第十二話『天秤祭前日《前編》−訪れる者と帰還する者と準備する者−』
随分久しぶりの投稿です。
今回、沙伊様の『ザントリーフの戦線』より、蒼月と月華を。
山本ヤマネ様の『辺境の街にて』より、櫛八玉さんを始め…ギルド〈太陽の軌跡〉のメンバー一同を。
津軽あまに様の『D.D.D日誌』より、『らいとすたっふ』メンバーとリチョウさん、ユタ君を。
妄想屋様の『太陽の貴公子』より、三月兎さんをお借りしています。
平成27年12月13日、佐竹三郎様からのご指摘を受け、前書きを一部修正しました。
〈総合デパート風見鶏屋〉3号店の一階にあるインフォメーションセンターの受付カウンターでは、エルフの少女の〈大地人〉と狐尾族の少女の〈冒険者〉が仲良く話をしながら手元の書類を整理していた。
彼女達は、〈大地人〉と〈冒険者〉という違いを気にする事も無い…本当に仲の良い親友同士だった。
◇◇◇
そもそも、エルフの〈大地人〉の少女─セレナは元々はススキノに住んでいた。
〈大災害〉…〈大地人〉の間では〈五月革命〉と呼ばれている出来事が起こった当日、セレナは路地裏で泣いている狐尾族の〈冒険者〉の少女─クローディアを見つけた。
彼女─クローディアは、セレナの父グレイに〈狩人〉として弟子入りし、何度も父からの依頼を引き受けていた事があった為、セレナにはすぐに彼女だと判った。
泣いているクローディアにセレナは優しく声を掛け、彼女の事情を詳しく聞いた。
そこで、〈五月革命〉前後で彼女の様子が全く違う事や何故泣いているのかが判った。
──〈五月革命〉前のクローディアは、まさしく長年語られてきた〈冒険者〉そのものといった感じだったが…彼女の話では、〈大災害〉─彼女がそう言っていたので以後はそう呼ぶ─以前はこの世界には一時的にクローディアとしての肉体を借りてやって来ていたらしい。
けど、〈大災害〉が起こり…彼女は、本来の住んでいる世界に帰れなくなってしまったという。
本来の彼女の肉体は、彼女が元々住んでいる世界にあって彼女は『ホリカワ=カスミ』という名前の…彼女の世界では、ごく普通の『コウコウセイ』と呼ばれている身分だったそうだ。
彼女には、両親と『ダイガクセイ』と呼ばれている身分の兄がいて…彼女が〈冒険者〉になったのは、この兄に勧められたのがきっかけだと話していた。
その兄は、アキバの街という〈冒険者〉の住む街に拠点を置く〈D.D.D〉という名のギルドと彼女が呼んでいる〈冒険者〉の騎士団に所属していて、同じ様にアキバの街を拠点としていた彼女は何処にも所属していないソロの〈冒険者〉だったそうだ。
勿論、彼女は〈大災害〉発生後すぐに〈施療神官〉の兄アークエット─彼女の兄の〈冒険者〉としての名前だと聞いた─に念話という〈冒険者〉の連絡手段を使って助けを求めたらしい。
けれど、兄からの答えは残酷なものだった。
『助けに行きたいのはやまやまだけれど…〈都市間トランスポート・ゲート〉が停止している状況じゃ、容易にススキノに迎えに行くのは無理だよ』
必ず助けてくれる筈だと信じていた兄は、助けに行けないという絶望的な答えを返してきたのだそうだ。
クローディアは、〈狩人〉としての依頼を請け負う時以外はアキバの街を拠点としていた為、ススキノの街には知り合いと呼べる〈冒険者〉の人達が一切いなくて…どうしたらいいのかわからず、途方に暮れ、絶望して泣いていたのだという。
クローディアの事情を聞いたセレナは、両親に事情を説明して相談した上でクローディアを自分達の家で面倒を見る事にした。
クローディアは、セレナやセレナの父であるグレイと母であるライナの優しさと思いやりに救われた。
グレイは、〈大災害〉以降弓を上手く扱えなくなったクローディアに狩りに同行させながら弓の扱い方を丁寧に教えてくれた。
ライナは、毎日料理を作って振る舞ってくれた(※この頃は、味のある料理の存在を知らなかったので…味の無い変な食感の料理だったが…それでも、自分を含めた皆の為に作ってくれた料理だったので、クローディアは喜んでいた)。
セレナは、クローディアと年頃が同じだった事もあって…〈大災害〉以降にできた初めての良き親友となってくれた。
しかし、彼女達を取り巻く状況は悪い方へと一変する。
ブリガンティアを筆頭にPKや人身売買に手を染め、悪行を行うギルドが街を支配し始めた。
さらに、〈大地人〉や低レベルの〈冒険者〉を奴隷として扱い、彼ら・彼女らを売りさばく人身売買もが横行し出した。
また、街を一歩外に出れば数にものを言わせた乱暴なPK集団によって容赦なく身ぐるみを剥がされるという目に遭うという状況になり…ススキノは略奪と暴力が支配する無法地帯と化した。
クローディアとグレイ一家は、そういう最悪な状況にあったススキノでは…比較的運が良かったと言える。
その日、いつも通りに近くの森へクローディアとグレイ一家は狩りに出掛けていた。
グレイが根気よく懇切丁寧に教えてくれた事もあり、習い始めた頃から弓の扱い方が上達したクローディアは…〈狩人〉であるグレイと〈見習い徒弟〉であるセレナと獲れたての獲物で昼食を作る為に同行した〈料理人〉のライナの三人と共に森で狩りをし、一週間分の食糧となる獲物を捕獲する事ができた。
しかし…いざ獲物を持ってススキノの街へと帰ろうとした時、クローディアとグレイ一家を包囲する様に6人の〈冒険者〉達が現れた。
包囲する〈冒険者〉達のレベルは、70〜80位。
対するクローディア達のレベルは、〈大地人〉の三人は各々…グレイは35、セレナは21、ライナは11、唯一の〈冒険者〉であるクローディアに至っては、中堅に届くか届かないかの47という状況だ。
絶望的なまでのレベル差のある〈冒険者〉達に包囲され、絶体絶命の状況にあったクローディア達を救ってくれたのが、戦闘訓練からの帰りでたまたま通りかかった黒雷達だった。
クローディア達相手にPKを行おうとしていたフルパーティーの〈冒険者〉達だったが…連日、連携訓練込みの戦闘訓練を行って戦闘慣れしていた〈暗殺者〉の黒雷と疾風、〈盗剣士〉の銀猫、〈神祇官〉の凪達四人の巧みな連携に翻弄され、PK全員が神殿送りという結果となった。
その後、クローディア達は黒雷達と行動を共にする様になり、黒雷達がススキノを脱出する際は共に脱出し、アキバへと避難してきた。
アキバに着いてからは、クローディアとセレナの二人は基本〈狩人〉のレベル上げと弓の練習を行い、時間の空いている時のみインフォメーションセンターの受付嬢をする事になった。
──そうして、現在の状況へと至ったのである。
◇◇◇
「──けど、朝霧さん達〈放蕩者の記録〉の人達はスゴイ事を思い付いたね」
「うん。…でも、とても楽しそうで面白そうだよ」
クローディアとセレナは、自分達の真後ろの壁に堂々と貼ってある二枚のポスターを眺めながら笑顔でポスターの内容についての事を話していた。
────────────
『貴方の自慢のお菓子作りの腕前を振るってみませんか?
〈放蕩者の記録〉主催
第一回《お菓子のB−1グランプリ》!!』
日々、研鑽を重ねてきたお菓子職人の皆様!
貴方の自慢の腕前を存分に振るってみませんか?
我がギルド〈放蕩者の記録〉主催の《お菓子のB−1グランプリ》では、《天秤祭》に訪れた皆様に美味しいお菓子を食べて戴きたいと考えており…その為に会場で振る舞うお菓子を作って下さるお菓子職人の方々を募集しております。
また、普段お菓子を作る機会に恵まれない方も挑戦してみませんか?
是非、この機会に参加してみて下さい。
〜参加申し込み情報〜
参加受付場所:〈総合デパート風見鶏屋〉1〜3号店、各店舗の一階インフォメーションセンター
参加受付期限:《天秤祭》開催前日の昼頃迄
〜開催情報〜
開催日時:《天秤祭》二日目
開催場所:アキバ駅前広場
参加資格:サブ職業〈料理人〉
※お菓子作り経験者なら、プロアマ問いません。
※※〈新妻のエプロン〉を使用しても構いません。
サブ職業〈料理人〉で無い方も、お気軽にご参加下さい。
尚、当大会の参加者に〈冒険者〉〈大地人〉の区別をつけておりません。
〈大地人〉の方々もお気軽にご参加下さい。
※※※お菓子の材料を自身でご用意出来ない方は、参加受付時に申し出て下さい。こちら側でご用意致します。
※注意事項※
・当大会では、不正行為を禁止します。
もしも発見した場合は即時強制退去となり、当大会への参加資格を失う事になります。
・お菓子職人の皆様が作るお菓子は、会場を訪れる皆様を幸せにするものでなければなりません!!
