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天照の巫女  作者: 櫻華
第二部 大遠征
10/13

第九話『大遠征−ザントリーフ戦役−』

今回、津軽あまに様の『D.D.D日誌』よりリチョウさんを…



読んでいるだけの人様の『毒使いの死』よりユウさんとクニヒコさんを…



沙伊様の『ザントリーフの戦線』より蒼月さん、月華さん、ホムラさんを…



wildcats3様の『私家版 エルダー・テイルの歩き方 −ウェストランデ編−』より西武蔵坊レオ丸さんを…



妄想屋様の『太陽の貴公子』より早苗さんのお名前をお借りしました。






皆様、快くキャラの使用許可を下さり…誠にありがとうございます。






妄想屋様の有り難い指摘を受け、平成26年11月4日に修正しました。




平成29年1月28日、加筆・修正しました。







──夜明け近くに、アキバの街中に二羽の〈鷲獅子グリフォン〉の上げるけたたましい鳴き声が鳴り響いた。





その〈鷲獅子〉の鳴き声に、無理矢理起こされる形で朝霧は眠りの淵から目を醒ました。


「……今のは、〈鷲獅子〉の鳴き声?

このアキバで、〈鷲獅子の召喚笛〉を持っている者は限られてくる。

…と、なると…」


そう思考と呟きをしていた朝霧に、突然の念話要請が来た。


「ん?クラスティ?」


念話要請の相手は、〈エターナルアイスの古宮廷〉に〈円卓会議〉の使節団の一人であり、〈円卓会議〉の代表として赴いている筈のクラスティからだった。


「クラスティ、こんな夜明け頃に何だ?」

『お休みのところ、邪魔をしてすみません。

シロエ君から、今はアキバに戻っていると聞いていましたので、少々お話を…と思いまして』


朝霧の問い掛けに、いつも通りの声音でクラスティは答えた。


「まあ、別に構わんが…」

『……ありがとうございます。

御前は、〈ザントリーフ半島〉に〈緑小鬼ゴブリン〉の大軍が押し寄せている事をご存知ですか?』

「私の持つ情報網で、一応…な」

『……そうですか。

実は今現在、〈大地人〉貴族セルジアット公爵の孫娘であるレイネシア姫が、このアキバの街に来ています』


クラスティの突然の発言に、朝霧は少々呆れる。


「……今度は、一体何をやらかした?」


朝霧は、クラスティが退屈するととんでもない事をやらかす事を長年の経験から知っているので、今回もその一環なのかと思った。


『……御前、今回のこの件はレイネシア姫自身が望まれ、彼女自らの意思でアキバの街の〈冒険者〉達に懇願して義勇兵を募る為にやって来たんです。

私は、何もしていませんよ』

「……すまない。早合点してしまった」

『……いえ。今までの私の行いがありますからね。

疑われても仕方がないですし』


クラスティからの説明で、レイネシアが自らの意思でアキバに来ていた事を知り…勘違いした自分を恥じている朝霧に、意地の悪い笑みを浮かべながら(声音で判断)クラスティは気にした風も無くさらりと答えていた。


「お前…。少しは、反省しろ!

…ったく。お前のそういうところに昔は私達が、今はリチョウや高山が苦労させられているんだぞ?」

『すみませんが、こればかりは…ね?』


クラスティの悪びれのない様子に、朝霧は深いため息を洩らしていた。






◇◇◇






「──で?お前の事だ。

只の世間話をする為に念話した訳ではないのだろ?」


クラスティと付き合いの長い朝霧は、彼が何等かの用があって念話をしてきた事を瞬時に悟った。


『御前は、理解が早くて助かります。

実は、今回の〈緑小鬼ゴブリン〉大軍への対応に御前のギルド〈放蕩者の記録デボーチェリ・ログ〉に協力を願いたいのです』

「まあ、協力するのは別に構わない。

私のギルドは、『人材派遣・人材育成・物資支援』を目的とした支援・互助系ギルドだからな。

それに…〈D.D.D〉には〈神託の天塔〉を始め、幾度か〈放蕩者の記録〉から人材を派遣したり、遠征に必要な物資を支援したり、育成した人材をそちらに入会させたり…色々と手助けをしてきたからな。

今更、断る筈がないさ」


朝霧の言葉に、クラスティは笑みを浮かべる。


『ありがとうございます。詳しい作戦概要は、後程中央広場で本作戦の参謀殿が話す事になります』

「解った。では、後程〈放蕩者の記録〉のメンバーを連れて中央広場に集合する」

『ええ……では』


そう言うと、クラスティもギルドで何等かの行動を行っているのだろうか…忙しない声等が微かに聞こえる念話は、クラスティの方から切られた。




クラスティからの念話を終えた朝霧は、〈放蕩者の記録〉メンバー全員を談話室へと集める為に執務室を後にした。






◇◇◇






──突如、談話室へと集められたギルドメンバーだったが…彼ら(彼女ら)は無駄口を叩かず、自らのギルドのギルマスの言葉を待っていた。




そして、この談話室には今現在アキバにいるクラスティやナカスにいるメンバーを除いた〈共鳴の絆〉のメンバーも集まっていた。



(これから皆にする話は、皆にどれだけの衝撃をもたらすかはわからない。だが、“この事”を隠したまま…皆に協力してくれなんて言える筈がない)


