兄から貰った兎のぬいぐるみ
その祈祷師か占い師かは分からないが、お祓いをした結果、プリシラは養生する事になった。隣国近くの別荘へと暫く泊まれば、少しは邪気が祓われると言われたためだ。兄と父が二人してすぐに支度をし、プリシラは送り出された。
馬車に揺られながらプリシラは言った。
「少しはってどういうこと? 私の周りには邪気しかないって言いたいの? ねぇ、そうなの? だいたい、お祓いを頼んだのになんで別荘に行かなきゃなんないの? 邪気を自分の力で祓えばいいじゃない!! 少しはってなんなのそれ、それって誰かから私が呪われてるって事なの? なら、その呪ってる奴を呪いなさいよ! 呪い返しが出来るようにしなさいよ!」
ギリィと歯を食いしばる。
プリシラの機嫌は物凄く悪い。
それも当然だ。
彼女の出立は急に決まったのだ。つまり、これから一ヶ月、プリシラはベルフェゴールにも兄のカクタスにも、父のエビネラン、母のポリマー、そして料理人や他の者達にも暫く会えないのだ。
ちょっと泣いてしまう。
「プリシラ様、泣かないで下さい。私達がいますから」
「そうですよ、お嬢様。私達だけじゃ、不満かもしれませんけど」
「何言ってるのよ、二人とも! 二人がいるから、まだ声をあげて泣かないんじゃないの。二人までいなかったら、大泣きしてるわ」
出立の直前、兄から貰った兎のぬいぐるみを抱きしめながら、プリシラは答えた。
手触りが非常によく、抱きしめていれば少しは慰めになる。
こんなことになった原因―――祈祷師とマモンへの恨みは募るばかりだ。もういっそ、お祓いなんてしてもらうんじゃなかったわ、とプリシラは不満に唇を尖らせた。
「ほっぺ膨らませるプリシラ様、可愛いです」
「……ん、ありがとう、グレイス」
「なんか、すみません。私達が旦那様に御祓いしましょうと言ったばっかりに……」
プリシラの意気消沈っぷりに罪悪感が湧いたらしい。ソレルが申し訳なさに眉を下げて謝ってきた。プリシラは「いいわよ」と彼の謝罪を受け取らない。
「私がお父様に言っていいって言ったんだもの。責めるべきは私。……一ヶ月なんて、すぐよね?」
もう一度ぬいぐるみを強く抱きしめながら、不安にかられてプリシラは向いに座るグレイスを見た。
「は、はい! 勿論です! プリシラ様!」
「奥様に来ていただけるよう手紙を出しましょう。それからベルフェゴール様にも」
「うん……お願いね、ソレル」
母もベルフェゴールも、父や兄と違い仕事がないので一緒に行けたはずだった。
けれど、あまりにも父が急かすからそういう話にならなかったのだ。だが、プリシラは父を責めるようなことはしない。
恐らく、ソレルが持ち前の話の上手さで煽ったのだろうと少し思うし、何より、父が純粋に心配してすぐに邪気を祓える様に送り出してくれた事に対して、文句などプリシラから言えるはずがない。
落ち込むプリシラを気遣ってのソレルからの提案に彼女は頷いた。
「遠乗りにお付き合いしますから」
「ええ……」
プリシラが兄との遠乗りの為に練習していることを知っているソレルに言われて、力なく頷く。
「も、もしかしたら、ここは隣国に近いですから、珍しい植物に出会えるかもしれませんよ! プリシラ様! ベルフェゴール様のお土産になさったらどうでしょうっ! ねっ!?」
「ベルの、お土産……」
グレイスの言葉にプリシラは反応した。
「遠乗りすれば確かに……私達も着いていきますから、採取も出来ますし……あ、珍しい生き物にも出会えるかもしれませんよ。ベルフェゴール様をお誘いするお手紙に書けば、興味を示してくださるかもしれませんし」
ソレルが続ける。
ベルフェゴールの将来は植物学者だろうか、という程に植物への好奇心や興味は高い。同じくらいに魔法への好奇心も高いが。
確かに、珍しい物を見つければベルフェゴール自ら来たいと父達に申し出てくれるかもしれない。それに、プリシラも珍しい生き物や植物には興味があった。気になる。
ちょっと元気が出た。
「じゃあ、到着して落ち着いたら……遠乗りするわよ」
「「かしこまりました」」
二人の揃った科白にプリシラは緩やかに笑顔を浮かべた。
暫く家族とお別れです。