とってもとーーーーっても辛かったわ
「お嬢様、お嬢様」
ソレルの呼ぶ声で目を覚ました。プリシラは眠いのを我慢して「なに、ソレル」と起き上がった。
「もう到着しますよ」
「プリシラ様、皆様がお待ちになっているようですっ」
「えっ? 本当っ!?」
グレイスの言葉に窓へと駆け寄り、身を乗り出した。ソレルが「危ないですから、止めて下さい!」と悲鳴をあげるのを無視して、目を凝らすと―――
「お父様――! お母様――!」
ぶんぶんと手を振る。小さく影が見える。絶対にあれは父と母だ。
その横にまた二つの影を見つけて、
「お兄様ーーー! ベルーーーー!!!!」
プリシラは更に声を張り上げた。
屋敷の前にずらっと家族達の姿が見える。本当に待っててくれたようだ。予定より早くの帰宅なのに、仕事を休んでくれたようだとプリシラは涙が出てきそうになる。
《シィの家族なのよ?》
「そうよ! ミュー! 私がいいって言うまで皆の前に姿を現したりしないでちょうだいね!」
《わかったのっ!》
ミューも同じ様にプリシラの家族を馬車の中から視界に入れたらしい。元気よく、お願いを聞いてくれる精霊にプリシラは受け入れてもらえることにあまり心配していない。これほど人懐っこい可愛らしいミューを見れば、家族達は迎え入れてくれるだろうという根拠の無い自信があった。
馬車が止まった瞬間、プリシラは馬車から飛び降りるようにして出て、目の前にいたベルフェゴールに抱きついた。
「わっ、と……! ね、ねぇさま……!」
久しぶりにベルフェゴールの『ねぇさま』を聞く。プリシラは、ベルフェゴールを強く抱きしめて顔を押し付けた。
「ベルっ! ベルだわっ! 嬉しい……! すごくすごくすごーーーく! 寂しかったのよ……」
「う、うん」
ベルフェゴールも遠慮がちに抱きしめ返してくれる感触と大好きなベルフェゴールの匂いを味わってから、プリシラは身体を離してじっくりと顔を見た。
茶髪も碧眼も大して変わりはない。短い期間なのだから当然だろうが、プリシラはホッとした。
それから、横に来ていた兄に抱きつく。
頼もしい腕がプリシラを包み込み、嬉しくて頬ずりする。馬車で強張っていた身体から力が抜けた。大好き、と言うと、私もだよ、と返して更に抱きしめてくれる力が強くなった。
父が「プリシラ」と呼ぶので、兄に離してもらおうともがくが、兄の腕の力が緩まない。
「お兄様……?」
「プリシラ……怖い事や苦しい事はなかったかい?」
「ないわ、お兄様……あっ、お兄様やベルに会えなかったのはとってもとーーーっても辛かったわ」
ちょっと口を尖らせて言う。
本当に寂しかったのだ。少しくらい恨み言を言っても罰は当たるまい。
「―――ッ、プリシラッ! すまなかった……!」
きゃっ、と兄が急に抱き上げて慌てて目の前の身体にしがみついた。
そのまま、屋敷へと歩き出した兄の腕に手をかける者がいた。ん、と兄が息を漏らす。
「おい、愚息。さっさと私に娘を渡せ」
「お父様っ」
喜びに笑顔になれば、父は優しく顔を綻ばせて手を広げた。
「プリシラ、おかえり。さ、父の元へおいで。運んであげよう」
「おや父上。プリシラは長く馬車にいて疲れていますから、このまま私が運びます。父上は歳なんですから、私に任せてください」
「あ゛? 誰が歳だと? まだまだお前らに負けるような鍛え方はしていない。さっさとプリシラを渡せ」
「この癒しをなんで渡さなければならないんですか? 私はとてもプリシラに不足してるのですよ」
「当主は私だぞ? 当主の命令が聞けないのか?」
「どうせ数年経ったら、私のものになるのですから、その予行練習という事で父上は私の命に従っては如何ですか」
頭の上で応酬されるやり取りにプリシラは目を丸くした。兄と父が言い争っているのなんて、始めて見た。
「プリシィ、いらっしゃい」
その間に母がプリシラを兄の腕から抜き取った。
しっかりと掴まれていた身体だったが、不思議な事に母は難なくその温かい身へとプリシラを抱き上げた。
兄が「あっ!? 母上っ!?」と叫ぶのを母は知らん振りして抱きしめてくれた。
「おかえりなさい、プリシィ。大丈夫なのか、気が気じゃなかったのよ」
「ただいま帰りました、お母様。私は大丈夫よ。ソレルとグレイスが居たもの。お母様達がいなくて寂しかったけど」
「ふふふ、そう言ってくれて本当に良かったわ。一人の方がいいなんて言ったらどうしようと思っていたのよ?」
「そんなまさかっ!」
驚いて叫ぶ。
一人より一緒の方がずっといい。
家族がいないなんて絶対にいやだ、と痛感した時間だった。
そう大きく主張すると母だけではなく、父達もホッとしたような実に満足そうな笑みを浮かべてくれた。プリシラは更に嬉しくなって満面の笑みを浮かべたのだった。
プリシラは家族達に囲まれてたいへん満足しながら就寝することが出来た。本当は添い寝も頼みたかったのだが、兄も父も仕事に戻ってしまったので我慢する事にした。
ベッドに入るとすぐに寝入ってしまったプリシラは、次の日に、思っていた以上に疲れたのだなとこの数週間の事を思ったのだった。
これから、またよろしくお願いします(*・ω・)*_ _))