朝霧は心の中で色々と葛藤しながらも、最後は共に戦う仲間であり戦友である皆に真実を話し、その上で協力を願う事を決意した。


「皆、明朝近くに呼び立ててすまない。

だが、どうしても皆に話さなければならない事がある。

今から話す事は……まだ〈円卓会議〉内だけの重要機密になっている。

それは、〈冒険者〉全員に関わってくる話でもある。

それを聞いた上で…今後どうするのかを決めてくれ」


朝霧の話の意味深な前置きに、集まった皆は首を傾げつつも話を聞く姿勢は崩さなかった。

皆のその姿勢に朝霧は内心感謝しつつ、そのまま話を続けた。


「〈大災害〉以降、この世界がゲーム時代とは色々と違う事は皆も既に知っているな?

料理にしろ、酒や調味料にしろ、現在建造中の〈オキュペテー〉にしろ…ゲーム時代には無かった要素が幾つも発見されてきた」


朝霧の言葉に頷き、理解を示しながら皆は聞き続ける。


「そして今回、〈冒険者〉の“死”について“ある事”が判明した」


朝霧のその言葉に、皆が思わず息を飲む。



その様子を見ながら、朝霧はテンプルサイドで今も合宿を続けている新人達がこの場にいなくて良かったと思った。



「(ここから先の話は、余りにも衝撃が強過ぎるからな。)

〈冒険者〉は死んだ時、蘇生魔法や〈大神殿〉で復活する事は可能だ。それはゲーム時代、経験値ペナルティーを支払う事で復活できていたからだ。

だが今現在、〈冒険者〉は死ぬ度に僅かばかりの記憶を対価に復活している事が判明した。

そして…失われる記憶は、こちらの世界よりも元の世界の記憶の方がより失われる事も判っている」


朝霧の口にした“死の秘密”に、集まった皆の表情が強張る。



当然だ。死ぬ度に、元の世界の記憶が失われると聞いて…冷静に受け止められる者がいる筈がない。



──例外を除いて。



(……もっとも。クラスティと姉さんは、その“例外”だがな)



朝霧は、シロエとの念話で聞いていて感じ取ったクラスティの様子や皆と話をする前に“死の秘密”に関してを話した時の夜櫻の反応を思い出し、思わず苦笑した。


「落ち着いてくれ。失われると言っても、優先度の低い記憶から少しずつだ。それに、失われる記憶の量も本人が気付かない程少量だ。

何十回と死んだからといって、生活に支障をきたす様な記憶喪失は起きない」




朝霧の次の言葉に安堵する者もいれば、動揺したままの者もいる。当然と言えば当然だ。



朝霧は、更に言葉を続ける。



「この“死の秘密”を聞いた上で、次の話については皆の判断に任せる。

今現在、〈円卓会議〉は〈緑小鬼〉の大軍討伐に向けて準備を始めている。

私は、この討伐軍に参加するつもりだ。

〈放蕩者の記録〉のメンバーにも参加してもらうつもりでいる。

〈共鳴の絆〉の皆にもな。だが、強制はしない。いや、“強制は出来ない”と言ったところだな。

“死ねば記憶を失う”というリスクを理解した上で、討伐軍に参加してくれるという者がいたら…中央広場に集まってくれ」


そこまで言い終えると、朝霧は談話室より退室し、そのまま〈放蕩者の記録〉のギルドハウスを出て中央広場へと向かった。






──たとえ誰も来なくても、朝霧は一人ででも討伐軍に参加するつもりだった。






◇◇◇






──中央広場には、朝霧と同じ様にフル装備の〈冒険者〉が次々と集まっていた。



(……〈黒剣騎士団〉、〈ホネスティ〉、〈シルバーソード〉、〈D.D.D〉……〈西風の旅団〉を除いたアキバの五大戦闘系ギルドのメンバーがいるな。後は、中小ギルド所属やソロの〈冒険者〉達のようだな)


集まっている〈冒険者〉達のギルドタグを見ながら、朝霧はそう考えていた。


考え事をしていた朝霧に、〈D.D.D〉のギルドタグを付けた眼鏡をかけた湖の美しい蒼色の鎧を身に付けた〈守護戦士ガーディアン〉の男性と白銀色の鎧を身に付けた〈盗剣士スワッシュバックラー〉の女性が近付いてきた。


「母さん」

「お義母様」


それは、息子のランスロットと嫁のアーサーだった。


「ランスロット、アーサー。二人も、今回の討伐軍に加わる事にしたのか?」

「ええ。私とアーサーは、クラスティの…ギルマスの命で参加です」

「それより、お義母様のギルドの方々は?」


おそらく、クラスティから〈放蕩者の記録〉を参加させる旨を聞いていたのだろう…アーサーは、朝霧の周囲を見渡しながら尋ねた。


「今回、参加は皆の判断に委ねた。

そして私は、自分自身の意思でこの場にいる。

たとえ、〈放蕩者の記録〉が誰も参加しなくても…私はたった一人で参加するつもりだ」


揺るぎない意思を宿した目でそう答えた朝霧に、ランスロットは苦笑しながら言葉を掛けた。


「母さんは、自分のギルドのメンバーと〈共鳴の絆〉の戦友達を信じた方がいいですよ?」

「え?」


ランスロットの苦笑混じりの言葉と朝霧の後ろを指差す動きに、一瞬戸惑いながらも後ろを振り向くと…そこには、誰一人欠ける事無く集まった〈放蕩者の記録〉のギルドメンバーと〈共鳴の絆〉の戦友達の姿があった。


