第十一話『奔走』
『天照の巫女』の《第三部》開幕です!!
山本ヤマネ様の『辺境の街にて』より、櫛八玉とバルトさんを……
らっく様の『片翼の天使〜シブヤに舞い降りた天使〜』より、片翼の天使ギルファーさんをお借りしています。
平成27年11月7日、加筆・修正しました。
──シブヤの〈ハンドレットナイン通り〉を黒色のマントにフードを目深に被った一人の〈冒険者〉が歩いていた。
その〈冒険者〉の足が一軒の店の前で止まる。
──『居酒屋白魚』。
店名を確認した〈冒険者〉は、店の中へと入っていった。
◇◇◇
店内では〈冒険者〉と〈大地人〉のスタッフが客の注文を取ったり、注文の品を運んだりと忙しなく動いている。
その中の一角…肩口までの長さの煌めく銀髪に海の深い青色の右目と焔の紅色の左目のオッドアイ、銀の装飾が施された純白のロングコート、天使の翼のような意匠が施された剣を身に付けた〈冒険者〉が座るテーブルを視線で捉えると黒マントの〈冒険者〉は迷わずそのテーブル席へと近付いていった。
「随分と待たせてしまったな」
「なに、貴女に逢えるのが楽しみでな。私が早く来たに過ぎんよ」
近付いてきた黒マントの〈冒険者〉のその言葉に、席に腰掛けていた〈冒険者〉─片翼の天使ギルファーが手に持っていた銀細工の懐中時計の蓋を閉め、懐へと仕舞う。
「それで?貴女程の人物が私を訪ねた訳を聞かせていただけるかな?」
ギルファーのその言葉を聞き、周りにいる〈冒険者〉や〈大地人〉を気にしている様子の〈冒険者〉に、彼はさらに言葉を掛ける。
「今、此処にいる〈冒険者〉や〈大地人〉は信頼できる者達ばかりだ。
今から貴女が口にするであろう話を他へと話す心配も無いさ。
……貴女の正体も含めてね」
その言葉を聞いた〈冒険者〉は、黒マントを脱いだ。
黒色のマントの下から出てきたのは、鮮やかな緋色の巫女服に身を包んだ美しい黒髪の女性の〈神祇官〉─朝霧だった。
「貴女の〈魂の輝き〉は、一切の濁りを持たない強い輝きを持っている。
流石は〈緋巫女御前〉。
“巫女”と呼ばれるに相応しい〈魂の輝き〉だ」
ギルファーの相変わらずの言動に朝霧は嫌な顔一つもせず、席に腰掛けると本題を話し始めた。
「……ミナミがナカスを狙っていた事を存じているか?」
「おおよそは」
ギルファーのその一言を聞いて、朝霧は話を続ける。
「九月の末にナカスがミナミの手に落ちた」
「ふむ。随分と早く落とされたね」
ギルファーの言葉に、朝霧は答える。
「どうやら、ミナミは事前に一部のナカスの住人を取り込んでいたらしい。
連合軍が〈ビッグブリッジ〉に出撃している隙にナカスを押さえられた。それでだ」
そうして言葉を一旦区切ると、朝霧は手元に置かれたお冷やを一口飲む。
冷たく冷えた水が、話をした事で渇いた朝霧の喉を潤す。
喉を潤した朝霧は、話を再開させる。
「ナカスが落ちた事で、次にミナミが目を付けるのはアキバとシブヤだろう…と私は推測した。
そして…ミナミにいる知り合いから、“ある情報”を聞いた」
「“ある情報”?」
問い掛けてくるギルファーに、朝霧はその答えを告げた。
「アキバで計画されている『天秤祭』開催に合わせ、アキバでは〈大地人〉を…シブヤでは〈リライズ〉と呼ばれるギルドを利用した〈円卓会議〉と〈S.D.F.〉の信頼失墜を狙ったテロ計画だ。
おそらく…インティクスかゼルデュス辺りの入れ知恵だと思われる」
信頼できるというギルファーの言葉を疑う訳ではないが……内容が内容なだけに、必然的に話す朝霧の声の大きさはギルファーのみが聞き取れる程の大きさとなっている。
