第二話『PK(プレイヤー・キル)』
今回、津軽あまに様の『D.D.D日誌』からリチョウさんのお名前をお借りしています。
平成27年11月7日、加筆・修正しました。
──日が沈み、宵闇に包まれた森の中…月明かりを封じ込めたかの様な綺麗な白色の水干を身に纏い、腰には見事な意匠が施された太刀を提げ、白色の狐の仮面を被っている女性が樹々の枝から枝へと跳び移りながら移動していた。
『枝から枝へと跳び移る』というその動きを行っているのだが、彼女は一切の音を立てる事をせず、また一切の気配を絶った状態でその動きを行っているのだ。
──彼女が、今使用しているのは〈隠行術〉と〈無音移動〉。
本来は〈追跡者〉のサブ職業を持つ者にしか使用できない特技なのだが、彼女は今身に付けている〈白き天狐の仮面〉の特殊効果で使用可能となっているのだ。
◇◇◇
──そもそも彼女─朝霧が暗い森の中を樹々の枝を跳び移りながら移動しているのは、ここ数日の間に増加したPKにより、低レベル者やソロプレイヤー…場合によっては少数パーティーがPKの被害を受けている今の現状を何とかしたくて動いているのだ。
PKを行う者達は、レベル差や人数差で優位に立った後、ミニマップが使用不可になった事を生かして不意討ちを行っている。
そうして行われたPKの被害者は…低レベルプレイヤーや初心者、少人数のパーティー、ソロプレイヤー達なのだ。
──現在、朝霧のギルドへ〈大災害〉後以降に新規入会した者達の中にもPK被害者が数名いる。
小さな物音にすら怯えている被害者達の様子を見ていると…被害者を食い物にしたPK達に対し、朝霧は強い憤りを感じずにはいられなかった。
◇◇◇
──しばらく枝を跳び移り移動を続けていた朝霧は、一人の少女を追い回す五人の男達の姿を捉えた。
「……前方、100m先にPK集団を確認。
パーティー構成は、戦士職二人、武器攻撃職二人、魔法攻撃職一人の五人」
『了解。ファーストアタックは誰がするんだ?』
「……私が不意討ちで、魔法攻撃職に行う。
蒼牙とカンザキの二人は、私が隠密系スキルで離脱するタイミングに合わせて、同時に戦士職を攻撃してくれ。
その時には、私が武器攻撃職へ牽制を兼ねた間断ない波状攻撃を仕掛ける」
『……わかった。攻撃開始のカウントを頼む』
蒼牙の言葉に朝霧は答える。
「了解した。カウント10だ」
『了解、了解っと。
PK野郎共に、ガツンと痛い先制攻撃をかましてやれ!』
『了解。健闘を祈る』
カンザキと蒼牙、各々の返事を聞きながら…朝霧はPKパーティーの背後─後衛である魔法攻撃職の丁度真後ろの樹の枝へと移動した。
──真後ろの樹へと移動を終えた朝霧は、白色の狐の仮面から黒色の狐の仮面へと被り直すと、腰に差した〈常闇の闇刀〉という小太刀を鞘より抜き、逆手に握った。
「敵の背後を取った。
敵のステータスを確認したが…全員、レベルは70番台だ。
カウントを開始する。
10、9、8、7、6…」
音を立てない様に慎重に進み、PK達がいる場所近くの繁みに潜みながら、朝霧のカウントをカンザキと蒼牙は〈グループチャット〉を介して聞いている。
「…5、4、3、2、1、0!