「皆!?」


驚く朝霧に〈放蕩者の記録〉の皆も、〈共鳴の絆〉の皆も、笑みを浮かべながら言葉を口にした。


「ギルマス、水臭いですよ?」

「私達だって、〈冒険者〉です」

「オウウ地方では、まだレベル50になったばかりの新人達が頑張っているんですよ?」

「レベル90になってる僕らが頑張らないで、どうするんですか?」

「それに、リスクを恐れて挑戦しない臆病者は〈共鳴の絆〉にはいませんよ?」

「……お前達!!」


“死の秘密”を知った上で、全員が協力に参加してくれた事に嬉しくて…朝霧は思わず涙を溢した。


その光景を穏やかな微笑みを浮かべながら、ランスロットとアーサーが見守っていた。






◇◇◇






「この様な夜明けより集まっていただいて、嬉しく思います。

記録の地平線ログ・ホライズン〉のシロエです。

戦況は差し迫っています。早速、現在の状況を説明します」




──夜明け頃、アキバの中央広場には沢山の〈冒険者〉で埋め尽くされていた。



演壇上には、現在の状況を説明中のシロエと控えているレイネシアとクラスティが立っている。




それを集まった〈冒険者〉の中…〈D.D.D〉のメンバーが集まっている側で、朝霧達〈放蕩者の記録〉と現在アキバに集っている〈共鳴の絆〉の戦友達は〈筆写師〉であるレイが書き写してくれた人数分の地図を見ていた。


「ザントリーフ半島の森林地帯という事は…この辺りだな」

「二万弱…結構多いですね」

「〈自由都市同盟イースタル〉の総戦力の30%程度って…結構な痛手じゃないの?」


シロエの話を聞きながら、〈放蕩者の記録〉、〈共鳴の絆〉、そして、それに加わる様にランスロットとアーサーが地図を使っての状況確認作業を行っている。




確認作業を行っている内に、シロエの話は終わり…クラスティに連れられ、レイネシアが舞台の中央へとやって来ていた。


「──皆さん、初めまして。私は〈大地人〉、〈自由都市同盟イースタル〉の一翼を担う、マイハマの街を治めるコーウェン家の娘、レイネシア=エルアルテ=コーウェンと申します。

本日は皆さんにお願いがあって参りました」


レイネシアの服装を見た瞬間、思わず朝霧は苦笑していた。


(レイネシア姫に、あの〈戦女神の銀鎧ヴァルキュリー・メイル〉を装備させたのはシロエの意図だな。

確かに、あれならここにいる〈冒険者〉達のレイネシア姫に対する第一印象は悪くは無いが…そういう意図が、瞬時に理解できてしまう私の頭の回転の良さをこの時ばかりは恨むな)


自分の周りにいる〈放蕩者の記録〉のメンバーや〈共鳴の絆〉の戦友達に気付かれない様に溜め息を洩らした。






◇◇◇






レイネシアの話は終盤に差し掛かり、彼女の懸命な想いに集まった〈冒険者〉達の心は揺り動かされていた。



「──ですから、もし良ければ、それでもよいという方は、一緒に来て戴けませんか?

あなた方の善意と自由の名の元に、助けて戴けませんか?

私は力の限り『冒険者の自由』を守りたいと思います。

どうか…どうか、お願いします!!」


レイネシアが言い終え、中央広場に一時の静寂が訪れる。



訪れた一時の静寂に…彼女の顔には、「やはり無理なのでしょうか…」という諦めの思いが滲み始めている。



──しかし、レイネシアの諦めの思いを吹き飛ばしたのは…中央広場に集まった〈冒険者〉達が武器を打ち鳴らした音だった。



突然の事態に、レイネシアは思わず戸惑いを見せる。



武器を打ち鳴らす音の後、角笛が盛大に吹き鳴らされ、大歓声が上がった。


「姫様ー!!」

「イベントキター!!」

「俺は行く!姫様と行くぜ!!」


口々に上がる大歓声にレイネシアは呆然としている。


その後、「ひーめ様!ひーめ様!」という姫様コールが会場全体から上がる。



それを静めたのは、クラスティが壇上に〈鮮血の魔人斧デモンアックス〉を打ちつけた音だった。


「これより、はじめての遠征へと出陣する!!

条件は、レベル40以上。

これは〈円卓会議〉からの布告クエストである。

我こそはと思う者は名乗りを上げよ!