「ふむ。判った。
近いうちに私の協力者からも、その事に関連する情報がもたらされるだろう。
忠告感謝するよ朝霧」
ギルファーからの感謝の言葉に、笑みを浮かべながら朝霧は答える。
「ああ、〈シブヤの街〉はギルファー殿達を含めたシブヤに住む〈大地人〉と〈冒険者〉で力を合わせて築き上げた街だと私は思っているからな。
不粋な輩の横槍でそこを崩されるのは、私の心情が我慢ならないと思ったからだ」
そこまで言うと…朝霧は再び黒色のマントを身に付け、フードを目深に被る。
「この一件をどう裁くか…それはシブヤに住む者達だけで考えてくれ。
私は、あくまで知人の身を案じて情報を提供しただけの部外者に過ぎないのだからな」
そう言って、近付いてきたスタッフに「私は立ち去るから、注文は要らない」と声を掛けると足早に店を出ていった。
その場に残されたギルファーは、立ち去る朝霧の後ろ姿を黙って見送っていた。
◇◇◇
──シブヤの街を後にした朝霧は、〈鷲獅子〉を笛を吹いて呼ぶとその背に飛び乗り、そのままテンプルサイドの街へと向かった。
今現在も、ミナミがテンプルサイドに一切の手出しをしてはいないが……今後はどうなるかはわからない。
アキバやシブヤへと手を出してくるのなら、いずれテンプルサイドの街を囲う結界の効力が失われた事が向こうに知られかねない。
(その前に、手を打たないとな)
そう心の中で呟いた朝霧は、テンプルサイドの街に到着する前に櫛八玉へと念話をかけた。
◇◇◇
櫛八玉所有の屋敷の一室─櫛八玉の私室兼執務室には、三人の〈冒険者〉と三人の〈大地人〉が集まっていた。
〈冒険者〉側は、屋敷の所有者であり〈太陽の軌跡〉のギルドマスターである櫛八玉。
〈彩風の暗殺団〉のギルドマスターである緋風。
そして、呼び出した張本人の朝霧の三人。
〈大地人〉側は、バルトを含めたテンプルサイドの街の顔役である長老会の代表者三名。
朝霧からおおよその説明を聞き、〈大地人〉代表者である三人と〈冒険者〉代表者となった櫛八玉と緋風は朝霧が用意した『契約書』を眺めながら…困惑の表情を浮かべていた。
「先輩、そこまでする必要があるのかな?
“結界”の件で、その事は解決したと思ったけど?」
櫛八玉からの質問に、朝霧は渋い顔をしながら答えた。
「“絶対”は無い。結界の件は、あくまでミナミへの牽制であって…“完全な守り”では無いからだ。
そして…これは、とある人物から聞いた話を元に〈白き天狐の仮面〉の特性を利用して作った“契約書”だ。
これを用いて、今こそテンプルサイドの守りを磐石にする」
朝霧の強い意志の宿った瞳を見た櫛八玉達は、彼女が真剣にこの街の事を思ってくれている事を感じ取った。
「うん。先輩はいつも、困っている誰かを助ける為に動く様な人だからね。私は先輩の事を信じるよ」
「クシ様が、これ程に深く信頼される方です。私も貴女を信じましょう」
「俺は、御前がこの街に住む全ての〈冒険者〉と〈大地人〉の為に動いていると理解した。無論、俺も御前の言葉を信じるさ」
櫛八玉とバルトと緋風の三人が朝霧の言葉を信じ、頷いてくれる。
──朝霧の言葉に含まれる『街とそこに住む者達を思いやる気持ち』をしっかりと感じ取った二人の〈大地人〉も理解を示してくれた。
二通用意された『契約書』に各々が名前を記入し始める。
──一通には、バルトを含めた〈大地人〉代表者三名から。
──もう一通には、櫛八玉と緋風の〈冒険者〉代表者から。
『契約書』に署名をした緋風が『魔法のペン』を朝霧へと手渡す。
