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これで契約完了なの!

 プリシラが告げた後の精霊の喜び様は凄かった。羽根をぱたぱたさせて、空中をぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「それで……何をすればいいのよ」


 ヒロインは魔力を繋げあって、名前を教えるというやり方だった。ただし、そこはヒロイン。それを意識せず、殆ど事故のようなもので精霊契約を結んでしまうのだ。


《ミュミュは歌を歌うから、あなたはそれに合わせて奏でてくれればいいの。その後、ミュミュの本当の名前を教えるの。あなたはミュミュに名前を教えるの。ミュミュが言った言葉を繰り返したら契約完了なの!》

「分かったわ。いつでも始めてちょうだい」

《ミュミュの名前は他の人に教えられなくなってるの。だから、普段はミュミュのことはミュミュって呼んで欲しいの》

「考えておくわ」


 既にソレルの手によって取り出されていたフルートを受け取り、プリシラは奏でるために構えた。


《じゃー、始めるの!》


 ぷっくりとした愛らしい唇が開き———音が、流れ始めた。


 ———言葉を失った。


 その音は輝きを放っていた。音自体が喜びの声をあげ、踊っている事を肌で感じる。それは光となって煌き、周りを照らし。耳に入ってくるだけで、気分が楽しくなってくる。ぞっとするほど透き通った音。ぞっとするほど美しい旋律。無造作な音のようで天上の音楽。

 唄っている精霊自身がまた、とても楽しそうに歌っている。その美しい歌声と笑顔はずっと見ていたくなるもので。


 ———フルートの音が加わった。


 指が勝手に動いて奏で始めた音楽は、これまで弾いた中で一番楽しい。音を一つ鳴らす度に更に高みへと昇っていく。眼と眼があって微笑み合えば、フルートと歌声が重なり合ってハーモニーを奏で、音楽は更にすべらかな絹のようになって、蒼い光が乱反射している洞窟の中へ広がっていく。最高潮にプリシラの音と美幼女の歌が混ざり合った瞬間、プリシラの頭に精霊の声が響いた。


《―――我の名はカリオム・サーミューズ・アオウーラニー。文芸を愛する精霊なり。我、この者と契約を結ぶ。我、この者最期の時を向かえるまで、我はこの者を支え、力を貸し、見守ることを誓う……この者最期の部分はいらないの!》

〈我の名はプリシラ・シャマーラ。我はカリオム・サーミューズ……アオウーラニーと契約を結ぶ事を承諾する。我はこの者を支え、力を貸し、見守る事を誓う〉


 文言を唱え終わった途端、爪先から何かが駆け抜けた。目が眩む程の眩い光に眼を思わず、眼を閉じてしまう。


 衝撃が過ぎ去ってから、ゆっくりと瞼を開けた。相変わらず、洞窟内を満たす蒼い光は存在している。

 そして、美幼女精霊も。


《これで契約完了なの。これでミュミュと契約したの! これからよろしくなの!》


 きゃーっ!と頬を桃色に染め上げて笑う美幼女へ、さっきまで感じていた演奏の高揚を引きずっているプリシラは夢心地のまま頷いた。


「……ええ、よろしく。ミュー」

《えッ》

「ああ、ごめんなさい。ミュミュだったわよね……ちょっと、呆然としてて」


 ふーっと髪を掻きあげ―――侍従の視線に気づいた。魂でも取られたかのように身動きひとつしていない。焦点があっていない眼で瞬きもせず、二人とも地面に座り込んでいる。ちょっと怖い。幻想的な光景に精霊、そして目の前で伝説の精霊使い誕生の瞬間を見たのだ。衝撃を受けて腰が抜けるのも分かる。むしろ、プリシラが座り込んでしまいたい。


《ミューでいいの! ミューって呼んでなの!》

「わっ、ちょっと!」


 お腹に衝撃を受けて声を上げた。下を見れば潤んだ桃花色と眼が合う。


《ミューなの! ミューでいいの!》

「え? ミューでいいの? 別にミュミュでもいいのよ、私」

《ミュミュはミュミュだけど、ミューにもなるの!》


 ふふふっと満足そうな笑い声をあげる彼女に「そう。なら、ミューと呼ぶわ」と微笑む。可愛い。


「じゃあ、私のことは好きに呼んで。母はプリシィって呼んでくれるけど、基本皆はプリシラって呼ぶのよ」


 呼び方の提案にミューは不満そうな顔でプリシラを見上げた。


《ミュミュはミュミュだけの呼び方がいいの》


 可愛い精霊の可愛らしいお願いにプリシラは少し考え込む。現在、プリシラの呼び方は幾つかある。

 家族が呼ぶ、プリシラ、プリシィ。お嬢様、プリシラ様。

 陛下と文通する際にのみ使うペンネーム、リラ。

 シャマーラ嬢やシャマーラ公爵家令嬢、というのもある。

 それを除いて、他の呼び名を考え出すとすると。


「そうね。……シィはどう? プリシィのシィ。今考えたから、誰も呼んでないわ。それに、それくらいなら私も私を呼んでるって思えるわ」

《シィ! ミュミュの契約者はシィ!》


 喜んでくれたようなので、プリシラは未だ固まっている侍従へと視線を戻した。一つ、手を叩く。洞窟内に乾いた音が響いた。


「ほら、帰るわよ。ソレル、グレイス」

「えっ、あ……」

「『私、え……』プリシラ様……」


 その音に正気に返ったらしく、ようやく、二人と焦点があい、視線がプリシラと合う。ソレルへフルートを渡しながら、小船へと乗り込む。ふよふよと肩あたりの高さでミューも横に並んだ。


「精霊なんてものと出会っちゃったんだから、色々考えなきゃならないし。決めたのは私だから文句はないけど、二人もこの事は黙っててちょうだいね。私からいつ話すか考えるわ」

「あ、はい」

「かしこまりました……」


 二人もよろよろと小船に乗り込んだ。

 来た時と同じ様に帰る。

 美しい洞窟内を歩くのも湖を後にするのも、ソレルが先頭を、グレイスが後ろを歩くのも同じ。

 けれど、もう一人。

 行きと違ってプリシラの横に新たな影が存在する。


 ———天使の羽根をつけた音楽好きな精霊が。


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