遠征の指揮はこのクラスティが執る!!」


クラスティの言葉に、応じる様に歓声が上がる。


「そして参謀は僕、シロエが務めます。

まずは、先攻打撃大隊を編制します。

今から15分以内に念話により連絡を行います」

「以上!それまで待機!解散!!」


クラスティの締めの言葉に、〈冒険者〉全員からの応じる声が上がり…大演説会は終了した。






◇◇◇






──演説が終わり、興奮冷めやらぬ会場にいた朝霧の耳に、念話の着信音が鳴り響いた。



朝霧が素早くステータス画面を呼び出すと、そこには『リチョウ』の名前が表示されていた。


「もしもし?リチョウか?」

『久しぶりだな御前』


念話の相手は、朝霧がクラスティと共に〈D.D.D〉を立ち上げた時の初期メンバーの一人でもあったリチョウだった。


「久しぶりだな。まあ、〈大災害〉以降は色々と苦労はあっただろうが…元気だったか?」

『まあ、ボチボチ…な。

……っと。そんな世間話をする為に、御前に連絡を入れた訳じゃなかった』


リチョウの言葉に、朝霧は苦笑する。


「すまん、すまん。私がいらない事、無駄話を始めたせいだな。

……で?おおよその事は予想がつく。クラスティからの指示だろ?」

『ああ、そうだ。大将からの指示で、御前には先行打撃大隊に参加してもらう事になっている。

後、これも大将からの指示で…〈共鳴の絆〉か〈放蕩者の記録〉のメンバーから、支援職を一人、回復職を一人、前衛職を一人選出して欲しいそうだ。こちらからは、大将とリーゼが入る。

その二人に合わせた選出だそうだ』


リチョウが告げるクラスティの指示を聞き、朝霧は素早く選出メンバーを考える。


(一番理想的なのは、〈吟遊詩人バード〉のアルト、〈施療神官クレリック〉のキルリア、〈武闘家モンク〉のベルクの…クラスティの戦い方の癖を知り尽くした〈共鳴の絆〉の初期メンバーの三人なのだが…三人は今、テンプルサイドで新人達の育成合宿の真っ最中だからな。

今更呼び戻す…の自体は無理ではないな。三人も〈鷲獅子グリフォンの召喚笛〉は持っているし。

だが、新人教育を疎かにはしたくないからな。

結局は、動かせないだろう。

……となると、同じ初期メンバーである〈付与術師エンチャンター〉のライムと〈武士サムライ〉の十兵衛だな。

回復は…咄嗟のアクシデントにも素早く対応できる〈森呪遣いドルイド〉の天音だな。

……とりあえず、この三人に決定だろう)


選出メンバーを素早く頭の中で組み合わせると、朝霧はリチョウに答えた。


「わかった。そこら辺を考慮したメンバー選出をしておく」

『ああ、頼んでおく。まあ、大将曰く「御前の選出なら問題無いでしょう」だそうだ。信頼されてるな』


リチョウの言葉に、朝霧は思いっきり苦笑する。


「それは喜んでいいのか、悲しんでいいのか…本気で悩むところだな」


朝霧の言葉に、今度はリチョウが苦笑した。


『まあ、多分良い意味での信頼だとは思うがな』

「そうであって欲しいものだな…」


お互いに苦笑しつつ、リチョウとの念話をそこで終える。






──念話連絡が来た以上、朝霧は先行打撃大隊に選出されたのだ。



すぐに、遠征準備に取り掛からねばならない。






そう気持ちを切り替えた朝霧は、ライム、十兵衛、天音にも先行打撃大隊に選出された旨を伝える事にした。






◇◇◇






──先行打撃大隊に参加した〈冒険者〉達を乗せた試作型蒸気機関搭載輸送船〈オキュペテー〉は、まずは〈マイハマの都〉へと立ち寄った後に〈ナラシノ廃港〉へと立ち寄る予定となっている。




その〈オキュペテー〉の甲板で、三人の〈D.D.D〉メンバーが雑談を楽しんでいた。




二人は同じ髪色の…蒼がかった黒髪で、片方は肩上の長さの漆黒の鎧に蒼色の外套を纏った〈武士サムライ〉の青年、もう片方はその髪をポニーテイルにした漆黒のゴシックドレスに洋刀に見える二振りの太刀を身に付けた〈盗剣士スュワッシュバックラー〉の少女。


その二人と共に談笑に興じているのは、茶色がかった腰までの長さの金髪を無造作に束ね、白い狩衣に似た上衣の上に胴を覆った紅色の金属鎧に黒色の袴と黒色の脛当てを身に付けた…一見すると〈武士サムライ〉にしか見えない装備を身に付けた〈神祇官カンナギ〉の青年だった。