「……え?」
緋風の意図が理解出来なかった朝霧の口から戸惑いの言葉が出る。
「御前も記入するべきだ」
「そうだね。先輩も私達と同じ〈冒険者〉だし」
緋風と櫛八玉の言葉に、朝霧は戸惑いの表情を見せながら三人の〈大地人〉の方を見る。
バルトも二人の〈大地人〉も、櫛八玉達の言葉に頷いていた。
「確かに、貴女自身にとってはこの街の部外者かもしれませんが…私を含め、この場に居合わせた皆は貴女を『テンプルサイドの街の仲間』だと認めたのです。
……ですから、私からもお願い致します」
バルトの言葉と全員が頭を下げた事が後押しとなり、朝霧は苦笑しながらも『契約書』に署名をした。
──二通の『契約書』に全員の署名が終わると同時に『契約書』が淡く光り、光りが収まった事で契約が締結された事が判った。
そして、『契約書』は一通を〈大地人〉側は長老会が保管する事となり、〈冒険者〉側は一番最初にテンプルサイドの街に住み始めた〈太陽の軌跡〉…つまりは櫛八玉が保管する事に決定した。
◇◇◇
──〈大地人〉側が保管する『契約書』を持って長老会の二人の〈大地人〉が執務室を後にし、その後にバルトが通常業務に戻る為に執務室を出ていった。
その場に残された三人の〈冒険者〉は、残された〈冒険者〉側で保管する事になった『契約書』の内容を見ながら話をしていた。
「……しかし、御前も思いきった事を思い付くな」
「本当に。で?これは、どの位の効力があるの?」
「うむ。強制力は、確実性が保証できる程にだ。
契約が締結した際に“あの気配”を感じたから、手応えはバッチリだな」
「“あの気配”?」
朝霧の言葉に櫛八玉は疑問を投げ掛けるが、朝霧は一切答えようとしなかった。
──その様子を見て、長年の経験から追及してはならない事柄であると理解した櫛八玉はそれ以上の追及はしなかった。
櫛八玉と緋風は、再び『契約書』の内容を読み返していた。
──そこに書かれている内容は……
◇◇◇
『 “契約書”
テンプルサイドの街に住む〈冒険者〉と〈大地人〉との間で以下の契約を締結する。
一つ、この街に住む〈冒険者〉並びに〈大地人〉にはこの街に住む権利と自由が認められ、これは尊重されるべきである。
一つ、この街に住む〈冒険者〉並びに〈大地人〉はお互いに助け合う関係にあり、頼み事・仕事やモンスター退治の依頼・手伝い・物の売買や物々交換等はお互いの同意の上ならば行う事を許されるべきである。
但し、強制する事は禁止する。
一つ、他の街や村へと移住する権利も認められるものであり、この街に永住し続ける様に強制する事を禁止する。
一つ、この街の外より訪れる〈冒険者〉並びに〈大地人〉のこの街への移住・停泊や商売・行商・爵位の授与等を行う権利の自由は認められるべきであり、これもまた尊重されるべきである。
一つ、この街に住む〈冒険者〉並びに〈大地人〉の生活や生命を脅かす行為は…我々はこれを断固として認めず、これらの行為を一切禁止する。
一つ、この街とそこに住む住人に対し、悪意・敵意・殺意を持つ者達並びに本人の悪意・敵意・殺意の有無に関係無く直接的・間接的にこの街とそこに住む住人を害する意図が含まれている行為を行おうとする者達がこの街を囲う様に配置された四つの四天王堂同士を結んだ境界線より内側へ立ち入る事を禁止する。
一つ、万が一この街に立ち入って後に上項の条件を満たす行為や意図が認められた場合、この街を囲う様に配置された四つの四天王堂同士を結んだ境界線の外側へと強制的に退去させられるものとする。