正々堂々の真剣勝負を心掛けて下さい。
・美味しいお菓子なら、材料に使う素材やお菓子の種類は問いません。
但し、会場に訪れた皆様の心身に何らかの害が及ぶ様なお菓子はお断り致します。
必ず、”安全で安心して食べられるお菓子”を作って下さい。
────────────
『身近な美味しいお菓子を再発見♪
《お菓子のB−1グランプリ》一般審査員募集中!!』
こちらでは、当日の《お菓子のB−1グランプリ》の一般審査員を募集しております。
何も難しい事はありません。
当日に会場へと訪れ、会場で振る舞われるお菓子を食べて戴き、貴方が一番美味しいと思ったお菓子に一票を投じるだけの簡単なものです。
貴方の一票が、会場で一番美味しいお菓子を決めます!!
〜開催情報〜
開催日時:天秤祭二日目(朝から夕方迄)
開催場所:アキバ駅前広場
受付場所:会場入口
参加資格:お菓子を美味しく食べて下さる方なら…どなたでも!!
※サクラお断り!不正行為は許しません!!
※注意事項※
・当大会は、『お菓子職人の方々が当大会に参加する事でお互いに切磋琢磨し、お菓子作りの腕前をさらに上げて戴く事』と『会場に訪れた皆様に身近にはこんなに美味しいお菓子が沢山あるのだという事に気付いて戴く事』を開催目的としております。
その為…会場での強引な勧誘行為、サクラを使った誘導行為、その他の会場に訪れた皆様への迷惑行為全般を禁止します。
もしもこれらを発見した場合、〈黒薔薇のブローチ〉を身に付けた警備スタッフによる会場からの速やかな強制退去となり…以後、当会場への立ち入りを全面禁止とさせて戴きます。
・もしも何かわからない事が御座いましたら、お近くの〈白薔薇のブローチ〉を身に付けた会場スタッフへとお気軽にお申し付け下さい。
〜特別審査員情報〜
◆ミチタカ:〈海洋機構〉総支配人
◆高山三佐:〈D.D.D〉
◆にゃん太:〈記録の地平線〉
◆ロデリック:〈ロデリック商会〉ギルドマスター
◆天音:〈放蕩者の記録〉
※特別審査員の方々には、時間指定を行っておりません。
いつ、彼らが会場を訪れるかは運次第!!
運が良ければ、会場へと訪れた彼らに会えるかも?
────────────
ポスターに目を向けていたクローディア達の前に、一人の男性〈冒険者〉が立つ。
「あの…『お菓子のB−1グランプリ』のお菓子職人参加受付はここでしょうか?」
声を掛けられた二人は、視線をポスターから〈冒険者〉へと移すと…ニッコリとした笑顔を見せた。
「はい。参加応募ですね?
では、この参加受付書類の注意事項をよくお読みになった上で必要事項を記入下さい」
そう言ってクローディアは、丁寧に説明しながら〈冒険者〉に参加受付の手順を教える仕事に専念する事にしたのだった。
◇◇◇
──テンプルサイドの街より飛び立った二頭の竜…〈碧竜〉と〈古代竜〉の背には、大勢の〈冒険者〉が騎乗していた。
彼女らは、テンプルサイドの街に拠点を置くギルド〈太陽の軌跡〉のメンバー達である。
〈太陽の軌跡〉のメンバーは、明日から開催される《天秤祭》が余程楽しみなのか…少し浮かれ気味な雰囲気が漂っていた。
──そんな雰囲気の中で〈古代竜〉に騎乗している冒険者一団の先頭付近にいる長い黒髪のエルフの〈神祇官〉─櫛八玉が、一番先頭に腰掛ける朔夜に声を掛けた。
「本当にごめんね。朝早くに迎えに来てもらって」
すまなそうに声を掛ける櫛八玉に、朔夜は軽く笑いながら答えた。
「平気ですよ。それに、クシさん達は叔母さんの大切な客人ですしね。ちょっと迎えに行く位、全然問題無いですよ」
「けど…《天秤祭》は、アキバの街全体で作り上げたお祭りでしょ?
そこに私達が参加していいのかな…」
朔夜の答えを聞いても、相変わらず申し訳なさそうな雰囲気を出す櫛八玉に…可愛らしいハーフ・アルヴの女の子〈妖術師〉─ヤエがため息を洩らした。
「クシは気にし過ぎだよ。朝霧先輩が良いって言ってるんだから、別に問題無いじゃん」
「そうなんだけど…」
煮え切らない感じの櫛八玉に、ヤエがさらに言葉を続ける。
「いい?私達は、朝霧先輩直々の招待を受けての『天秤祭』へ参加だよ?何も気兼ねする事は無いと思うけどね。
それに…後ろの楽しそうな皆の様子を見ても、クシはまだ『気が乗らない』だの『申し訳無い』だの…グダグタと言うつもり?」
ヤエの言葉を聞いた櫛八玉は、後ろに視線を向ける。
──そこには、朔夜から渡された手製の《天秤祭》案内パンフレットを眺めながら楽しそうに《天秤祭》三日間の予定を立てている〈太陽の軌跡〉のギルドメンバー達の姿があった。
それを見た櫛八玉は何かふっ切れたのか…一つ頷くと呟いた。
「うん。そうだね。折角皆が《天秤祭》参加を楽しみにしている気持ちに水を差す訳にはいかないよね」
櫛八玉のその表情と言葉に満足したのか…ヤエは自分の真後ろに座っているユウタと《天秤祭》の予定を立て始めた。
──聞こえてくる二人の会話の内容は、「ユウタ君、一日目は絶対ケーキバイキングに行こうよ!」「ヤエが行きたいんだったらかまわないよ」「やったー!ユウタ君大好き!!」というラブラブバカップルっぷりを大いに発揮していた。
(くっ!ヤエめ!彼氏のいない私への当て付けの様にユウタ君とラブラブしよって〜!!)
ユウタと楽しそうに《天秤祭》の予定を立てるヤエに若干の嫉妬の気持ちを抱きつつ、櫛八玉は朔夜に話し掛ける。
「そう言えば…夜櫻先輩は、まだオウウからアキバに帰還していないのかい?」
「ええ。叔母さんの話では、今は叔母さんからの依頼を受けてザントリーフの山岳地帯に〈緑小鬼〉の残党が潜んでいないかを見回りつつの帰還の真っ最中で…アキバに帰り着くのは、最悪《天秤祭》開催後になるかも…って話になっているそうです」
朔夜の話を聞いて、櫛八玉は思わず苦笑する。
(いつもながら…朝霧先輩は、最悪の事態も必ず想定して動いてるよね。そして、そういう最悪の事態の可能性があって朝霧先輩自身が動けない場合は、いつも夜櫻先輩が代わりに動いてたしね)
〈D.D.D〉所属時代、夜櫻は普段自由過ぎてヤエに勝るとも劣らない位のトラブルメーカーで、時に一人で…時にヤエと共に何かと問題を起こしてはリチョウや秋音、櫛八玉、朝霧に迷惑を掛けていた。
しかし、新人の面倒見は良く…朝霧が教導担当から外れ、実質サブマスとして─三羽烏の副総長として動き始めると教導担当は彼女に任され、彼女に直々に師事を受けた新人達は今現在の〈D.D.D〉で強力な戦力として活躍している。
(それに…クラスティ君に負けじと劣らない程のチートっぷりだし、日本サーバーの実力者〈武士〉の五本指に入る程の凄腕だし…何だかんだで、朝霧先輩をお姉さんとして支えてあげてるしね。
…そう考えると本当に凄い人なんだけど、如何せん普段の態度や〈D.D.D〉所属時代の振る舞いを見ている限りでは…全くそう思えないんだよね…)
思わず櫛八玉の口からため息が洩れる。
しかし、朔夜には櫛八玉がため息を洩らす意味が理解できないので、現在頭の周りに疑問符が大量発生中だ。
そんな朔夜の様子が可笑しかったのか…櫛八玉は思わず笑みを溢す。
「気にしなくていいよ。ちょっと私なりに考えていた事で嫌な事を思い出したり、考えちゃったりしただけだからね」
櫛八玉の説明の言葉に一応納得してくれたのか…朔夜はそれ以上追及する様な事は一切見せず、〈古代竜〉と〈碧竜〉に細かい指示を出すべく集中し始めた。
櫛八玉もまた、アキバの街に到着した後の宿探しや『天秤祭』三日間の予定を考える為に自身の思考に集中し始めていた。
◇◇◇
──大手戦闘系ギルド〈D.D.D〉ギルドキャッスル。
その一角…広い会議室には〈D.D.D〉の主要な幹部、三羽烏、そしてギルドマスターであるクラスティが集まっていた。
今回の議題は『《天秤祭》における〈D.D.D〉メンバーの巡回警備及び見廻り巡回班のローテーションについて』である。
そして…現在ヒートアップ中である会議室内の雰囲気を生み出している原因も、この“巡回警備及び見廻り巡回班のローテーションのメンバー選出リスト”が関係していた。
「断固反対でゴザル!!何で『リア充眼鏡守護戦士』がリア充を満喫する時間をわざわざ与えるでゴザルか!!」
「その通り!全俺会議満場一致でリア充は全て爆発すべし!!」
「この俺の右手が唸っている!「憤怒の魔炎」が七つの大罪の一つを犯したる者達を焼き尽くせと告げている!!」
「お祭りリア充MAJIDE!?」
最早、収拾つかなくなりつつある状況下でヒートアップし続け暴走する『らいとすたっふ』メンバー達の様子に…高山三佐はため息を洩らし、リチョウとユタはこめかみを押さえ、リーゼは困惑し、アーサーと蒼月と月華は苦笑いを浮かべ、クラスティは面白そうに笑みを浮かべながら傍観に徹している。
現在『らいとすたっふ』の嫉妬の念の集中砲火に晒されているランスロット本人は、本当に困ったといった感じの表情で苦笑を浮かべながら…混沌と化したこの場をどうしたら収束させる事ができるだろうかと頭の片隅で考えている状況だ。
周りに耳を傾けてみると…他の幹部メンバーの男性陣からも「もげろ」、「リア充爆発しろ」、「眼鏡割れろ」と言った恨みつらみの嫉妬の念を込めた言葉がランスロットに向けて投げ掛けられている。
──パーン!!
