【君の娘に会いたい】
執務室で書類と格闘していると、大きな音を立てて扉が開いた。
「おい親父! 噂とは全然違うじゃねぇかっ!!!」
馬鹿息子が怒鳴るのをわしは、ちらっと見るだけで書類へと目を落とす。
「知るか、馬鹿息子が」
報告もせずに怒鳴るしか脳の無い奴などいらん。無視して書類にサインをする。
「あの女、全く俺様の顔に反応も貴金属にも金にも反応しやがらなかったぞ!?」
あの女、と言うのにアイツの娘か、と思い当たる。馬鹿息子の様子を見るにあれ程大口を叩いておいて、どうやら取り込むのを失敗したようだ。馬鹿が。
これでアイツへの借りが少なくなっちまったというのにそれを無駄にしやがったのか。ギロリ、と睨んだ。
「手前ぇの情報網が少なかったのをわしのせいにするんじゃねぇ。アイツが溺愛してるっていう娘が、そう簡単に手前ぇに落ちるわけねぇだろうが。そこらのおとぎ話に恋する娘どもと一緒にするなって言ったのを、俺様なら大丈夫とか馬鹿言って突撃したのは手前ぇじゃねぇか」
「ぐっ……! そ、それは」
図星を指されてすぐに黙る息子に呆れる。本当に修行をやり直す必要があるかもしれん。妻から言われたことを思い出し、考える。殿下に夢中だという令嬢の執念は間違いなく、アイツから受け継いだものだ。それなら、そう簡単に馬鹿息子の甘言に乗せられるとは思えん。
「突撃して勝手に玉砕したのを、わしのせいにすんじゃねぇ。そもそも、陛下も情報操作に加わってるらしいって忠告しただろうが。手前ぇ程度の餓鬼が手におえるものじゃねぇ。貸し三つ分はあるぞ」
「げぇっ!? おい、ふざけんじゃねぇぞ! 糞親父! 俺様がどんだけの女と男共と交流する手はずを整えたと思ってんだ! たった一人くらい逃したからって、なにぼったくってんだよ!!」
「ふざけてんのは手前ぇだろうが! 普通なら貸し十はあるのを、手前ぇが息子だから三つにしてやってんだ……ああ、くそ! サイン間違えちまっただろうがッ!」
新しく書き直してまた別の書類を書き続ける。金は永遠の愛に等しい。こちらの期待を裏切ることなく、その価値を発揮する。それは情報もまたしかり。
「おい、親父!」
まだ文句があったらしい馬鹿息子に、わしは書類から顔をあげて睨みつけた。
「貸しが嫌なら、わしに相応の金を渡せ。わしが言ったのは、有力な家の令嬢や令息達との繋がりを持てってだけだ。子爵の地位を持ったくらいで、何舞い上がってやがんだ。馬鹿が。そんなんのまま、公爵令嬢なんぞに手を出すから失敗なんぞすることになっちまうんじゃねぇのか」
「なっ……! ちげぇっつーの! 俺様は完璧だった。俺様の演技も持っていった貴金属もあの女の趣味にはあってたんだよ!」
「ハッ! だったらアイツの娘くらい口説き落としやがれ! 馬鹿息子! 貸し四つ!!」
「あぁ!? 俺様の情報不足は認めるがアンタの情報不足でもあんだろうがっ! ざけんな! 貸し一つだっ!」
馬鹿なことを言いやがったので、机から躍り出てわしは問答無用で殴りかかった。それを軽やかに避けやがった息子のせいで、家の床が犠牲になる。
「何避けてんだ! 馬鹿息子ッッ! わしが怒られるだろうがっ!!」
「てめぇの拳なんか受けたら、俺様が壊れんだろうがっ! 馬鹿親父ッ!! お袋には俺様から言っといてやるよ!!」
「ふっざけんなっ! 手前ぇが悪ぃんだろうがっ!! 黙って殴られやがれ!! ったく……わしは忙しい。金になりそうな女と野郎はいたか」
妻には馬鹿息子の言い訳を伝えて怒られてもらおう、わしは絶対に怒られん、と思いながら馬鹿息子に言えば「何人かいたぜ」とリストを出してきた。リストには今回招待した全ての貴族達が書かれている。横に息子が気づいた事が書いてあるのを読みながら、最後に書いてあった名前の横に『重要人物』とあるのに目を細めた。
「……おい、馬鹿息子。アイツの娘の横になんか馬鹿馬鹿しいもんが書かれてんだが?」
アイツは評価するが、噂で聞く娘になんの期待をしろってんだというくらいに馬鹿令嬢だ。金にならん。
「馬鹿馬鹿しくねぇよ。あの女は将来、大物になるかもしんねぇぞ、親父」
ふざけた様子ではなく、真剣に言う様子に冗談ではなくそう思ったらしいことを悟る。わしの手元にある情報では、殿下に熱をあげたアイツにとことん甘やかされた我儘な馬鹿令嬢といったところだと思っていたが、何か間違ったか。
殿下とは別れたという話だったが、それも実際定かじゃねぇ。
手紙のやり取りはやってるっていう情報がある。家の行き来がないのは、ゴート家の馬鹿が娘に迫ったためにアイツが出入り禁止にしたからだと思っていたんだが……もっと色々とアイツから聞き出すべきだったか。
