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私は女版ルシファーってところかしら

 プリシラは大きく溜息を吐いた。

 至って自分は変わっていないと信じている。


 しかし、目の前で恐れおののいている従者と侍女を見る限り、どうやらそんなことはないようだと眉間に皺を寄せた。


 幼い頃から側にいるグレイスは、栗毛の天然巻き毛の少女で、プリシラの言う事をいつも元気な返事で聞いていた。そんな彼女の顔は現在、真っ青な色をしていて、涙と鼻水でぼろぼろだ。


 同じ様に幼い頃から、護衛や従者代わりにと一緒にいるソレルは黒髪碧眼少年。

 人懐っこい笑みを浮かべて多くの話をする人好きされやすい性格で、彼もまた、何でも言うことを聞いてくれる人間の一人だった。そんな彼は現在狂ったように首を振り、何かを小さく呟き続けている。


 二人ともプリシラにとって貴重な同年代の人間だ。


 プリシラの目が覚め、顔を青ざめていた二人を見て「二人とも真っ青だけれど、大丈夫? 病気なら医者を呼ばせるわ」と言ってから、彼ら二人は叫び始めた。

 そこから屋敷は騒がしくなり、色々と事情を聞かれ続けていたプリシラは、一先ず、その間もずっと叫び続けていた二人を落ち着かせたいからと全員を部屋から追い出した。


 ちゃんと自分に起こった事を説明したのに、それでもまだ動揺し、叫び続けていた二人が落ち着くまでかなりの時間を要した。


「ほら、落ち着いた? はいはい、そんなに鼻水出して。咽喉、渇いたでしょ? ほら、飲みなさい」


 プリシラは途中で他の侍女に言いつけて用意しておいた水を差し出した。

 自身は紅茶を飲み、既にゆったりと寛いでいる。

 プリシラだって別世界の知識が突然流れ込んで来たのだ。混乱も動揺もしていない訳ではなかったのだが、目の前の二人があまりにも動揺しているために逆に冷静になった。


「ぷ、プリシラ様、プリシラ様、本当に本当に大丈夫?! 大丈夫じゃない!! 人に物をあげるなんて、プリシラ様、変! 変!」


 勝手に聞いて勝手に自身で答えを出すグレイス。


「お嬢様が怖い。本気で怖い。壊れた、お嬢様壊れた。何考えてるんですか? 怖いです本気で怖いです怒ってるなら覚悟してるからいつもみたいに喚き散らしてください」


 真顔なりに必死さが伺える瞳で訴えかけるソレル。


「そんなに普段と違ったかしら?」

「「全然違いますよ!?」」


 二人して叫ばれて、漸くプリシラは普段の己の行いを見直すこととなった。


 数十回は起こされなければ起きず、数時間かけてドレスや髪を選び、何度も何度もやり直しをさせ、食べたいものでなければコックに作り直しをさせること数回、勉強は全て投げ出して「嫌!」の一言で済ませ、逃げ回り、注意をされても「大嫌い!」で済ませ、気に入らないと思ったらすぐにクビと言い放ち、弟や使用人、グレイスとソレルにも八つ当たりをし、とりあえず気に入らなければ文句をいい……。


「……ま、まあ。確かに違うわね……」


 プリシラは今までの自分の行動に引きつった笑みを浮かべることになった。



 *・*・*・*・*・*・*・*・*


「つ、つまり? プリシラ様、物語の悪役、です?」


 おどおどしながら漸くプリシラに起こった事を呑み込んでの言葉に、プリシラは「ええ、そう」と相槌を打った。


「確かに、プリシラ様がやりそうなことですよね~」


 まだ慣れていない―――今までと少し違うので当然と言えば当然であるが―――グレイスとは違い、ソレルは既に順応しているように見える。プリシラがヒロインに行う事を言い連ねたことによる感想は正直過ぎる物だ。


「そうよね。私がいかにもやりそう。ルシファー様のこと、私って大好きだったもの」

「いやいやいやいや! 大好きって言葉で片付けられませんからね、あんなの」


 今まであればあり得ないほど気安い科白で突っ込みをいれられたプリシラは、苦笑しか浮かべられなかった。


 ちょっと、というか。


 気持ち悪いほどに彼に執着していた。正直、自分が誰かにあれほど執着されたら絶対にヒく。

 とにかく迫りすぎてべたべたしていたというか、私が好きなんだから貴方も好きになってくれるわよね! という態度。

 ただ、相手の態度を見る限り、おあいこだと言えなくもない。ので、彼に対する態度に後悔はしていない。


「まっ、いいわよ。『傲慢』がモチーフの彼にこれから近づくことはないわ」

「ゴーマン? ゴーマンって、何、です? プリシラ様」

「傲慢っていうのは、驕り高ぶって他人を見下す人のことよ」

「あの人を現す言葉としてはこれ以上ないほどですね~」

「……ソレル、貴方って実は結構言う性格なのね」


 プリシラが従者の始めて知った側面に驚きを含ませて言えば、さっと彼は表情を消した。


「失礼を」


 変わり身の早さに唖然である。


「えっ!? 別にいいわよ。それくらい。傲慢ってルシファー様そのままを表す言葉なんだし。他に人がいる時じゃなきゃ」


 手を振りながらプリシラは言った。彼女はただ驚いただけで、それを批判した気はなかったのだ。

 やはり、見た目は順応しているように見えてもグレイスと同じ様に彼もまたプリシラを恐れているらしい。

 さっきの態度はプリシラが八つ当たりした時にする顔だった。


「七つの大罪―――傲慢、嫉妬、暴食、色欲、怠惰、貪欲、憤怒。これが別世界では死に至る罪とされているらしいわ。それを行わせて地獄に落とそうと人間を唆す悪魔達のことを別世界の平民達は教会から聞かされ、この七つを行わないようにって彼らを洗脳したの。恐怖を植えつけたのよ。どこの世界でもたとえを用いるのは有用なのね。私もお母様に言われたわ。戸締りしないと、夜中に化け物が私を喰らいに来るって。まぁ、とにかく。その七つの大罪が題材とされていたのよ、ゲームで。で、ルシファー様は傲慢がモチーフ」


 七人の攻略対象のそれぞれの罪を自覚させ、改心させることがヒロインに与えられた役目である。別名【天使化】。

 その中で、ルシファーを盲目的に愛する狂信者兼婚約者がプリシラであり、ヒロインに自分がルシファーにとって一番であるという傲慢さゆえに虐めるという役目を担っている。


「私は女版ルシファーってところかしら」

「プリシラ様が女版ルシファー様……似合いすぎ、です」

「怖いぐらいに納得ですね……」


 その様子を想像したらしいグレイスとソレルは納得顏で頷いた。簡単に想像出来たらしい。失礼だ。


「とにかく、私は今までと同じじゃいられないわ。学園には行きたくないし、隣国に捨てられるのも嫌。これからまた振り回すけど、今まで通りよろしくね。グレイス、ソレル」


 分かり易いくらいに絶望の色を表情に滲ませた二人に、プリシラが「今まで通り、貴方達を虐げる」という意味に取ったと気づき、無意識にその唇を噛み締めたのを見た者は誰もいなかった。

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