完全に収拾つかなくなった会議室の…混沌と化した場の雰囲気を一瞬で静めたのは、一人の狼牙族の女性が手を叩く澄んだ音だった。
その狼牙族の女性は…前髪のみが鮮やかな緋色で、それ以外は淡い橙色で炎の揺らめきを連想させる様な少し癖のある髪型で背中までの長さがあり、右側が金色で左側が銀色の瞳をしており…純白色の男性の宮廷楽器演奏者が身に付けていそうな服を着ている。
会議室にいる全員の視線が一斉に狼牙族の女性の方へと向く。
それを確認した狼牙族の女性─秋音が口を開いた。
「アンタ達の言い分はわかった。……けどね。ランスロットとアーサーに関するローテーションは、あたしがマスターに直々に提案したものさ」
秋音のその言葉に、『らいとすたっふ』メンバーも男性陣幹部達も目を見開いた。
「何故でゴザルか!?何故に秋音の姉御は『リア充眼鏡守護戦士』の味方をするでゴザルか!?」
「そうだ!リア充眼鏡は、もっとギルドの為に働くべきだ!!」
「黙んな!!」
狐猿や男性幹部からの抗議の言葉を一喝で黙らせると、秋音は言葉を続けた。
「ランスロットとアーサーは、〈大災害〉以降はギルドの為によく働いてるよ。
……自分達が夫婦として過ごせる筈だった時間を全て犠牲にしてね。
その事に一言も文句も言わず、ただただ不安そうにしているギルメン達が少しでも安心できる様に、少しでも早く戦闘に慣れてギルドに貢献できる様に一生懸命に頑張って……
そこまでしてギルドに尽くしてくれてる二人に、久々に夫婦としての時間を作ってやって一体何が悪いんだい!!」
秋音のその言葉に…ランスロットに嫉妬の念を向けていた『らいとすたっふ』メンバーと男性幹部達は黙り込んだ。
「それに…」と秋音は言葉を続ける。
「朝霧の御前からのタレコミでね。
巡回警備やらは《天秤祭》二日目に集中させた方がいいらしいから…どうしても《天秤祭》を楽しみたい奴は、一日目や三日目に休みを取んな」
「その情報は初耳ですね」
秋音の口から出た…朝霧から提供されたという情報にクラスティが口を挟む。
それを秋音はアハハと笑って誤魔化した。
「まあ、あたしは《天秤祭》二日目は面倒見てる新人の子らと回りたいから…その日は休ませてもらうよ?
そ・れ・に!ランスロットは巡回警備班、アーサーは見廻り巡回班。二人だって、その日は各々の班に組み込まれてるんだ。
一番忙しくなる二日目以降からは、ちゃんと仕事すんだから…一日目の一緒の休み位は大目に見てやんな」
秋音の言葉に、『らいとすたっふ』メンバーも男性幹部達も口を出せず…渋々と承諾するしかなかった。
◇◇◇
「では、今日の会議はここまでとしよう」
クラスティのその一言を最後に、本日の会議は終了した。
「お疲れ様でゴザル!」
「祭りの前の静けさ…ハジマリのオワリ…右腕が、哭く…」
「通常運転中二乙」
ゲーム時代と変わらぬやり取りを最後に…幹部の大半は会議室を後にし、ぐだぐだと益体もない話で時間を潰そうとするメンバーのみがそのまま会議室に残る…ここも、ゲーム時代と変わっていない。
その益体もない話に時たまに参加をしていたランスロットとアーサーは…この後に何か予定があるらしく、会議室を出たその足でギルドキャッスルを出ていく。
そして…他の幹部達と同じ様に会議室を後にしようとしていた蒼月と月華に、秋音が背後から声を掛けてきた。
「蒼月、月華、ちょっといいかい?」
声を掛けられた蒼月と月華は振り返り、秋音の姿を確認すると苦笑した。
「今回は、久々に派手にやらかしましたね」
蒼月のその言葉に、秋音は笑いながら答える。
「アハハハハハ!いやぁ〜、狐猿達がグダグタと文句ばっかり言ってる姿を見ていたら黙ってらんなくなってね…つい、ね?」
秋音のその言葉に、二人は思わず笑ってしまう。
◇◇◇
秋音は〈D.D.D〉創設時からの最初期メンバーの一人にして、元初代三羽烏の一人である。
一時期は、教導を担当して多くの新人達を優秀な大規模戦闘者へと育て上げた実績の持ち主であり…また、〈吟遊詩人〉としての実力も超一流であり…さらに、面倒見の良さとおおらかで頼れる姉御といった感じの人柄が好まれ、多くのギルメンに慕われている人物である。
そして…未だに大規模戦闘の最前線で活躍し続ける現役大規模戦闘者でもあるのだ。
◇◇◇
ひとしきり笑い合った後、月華が秋音へと言葉を掛けた。
「ところで、私と兄さんに一体何の御用でしょうか?」
月華のその言葉をきっかけに秋音は、二人を呼び止めた本題を切り出す事にした。
「まあ簡単に言えば…朝霧の御前からの頼み事でね。
御前の所に来た客人の《天秤祭》観光の観光案内をして欲しいそうなのさ」
「それは別段構いませんけど…何故、御前の所の客人の観光案内を私達に?」
月華からのすごく真っ当な問い掛けに、秋音はニヤリと笑みを浮かべながら答えた。
「そりゃあ…御前の所の客人ってのが“クシ”だからさ」
「「あ!成程!!」」
秋音の口から出た客人の名前に…蒼月と月華の口から異口同音の納得の言葉が飛び出る。
──ここで出た“クシ”こと櫛八玉は…元〈D.D.D〉のメンバーの一人であり、元三羽烏の一人である。
また月華は、櫛八玉が〈D.D.D〉に所属していた頃に直接的な関わりが深かった人物である。
──朝霧の考えた人選は、ある意味妥当である。
得心がいった二人だが…ある一つの問題点が頭に浮かび、秋音に尋ねた。
「クシ先輩がアキバを訪れたのなら…隊長や三佐さんが黙っていない気がするんですけど…」
「それに、〈黒剣〉のアイザックさんや〈ホネスティ〉のアインスさんも黙っていないんじゃ…」
月華と蒼月の各々の口から出た指摘に、秋音は笑みを浮かべながら答えた。
「そこいら辺の問題点は、朝霧の御前だってわかっている筈だからね。
まず、高山は御前のギルド主催の『お菓子のB−1グランプリ』の特別審査員…という名のお菓子食べ放題権で買収したらしいよ。
アイザックについては、優秀な人材を二人ばかり〈黒剣騎士団〉に紹介する事で承諾させたそうさ。
アインスには、御前のところが把握している三つの〈妖精の輪〉の転移先に関する情報提供で取り引きしたらしいしね。
マスターに関しては…《天秤祭》後に御前のギルドが計画している〈閉ざされし孤島〉でのフィールドレギオンレイドのレイドボス…キングベヒモスの狩りに参加させてもらう事で一応手を打たせたそうさ」
秋音の口から語られる朝霧の…櫛八玉が《天秤祭》を観光する上での数々の問題への対策法に、蒼月と月華の二人は…「御前は、やっぱり生きるチートだ」と、思わず心の中で呟かずにはいられなかった。
◇◇◇
蒼月と月華から観光案内の件の承諾を得た秋音は、二人と別れると…その足で真澄達が待っている〈銀葉の大樹〉の根元へと向かう。
(あたしは、明日は巡回警備担当だしね。
それに…《天秤祭》の三日間は、真澄達がレベル上げをする暇は無いだろうさ。
まあ、真澄達も《天秤祭》を充分に楽しみたいだろうしね)
そんな事を思考しながら歩き続け…秋音は目的地の〈銀葉の大樹〉へと辿り着いていた。
「随分と待たせたね」
秋音に声を掛けられ、真澄達が軽く会釈する。
「あ、秋音さん」
「早く行こうぜ!」
「霧矢、興奮し過ぎだよ」
「本日は、宜しくお願いします」
「曾祖母ちゃん、今日は何処に行くの?」
──〈大災害〉以降も初々しさを無くさない真澄達を微笑ましく思いながら、秋音は今日の予定を彼女達に話し始めた。
◇◇◇
──アキバの街、〈放蕩者の記録〉ギルドハウス。
天音達〈放蕩者の記録〉の生産組メンバー達は、“怒濤の勢い”…と言う表現が相応しい位の忙しさに見舞われていた。
