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〈精霊の墓〉

 サタンのせいで、フルートを吹くことが出来なかったプリシラは、今日は、と考えていた。その旨をグレイスとソレルに伝えていると、屋敷の使用人から演奏するのに素晴らしい場所があると教えてもらった。

 その場所は屋敷からそう遠くはない洞窟の中で、そこからならお嬢様のフルートの音が私達にも聞こえるだろうから、と言われた。そこで音を奏でると、ここら一帯に響き渡るのだそうだ。あり得ないだろうと思うものの、彼らはその洞窟を〈精霊の墓〉と呼んで敬っていた。


『〈精霊の墓〉を他人に言うのはタブーなんですけどね。だって、下手で気持ち悪い音楽を流されてもこっちは迷惑じゃないですか。でも、お嬢様には教えますよ。皆の総意ですから大丈夫です。お嬢様のフルートは仕事中にも聴きたいですからね。精霊様も喜んでくれますよ』


 音楽を愛する精霊が眠っているから、音を精霊が皆に届けようとするのだ、と彼らは言う。精霊に関係する事でそういう不思議な事は多々あると勉強していたプリシラは、地元の人間がそういうことをプリシラに教える事がどういう意味を持つかも理解していた。


「……私を信頼してくれたって事よね」

「でしょうね。旦那様からここの話は一切聞いてませんし……きっと彼らに受け入れてもらう事は領主になるのとは別に必要な儀式なのでしょうね。お嬢様もここの土地に関して習うことはなかったんですよね?」

「ええ。ここに別荘があることも治めている地域に入るって事も習ったけど、ここに来るまで精霊がいるって話は聞いたこともなかったわ。よく考えたら、精霊がいたって言われてる土地があるという話も、信仰の話も習ったけど、その場所がどこにあるかは習ったことがないわ。伝説のように語られたから、分からないんだろうって、てっきり思っていたけど」


 精霊は存在する。


 それをプリシラは別世界の知識として手に入れた。だから、少しは分かる。精霊が存在していた・・・・と言われる地域は得てして特別な力を持つのだろうと予想出来る。ここもそうだ。音楽を愛する精霊が住んでいた地域は驚くほど音楽が盛んだ。別世界でいうなら、あり得ないほどに。


 お金の貸し借りも音楽が素晴らしければ、金銭のやり取りとして成立する。罪を犯したとしても、その罪人の歌が聞き惚れるほどのものなら罪は軽くなる。それほどに音楽が浸透している。ここでの音楽は場合によっては、金銀財宝よりも価値がでる。


 異常だとプリシラは思う。


 ソレルが調べたところによると過去に『吟遊詩人の演奏が下手だったから殺した』という住民を、皆が『それなら仕方ない』と無罪放免にした事件もあるのだ。

 さすがに現在はそんなことは許さない規則が出来ているというが、その規則も普通より緩いものである事は確かだ。


 精霊の力は偉大で強大。


 既に精霊が存在しようとしまいと彼らの影響力は計り知れない。その危険性を分かるものでなければ、その伝説の地を教える事も耳にする事もないのだろうと思う。こうして、プリシラのように直接その地を踏むものでなければ。


 その点で言えば、プリシラは受け入れられた。そしてその侍従達も。初めから友好的だったのは母の歌が上手かったからだとある使用人にグレイスが聞いてきた時には、既に彼らの音楽好きを知っていたため、さもあらんと思ったものだ。

 だが、不思議な事に「ただ下手」なだけでは誰も咎めない。どれほど演奏が下手だろうと音がとれなかろうと……彼らは気にしないのだ。過去に「下手だから」という殺人事件が怒っているのに、だ。

 プリシラ達からすれば聞き苦しい音、騒音、そう感じる物でも彼らは一切気にせず、盛り上がる。聞けば彼らも「下手糞!」と笑って言い、耳を押さえている事から同じ様に騒音だ、と、聞き苦しい、と思っている事が分かるのに、彼らの顔から笑顔が消える事はない。何が違うのか、その謎はまだ解明されていないのだ。