『アサシネイト!!』」
追い詰めた獲物である少女に気を取られていたPKパーティーの〈妖術師〉は、樹から飛び降りざまの朝霧からの〈アサシネイト〉の直撃を受けて絶命した。
──朝霧からの突然の不意討ちに、自分達が襲撃を受けると思っていなかったPK達は動揺し、戦闘陣形はガタガタになっていた。
『……トリックステップ』
〈トリックステップ〉を使用し、朝霧は一時離脱する。
──PK達が慌てて体制を立て直し、彼女を追い掛けようとする頃には〈ロードミラージュ〉の発動により朝霧の姿は〈透明化〉していて、全くわからなくなっていた。
『デュアルベット!!』
『ヴァイパーストラッシュ!!』
PK達が朝霧に気を取られている隙に〈武士〉に蒼牙の〈デュアルベット〉が…〈武闘家〉にカンザキの〈ヴァイパーストラッシュ〉が見事に命中した。
「糞っ!舐めやがって!!」
「何しやがる!!」
〈武士〉と〈武闘家〉が攻撃された事に気付いた〈盗剣士〉と〈暗殺者〉は、毒づきながら各々の武器を抜いた。
──しかし……
『アクセルファング!!
アトルフィブレイク!!』
朝霧が〈盗剣士〉の前を駆け抜けざまに素早く切り抜け、〈暗殺者〉に矢の一撃を命中させた。
「畜生!糞アマ〈暗殺者〉が!!」
「ブッ殺してやる!!」
──〈盗剣士〉と〈暗殺者〉の敵愾心を完全に自分に向けさせる事に成功した朝霧は、そのまま離脱と攻撃を織り混ぜたヒットアンドアウェイ戦法でPK二人を翻弄し続けた。
◇◇◇
(コイツら、戦い慣れしてねぇな)
(弱い者を獲物にする様な者達だから。
俺達みたいに、本格的な戦闘訓練などはやっていないだろう)
(ま、そのおかげで俺達は戦い易いんだけどな)
──〈パーティーチャット〉で、そんな会話をしながらも蒼牙は〈武士〉に〈デュアルベット〉と〈アーリースラスト〉を織り混ぜた攻撃を行い、カンザキは〈武闘家〉に〈デュアルベット〉,〈ブラッディピアッシング〉,〈アーリースラスト〉,〈クイックアサルト〉,〈ヴァイパーストラッシュ〉を織り混ぜた多彩な攻撃で相手を翻弄していた。
二人の攻撃に翻弄され続け、まともに対応できていない〈武士〉と〈武闘家〉の二人のHPは、既にレッドゾーンに到達していた。
(そんじゃ、どどめといきますか?)
(……同時にいくぞ!)
〈パーティーチャット〉でタイミングを合わせ、二人は同時に攻撃を仕掛けた。
『ブレイクトリガー!!』
二人がほぼ同時に仕掛けたどどめの攻撃を受け、〈武士〉と〈武闘家〉の二人のHPは0となった。
「うっし!戦闘終了!!」
「敵、殲滅を確認。
御前の方も、もうすぐ終わりそうですね」
「何だかんだで、〈暗殺者〉と〈盗剣士〉を一人で撃破かよ……すげぇーわ」
◇◇◇
──カンザキ達の戦闘が終了したのを視界の端で捉えていた朝霧は、残りHPの少なくなった〈暗殺者〉と〈盗剣士〉にどどめの一撃を入れた。
『スウィーパー!!アサシネイト!!』
まず、HPがより少なくなっていた〈暗殺者〉に〈スウィーパー〉を叩き込み、その返し刃で〈盗剣士〉に〈アサシネイト〉を食らわし、完全に敵を撃破した。
──戦闘熟練度の低いPK達は、ここ数日間戦闘訓練に明け暮れていた朝霧達に一方的にやられる結果となったのだった…
◇◇◇
──PKから助けた少女の名前は、アリスと言い…つぶらな青い瞳にセミロングの金髪の狼牙族で、〈大災害〉前にようやくレベルが42になったばかりのまだまだ駆け出し中の〈召喚術師〉だった。
肝心のアリスは、先程までステータス画面で〈暗殺者〉と表示されていた朝霧の職業が〈黒き神狐の仮面〉を外した直後、〈神祇官〉へと変化した事にとても驚いていた。
「……ああ。いきなり御前の職業が変わったから、びっくりしたんだな。
あれは、御前が左手に持ってる装備アイテム〈黒き神狐の仮面〉の特殊効果だよ」
「……装備アイテムの特殊効果??」
カンザキの言葉の意味がわからないアリスは、首を傾げていた。
「そ。〈黒き神狐の仮面〉っていう装備アイテム。
このアイテムの特殊効果っていうのは、『装備中、別のメイン職業に変換する』っていうものなんだよ」
「わぁー!とても便利なアイテムなんですね!」
カンザキの〈黒き神狐の仮面〉の簡単な説明を聞き、アリスは素直に感心する。
──しかし、カンザキはチッチッチッと人指し指を軽く振ると説明を続けた。
「そこだけ聞けば、とっても便利なアイテムって思うだろ?