──〈武士〉の青年の名は蒼月、〈盗剣士〉の少女の名は月華、〈神祇官〉の青年の名はホムラだった。



そんな楽しそうな三人に、ランスロットとアーサーが三人の〈D.D.D〉所属の〈冒険者〉達を引き連れて近付いてきた。


「楽しそうですね」


唐突に掛けられた声に、三人は一瞬驚いたものの…それが同じギルド所属の幹部であるランスロットとアーサーであると判ると、三人は笑みを見せた。


「ああ、ランスロットさんですか」

「何か用ですか?」


ランスロットへと声を掛けた蒼月の言葉の後に、月華が尋ねる様に声を掛ける。




月華の問い掛けに答えたのは、尋ねられたランスロットではなく…一緒にいたアーサーだった。


「マスターの命で、貴方達とパーティーを組むメンバーを連れて来ました」


そうして連れて来られた三人は、本来ランスロットやアーサーの率いるレギオン師団のメンバー達だった。


「……〈暗殺者アサシン〉のアシュラム……

……サブ〈罠師トラップマスター〉……

……種族は、狼牙族……宜しく……」

「アシュラム君は、隠密系スキルを活用した奇襲攻撃と弓を使用した遠距離からの攻撃を状況に応じて使い分けるタイプの〈暗殺者〉です」


おそらく、口下手なのだろう…簡潔な自己紹介をしたアシュラムに変わって、彼の戦闘スタイルを説明したのはランスロットだった。


「初めまして、私はルイと言います。

種族は狐尾族で、メインは〈付与術師エンチャンター〉です。

サブは〈精霊使い〉で…エンハンサーとクラウドコントローラーのハイブリットです。皆さんが戦いやすい様に精一杯、支援させていただきます!!」


人懐っこい笑顔で、力強く自己紹介をしたのはルイと名乗る少女だった。



「ルイは、私の率いる師団のメンバーの一人で…支援に関しては、師団内では指折りの実力者です。その確かな腕前は、私が保証します」


そう言葉を付け足すアーサーの説明で、支援については期待できるし、おそらく…サブの〈精霊使い〉で契約している精霊は、クラウドコントローラーを意識したデバフを与える精霊か…エンハンサーを意識したバフを与える精霊だろうと当たりをつけた。


「僕は、クロッド。

種族はハーフ・アルヴ、メインは〈召喚術師サモナー〉、サブは賢者です。

基本は、精霊達での魔法攻撃がメインですが…物理攻撃を想定した〈従者召喚:ソードプリンセス《仏国仕様ジャンヌ》〉や回復職がいない場合を想定した〈紅玉獣カーバンクル〉や〈一角獣ユニコーン〉とも契約しています」

「クロッド君は召喚生物による遠距離攻撃だけでなく、ヒーラーがいない時の回復役を担う事ができる人材です。

今回は、サブヒーラーを兼ねたメンバーとして蒼月君達と組んでもらう事になります」


ランスロットからの説明で、彼がパーティーメンバーに選ばれた理由を知った蒼月達は三人と握手した。


「俺は蒼月。今回、このパーティーのリーダーを担う事になる。

職業は〈武士サムライ〉だ」

「私は月華。職業は〈盗剣士スワッシュバックラー〉だ」

「俺はホムラ。職業は〈神祇官カンナギ〉だ」

「……宜しく……」

「宜しくお願いしま〜す♪」

「宜しくお願いします」


お互いの簡単な自己紹介が終わった事を確認したランスロットは、蒼月達へと声を掛けた。


「蒼月君、三人の事…後は貴方達に任せました」


「わかりました。お手数おかけしてます」


蒼月のその言葉に「構いませんよ」と一言返すと、アシュラム達へと身体を向けて声を掛けた。


「アシュラム君、クロッド君。

今回は、蒼月君達の指示に従って下さい」

「……了解……」

「わかりました」


同じ様に、アーサーもルイに声を掛ける。


「ルイ、貴女もです」

「わかりました〜♪」


ランスロットとアーサーに声を掛けらた三人は、各々に個性豊かな返事を返した。


「ランスロットさん達は、これからどうするんですか?」


蒼月の問い掛けに、苦笑しながら答えた。


「私達はこれから、今回パーティーを組むメンバーと初対面です。

特に、私の率いるメンバーには〈D.D.D〉メンバーが誰一人もいないので…事前の入念な打ち合わせが必要ですから」


ランスロットの言葉に、蒼月達も苦笑していた。






──その後、ランスロットとアーサーは蒼月達と別れると…そのまま今回パーティーを組むメンバーの元へと歩き出した。






◇◇◇






──現在朝霧は、甲板上で周囲の好奇の目に晒されていた。






ここに集まったレベル40以上の〈冒険者〉達の中には、ゲーム時代の朝霧の事を知っている者もいる。




また、直接は知らないなりも…噂話や積み上げてきた実績がある為、




「あれが噂の〈緋巫女御前〉か」

「有名な大規模戦闘者レイダーだろ?」

「有名なレギオン集団、〈共鳴の絆〉を率いた…日本サーバーでも20人もいない軍団規模指揮経験者だってな」

「私、海外に友達がいたんだけど…海外では〈大隊規模戦闘の女王レギオンズ・クイーン〉って呼ばれていたらしいわ」

「本当かよ?」

「PvPプレイヤーの間でも有名だぜ?