《天秤祭》二日目にギルドあげての主催イベント『お菓子のB−1グランプリ』で会場スタッフに着てもらう事になる衣装を仕上げる為に〈裁縫師〉達が、既に三日徹夜してまで縫い続けている。
さらに、特別審査員に身に付けてもらう〈青薔薇のブローチ〉、一般審査員に身に付けてもらう〈赤薔薇のブローチ〉、お菓子職人の人達に身に付けてもらう〈紫薔薇のブローチ〉、会場スタッフに身に付けてもらう〈白薔薇のブローチ〉、警備スタッフに身に付けてもらう〈黒薔薇のブローチ〉を人数分用意する為に〈宝石職人〉達が連日加工し続けている。
また、当日会場に運ぶ為の机や椅子を必要数分用意する為に〈木工職人〉達が必死に彫り続けている。
他に、当日に必要な受付用の書類を用意する為に〈筆写師〉達が書類用の紙とインクを作り、手本となる原稿書類の内容を…作ったばかりの紙に転写し続けているし、現在進行形で増え続ける参加お菓子職人の参加受付書類に目を通しながら〈会計士〉達が必要経費の計算と材料調達用の費用の計算を鬼気迫る勢いで計算し続けている。
そして…〈会計士〉達が計算した材料調達用の費用を準備しながら〈交易商人〉達がお菓子の材料調達の為に急ぎ足で商談交渉に出掛けていく。
──『お菓子のB−1グランプリ』の開催まで、間にまだ一日分の余裕がある筈なのだが…明日から開催となる催しものの準備を行っているギルドや個人と同じ位の忙しさに、今このギルドは見舞われていたのだった。
◇◇◇
──当然と言えば、当然である。
確保した会場が広い上、現段階での参加するお菓子職人は100人近く。
……内、約三割が材料を自前で用意できないという。
さらに、会場を訪れる一般審査員はかなりの数になる事が予想される。
余裕を持って準備するなら、一日分の猶予がある内に出来る限りの事をしなければならない。
──それ故の…この忙しさであった。
◇◇◇
生産組のメンバー以外の生産職持ちのメンバーや外部の知り合い…はては、懇意の生産職の〈大地人〉すらも駆り出しての…準備という名の追い込み作業中の異様な雰囲気が漂い続ける〈放蕩者の記録〉のギルドハウスの内を…ギルドマスターである〈神祇官〉が外へと向かって歩いている。
「あ、叔母さん。今からお出掛けですか?」
今から外出しようとするギルマスの姿を見つけた…追い込み作業中の他のギルメンと比べると、比較的まだ余裕のある〈森呪遣い〉の女性─天音が〈神祇官〉へと問い掛ける。
「ああ。実はこの後、“早苗”と会う約束していてな。
『喫茶店ネコ・ラテ』で待ち合わせする事になっている」
〈神祇官〉の答えに、天音がニッコリと満面の笑みを浮かべながら見送りの言葉を掛ける。
「いってらっしゃい。
“早苗”さんとの会話、楽しんできて下さいね」
天音の見送りの言葉に送られて…〈神祇官〉は〈放蕩者の記録〉のギルドハウスから“早苗”との待ち合わせ場所へと出掛けていくのだった。
◇◇◇
アキバの街中へと出た〈神祇官〉が、しばらく歩いた頃…彼女の耳に鈴の音の様な念話の着信音が鳴り響いた。
立ち止まってステータス画面を呼び出すと、『夜櫻』という念話をかけてきた相手の名前と…『つなぎますか? つなぐ/つながない』という表示が目の前に表示される。
〈神祇官〉は苦笑しながらも、数日ぶりの“姉”からの念話をつなぐ為に『つなぐ』をタップする。
ポン♪という木琴の音と共に、数日ぶりの“姉”の声が〈神祇官〉の耳に聞こえてきた。
『あーちゃん、数日ぶりだね!』
「ええ、本当に数日ぶりだな。…姉さん」
そこには、オウウ地方で〈緑小鬼〉達と激しい激戦を繰り広げてきたとは思えない…変わらぬ底抜けの明るさを発揮する“姉”の〈武士〉の…元気な声音が聞こえてきた。
その事に…〈神祇官〉の口元には、思わず笑みが溢れる。
〈神祇官〉のそんな様子を知ってか知らずか…〈武士〉は言葉を続ける。
『このまま順調にいけば…昼頃には〈ブリッジ・オールエイジス〉に到着できそうだよ』
「わかった。“昼頃”に“ブリッジ・オールエイジス”に到着だな?
その頃に、皆を連れて出迎えるな」
〈神祇官〉の言葉に〈武士〉が、アハハハと笑い声をあげる。
『ありがとね〜
それと、オウウで〈古来種〉の“スズカ”と“アオバ”の二人を“保護”したんだよね〜
……で、今私達に同行中なんだけど…〈放蕩者の記録〉に置いてくれないかな?……駄目?』
〈武士〉の突然の爆弾発言に、思わず〈神祇官〉はこめかみを押さえる。
(一体何をやっているんだ!姉さんは!!
……しかし、行方知れずと言われている〈イズモ騎士団〉…その当事者である〈古来種〉達から色々と話を聞けるのは大きいな……)
軽くため息を洩らすと、〈神祇官〉は答える。
「……わかった。但し、条件がある。
彼女達には、アキバの街中にいる間は〈雲隠れのマント〉を常備装備し続けてもらう。その条件が飲めるならだ」
〈神祇官〉の出した条件は、すぐに〈武士〉の口から件の二人に伝えられる。
『アキバの街中にいる間は〈雲隠れのマント〉っていう黒色の特殊なマントを常備装備し続けてもらうのが、住ませてもらう条件だって!』
現在〈鷲獅子〉で飛行中の為、大きな声を張り上げないと風の音で声が届かないのか…大きな声で二人に声を掛ける。
〈武士〉の口から伝えられた住居の家主の出した条件に…二人は、すぐに大きな声で返事を返した。
『私は別段それで構いません!』
『俺も、それで異存は無い!』
『……って、二人は了承してるけど?』
〈武士〉を経由しての二人の答えに、〈神祇官〉は返事する。
「了解した。では、〈ブリッジ・オールエイジス〉でまた会おう」
『うん。まったね〜♪』
〈武士〉との念話を終えた〈神祇官〉は、待ち合わせ場所へと向かう歩みを再開させると…《天秤祭》準備で賑わうアキバの街中へと消えていった。
◇◇◇
──アキバの街から少し離れた拓けた平原に、朔夜と櫛八玉達〈太陽の軌跡〉のメンバーを乗せた〈碧竜〉と〈古代竜〉の二頭がゆっくりと降り立つ。
遠くを移動中の三台程の幌馬車の商隊が突然平原へと降り立った二頭の竜に慌てふためき、護衛らしき傭兵達が警戒するが…二頭の竜から複数の人が降りてくる姿を見て、二頭の竜が〈冒険者〉の召喚したものだと判り、安堵の息を洩らす。
商隊は危険が無いと判ると、そのままアキバの街を目指して移動を再開させていた。
それを遠巻きに見ていた櫛八玉が苦笑している。
「あの商隊の人達には、少し悪い事をしちゃったね」
櫛八玉の言葉に、〈碧竜〉を送還しながら朔夜も苦笑する。
「確かに、商隊と護衛の傭兵の皆さんを驚かせてしまいました」
苦笑していた表情を引き締めると、朔夜は言葉を続ける。
「……けど、〈ブリッジ・オールエイジス〉にはより多くの交易商人や行商人、近隣の村や街から訪れた〈大地人〉達が集まっています。
もし、〈ブリッジ・オールエイジス〉付近に降り立っていたら…もっと大勢の〈大地人〉の皆さんを驚かせてしまう事になっていたと思います」
「そう考えると、アキバから少し離れた場所に降りようと判断した事は妥当…って事かな?」
櫛八玉が続けた言葉に、朔夜はニッコリと笑顔を見せながら答える。
「ええ、その通りです」
「ふーん。ちゃんと考えて着陸場所を選んでたんだね」
ヤエのその言葉に、朔夜は苦笑いを浮かべる。
『主よ、そろそろよいか?』
突然何処からか発せられた声に、櫛八玉達が慌てて辺りを見渡して声の主を探す。
櫛八玉達のその様子に、朔夜も慌てて説明する。
「クシさん達、まずは落ち着いて下さい!これは、〈古代竜〉の声です!!ヴォーメット老!突然話し掛けないで下さい!!
