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ミュミュと契約して精霊使いになってなの!

 唖然とプリシラは空に浮かんでいる美幼女を見つめた。


《ミュミュ、好きなの! あなたの演奏好きなの! 凄く気持ちが伝わってくるのよ。すごいのよ。あなた、家族が好きなのね。分かるの。ミュミュ分かっちゃうの!》

「う、ん? え? なに、え?」

《ミュミュ、あなたの演奏もっと聞きたいの!》


 桜色のウエーブがかかる髪は小さい二つ結びが頭の上にされ、身体が上下する度にふわふわしている。ぱたぱたと桃色がかった天使の羽が彼女の背で動くのをプリシラは混乱する頭で見ていた。水面の反射が映ってきらきらと彼女の瞳を輝かせている。


「お嬢様? どうしたのですか?」

「え? そ、ソレル」

「プリシラ様? 早く帰りましょう……あっ、もしかして、もう一度演奏なさるのですかっ!?」


 小船は既に二人を乗せて、水面へ波紋を広げている。プリシラが言いかけた言葉を汲み取って、準備してくれたようだ。何も驚いた様子はない。それどころか、目の前で未だ空中に浮いている美幼女には全く関心を見せていない。

 浮いている美幼女と侍従達を見比べて、プリシラは眉を下げた。グレイス達が驚いた顔をするのをプリシラは呆然と見る。


「お嬢様……?」

「み、えないの……? この子……」

「この子?? あの、プリシラ様、どうし……」

《見えないの! ミュミュはあなたが好きなのよ! ミュミュの姿は気に入ったあなたしか見せないの!》

「わ、私……幻覚が見えてるの、かしら?」

「プリシラ様……?」


 家族欠乏症で遂に幻覚まで見え始めたのか、とプリシラは血の気が引いた。流石にそこまで行くと完全に己は病気だろう。依存しすぎだ。


《違うの。ミュミュは精霊なの。文芸を愛す精霊なの。中でも音楽は大好きなの!》


 耳が可笑しくなった。可愛い声が告げた科白はプリシラにそう思わせるのに充分だった。

 なんですって?

 精霊?

 今、精霊と言った?


「や、だ……幻覚、よ。せいれい? え、これ……ドッキリ? せいれいってなに」

「プリシラ様?!」

「お嬢様!!」

《精霊は世界が始まった時からいるものなの。いろんなところにいろんな精霊がいるの。ミュミュは文芸の精霊なの! ミュミュ、あなたの音楽好きなの! 契約してないのに凄く力が溜まるの! もっと聴きたいの! だから、ミュミュと契約して精霊使いになってなの!》


 その場に耳を塞いでうずくまった。小船から降りた二人が駆け寄ってくるのを目の端で捉える。


「何よこれ。なんなの、これ。別世界の知識じゃ、こんなの知らないわよ?!」

《ミュミュと契約してなの! ミュミュは凄いの!》


 プリシラは近くに来たグレイスに抱きついた。


「わっ、プリシラ様……?」

「いやよーやだー! なによこれ! なんなのよ、これぇぇぇぇ?!!」

「お嬢様、落ち着いてくださいっ!」

「おちつけるわけないわよ! みえないからそんなこといえるのよ! りかいふのうなんだから!」


 プリシラは涙声で叫ぶも、精霊の姿が見えない彼らには突然主が発狂したようにしか見えない。


《……これじゃ、話が出来ないの。仕方ないの、ミュミュ、こいつらにも姿を見せてあげるの》


 そう、美幼女が一言口にした瞬間。


 グレイスとソレルの目が見開かれた。


「……え?」

「……『なに』?」

《やっほーなの! ミュミュなのよ!》


 えっへん!と自慢げに胸を反らせて自己紹介を行った美幼女は、ぱたぱたと背中の羽根を一層羽ばたかせた。


「お、じょうさま、あの、え?」

「『え? なに、これ。わたし、あたまがおかしくなっ、え?』」


 二人が目を白黒させる様を見て、先に混乱していたのと、仲間がいる安心感でプリシラは落ち着き始めた。

 二人も見えるようになったらしい、とプリシラは美幼女を警戒しながら観察する。呪文を唱えることなく、姿を見せたり見せなかったり出来るようだ。無詠唱でこれほど高度な魔法を扱えるということは、人間である可能性はどれほどあるか。