……けどな、ゲームバランスを考えたらそれはよろしくない。
凄い効果のアイテムには、ゲームバランスを保つ為に大体何らかの縛りがあるんだ。
この〈黒き神狐の仮面〉にも複数あって…まず一つ目は、変換後は本来のメイン職業─御前の場合は〈神祇官〉な─の特技や能力が使用不可になる。
二つ目は、変換する職業のレベルや特技の熟練度は変換前の職業と同等となる。──つまり、元の職業のレベルや特技の熟練度が低いとあんまり使えないって事。
そして最後、職業はいつでも自由に変更できる訳じゃなくて…装備していない状況でないと選択変更ができないって事。
……まあ、御前はその縛りを理解した上で使用しているけどな」
カンザキの説明を聞いて、アリスは「凄いアイテムを使うのって、色々と大変なんですね」と呟いていた。
◇◇◇
カンザキのアイテム講座のおかげか、幾分か心を落ち着けられたアリスに何故この様な時間帯に一人でいたのかを尋ねてみた。
──彼女から返ってきた答えは、彼女達低レベルプレイヤーや初心者の置かれている現在の状況を知らしめる…とても悲しいものだった。
──まず、今現在知り合いと呼べる者が誰もいない事。
──最初の頃は、マーケットにあった果物や野菜等の味のある素材アイテムが無くなってしまった事。
──味のない食材アイテムよりも、味のある素材アイテムを食べたくて一人で採取に出掛けた事。
──採取を終え、アキバに戻る途中でさっきのPK達に遭遇した事…等を話してくれた。
アリスの話を聞いた朝霧は、「……そうか。それは辛かったな……」と言葉を掛けながら頭を撫でてあげた。
──肝心の頭を撫でられたアリスは、気が緩んだのか…思わず涙ぐんでいた。
「……で、アリス。これからどうする?
こちらの蒼牙は、新人やアリスの様な低レベルプレイヤーを保護するギルドの者だ。
このまま蒼牙と共に行っても構わない。
ソロを貫いても構わないし…望むなら、私のギルドでも構わない。
後は、私のツテを使って他のギルドを紹介もできるが?」
朝霧から掛けられた言葉を聞きながらも、アリスの答えは決まっていた。
「朝霧さん、私を朝霧さんのギルドに入れて下さい!