〈PvPの鬼姫〉ってな。」

「〈神祇官〉なのに…三回の優勝と十七回の上位入賞だろ?マジ信じらんねぇ〜」

「噂だと、元〈D.D.D〉メンバーの一人で…初代〈三羽烏〉の一人だったって話だぞ?」

「それに、〈D.D.D〉のギルマスであるクラスティさんの元相棒だって話もあるわよ?」

「他には、〈円卓〉参加ギルドのギルマス達にも顔が広いって話だしな」

「マジかよ!?御前、パネェ〜!!」



──というヒソヒソ話が、所々から聞こえてきた。




(こうも大勢の好奇の目に晒され続けるのは、どうにも落ち着かないな。……全く。クラスティも、ライムも、早々に逃げおって。後で覚えてろ)



心の中で、そう心底うんざりしている朝霧は…薄情にも、自分を見捨てて去っていったクラスティとライムにそう悪態をついていた。






◇◇◇






──一方のクラスティは…




「クシュン!」

「ミロード、風邪ですか?」

「いや、大丈夫。何等問題ないよ。

それよりも、大隊レギオンレイドの編成の進行具合はどうかな?高山女史」

「現在、七割方が終了しました。

マイハマに到着する頃には、全てが終了するかと」

「ありがとう。さて。私は、退屈しておられるレイネシア姫を構うとするかな?」


そう言いながらクラスティは、船先に佇むレイネシアの元へと歩き出した。






◇◇◇






──好奇の目に晒され続けるのも我慢の限界になり、いい加減嫌になってきた朝霧は甲板を離れ…人気のない場所へと移動していた。






──しばらく歩き続け、完全に好奇の目から逃れられると…朝霧は、ようやく安堵の息を洩らした。




(……ふう。ようやく落ち着いた。

……とはいっても、またあの大勢の好奇の目に晒されるのは御免だからな。しばらくは、人気のない所でのんびりするか)




──そう思考を切り換えると、朝霧は〈オキュペテー〉の船内探索がてらの散策をする事に決めた。






◇◇◇






──しばらく歩いていると、黒い装束の女性と黒い鎧の男性の二人組が何やら話をしている姿が見えた。




その内の女性の姿を見て、誰であるかに気が付いた朝霧は二人組に急ぎ駆け寄った。



「ユウ!クニヒコ!」


自分達に声を掛けて駆け寄ってくる朝霧に、一瞬警戒する様な様子を見せた女性─ユウだったが…駆け寄ってきた人物が朝霧であると判ると、幾分か警戒を解いた。


「……なんだ、御前か。二年前の大規模戦闘レイド以来だな」

「ああ、あの時以来だな」


ユウの言葉に、朝霧はそう返しながら…二年前の事が、もう随分と昔の様に感じていた。






◇◇◇






朝霧とユウ達との初めての出会いは、中国サーバーの大規模戦闘レイドである〈蛇神の廃神殿〉だった。




朝霧は、たまたま中国サーバーの友人に会いに来ていて…たまたま日本人がレイド挑戦のパーティーを募集しているのを見掛け、これに参加した。






──このレイドを…朝霧は当初、自分が取り仕切ろうかと思っていた。




だが、同じ様にたまたま居合わせたシロエに、あえてここは任せてみようと思い、朝霧は一人の大規模戦闘者レイダーとして参加した。




──結果として、シロエは…後に彼の代名詞となる〈全力管制戦闘フルコントロールエンカウント〉の片鱗をこのレイドで遺憾無く発揮したのだが。






──その後の中国人プレイヤーによるPK戦も、シロエの指示のおかげで見事に乗り切り、自分達側には誰一人の死亡者を出さずに済んだ。




──余談だが…朝霧は、この時のPKを仕掛けた者達の事を中国サーバーの友人─ロンファンに話したところ、ロンファンはその事実に激しく激怒し、後日わざわざその時のPK達を全員捜し出し…朝霧のいる日本サーバーまで引き連れて、直接彼らに謝罪させたという後日談がある。






その時に知り合った後、朝霧はユウを〈暗殺者〉の〈秘伝の巻物〉を報酬に何度か大規模戦闘レイドに誘った事があるのだ。






◇◇◇






──朝霧達は腰掛けられる場所まで移動すると、そこに腰を下ろした。




腰を落ち着けた後は、〈大災害〉から今までのお互いのたわいもない話をした。






朝霧は、〈放蕩者の記録〉として活動してきた事。

(※密かに動いた〈円卓〉関連や隠密活動については伏せたままです)



クニヒコは、〈黒剣騎士団〉の幹部の一人として活動してきた事。



そして、ユウは…〈イチハラの村〉や〈ハダノの村〉での〈大地人〉とのふれあい、〈リューリアの草原〉での〈緑小鬼ゴブリン〉との戦闘の事を話していた。






──そこまで話し終えると、唐突にユウは口を開いた。




「……御前。お前さんはわたしを殺そうと思ったり、憎く思ったりしないのかい?わたしの記憶が確かなら…お前さんは大のPK嫌いだし、〈D.D.D〉とは今でも懇意にしていた筈。

アキバで散々人殺しをしたわたしを何とも思わないとは思えなくてね」


ユウのその言葉に、クニヒコは慌てて朝霧に弁明をしようかと口を開きかけた。



しかし、それを手で制止した上で朝霧は答えた。



「……人殺しか。確かに、ユウはアキバの〈冒険者〉を多く殺した“殺人鬼”かもしれない。

だが、PKの被害者を救う為とPKを行う者達を“殺した”私と、ギルドの規模を笠に弱い立場の者を蔑む者達を“殺した”ユウに何の違いがある?結局やっている事は、“人殺し”だ。