クシさん達を驚かせてしまったじゃないですか!!」
朔夜のその言葉に、櫛八玉達は〈古代竜〉の方を向く。
肝心のヴォーメットと呼ばれた〈古代竜〉は、クックックッと笑っている。
『……そう怒らずともよいではないか。
主の説明の手間を省いてやろうという…ワシなりの気遣いよ』
「その気遣いで、クシさん達を驚かさないで下さい」
ピシャリと〈古代竜〉の発言を一刀両断した朔夜の様子に、〈古代竜〉自身は気分を害した様子もなく苦笑している。
朔夜と〈古代竜〉のやり取りについていけない櫛八玉達〈太陽の軌跡〉のメンバー達の頭上には、さっきから疑問符が大量に発生している状態だ。
そんな茅の外状態の〈太陽の軌跡〉のメンバー達の中で、唯一通常運転中のヤエが尋ねる。
「朔夜君、どういう事か説明してくれないかな?」
ヤエのその言葉で、櫛八玉達を放置していた事に気付いた朔夜は謝罪と説明をする事にした。
「あ、何の説明も無くてすみません…これは、僕の口伝です。
〈竜使い〉の特性を活かした結果に得た口伝で…〈古の盟約〉と言います。
口伝の詳細は叔母さんから明かすなと言われているので話せませんが…この口伝のおかげで、〈古代竜〉を本来のレイドランクモンスターとしての姿で召喚できた訳です」
朔夜の簡潔な説明に…ある程度理解できたヤエは「ありがとね〜」とお礼を言うと、それ以上の質問はしなかった。
──否、できなかった…が正しかった。
(朝霧先輩が口止めさせてるなら…無理に聞き出したら、後が怖いからねぇ〜)
──ゲーム時代、夜櫻と共謀して悪戯をした結果…朝霧が烈火の如く激怒して(クラスティは面白がって、悪戯する夜櫻達も説教する朝霧も止めなかった)、罰としてアキバ下水道で大量発生したリアリティ溢れる“G”を退治するという精神的に拷問に近いクエストを受けさせられた……という経緯があって、ヤエとしては『触らぬ神に祟り無し』なのである。
そんなヤエの心の中での呟きを知らない朔夜は、〈古代竜〉に声を掛ける。
「ヴォーメット老、このまま戻られますか?」
朔夜の問い掛けに、〈古代竜〉は笑みを漏らしながら答える。
『ワシとしては、主達の街で行われる『天秤祭』なる祭りは大変興味深いからのう。ちと、見て回りたいものじゃな。
……それに、“あそこ”にどうしても戻りたいのは“あやつ”位であろうよ?』
〈古代竜〉のその言葉に、朔夜は苦笑する。
「……でしたら、せめて“人型”の姿に変化して下さい。
そのままの姿では、アキバには絶対入れませんよ」
『……ふむ、それもそうじゃな』
朔夜からの指摘を受けた〈古代竜〉は頷くと、いきなり瞼を閉じた。
──すると、〈古代竜〉の身体全体が強烈な白銀色の閃光を放った。
──あまりの眩しさに、櫛八玉達〈太陽の軌跡〉の皆は目を閉じ…光が収まった頃合いに再び目を開くと、先程までそこに存在した巨大な〈古代竜〉の姿が消え、老魔法使い風の人間が立っていた。
「え!?あれ!?さっきまでいた〈古代竜〉が消えた!!?」
「え?何処に消えた??」
「どうなってるんですか?」
〈古代竜〉の姿が消えた事に〈太陽の軌跡〉の皆が騒ぎ出すが、櫛八玉は躊躇いがちに尋ねた。
「ねぇ、朔夜君。もしかして…そこにいる老人が……」
「はい。“人型”の姿をとった〈古代竜〉ですよ」
「へぇ〜!〈古代竜〉って、こんな事も出来るんだね〜」
「フッ。ワシ程に長生きしておる同種ならば、これ位は造作もないわい」
朔夜の答えに櫛八玉は驚き、ヤエは感心し、ヴォーメットは不敵な笑みを浮かべていた。
──その後、〈古代竜〉が“人型”になれる事実に〈太陽の軌跡〉のメンバーは驚いていたが…気を取り直して一行は、アキバに向けて移動を再開した。
◇◇◇
明日に開催を控える『天秤祭』の準備に賑わうアキバの街中を…深緑色の縁の眼鏡をかけた深い海色の騎士風の服を着た〈守護戦士〉の男性と青色のテーラードジャケットに白色の襟つきシャツ、赤みの強い茶色のパンツスタイルの〈盗剣士〉の女性が、〈放蕩者の記録〉のギルドハウスを目指して歩いていた。
男性─ランスロットはフーッと溜め息を洩らした後、ポソリと呟いた。
「ゲームの頃から、アーサー関連で『らいとすたっふ』や一部の幹部男性陣からの風当たりは厳しかったですが…今回は、特に当たりが酷かった気がします」
ランスロットの苦笑混じりの呟きに、クスクスと笑いながらアーサーが答える。
「狐猿達は、ゲーム時代にクリスマスやバレンタイン等の恋人と過ごす様なイベント関係には苦い思い出ばかりだと…クシから聞いてます。
今回の『天秤祭』は、まさにそれらのイベントと同等だと思ったからではありませんか?」
女性─アーサーの言葉に、ランスロットは苦虫を噛み砕いた様な表情をする。
そこで会話が終わり…しばらくの間二人は、無言のまま歩き続ける。
賑やかなアキバの街の様子を…穏やかな顔で眺めながら、ランスロットは何処か遠くを見つめる様に呟いた。
「『ザントリーフ戦役』から…もう二ヶ月近く経つんですね」
ランスロットの呟きに、アーサーは静かに頷く。
「そうですね。もう二ヶ月近くも経ったのですね。
それに…〈大災害〉からは半年近くの時間が経とうとしています」
アーサーの言葉に、ランスロットは「半年近くですか…」とポツリと呟く。
「真澄は…どうしているでしょうか…
秋仍お祖母様が傍にいらっしゃるから…大丈夫だとは思いますが……」
「私達だけではなく…お義母様とお義父様も、お二人共も揃って〈大災害〉に巻き込まれてしまいましたからね」
ランスロットの愛娘である真澄を案じる言葉に…アーサーも顔を曇らせながら呟く。
「寂しい思いを…させてないといいのですが…」
「その為にも、早く元の世界への帰還方法が見つかるといいんですけどね」
アーサーのその一言に、感傷的になっていたランスロットは苦笑する。
「すみません。どうやら、少し感傷的になっていた様です」
「仕方がありませんよ。
未だに、元の世界に戻る術が見つかっていませんし…娘を案じる気持ちは、私も一緒ですから」
穏やかに微笑むアーサーに、『いつも助けられているな』と思ったランスロットは思わず笑みを浮かべる。
「やはり、貴女の様な素晴らしい人を妻に迎えられて…私はとんでもない果報者ですね」
「なっ!い、いきなり何を言うんですか!!
……は、恥ずかしい……」
ランスロットの不意打ちの一言に、アーサーは思わず顔をトマトの様に真っ赤に赤らめ…恥ずかしさのあまりに俯いてしまう。
そんな愛しい妻の反応を微笑ましく見ていたランスロットだったが…その耳に、突如念話の呼び出し音が鳴り響き出す。
(ん?誰でしょうか?)