他の情報筋から聞くにそう変わっているとは思っていなかったんだがな。だからこそ、ある程度なら未熟な馬鹿息子にも対応できると踏んで許可したんだが……。
アイツの娘が何かやらかしてこっちに迷惑がかかろうと、公爵家の後ろ盾があろうと、本人が大勢の令嬢や令息達の前でやらかしちまったことは取り消せねぇ。人の口に戸はつけられねぇもんだ。
だが、今一番大切なのは。
「金になるか」
何より本人を見てきた息子の言葉だ。
「なるな。間違いねぇ……と言いたいところだが、ぶっちゃけ紙一重だ。大物か転落か。どっちに転んでも可笑しくねぇ。あんな女とこれから会える可能性もすくねぇから、なんとか食い下がろうとしたんだがよ、全く意に介しゃしなかったから……まぁ、次は上手くやるさ」
にやりと笑いながら目を輝かせている。
「どっちにしろ、仲良くしといた方がいいぜ。親父。あの女、ただの馬鹿には見えなかった。公爵家っていうのも考えると、敵対するのはあんまいい考えじゃねぇよ」
「我儘娘だと聞いてたんだがな、ちっーとわしの見通しがまずったか?」
「そうでもねぇ。女どもを見る限り、敵は多そうだったぜ? 我儘なのも間違いねぇしな」
もっと詳しく聞き出そうとしたのを察したのか、「俺様は忠告したぜ、親父」と言い捨て、息子は出て行く。仕方ねぇ、と机へ戻り、口を開いた。
「で? どうだった」
その声に現れでたのは、息子につけていたわしの手のモンだ。何か取り返しのつかない失敗をやらかした時にすぐに挽回出来るよう……わしの不利益にならないようにとつけておいた。
今回の会は馬鹿息子のお披露目会、そして有力貴族達の品定めと繋がりを強めるってのが狙いだった。
子供達だけの方が気楽でいいだろうってんで大人は参加せず、場だけを整えてやり、後は息子に任せた。同い年の令嬢や令息なら、息子の敵じゃねぇ。
会に集める貴族達は、今まで商売してきた貴族共の繋がりを思えば簡単に多くの子供が集まった。
息子が掴んだ関係はわしも利用するってことでお互いに同意し、契約書も書いたのだ。
子爵家、男爵家、そして何人か伯爵家からも呼んだが……過去の貸しを見せびらかせて愛娘を出させた甲斐はあったらしい。
会の様子について話を聞いたわしはあまりにも面白すぎる内容に笑い転げた。
「ガハハハハハハハハ……ッ! 『憶測は無意味』! 本当にアイツの娘がんなこと言ったのかっ!」
推測することはいい。情報を元に考えることは商売に置いて先読みの力として金になる。だが、なんの情報もなく結論を急げばただの憶測だ。それは空想とも妄想ともいえる代物。情報の大切さを知ってる身としちゃ、身に沁みる言葉。
更に、小気味いいことに。
「『あなたより大事なものが多過ぎて返答に困る』!! わしの息子はそこそこ顔がいいと思ってたんだがな……アイツの色仕掛けに引っかからないとなりゃ、さすがアイツの娘だな」
マモンの顔はいい。当然だ。わし似ではなく、妻似なのだ。金髪碧眼で知的な顔をしている。性格はわし似だが、金を巻き上げるためには最高の顔だ。しかも息子は自分の顔を最大限利用する術をすでに身につけている。そこらの令嬢にゃ、かなわねぇ。アイツの娘だから、そう簡単にはオチねぇと思ってたんだが……わしさえもドン引いた程の執着心を持つアイツの娘らしい返答だ。殿下にしか興味はないってところか。
「そりゃ、あの尻の青い餓鬼には手の負えねぇ女だ。口じゃ金金言ってるが、結局心ん中じゃ愛を求めてる、あの餓鬼には」
愛は活きていく上で大切だが、生きていく上で大切なのは金だ。自活出来なきゃ、惚れた女に物を買ってやることも世話をしてやることも養ってやることも出来やしねぇ。
馬鹿息子はどっちにするかなどという馬鹿を考えてるから、一人前になれねぇ。
欲ってのは大事だ。それがあるから、上を目指せる。その中でも金は何より分かり易く、力を出す。
金も女も何もかも。
欲しいものは奪い取れ。
そう教えてきたはずだが、どっちかなどという中途半端なことをしようとしている馬鹿のまんまなら、わしはアイツを一人前に見ることはこれからもない。
それをあの年で、金より愛を取るような啖呵を切れるのは……逸材か、よくある頭が花畑な馬鹿か。
「会ってみてぇ」
面白い人物には自分で会うことにしている。自身の目で見極めるからこそ、自信を持てるのだ。わしの味方にするか、それとも、息子の味方にするか。
……確か娘が産まれてから、顔見せてなかったな……。
さっそく書類達を横に置いて、悪友の妻であり、アイツの弱点であり、わしの友人に手紙を出した。
———君の娘に会いたい、と
「つーか、あの馬鹿息子。殿下との婚約が破棄されてんの言わずにいやがったな……しかも、本性だしたことも趣味悪いって言われた事も」
昨日書き始めて今日出来た。
第四弾他者視点は、貪欲パパンです。




