……いいわ。貴方と話をしましょう。
「プリシラ様、笑顔になりましょう? せっかくの愛らしいお顔がたいへん怖いです」
「お嬢様、気持ちは分からないでもありませんがもっと愛想よくしてください。同い年のご友人を作る機会でもあるんですよ」
プリシラを心配しての科白に何度か深呼吸をして、落ち着こうとする。
「……そう、ね……そうよ……。わ、私は大丈夫よ、ええ。大丈夫」
「全然大丈夫そうに見えませんけど」
ソレルの突っ込みに彼を睨みつけた。決まり悪そうに視線を逸らされるが睨みは逸らさない。横でグレイスが「『馬鹿』」と言っているのが聞える。
「同い年の友人って、私が友達作るの苦手なの知ってるでしょ。誰が私と仲良くしてくれるのよ。表じゃ愛想よくしない人なんていないけど、裏じゃどれだけ嫌われてるか。ソレル、貴方がよく知ってるでしょ」
「いやぁ、それは」
顔の広い彼はそれだけに令嬢達の裏情報もよく知っている。プリシラは自分がどれだけ令嬢達から疎ましがられているか、彼はよく理解しているのだ。むしろ、プリシラよりもソレルの方が令嬢達と仲が良いだろう。ソレルは人当たりも顔もいい。ソレルをくれと言われたこともある程だ。
プリシラの性格は変わっていない。
着ている服の趣味が悪いと思ったら言うし、性格が悪いと思ったらその場で言う。気持ち悪い顔だと思えばそう告げるし、性格の悪さが顔に出ていると思えばそのまま感じた事を言う。さすがに大人の付き合いの場では言葉を濁すようになったが、私的な場合でプリシラが遠慮する事などない。
嫌われるのは当然だとプリシラは思っている。何より。
「貴族令嬢同士の裏って本当に陰険だから嫌いなのよね」
「プリシラ様は面と向って本人に申されるのがお好きでございますからね」
「ああいう女性同士のやり取りはお気に召さないでしょうね、お嬢様には」
裏で悪口を言うくらいなら、その場ではっきりと言えばいいのだ。
プリシラはそれに対して真っ向から反論できる自信がある。
先に肯定をしておいて、後から文句をいう輩の負け犬の遠吠えは本当に鬱陶しく見苦しい、とプリシラは思っている。そしてそういう貴族達が多いのも事実であり、プリシラはそういう貴族達に嫌われる―――というより、大半の人に好かれる性格をしていないことを分かっていたし、直す気はさらさらなかった。ゲームの中でも、プリシラは態々本人の前に出ていってヒロインを虐めている。周りの者達を使うことなく、真っ向から対峙していた。ゲームでも現実でも変わりないのだ。
だから、プリシラの周りには不自然なほどに大きく開いているのも当然と言え、そこに人が踏み込めばすぐに分かった。金髪碧眼少年が笑みを浮かべて、礼をした。
「―――ようこそいらっしゃいました、シャマーラ公爵令嬢様」
「お招きくださってありがとうございますわ、オール子爵令息様」
忌々しい、とプリシラは内心思いながら礼を返した。
プリシラは今回、再び彼のお披露目会に呼ばれたのである。
今回はもっと楽しいから、という誘い文句に一度は断ったのだが、父から少し顔を見せるだけでいいからとお願いされたので、プリシラは仕方なく。それはもう仕方なく。この場に招待されてあげたのだ。
「ところで、わたくし用事がございますのでお暇致しますわね」
だから、主役と挨拶を交わし、少しは顔を出した今、プリシラはもう役目は済んだ、と帰る事にした。子供だから堪え性がないのである。仕方ない、仕方ない。なんて素敵な言い訳だろう、とプリシラは思いながら告げた。
「用事とは一体どのような?」
だが、以前の事があり耐性がついていたのか、唖然とした表情からすぐに笑顔を浮かべた少年にプリシラは冷たく言い放った。
「わたくしの私用を貴方にお話しする必要を感じませんわ。それほど親しくありませんもの」
「なら少しでいいですから、お話の機会を頂きたいのです。私は貴女と親しくしたいと思っているのです」
周りで様子を伺っていた令嬢達から感嘆の溜息が出るような笑みを見せた子息を、ハッ、と鼻で笑った。
「貴方と親しくなることに全く価値を見出せませんわ。それに、わたくしは貴方と親しくなどしたくありませんの」
「貴女のような高貴な方とお話しする機会はそう多くはありませんし、貴女にとっても私のような身分のものと話すことは見聞を広げる事になると思いますよ」
今度は、ふ、と口元だけで笑う。何を馬鹿なことを言っているのか、と相手を見た。
「わたくし、貴方と違ってわたくしよりも下位の者と話す機会はとても多いのですの。貴方より高貴な方など、そこら中に沢山いらっしゃいますわよ? わたくしと違って」
周りにいた令嬢達が、ざわりとした。敵意や嫌悪の視線が注がれるのを感じる。嘲笑されたと感じたのだろうが、プリシラは反省も後悔もしない。そもそも、そんな視線を向けられる謂れはない。事実を述べただけで、他意はない。嘲笑したのは目の前の男のみだ。
事実、プリシラより高貴な方など、そう多くない。
侯爵家だろうとプリシラより、身分が下である。
見聞を広げるためなら、外交官として活躍しているプリシラより身分の低いものに話を聞くほうがずっと深みのある話になるだろう。
ただ、彼の父親と話す、ということであるのならプリシラは少し考えたかもしれなかった。
商人であるなら、実際色々な面白い話を知っていることは簡単に予想出来たからだ。更に言えば、父との関わりを考えても父の話を聞く事が出来そうだ。その点で、彼の父であるなら話を聞いたかもしれない。
しかし誘ったのは目の前の少年である。
所詮、10年程度しか生れ落ちていないものの話を聞いて何か得られるとはプリシラには思えなかった。父について何か知っているとも思えない。
「……お嬢様、お話をお聞きになってはいかがですか?」
だが、まさかの従者の言葉にプリシラは帰る機会を逃した。
「ソレル?」
「いえ、オール子爵様は旦那様とも旧友だとお聞きいたしました。そのご子息のお話を聞くことはお嬢様のためにもなることだと……差し出がましいと思いましたが口を挟ませて頂きました」
父が子爵と旧友。
そういうことなら借りがあるという話も頷ける。もう少し父と子爵の関係を聞いておくべきだった、とプリシラは思う。そうすれば、今ここでどうするべきかが分かるのに。親友と言う間柄ならプリシラがここで帰ったとしても、彼らの友情にも響かないだろう。でも違ったら。
プリシラには判断が出来ない。
ぐ、と奥歯を噛んだ。
父のためだ。
父のため!
お父様のためなら、この男と話をするくらいなんともないことだ。
「……いいわ。貴方と話をしましょう。少しよ」
「光栄の至りでございます」
笑顔で言われる。
「煩いですわ。さっさと行きますわよ。貴方に裂いている時間があまりにも惜しすぎますわ。グレイス、どこにしたらいいかしら」
「ああ、それなら。庭のテラスは如何でしょう、花も咲いていて……」
「貴方に聞いておりませんわ。でも、そうですわね。他に思いつきませんし……では参りますわよ、庭へ。ああ、皆様はお気になさらないで。そのまま歓談をなさって下さいな。主役の彼を暫しの間、頂いていくわ。といっても、彼との話もそれほど時間はかかりませんけど」
グレイスが答える前ににこやかに子息が言うのをプリシラは切り捨て、先頭を歩きだした。