どんな理由があっても、私がした事もユウがした事も人殺しに過ぎない。

私は綺麗事を述べるつもりも無いし、ユウを責めるつもりも無い。

あの無法地帯だった時に、綺麗事で何かを解決できたとは思えないしな。

……事実、〈円卓会議〉設立にあたっても…〈ギルド会館〉を購入するという強行手段を用いなければ、大手ギルドは今でも数の権力を振り回し続けていただろうしな」


そう淡々と述べる朝霧に、ユウは一瞬目を見開いた。


その側では、クニヒコが何とも言えない表情を浮かべている。


「それに…」という一言を口にすると、朝霧は言葉を続けた。


「あの時は、全員が〈大災害〉の被害者だった。

後々、一部の者には馬鹿な事をしでかした輩もいたが…あの頃の私にさえも、すぐに他人へと救いの手を差し伸べる余裕は無かったからな。

『誰が悪い』と断じる事はできない。……全員が悪いんだ。

自分の悪意や敵意、他者を蔑み安息を得ようとするずる賢さ、他者を蹴落として自分だけが楽しようとする図々しさ……

だが、それらは不安な気持ち裏返しでもある。

それを私の一存で断罪する資格があると思うか?

……私は思わないな」


朝霧のその言葉に、「いや」とユウが口を開いた。


「御前、お前さんは本当に凄いよ。

わたしを含め、その“馬鹿な事”をやらかした者達を“赦す”事ができるんだからね。わたしには、とても真似はできないね」


ユウのその言葉に、「そうか?」と苦笑しながら朝霧が尋ねる。


「普通はできないね。

おそらく、わたしの殺人の被害者達は間違いなくわたしを恨んでいるだろうし、憎んでいるだろうね。

御前の様な広い器と心を持っていて赦す事のできる者はなかなかいないものだよ」


そう淡々と告げるユウに「そうか…」と一言呟くと、朝霧はしばらく黙り込んだ。






──朝霧は、過去の事を赦す事ができる者を少なくとも二人は知っている。






──一人はカンザキだ。



彼は、警察官として…非常事態にどんな事が起こるのかを何度も経験しているからこそ知っている。



だが、それだけでなく彼の底無しの明るさとおおらかさなら…ユウの罪を知った上で受け入れてくれる事だろう。






──もう一人はクラスティだ。



彼はそもそも、考え方の次元から他人と違い過ぎる。


今回、ユウを先行打撃大隊に選抜したのは…半分は、彼の意向だろう。






(……それに。絶対アイツの事だから『面白そうだ』とか何とかで、問題を引き起こした事は一度や二度じゃないからな)