朝霧さん達に、助けていただいた恩返しをしたいです!!」
アリスの答えを聞いた朝霧は、穏やかな笑みを浮かべながらこう口にした。
「……わかった。
アリスを〈放蕩者の記録〉の一員に迎え入れよう」
──こうして、〈放蕩者の記録〉にアリスという新規加入者が加わった。
◇◇◇
──アリスを連れてギルドハウスに戻ってから後、真夜中頃にクラスティからの突然の念話が入った。
『……突然、こんな夜遅くにすみません。
少し、話したい事がありまして……』
「クラスティ、一体どうした?」
突然の念話に対する朝霧からの問い掛けに、クラスティは用件を話し始めた。
『……最近、我々の〈D.D.D〉を含む複数の大手ギルドにソロの冒険者や中小ギルドの加入が激増している事は存じ上げていますね?』
「ああ。〈D.D.D〉で現在、幹部の一人でもある息子のランスロットや私の紹介で〈海洋機構〉等に入会した者達から報告はきている。」
朝霧の言葉に、一呼吸置いてクラスティは話を続ける。
『我々は、ギルド加入に関しては『来る者拒まず』の姿勢を取ってきましたからね。
──現在の急激な増員に、リーゼ君と高山女史の三羽烏の二人への負担が大き過ぎて…末端まで監視が行き届かない状況です』
クラスティの弱音に近いグチを聞きながら、朝霧は溜め息を洩らした。
「……そうか。〈D.D.D〉も、大量の新規参入による弊害が出ているのか」
『……そうです。
ギルド内での、古参と新人の諍いも増えました。
他には、ギルドの威を笠に問題を起こす者までいる始末です』
クラスティの言葉を聞き、朝霧は「……そうか」と呟いた。
「……取り敢えず、ギルドの外で問題を起こす者に対しては、私のところのカンザキ辺りを仲裁に寄越そう。
現実で警察官のカンザキなら、この役に適任だろうしな」
『確かに、適任ですね。……御前、それともう一つ』
ここから先の言葉は、朝霧には既に予想がついていた。
『御前、我々には優秀な人材が一人でも多く必要です。
……〈D.D.D〉に戻ってきて戴けませんか?』
「断る」
クラスティの言葉が、丁度終わった直後に即答した。
『……即答ですか。
……もう少し、迷うとか考えるとかは無いのですか?』
「私が、〈D.D.D〉を出ていく時に述べた言葉を忘れたか?
『これからは、内側からではなく外側から〈D.D.D〉を支える』…と述べた筈だ。
だからこそ、攻略の為に少しでも精鋭といえる人材が欲しいというお前からの要請に応えて〈神託の天塔〉では助っ人として参戦したのだ」
──〈D.D.D〉を出ていった時と全く変わらぬ揺らがぬ固い決意を抱いたままの朝霧の意思を…今でも口では勝てないクラスティは、その意思を変える事は困難と判断したのか…溜め息を溢した。
『……私としては、本音を漏らせる数少ない人物でもある御前に、是非とも傍で協力して欲しいところですが……』
「……グチを漏らすのは、今現在傍で協力しているリチョウか高山辺りにしておけ。外部者である私にまで頼るな。
……だが、もしお前や〈D.D.D〉に大事が起こった際には…私の持てる全てを使ってでも助けてやる」
朝霧の言葉に苦笑を洩らしつつ、クラスティは言葉を続けた。
『御前の固い決意を切り崩すのは、なかなか困難な様ですね。
……わかりました。今回は、その言葉に免じて諦めましょう。
いざという時には、御前とクシ君をコキ使わせてもらいます』
「調子に乗るな。後、私の約束事に櫛を巻き込むな」
朝霧の言葉にいつもの調子を取り戻したクラスティは、「……では」という一言を最後に念話を切った。
◇◇◇
──〈放蕩者の記録〉の執務室の椅子に深く腰掛けながら…朝霧は、深い溜め息を洩らした。
(……つくづく、私の高い未来予測能力を恨めしいと思った事はない。
嫌な予測ばかりが、的中し続けている。
PKの事、大手ギルドと中小ギルドの間で起こる格差や諍い…
これらを解決するには、根本からアキバを変革するしかない。
──変革の具体的な方策はある。
……だが、私にはそれを“実行に移せない”……
──大切にしたい絆や守りたい者達が、これ程私の足を引っ張るとはな……)
──現状を変える事の出来ないもどかしさを感じながら…朝霧は、窓の外に見える月を無言で眺めていた。
アイテム名:
〈常闇の闇刀〉
フレーバーテキスト:
『刃に常しえに続くとされる深き闇の力が封じ込められし小太刀。
持ち主に深き闇の恩恵を与え、敵対者に暗き闇の洗礼を与える』
備考:深い黒色の刀身が特徴の小太刀。
アイテムの効果として、敵を攻撃すると30%の確率でクリティカルが発生し、敵に与えたダメージの10%分を吸収、装備者の体力を回復する。
不意討ちが成功すると、即死効果が発生する効果もある。
攻撃対象に30%の確率で『沈黙』『混乱』『盲目』『猛毒』『麻痺』のいずれかの状態異常がランダムで発生する。
他には、〈暗視〉の常動効果がある。