砂漠の雨
プリシラは家庭教師から氷魔法について習っていた。
一度覚えてしまえば楽にできるという氷魔法は、戦時において非常に便利な魔法である事から、護衛、騎士などの者達は覚える事が多いのだという。
一番多いのは当然のように火魔法で、威力の低い初級魔法であろうとも被害が大きいことから人気だそうだ。
氷魔法は扱いや修得が難しいとはいえ、威力は大きく、火魔法へ対抗できる魔法としても水魔法よりも有用らしい。
兄も父も氷魔法が使えると家庭教師から聞き、プリシラは益々二人への尊敬の念を強め、母は上級光魔法の使い手だとも聞き、自分の家族はなんて最高なのだろうかとプリシラは家庭教師からの絶賛を当然として受け止めた。
そんな時だった。
―――ユニコーンの印が押された手紙が届いたのは。
陛下からの手紙である。勿論、勉強は一時中断することになった。
プリシラはすぐに部屋へと帰り、震える手で手紙を開く。
後ろで不安げにグレイスとソレルがプリシラを見る気配を感じながら、手紙の冒頭へ目を滑らせた。
———書き始めは。
「し、親愛なるプリシラ嬢へ……」
目を皿のようにしてプリシラは手紙の続きを読んでいく。グレイスが気を使って淹れてくれたお茶の存在は脳の片隅に気づいたものの、それを飲む余裕はなかった。
内容は謝罪からだった。
難しい敬語などを抜きにしていえば『息子が勝手にした事を本当に申し訳なく思っている。アスモデウスに関しても息子と同じように再教育を施そう。暫くは絶対にプリシラ嬢へ近づかせぬ事を約束しよう。だが、私との文通は続けて欲しい。貴方との手紙のやり取りは私にとって砂漠の雨と同じくらいに日々への潤いを与えてくれるのだ』といったものだ。
他にもアリエル様も同じ様に申し訳なく思っていることや、アスモデウスは未だに屋敷から出ることが出来ていないことなども書かれていた。
「アリエル様も私を心配してくださってるんですって。感激だわ。本当にお会いしてみたい……あの陛下の奥様だもの、絶対に素敵な方よ。天使をモチーフにってゲームではされていたけれど、どんな方なのかしら」
手紙の内容を抜粋して二人に伝えて、プリシラはうっとりと口にする。
「……なんかお嬢様、口説かれてませんか?」
ソレルの眉間に皺が寄っている。疑うような目はプリシラが持っている手紙に注がれていた。
プリシラは手紙へ視線を落とす。
確かに陛下が最後に書いている『砂漠の雨~』の部分はまるで10の娘を口説こうとしているかのようにも見える。
手紙と共に送られてきた宝石のついた首飾りを見れば尚更だ。
しかし、今回は陛下だけではなく、王妃から花の刺繍が入ったハンカチが送られてきていた。手紙によると、王妃自ら縫ったらしいそれは見事な刺繍で、その恐れ多さにプリシラはすぐにソレルに言って、額縁に入れて壁に飾った。口説いているならそんなことはしない、とプリシラは思うし、何よりプリシラを口説くなど、陛下はしない。
アレがベルフェゴールを虐めた時、陛下に書きかけていた手紙は捨て、新たに「文のやり取りは出来ません」との旨をしたためて送った。
そのような失礼な態度を取った10の娘に、再びこのような手紙を書いてくれるサタン陛下にプリシラは感激した。
手紙と首飾り、壁にかけた刺繍入りハンカチを見ながら、プリシラはすぐに返事を書き始める。
先ず初めに手紙を頂いたお礼と頂いた贈り物がどれほど嬉しかったかを書き、文通の件はむしろ私からお願いしたいと綴った。
陛下から送られる手紙には陛下が行ったことのある他国の様子や珍しい生き物の話などがあり、文通を始めたばかりだったプリシラはまだまだ陛下から聞き足りない話が多くあったのだ。
陛下からの手紙の内容は願ってもない事だった。
———数日後。
陛下からの返事が届いた事により、再びプリシラは陛下の文通相手として名乗りをあげることになった。
陛下との文通再開。
次回、他者視点。