 ———まぁ……羽根がある時点で絶対人間じゃない、わよね


 認めるしか、ない。


「精霊、なのね?」


 確認する為に尋ねれば、美幼女はくるんと髪を跳ねさせてプリシラのところへ、飛んできた。


《そうなの! ミュミュは精霊なの! 落ち着いたのよ?》

「……落ち着い、たわけじゃないわ。理解出来ないもの……信じられないもの……」

《でも、精霊がいることは知ってたの。だからミュミュは姿を現したの。化け物って怖がられて逃げられることがないからなの》


 別世界知識でこの世界に精霊がいると理解していたから、プリシラは今こんな目にあっているらしい。


《ミュミュのこと、あなた嫌い?》

「嫌いとか嫌いじゃないとか分からないわよ。今初めて会ったんだから。それで? 貴女は……ここに住んでるの?」

《違うの。ミュミュ、旅してたの。ぎんゆーしじんっていうのと契約してたの。でも契約者死んだの。ミュミュ、ここで次の契約者待ってたの。でも、ミュミュが気に入る音楽持つ子いなかったの。でも、あなたが現れたの! ずっとここに来るの、待ってたの!》


 ソレルの聞いた昔話の精霊は本当に実在していたらしい。そして、その精霊は目の前に存在している。この物凄く愛らしい美幼女が、それだと。


 プリシラは胃が痛くなってくるような気がした。


《ミュミュと契約してなの! そしたら、ミュミュ、あなたの音楽聴き放題なの! 力貰い放題なの!》


 キラキラした眼差しを受けて、プリシラは当然。


「……嫌よ」


 ―――断った。


《えっ!?》

「だって、よく分からないのに契約なんて出来るわけないじゃない。何を請求されるのか、怖いじゃないの。後、私は人前で演奏する腕前じゃないのよ。侍従でもちょっと抵抗感が拭えないのに、初対面の貴女に聞かせようとは思えないし……今回は貴女がいるって知らなかったから仕方ないけど」

《ミュミュ、人間じゃないの!》

「誰かに聞かせる腕前じゃないって言ってるのよ」

《そんなことないの! それに、ここに来てからずっと弾いてたの!》


 さすが精霊。この洞窟に来たのは始めてで、当然ここで演奏したのも始めてだったのだが、ここにいてもプリシラの音は聴こえていたらしい。


「……えっと、精霊、様? プリシラ様と契約すると、どうなるんでしょうか」


 グレイスが横から、声を出した。まだ混乱はしているみたいだが、質問するまでになっているのは凄い。


《ミュミュが外に出られるの!》

「それだけ、ですか?」


 他にないのか、とプリシラ達は精霊を見る。美幼女は首を傾げた。


《んー……ミュミュの力が使えるようになるの。ミュミュは文芸の精霊だから、芸術の才能があるのか、ないのか、教えてあげられるの。ミュミュと契約したら、才能が目覚めやすくなるの。精霊魔法も使えるの。後、吟遊詩人は『めーせー』というのを得られたの》

「代わりに、お嬢様は精霊様に何を差し上げることになるんです?」


 ソレルは落ち着いたらしい。

 さすがだ。

 プリシラのメリットデメリットを聞く彼に、プリシラもまた精霊の答えを待った。


《音楽なの》

「音楽?」


 最初から精霊が何度も繰り返す科白だ。


 《そうなの。ミュミュの力の源は文芸にあるの。あなたの音楽は凄く力になるの。色々出来るようになるの。大きくなったり小さくなったり、ドーン!って魔法使えたり、とにかく色々出来るようになるの。でも今のミュミュ、契約者いなくて力がないの。今のミュミュはへろへろのしょぼしょぼなの……》


 へにょん、と眉を下げた精霊は、小さな手で自分のお腹をさすった。


「……魔力を契約者から貰うんじゃないの?」


 ヒロインの精霊について思い出したプリシラは———さっきまで精霊が現れた衝撃ですっかり記憶が飛んでいた———知識と違うことをいう精霊に不審な目を向ける。


 《色々いるの。魔力貰って自分の力に変換するのもいるの。ミュミュは魔力じゃないの。ミュミュは文芸に宿る想いを力に変えるの! あなたは音にすごく想いを乗せられるの! それも凄くミュミュにとって美味しい音がするの! だからミュミュはあなたと契約したいの!》


 プリシラの目を見て、桃花色の瞳を煌めかせて彼女が言う。


「美味しい、音」


 精霊はにこにこと可愛らしい顔を綻ばせて、続ける。


《そうなの。ミュミュは音が視えるの。音を食べられるの。ミュミュの食事なの。すごく美味しい音なの。ミュミュ、あなたの音が大好きなの!!》


 くい、と袖が引かれた。ソレルが「あの」と何か言うのを躊躇っている。プリシラは頷いて先を促した。


「別にいいんじゃないです? 彼女と……契約しても。別にデメリットはなさそうですし、それにあの精霊に悪意はないようですし」

「プリシラ様とあの精霊様が並ぶとずこく可愛らしい姉妹みたいです」


 グレイスのずれた感想とソレルの真面目な提案に、プリシラは暫し考えを巡らせて。


「いいわ。貴女と契約する」


 全体的にピンク色の天使っぽい精霊を見つめて、はっきりと頷いた。


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