一つ、本契約の破棄は署名した〈冒険者〉並びに〈大地人〉代表者全員の同意無く行われる事を認めず、同意無しでの契約破棄は無効とする。
一つ、本契約は互いの合意の上で結ばれたものであり、この契約は契約書が破棄されるまで有効である。
以上、本契約成立の証として本書を二通作成し、両代表者全員が記名の上、各々一通を〈冒険者〉並びに〈大地人〉の各々の代表者が保管する。』
その文面の後に、バルトを含めた〈大地人〉代表者三名の名前が記入され、その後に櫛八玉を含めた〈冒険者〉代表者三名の名前が記入されている…という状態だ。
◇◇◇
「この『契約書』が、この街の守りを磐石すると言われても……いまいち実感がわかないけどな」
「けど、先輩は本当に必要な時以外で嘘をつく様な人じゃないよ。
先輩が『契約書』の効力が有効だと判じたなら、それは間違いないと信じて良いんじゃないのかな?」
「ああ、信じてくれて構わない。
この『契約書』の有効性は“別件”で既に実証済みだ。
大船に乗ったつもりで信用してくれ」
朝霧のその言葉に櫛八玉と緋風が苦笑いを浮かべる。
──『契約書』の保管方法は櫛八玉に任せる(完全に丸投げ(笑))事となり、朝霧はそのままアキバの街へと帰還する事となった。
◇◇◇
アキバの街への帰還の途上、〈鷲獅子〉の背に騎乗して飛行中に……朝霧は溜め息を洩らしていた。
ミナミの〈Plant hwyaden〉がアキバの〈円卓会議〉と同じ様な“ただの”街の自治組織だったのならば、朝霧がシブヤやテンプルサイドの為にここまで動く必要は無かった。
しかし、ミナミは─〈Plant hwyaden〉はナカスの街を〈Plant hwyaden〉の支配下に収め、そこに住んでいた〈冒険者〉をミナミへと強制的に移住させた。
朝霧は、その“ミナミへの強制移住”の裏に隠された“意図”をある程度読み取り、それへの事前対策としてシブヤの街についてはシブヤに住むギルファーへ忠告を行い、テンプルサイドの街についてはシロエから聞いた〈契約術式〉を参考にした『契約書に書かれた契約内容による強制力』を利用した防衛を施したのだ。
──ちなみに、アキバの街に関しては……
(アキバに関しては…必要な情報さえ提供すれば、シロエ達〈円卓会議〉の面々が何とかするだろう)
……等という、ある意味ミナミ対策を〈円卓会議〉へ完全丸投げ状態という身も蓋もない様な考えを抱いていたのだった。
(まあ、テンプルサイドの件に関しては…シロエが話してくれた口伝〈契約術式〉の事が無かったら、今後も八雲に定期的に結界の維持を頼まなければならないところだったがな)
朝霧は再び、ふうっと溜め息を洩らした。
◇◇◇
──シロエの口伝〈契約術式〉の詳細は、おそらく〈記録の地平線〉のギルドメンバーと朝霧の様に本当に信頼できる限られた者にしか話していないだろう。
そして…朝霧もまた、シロエの口伝の詳細を同行していた事によって一緒に聞いていた天音以外の者には話してはいないし、今後も話すつもりは無い。
──それは、朝霧がシロエのこの口伝が様々な可能性を秘めている事に気付いたが故に、この口伝の詳細を知る者を極力抑える為である。
◇◇◇
(……とはいえ、〈円卓会議〉は今後もミナミ─〈Plant hwyaden〉対策に頭を痛める事になりそうだな。
『天秤祭』開催中に仕掛けられるであろうミナミ側の工作を含めて…な)
──そこで思考を終わらせた朝霧は、眼前に見えてきたアキバの街へ戻ってから後の行動予定を素早く頭の中で組み立て、着陸に向けて〈鷲獅子〉の手綱をしっかりと握るのであった……