急ぎステータス画面を呼び出すと…『朝霧 Lv.90 所属ギルド 放蕩者の記録 ギルドマスター』と念話相手が表示され、ランスロットは『つなぐ/つながない』と表示されているアイコンの『つなぐ』を選択した。
『……ランスロット、突然すまないな』
念話を繋ぐと同時に、相手から謝罪の言葉が告げられる。
「別段、問題ありませんよ。で?念話の用件は何ですか?」
問い掛けるランスロットに、朝霧が用事を話し始める。
『うむ。先程、姉さんから連絡があってな。
昼頃に〈ブリッジ・オールエイジス〉の辺りに到着するそうだ』
「成程。了解しました。では、今から…街の見廻りついでに向かいますね」
『ああ。私はひとまず用事を済ませてから向かう事にする。……では、な』
用事を伝え終えると、念話は朝霧の方から切られた。
念話を終えたランスロットはアーサーに顔を向けると、彼女に簡単に念話の相手と内容を話した。
「先程の念話は、母さんからで…オウウに行っていた夜櫻伯母さんが昼頃にアキバの〈ブリッジ・オールエイジス〉付近に帰還するそうです」
「そうでしたか。では、『天秤祭』には…」
「とりあえずは、間に合ったみたいですね。
伯母さんは、こういうお祭りとかイベントとかの…楽しく大騒ぎするのが大好きですからね。
逃さずに済んで…きっと、ホッと胸を撫で下ろしますよ」
ランスロットの悪戯っぽい笑顔に、思わずアーサーは吹き出して笑い出す。
──一通りお互いに笑い合った後、ランスロットとアーサーは〈放蕩者の記録〉のギルドハウスを目指していた足の向きを変え、ゆっくりと街を見廻りながら〈ブリッジ・オールエイジス〉に向けて歩き出した。
◇◇◇
──〈放蕩者の記録〉のギルドハウスの一室に…七人の〈冒険者〉が集まっていた。
一人は、黒鉄色の短髪に深緑色の瞳で銀縁眼鏡をかけた鮮やかな蒼色のローブ姿のハーフ・アルヴの〈付与術師〉の青年─レイ=フォード。
一人は、腰までの長さの黒髪を肩の辺りで束ねた…焦げ茶色の瞳で白の上衣に黒い袴姿の和装した人間の〈武士〉の青年─謙信。
一人は、背中までの長さの淡い金髪にオリーブ色の瞳で黒縁眼鏡をかけた白色に赤い縁取りが施された女性神官服姿のエルフの〈施療神官〉の女性─アルテミス。
一人は、アルテミスと瓜二つの容姿(こっちは眼鏡はしてない)に鮮やかな紅色のケープと淡いレモン色のハイネックの上着に深い夜色のスボン姿のエルフの〈妖術師〉の女性─ルナ。
──ちなみに、アルテミスとルナは現実でも容姿が瓜二つの一卵性の双子である。
一人は、緩いウェーブ状の腰までの長さの深い新緑色の髪に淡いサファイア色の瞳で森の色である深緑色のローブ姿のエルフの〈森呪遣い〉の女性─天音。
一人は、緩いウェーブ状の膝下位の長さの淡いエメラルド色の髪に深い海色の瞳で鮮やかな空色の歌姫ドレス姿の人間の〈吟遊詩人〉の女性─ヴィオラ。
そして最後の一人は、ザンバラの少し多めな黒色の短髪に黒曜石色の瞳で全身黒装束姿の狼牙族の〈暗殺者〉の青年─疾風。
その中の一人─天音が、誰かと念話していた。
『──って訳で。もうちょいしたら、アキバの〈ブリッジ・オールエイジス〉辺りに到着するよん♪』
「ウフフ♪母さんは相変わらずですね。
じゃあ、その時はレイ兄さん達とアルテミス姉さん達を連れて出迎えますね」
『おう!オウウで、あったらしい仲間が増えたから…その子らに実際に会えるのを楽しみにしといてね!』
そこまで言い終えると、夜櫻から一方的に念話を切られてしまう。
──天音の表情と先程までの会話の端々から、母夜櫻が相変わらずである事に…この場にいない朔夜を除いたその子供達一同が苦笑いを浮かべる。
「で?とりあえず、何時アキバのどの辺りに帰還すると言っていたんですか?」
キラリと怪しく眼鏡を光らせながら、アルテミスが尋ねる。
「昼頃に〈ブリッジ・オールエイジス〉付近だと言ってました」
天音の言葉を聞いて、レイが懐から白銀色に月桂樹と羽ばたく梟の絵が彫り込まれた懐中時計を取り出して時間を確認する。
「なら、今からギルドハウスを出た方が良さそうですよ」
「自分達の親の出迎えに遅れる訳にはいかないよな?」
「でしたら、すぐに行きましょう」
「そうだね」
レイの言葉に謙信が続き、ソファーから腰を上げながらルナが出発を促し、疾風がその言葉に頷く。
──すぐに〈ブリッジ・オールエイジス〉へと向かう事に決めたレイ達は、パタパタと急ぎ足でその部屋を後にした。
◇◇◇
『天秤祭』をいよいよ明日に控えたアキバの街中を…濡れた様な綺麗な黒髪を水引でポニーテイル状に纏め、銀糸と金糸で袖に各々別々の鳥が刺繍された緋色の巫女服に身を包んだ〈神祇官〉の女性が歩いていた。
女性─朝霧は、誰かと念話の最中で…周囲を歩く人達にぶつからぬ様に注意しつつ、ゆっくりと歩きながら念話の相手と会話をしていた。
『……それじゃあ、もう少しすれば夜櫻姉さんはアキバに辿り着くんだね?』
「ああ。さっき、念話でそう伝えてきた。
〈ブリッジ・オールエイジス〉付近に〈鷲獅子〉で帰還するそうだ」
『……なら、集合場所は〈ブリッジ・オールエイジス〉でいいよね?』
問い掛けてくる念話の相手─幸村に、朝霧は笑みを浮かべながら答えた。
「……ああ。それで構わない。私も用事を済ませたら、そちらに合流する。では、後程…な」
『わかったよ。それじゃあ、また後でね…朝霧姉さん』
お互いにそう言葉を掛け合い、朝霧は幸村との念話を切った。
幸村との念話を済ませた朝霧は、用事を済ませる為に早足で歩き出した。
◇◇◇
『デパート風見鶏屋』の2号店にある『喫茶店ネコ・ラテ』へとやって来た朝霧は、窓際席に腰掛ける待ち合わせ相手の姿を見つけると、待ち合わせ相手の元へとやって来た。
待ち合わせ相手は、〈法儀族〉の特徴である〈紋様〉が顔にある女性で…朝霧の現実世界での大学の後輩、早苗こと三月兎だった。
「待たせてしまって、すまないな早苗」
「いえ。大して待っていませんよ。
あたしも、丁度今来たところなんです先輩」
謝る朝霧にマーチヘアは、笑みを浮かべながら答えた。
◇◇◇
黒薔薇茶を飲みながら他愛もない世間話に近い近況報告から始まった話を一旦終えると、朝霧は本来の用事を済ませる為に〈ダザネッグの魔法の鞄〉を探り始めた。
「はい。私の所の〈醸造職人〉が木苺で造った果実酒だ」
「わ〜!ありがとうございます♪」
朝霧は、〈魔法の鞄〉から木苺の果実酒の入った小さな酒樽を取り出すとマーチヘアへと手渡した。
──今回のマーチヘアへの用事は、この出来た果実酒を手渡す事だった。
今にも、酒樽に頬擦りして鼻唄を歌いかねない程のマーチヘアの喜び様に、朝霧は苦笑しつつも声を掛けた。
「本当に酒が好きなんだな、早苗は」
苦笑しつつの朝霧の言葉に、上機嫌な笑顔でマーチヘアは答える。
「美味しいお酒は、幾つあっても全く問題ありませんよ〜♪せんぱ〜い♪」
マーチヘアの発言に苦笑しながらも、朝霧は手渡した木苺の果実酒に大喜びしてくれた事を素直に喜んだ。
「果実酒を気に入ってくれて何よりだ」
用事は無事に済み、二人は軽い談笑を始めた。
談笑は、『アキバの街の何処かに美味しい食べ物の店が出来た』とか、『オススメの屋台料理は何だ』とか、アキバの街の店やファッション、〈大地人〉の事等の話題から…徐々に、開催を明日に控えた《天秤祭》の話題へと移り変わっていた。
「先輩は、明日から三日間開催する『天秤祭』をどう過ごすんですか?」
マーチヘアの問い掛けに、少し考える様な仕草をすると朝霧はゆっくりと答えた。
「……私のところの〈放蕩者の記録〉は、二日目に開催する『お菓子のB−1グランプリ』以外はいつも通りの予定だな。
もっとも、『お菓子のB−1グランプリ』は『生産重視組』が主体で企画・開催準備を行っているからな。それ以外のメンバーは、『天秤祭』開催期間中はローテーションで『生産重視組』を手伝う者を除いて自由行動を許してある。
私も……『天秤祭』期間三日間は、色々と見て廻ろうと思ってる」
朝霧の答えを聞いたマーチヘアは、「へぇ〜」という感心した声を上げる。
「先輩も、今回の『天秤祭』を大いに楽しむつもりなんですね」
「……まぁ、そうだな」
マーチヘアからの言葉にそう返事をするが…実は、朝霧自身は《天秤祭》三日間を〈黒き神狐の仮面〉で〈暗殺者〉装備を身に付けて、自主見廻りをするつもりだ。
──無論、マーチヘアに言った『《天秤祭》三日間は色々見て廻るつもり』という言葉に嘘偽りも無いが。
「早苗、『天秤祭』を大いに楽しむのは良いが…陽輔君や舞ちゃん、〈三月兎の狂宴〉のメンバーにあまり迷惑を掛けるなよ?
