、これほど急いで帰ってきた理由は? 何か問題があったのね、プリシィ。違う? 貴女はそう簡単に家族の想いを無碍にしたりしないでしょう」

「はい……お母様」


 静かな声音で母が言うのを、プリシラは頷き、姿勢を正した。

 母の言う事は正しい。

 プリシラは、そう簡単に家族が心配してプリシラにしたことを無碍にしたりはしない。今回は天地がひっくり返る出来事が起きたからこそ、大手を振って帰って来られたのだ。


 ミュミュはプリシラの雰囲気が変わったのに敏感に気づいたらしく、更にその幼い身体を硬直させている。

 それを横目に見て僅かに緊張が解けたプリシラはしっかりと母の目を見て―――口を開いた。


「―――精霊と契約を交わしました」

「………………………………ぇ?」


 母が笑顔のまま固まった。

 父は抱えていた頭を上げて、プリシラの顔を呆然と見ている。

 部屋の空気が少しも動かない中で、行動を起こしたのは隣にいた精霊天使だった。

 プリシラの横で空中へと浮いた彼女は天使の羽でぱたぱたと風を起こしている。

 何かプリシラに言おうとした様子だった父と母、二人とも可愛い精霊天使に釘付けだ。


 緊張して口を引き結んで浮遊するミューの可愛らしさに驚くのは無理もないことだ。プリシラは頷いた。


《は、はじめましてなの! シィの契約精霊ミュミュなの! 文芸を愛する精霊なの! ミュミュ、シィのこと大好きなの! ミュミュ、シィが大切な人と仲良くしたいの!》


 ちょっと手足が震えてるところが庇護欲をそそる。


「よく出来たわね、ミュー。可愛らしくって最高よ。ほら、緊張したでしょう。いらっしゃい」


 両手を広げてやれば、ミューはすぐに振り向いて飛び込んできた。首元に顔を押し付けて擦り寄って慰められようとするミューを可愛く思いながら、プリシラは父と母の様子を伺った。


「………………ぷ、ぷりしぃ? そ、その、子……」


 母の声は裏返って、ミューの羽根を凝視している。

 父も同じだ。

 話をする前に人払いをお願いして置いたので、使用人はグレイスとソレルだけだ。この様子を見るに、それでよかったのだろうとプリシラは思う。


 豪胆な事で知られる父は声も出せないほどに驚いている。

 考えていたよりも、ずっと不味いことだったようだ、とプリシラは心の中で冷や汗を掻いた。出来れば「テヘペロ」と舌を出して「やっちゃったぜ」とでも言って誤魔化してしまいたい気もしてきた。

 もう少し心の準備を整えて貰うべきだったかも、と反省はするが後悔はしない。


《……ミュミュはシィが大好きなの。ふりえき、なんてしないの。迷惑だってかけないの。シィの音楽だけ聴けたらミュミュはそれで……》

「ミューはそれでいいかもしれないけど、私は嫌よ。私、ミューと一緒に色々やりたいもの。ねぇ、お母様、お父様。この子は精霊の、ミュミュよ。別荘近くの洞窟でフルートを吹いてたら、契約する事になったのよ。それでね、私……他人に精霊と契約したって言いたくないの。それで二人にどうしたらいいかしらって相談したいのよ。実は、ソレルにいい考えがあるそうなの」

「は、はは……プリシラ、いや、精霊? それは、また……」


 父は現実逃避をしたがっているようで、乾いた笑いを口から出している。母は、というと震える指でティーカップの紅茶を口にしていた。


「つ、つまり……そう、精霊様……なのです、ね……そう、精霊……」


 動揺しつつも、醜態は晒さない二人にプリシラは尊敬の念を強くした。

 プリシラが精霊と出会った時は錯乱して、縋りついて泣いたのに。

 二人は動揺も困惑も混乱もしているのに、プリシラから先ず事情を聞きだそうという精神力が残っているのだ。


「そうよ、お母様。精霊なのよ。可愛いでしょう?」


 自慢の精霊を二人に向き合うようにして膝に座らせた。

 ふわふわ桃色髪の精霊は間違いなく、不安げに二人を見上げただろう。

 プリシラは母と父の顔がミューを見て、その面持ちが綻んだことを確認する。

 流石は天使。

 どんな時でも人の心を癒せる能力を持ち合わせているらしい。


「……待ってね、プリシィ。お母様はちょっと落ち着くのに時間がかかりそう」

「大丈夫よ、お母様。お父様なんて放心状態から脱してないわ」


 ふふ、と笑ってプリシラも母と同じ様に紅茶を手にした。ただ、母と違って指が震えてはいない。


 父と母の様子を見るに、驚愕はしていても―――嫌悪をしている様子はない。姿を見せないほうがいいというのなら、ミューは姿を消せるのだから問題ない。


「なら、また明日話し合うって言うのでどうかしら。一晩、精霊について受け止める時間はお母様もお父様も必要でしょう?」

「そ、そうだな……」

「そうね、私もそうしてくれると有難いかしら…………」


 プリシラはミューを腕に抱えて立ち上がった。


 振り向けば、ソレルとグレイスが不安げに見ている。父と母が発狂でもしないかと考えているのだろう。そんな心配は無意味だ。発狂などするわけがない。


「じゃあ、お母様、お父様。私は部屋に戻りますので、話し合いはまた明日」


 力なく頷くお父様と手を振ったお母様に微笑みかけてから、プリシラは兄とベルフェゴールに別荘で言っていたお願いをいつしようかと思案した。


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