「ここ、ね」


 山の奥に隠れたようにひっそりとその洞窟はあった。あまり住民達も来ないのか、手入れは然程されていない。ソレルが先に行き、その後をプリシラが着き、後ろをグレイスが守る。そうして教えられた場所は地元の人間でないと分からないところだと感じさせた。

 洞窟の中を進んで行くと、ひんやりとした空気が奥から漂ってくる。空気の流れがあるらしい。ソレルが「【灯りライト】」を唱え、照らした。


 蒼い光が洞窟の中で一斉に反射し、プリシラ達を照らした。驚いて、三人一緒に立ち止まる。


「これ、鉱物……?」


 ソレルが灯した光が洞窟に存在している鉱物の中で反射され、洞窟全体を藍色に染め上げているらしい。

 幻想的な光景に息を飲んだ。


「うわあ……」

「これは、凄い」

「『綺麗です、ね』」


 それぞれが感嘆の息を漏らす。その光景をずっと見続けたいという想いをプリシラは瞬きをして、振り払う。


「先に行きましょう。今日私はフルートを吹きに来たのよ。……今度また来ましょうね」


 ソレルがこちらを見て頷き、後ろでグレイスが「はい!」と答える返事が聞こえ、再び足を動かし初める。

 けれど、奥に進んだ事によってこれ以上ないくらいの幻想的な洞窟だと思っていた先程の入り口は、まだ序の口だった事を、プリシラ達はその眼で知る事になる。


 洞窟の奥は湖が広がっていた。


 湖の真ん中には小さな島があり、そこの上に行くに連れて細く高い鉱物の塔が出来ていた。水晶のように蒼く光っている。光があるのだ。

 見れば、天井には穴が空いていた。その細い穴から外の光が漏れていて、その光が洞窟の中の鉱物たちを照らし、水面の影がまた周りに反射し―――すべてが薄蒼いベールを纏っている。

 プリシラ達の近くに小さな木舟が繋がれている。それに乗って、真ん中に浮かぶ島へと渡るようだ。

 プリシラ達はその幻想的な光景に眼を奪われながら船を漕ぎ出した。船が進めば水面が更に波紋を広げ、その刺激がまた天井に映る水面の影を揺らし、新たな顔を覗かせる。

 何も言わずともその神秘さ、美しさは誰もの胸の中へ、染み込んでいた。コトン、と衝撃が置き、船が小島へ着いたことを知らせてくれた。

 三人、黙ったまま、島に降り立つ。地面はしっかりしていて沈み込む様子はない。ソレルが静かにプリシラへフルートを差し出した。プリシラもまた静かにそれを受け取り、小島の中心へ聳え立つ三角の鉱物へと歩く。そして、その鉱物のちょうどよい場所へと座った。


「――――」


 少しの間を空けて息を吸い込み―――プリシラは奏で始めた。厳かな気持ちだった。ここで声を出してしまえば何もかもが消えてしまうような感覚の中で、プリシラは奏でる。いつもと同じ様に―――この美しい幻想的な光景に沿うように―――観客のソレルをグレイスを―――この場にいない父を母を兄をベルフェゴールを想い―――昨日出会ったサタンの旅路を憂い―――この場を教えてくれた領民を、そして自身に良くしてくれる者達全てを想い―――プリシラは自身の音に身を任せていく。


 誰かを想う時間はだんだんと無くなり、練習していた指が考えずとも音を奏で始めれば、後は満足するまで吹き続けるだけ。


 *・*・*・*・*・*・*・*・*


 静かに静かに静かに……プリシラは心を込めて、フルートから唇を離した。


 ふぅ、と息を吐く。


 幻想的な光景の中でフルートを奏でる気持ちよさは、プリシラに充実感を味あわせてくれた。プリシラは己の侍従に笑いかける。


「帰りましょ―――」

《すごかったの! すごかったの! ミュミュ感動したの!》


 美幼女が空中に浮かびながら、プリシラの演奏に手を叩いて絶賛していた。


なんかきた。

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