特に、こと陽輔君と舞ちゃんの恋愛に関しては」
朝霧の言葉に、マーチヘアは「ほえ?」というすっとんきょんな声を上げる。
「え?先輩、何でですか?」
「過去に、お前が二人に対してやった色々な事を…私は忘れて無いぞ。
もし、『天秤祭』期間中に舞ちゃん達に対し、余計な事をしているところを見つけたら…私のギルドで長時間の説教だからな」
朝霧の『説教』という言葉に、マーチヘアは苦笑いを浮かべる。
「だが、もし良ければ…お前のギルドメンバー達にも二日目の『お菓子のB−1グランプリ』参加を勧めておいてくれ。
私のギルド一同、美味しいお菓子で皆を大いに楽しませ、もてなすからな」
「はい!勿論、伺わせてもらいますね♪」
朝霧のその言葉には、マーチヘアは満面の笑みで快く返事をした。
◇◇◇
『デパート風見鶏屋』2号店前でマーチヘアと別れると、朝霧は再び歩き出した。
「……さて。用事も済んだ事だし…〈ブリッジ・オールエイジス〉へと向かうか」
そう呟くと、朝霧は幸村達との合流場所である〈ブリッジ・オールエイジス〉へと向かうのだった。
◇◇◇
──ようやく、アキバの〈ブリッジ・オールエイジス〉へと到着した朔夜と櫛八玉達ギルド〈太陽の軌跡〉メンバー達は…〈大災害〉後に一度訪れた時と一変して、楽しそうな賑わいに溢れる街の様子に驚いていた。
「よぉ!〈突貫〉じゃねぇか。今、アキバに着いたんだな!」
驚く櫛八玉に声を掛けたのは、〈ブリッジ・オールエイジス〉付近に設置された警備本部の天幕中央で折り畳み椅子に堂々と腰掛けながら手を振っている〈黒剣騎士団〉のギルドマスター─アイザックだった。
「おはよう、アイザック君。相変わらず元気そうだね」
「おう!お前もな!〈突貫〉!」
フーッと若干呆れ混じりのため息を洩らしながら櫛八玉はアイザックに声を掛けるが…当のアイザックはカラカラと笑っている。
「すみません、アイザックさん。
クシさん達を宿泊先に案内しないといけませんので…お話はその位に」
「ん?……ああ、御前ん所の奴か。そいつは悪かったな」
そう言って櫛八玉達から完全に目線を外すと、アイザックは何処からかやって来たギルメンの報告を聞き始める。
「では、行きましょうか」
朔夜に促され、櫛八玉達はアキバの街中へと足を踏み入れた。
◇◇◇
──『天秤祭』準備に賑わう街中を…〈太陽の軌跡〉のメンバー達は楽しそうに見て回っている。
そんなギルメン達の楽しそうな様子に、櫛八玉も思わず笑顔になる。
──そうしてしばらく歩いていると、見覚えのある二人組が近付いて来た。
近付いて来た二人組─ランスロットとアーサーは、朔夜と共にいる櫛八玉達の姿に気が付くと…ランスロットが尋ねてくる。
「おや?朔夜君にクシ君…それに、〈太陽の軌跡〉ギルドメンバーまで……一体、どういう事ですか?」
尋ねられた朔夜は、ニッコリと笑顔で答えた。
「叔母さんが招待したんです。クシさんと〈太陽の軌跡〉の皆さんに、折角開催される『天秤祭』を思いっきり楽しんでもらう為に」
朔夜の答えに、「成程」と納得したランスロットはさらに言葉を続けた。
「そうです。もう少し経ったら、夜櫻さんが〈ブリッジ・オールエイジス〉付近に帰還するそうですよ」
「え?母さんが?」
「え?夜櫻先輩?」
「随分と時間が掛かったね」
ランスロットの言葉に、朔夜と櫛八玉は驚いた表情を見せ、ヤエが思った事を口にする。
「〈緑小鬼〉の残党がいないかの偵察を行いながらつつ…らしいですからね」
「〈帰還呪文〉を使って一気に帰還する訳じゃありませんしね」
苦笑しながら話すランスロットの後に、補足する様にアーサーが話す。
アーサーの補足の言葉に、皆一様に納得する。
「……となると、クシさん達の案内をどうしよう……」
櫛八玉達の事を任されている身の朔夜としては、道案内を疎かにする訳にもいかず…どうしようかと悩んでいる。
──今からギルドハウスまで道案内していたら、間違いなく母の出迎えに間に合わない……
そう悩む朔夜に助け船を出したのは、意外な人物だった。
「この者達の道案内、ワシが引き受けようか?」
ヴォーメットのその一言に、「え?いいんですか?」と朔夜は尋ねる。
「道案内位、造作もないわい。
それに、ワシも街を色々と見て回れるし…一石二鳥じゃろ?」
そう言ってきたヴォーメットの厚意に…朔夜は、今回は甘える事にした。
「では、ヴォーメット老。後は、宜しくお願いしますね」
「うむ。お主も、久々の母との再会を楽しんでくるとよいぞ」
ヴォーメットに後を託し、朔夜はランスロットとアーサーと共に〈ブリッジ・オールエイジス〉へと向かっていった。
◇◇◇
──三人を見送った後、ヴォーメットが櫛八玉達に声を掛ける。
「では、行こうかのう」
「えー、お爺ちゃんの道案内じゃ、ねぇ〜」
「おいこら、ヤエ。
親切に道案内を引き受けてくれたご老人になんて事を言うんだ」
「だって、お爺ちゃんって言うか…お年寄り全般って、無駄に話が長そうだしぃ〜」
「それが、親切に道案内を引き受けてくれた人に対して言う言葉か!」
「ははは。二人はいつもこんな感じなので、お気になさらないでください。とりあえず、道案内をお願いできますか?」
櫛八玉とヤエが言い争い合い、ユウタがさり気無く場を丸く収めて良い所を持っていく。
──〈太陽の軌跡〉のギルドメンバーには見慣れたいつもの光景だが…ヴォーメットは一人ブツブツと呟く。
「……ふむ。年寄りは駄目とな。
ならば、リーシャは…いかんな。道案内には向いとらんし、いらんトラブルも起こしかねん。
クリアは、見た目が幼いから…この者達を不安にさせかねんし…やはり、適任はセフィードかレティシアじゃな。
見たところ、この者達の大半は幼い様じゃし…レティシアが良さそうじゃな」
一人ブツブツと呟き続けるヴォーメットに…〈太陽の軌跡〉のメンバー達も、言い争いをしていた櫛八玉とヤエも、皆揃って怪訝そうな表情を浮かべる。
何か結論付けたヴォーメットは、何故か路地裏へとスタスタと歩いていく。
「へ?ヴォーメットさん?」
路地裏へと消えていったヴォーメットを…櫛八玉は追い掛けようとしたが、路地裏から唐突に白銀色の閃光が発生した。
「え?え?何々??」
何が何だかわからない櫛八玉達が茫然としていると、ヴォーメットが消えた路地裏から…膝下位の長さの綺麗な白銀色のストレートヘアーに、鮮やかな紅色の瞳の純白の洋風巫女服に身を包んだ女性が現れた。
「ヴォーメット様に代わり…ワタクシ、〈幻竜神殿〉に仕える〈竜巫女〉レティシアがご案内致しますわ」
軽く巫女服のスカートの端を持ち上げ、優雅に礼を取った女性─レティシアの出現に…全く状況が掴めない櫛八玉を含む〈太陽の軌跡〉のメンバー全員は、しばらくの間茫然と立ち尽くしていた。
◇◇◇
──しばしの放心状態の後、正気を取り戻した櫛八玉は、レティシアが昔…〈D.D.D〉が挑戦した大隊規模戦闘『古代竜への挑戦』発生の4つのキークエストの一つに登場した〈大地人〉の巫女である事に気が付いた。
その事を試しに指摘してみると、コロコロと笑いながらレティシアが答えてくれた。
「ええ。確かに、ヴォーメット様に挑戦なさる資格があるかを判断させて戴きましたわ」
「えっと……肝心のヴォーメットさんは何処へ?」
櫛八玉の疑問に、ニッコリと微笑みながら…レティシアは自分の胸に右手を当てながら答える。
「ここですわ」
「へ?」
「ワタクシとヴォーメット様、他に後三人程いらっしゃいまして…ワタクシ達は、一つ身体を共有していますの」
レティシアの語る言葉に、〈太陽の軌跡〉のメンバーの殆どが頭に大量の疑問符を発生させている。
そんな中、〈召喚術師〉のミダリーと〈暗殺者〉のヒギーの双子のみぎひだコンビが手を上げて喋り出す。
「ヒギーわかります!『多重人格』ってやつですね!」
「ミダリーも理解しました!姿まで変わっちゃうなんて、凄いと思うです!」
通常運転な、みぎひだコンビに…苦笑を浮かべつつ櫛八玉はレティシアに尋ねる。
「つまり、複数の人格が一つの身体を共有し合ってる…で、間違いない?」
「はい。そして、今この身体の主導権はワタクシにあります」
「それってどういう事?」
レティシアの言葉に、ヤエが切り込む様に尋ねる。
「ワタクシが身体の主導権を放棄しない限り、ヴォーメット様を含めた他の方々にはこの身体を動かすどころか…外界に干渉する事が不可能なのですわ」
「ふーん」
レティシアの説明に、ヤエは耳を傾けながら感心している。
「他の方々に出来るのは、身体の主導権を得ている方へ心で語り掛けるか、五感の感覚の鋭鈍をコントロールする程度ですの」
「ほぼ、何も出来ないのと一緒…って事ですね」
最後まで語り終えたレティシアに、櫛八玉がそう言葉を掛ける。
「その通りですわ。
……あら、ついつい話し込んでしまいましたわ。
では皆様、ワタクシの後について来て下さい。
ご案内致しますわ」
レティシアが歩き出し、その後を慌てて櫛八玉達が追い掛ける。
──ここだけの話なんだけど……レティシアさんが微笑む度に、猫人族のアマネさんという奥さんがいる狼牙族のアキオミさんとヤエという恋人がいるユウタさん以外の男性陣の皆が頬を赤らめて思いっきり見とれていた。
けど…その事は、あえて指摘はせず、他の人には黙っておいてやろう。
主人格は、ヴォーメットさんというお爺さんだって事をすっかりと忘れている事を含めて。
◇◇◇
『天秤祭』開催を明日へと控えたアキバの街へと向かっている長い行列が並ぶ〈ブリッジ・オールエイジス〉近辺の拓けた場所で…十二人の〈冒険者〉の一団が、“ある人物”達の帰還を待っていた。
しばらくすると…複数の猛禽類の鳴き声が辺りに鳴り響いた後、北東の方角の空に九つの小さな点が現れた。
八つの小さな点は、徐々に大きくなっていき…十頭の〈鷲獅子〉の姿へと変わる。
その背には十八人の〈冒険者〉とオウウ地方で仲間になったのであろう見知らぬ二人が各々に二人乗りで騎乗していて…〈鷲獅子〉はゆっくりと飛来すると、待ち受けていた〈冒険者〉の一団の傍へと舞い降りた。
「お帰りなさい、姉さん。
オウウ地方での〈緑小鬼〉討伐……ご苦労様」
一頭の〈鷲獅子〉から降りる桜色の髪をポニーテイル状に纏め、白銀の桜の花の細工がなされた簪を挿し、蒼色の美しいグラデーションの鎧を身に纏った女性の〈武士〉に、黒髪の緋色の巫女服の〈神祇官〉─朝霧が労いの言葉を掛けた。
「うん。ただいま、あーちゃん。
山岳地帯を上空から偵察しながら帰ってきたけど…ザントリーフ半島近辺には、〈緑小鬼〉の生き残りはいなかったよ」
「……姉さん、私の我が儘を聞いてくれて本当にありがとう」
〈武士〉─夜櫻の報告を聞き、朝霧は笑みを浮かべながらお礼の言葉を述べた。
──本来なら、夜櫻達はわざわざ〈鷲獅子〉を使って帰ってくる必要は無かった。
〈冒険者〉には〈帰還呪文〉という便利な魔法がある。
夜櫻達も、これを使用していれば一ヶ月という時間をかけて帰ってくる事も無かった。
だが、朝霧の頼み事─『〈緑小鬼の生き残りが山岳地帯に潜んでいないかを確認して欲しい』という事を頼まれ、夜櫻達はそれを受け入れ…今日の帰還となったのだ。
「所長、俺達は所属ギルドに戻ります」
「総長に色々とご報告しないといけませんし」
「それじゃあね〜」
「失礼致します」
「……それでは」
夜櫻に同行していたギルド所属組はここで解散し、各々のギルドへと戻っていく。
「皆!アタシの我が儘に付き合ってくれてありがとね〜!
ザッ君達に宜しく言っといて〜!!
……さて。レイ、謙信、アルテミス、ルナ、朔夜、天音、ヴィオラ、疾風…ただいま。皆、元気にしてた?
幸村、朝霧…無事、戻ってきたわよ。
ランスロットとアーサーも…出迎え、本当にありがとう」
アルセント達を見送った後…夜櫻は天音達には母としての顔を、幸村と朝霧には姉としての顔を、ランスロットには伯母としての顔をし、アーサーには身内としての顔を見せた。
◇◇◇
「……帰還中、あーちゃんから聞いてはいたけど…本当に、アキバの街は『天秤祭』に向けて準備中なんだね。しかも、明日からなんでしょ?
……帰還が間に合って良かったわ〜」
〈放蕩者の記録〉のギルドハウスへと移動中、『天秤祭』の準備で賑わうアキバの街中を眺めながら…夜櫻は、楽しそうに呟きながら歩いていた。
「私達〈放蕩者の記録〉は、この『お菓子のB−1グランプリ』を『天秤祭』二日目の朝から夕方までの丸一日の期間開催する事になりました」
天音が、嬉しそうに夜櫻に報告している姿を…朝霧は微笑ましく眺めている。
「へえ〜、何だか面白そうじゃない!
当日は、しっかり頑張りなさいね天音」
「はい!」
夜櫻に応援され、天音は力強く頷いた。
天音と夜櫻の会話が終わった頃合いを見計らい、朝霧が夜櫻へと声を掛けた。
「姉さん、ちょっといいか?」
「うん?何?」
朝霧から声を掛けられ、夜櫻は視線を娘達から朝霧へと移す。
「姉さんは、『天秤祭』三日間をどう過ごすつもりなんだ?」
朝霧の問いかけに、夜櫻は「う〜ん」と唸りながら答える。
「とりあえず、スズカとアオバの二人に…アキバの街中を案内しながらつつ、『天秤祭』を楽しもうかと思ってるけど?」
夜櫻のその答えに、朝霧は小声で話し掛ける。
「(『天秤祭』三日間、〈大地人〉商人…特に、〈神聖皇国ウェストランデ〉から来た〈大地人〉商人達の動きから目を離さないでくれ)」
(あ、朝霧ってば。また、何か厄介事を抱えているな)
朝霧から掛けられた言葉から夜櫻は、朝霧が何か厄介事を抱え込んでいる事を察した。
「まぁ、アタシは別に構わないけどね」
夜櫻の答えに、朝霧はホッと胸を撫で下ろす。
「ありがとう、姉さん。
そうだ!実は、夕食でな…『オウウ地方の激戦を終え、アキバへ無事帰還した姉さんへの労いと…スズカとアオバという〈放蕩者の記録〉へ新たに仲間入りするメンバーの歓迎会を兼ねた祝宴』を開こうかと思っているんだ」
朝霧の言葉に、夜櫻は大喜びする。
「ヤッターーー!!!!!
祝宴♪祝宴♪おっ酒♪お酒〜♪」
夜櫻が大声を出し、小躍りし出した事が周囲の注目を集め、天音達が恥ずかしさの余りに頬を少し赤く染める。
朝霧は呆れた溜め息を洩らし、スズカとアオバは「元気な方だな」と笑みを溢し、ランスロットとアーサーは苦笑いを浮かべる。
──スパン!!
アキバの街中によく鳴り響く程のハリセンで叩く大きな音が、突然発生する。
「所長、貴女はもう子供じゃないんですよ。
六十代の大の大人が、子供みたいに大はしゃぎなどして…周りへの迷惑ですし、大変見苦しい事この上無いです」
深いため息を洩らしながら、フェイディットがそう言葉を口にする。
「ちょ!?フェイ君!何気に酷いよ!!言葉に棘と悪意があるよ!?」
フェイディットの言葉に、流石の夜櫻も少し傷付く。
「朝霧さん、『オウウ地方で〈緑小鬼〉との激戦を繰り広げた者達への労いの祝宴』なら…アルセント達を誘っても構いませんか?」
「……君の好きにするといい」
抗議する夜櫻を脇に置いて…フェイディットは、苦笑する朝霧に了承を貰っていた。
「フェイ君、あーちゃん。
アタシの事を無視しないでよ〜!!」
──夜櫻の心からの叫びは、明日に控えた『天秤祭』の最後の追い込み準備の賑わいの中にかき消され、二人の耳に届く事は無かった……