思考に耽っていた朝霧は、過去にクラスティが色々やらかした問題の数々を思い出し、思わず表情をしかめた。






◇◇◇






「クシュン!」

「ミロード、またですか?」

「……ふむ。誰かが私の事を噂しているのかな?」


どこか面白そうな表情を浮かべるクラスティを見ながら、高山三佐はその様子に呆れた溜め息を洩らしていた。






◇◇◇






──嫌な事を振り払う様に、朝霧がパタパタと頭上で手を払っていると、怪訝そうな表情でユウとクニヒコが見ていた。


「すまない。戦友が、過去にやらかした嫌な事を色々と思い出しただけだ」


そう苦笑しながら朝霧が説明すると、ユウ達はそれ以上は追及する様な視線を向けなかった。




コホンと咳払いをすると、朝霧はそのまま話を続けた。


「……つまり、人を率いるというのは綺麗事だけでは務まらないって事だ。

私だって、会社の経営者として時にコスト削減の名目で社員を切り捨てたり、事業を取り止めたりという苦肉の選択をしなければならないさ。

自身の会社を維持し続ける為に場合によっては、買収や余所の社員を引き抜く等の汚い手を使う経営者だっている。

──『清濁合わせ呑む』。

人を纏める為には清と濁に完全に分けるのではなく、二つを一緒に呑む覚悟が必要だと言う事だ。

だから、私はユウの犯した殺人の罪を問う事は一切しないよ」


そう言葉を締め、朝霧は穏やかな笑みを浮かべた。



朝霧のその言葉に、ようやく完全に警戒心を解いたユウは笑みを浮かべた。


「……お前さんはかなりの物好きだな」


ユウの言葉に、朝霧は笑みを浮かべながらこう言葉を口にした。


「私のこういうところを、私の古くからの友人や知人達、〈共鳴の絆〉の戦友達や〈放蕩者の記録〉の皆は好いてくれ、快く力を貸してくれるんだ」

「成程。御前のその人柄が、自然に周りを惹き付ける魅力であり、人を率いれるカリスマ性へと繋がる訳だね」


朝霧のその言葉に、納得した様な言葉を口にしながら…ユウは穏やかな笑みを見せていた。






◇◇◇






──ユウ達との穏やかな会話の時間は…〈オキュペテー〉が〈ナラシノ廃港〉へと到着した事で終わりを告げた。



──朝霧は別れ際、ユウにこう声を掛けた。




「ユウ。もし、何かしらの手助けが必要なら…遠慮なく言ってくれ。

私はいつでも手を貸すぞ」


朝霧のその言葉へのユウの返事はこうだった。


「……まあ、一応は考えておく」


そのやり取りを最後に、朝霧とユウ達は一切名残惜しむ事も無く別れた。






◇◇◇






──ユウ達と別れた後、朝霧は気持ちを戦いへと赴く〈冒険者〉のそれへと切り換えた。




クラスティ達と合流を果たし、朝霧は呼び出した汗血馬へと騎乗すると…すぐさま出発した。






──目指すは〈カスミレイク西部〉、進行中の〈緑小鬼ゴブリン〉の略奪軍だ。






◇◇◇






──〈カスミレイク西部〉。






──明け方、〈緑小鬼ゴブリン〉の略奪軍と遭遇エンカウントした〈アキバ遠征軍〉は…すぐにクラスティの指揮下の元、〈緑小鬼ゴブリン〉との戦闘を開始した。




──〈妖術師ソーサラー〉達─魔法攻撃職による一斉射撃は、〈緑小鬼ゴブリン〉軍の中央へと見事に命中した。




そして、それが開戦の合図とばかりに〈遠征軍〉は一斉に進撃を開始した。




──朝霧は、森の中の小川に沿う様に駆けていくクラスティのすぐ後ろを追い掛ける様に駆け、接近する〈緑小鬼ゴブリン〉を…時に〈神刀・天照〉で切り裂き、時に〈剣の神呪〉や〈鏡の神呪〉で蹴散らし、時に〈天足法の秘儀〉や〈護法の障壁〉で味方を援護した。




まるで、それに後押しされる様にクラスティが〈オーラセイバー〉や〈オンスロート〉で〈緑小鬼ゴブリン〉や〈緑小鬼の狙撃手ゴブリン・スナイパー〉、〈緑小鬼の手斧兵ゴブリン・ハチェットマン〉を薙ぎ払い、狼牙族特有の耳と尻尾を生やした十兵衛がクラスティの攻撃の隙を狙う様に接近してくる〈緑小鬼ゴブリン〉達を〈一刀両断〉や〈兜割り〉、〈旋風斬り・大〉で切り捨て、リーゼが〈フレアアロー〉や〈フロストスピア〉、〈サーペントボルト〉で…ライムが〈キャストオンビート〉で連射スピードを強化した〈パルスブリット〉で、二人が討ち漏らした〈緑小鬼ゴブリン〉達を次々に撃ち抜き…一掃していく。




──クラスティ達の進撃に合わせる様に、森の至る所で魔法の炸裂音や剣撃の音が鳴り響いている。




クラスティの戦いぶりを見ながら、朝霧はため息を洩らした。




──クラスティの戦い方は、〈大災害〉前と変わらない…いや、より一層命を危険に晒すとても危うい戦い方をしている。




クラスティの本質を理解していない者やギルド外部の周りから見れば…それは勇ましく、頼もしく、戦う姿で仲間を鼓舞する勇敢な指揮官に見えるだろう。




(……だが、クラスティの本質を知る者や付き合いの長い者は、クラスティのその戦い方は自身の命にすら執着していない事の顕れだと知っている。

『自らの生き死にに頓着しない…』それは、クラスティの精神が病的に不感症気味だからだ)



──『…だから』と心の中で呟く。




(私が傍にいる間は、命を危険に晒させはしない。

私の持てる全てで、クラスティを守る!

たとえ、クラスティ自身が望んでいなくても!!)




──そう強く、自らの心の中で決意する朝霧の前方で…クラスティは、〈丘巨人ヒル・ジャイアント〉二体と対峙している。




その内の一体を攻撃魔法の一斉射撃で撃破する。




討ち漏らしたもう一体が、クラスティへと凶悪な一撃を振り降ろす。




しかし、クラスティはその一撃を見事に避け…〈丘巨人ヒル・ジャイアント〉を一撃で仕留めた。




クラスティはそこで立ち止まる事は無く、更に〈鉄躯緑鬼ホブゴブリン〉へと〈鮮血の魔人斧〉を左手で水平に持ったまま向かって行く。




先へ先へと駆けて行くクラスティを朝霧達は必死に追い掛ける。






──気が付けば、クラスティ達は〈緑小鬼ゴブリン〉達の戦陣の奥深くへと潜り込んでいた。






◇◇◇






──周囲を〈緑小鬼ゴブリン〉の圧倒的な大群に囲まれたクラスティ達は、攻撃を続け…決して立ち止まらない様に動き続けていた。




──そこで突如、朝霧は足を止めた。




「御前?」


眼前に迫る〈緑小鬼の滑走士ゴブリン・スケーター〉を両手斧で一撃で撃破しながら…クラスティは、朝霧の唐突な行動をいぶかしんでいた。




──スウーッという深呼吸の後、朝霧は凛とした声でこう言葉を発した。




『神威!!』



──朝霧の発した力強い言葉は、クラスティ達の知り得る〈神祇官〉のどの特技にも該当しない言葉だった。




そして、朝霧の身体から日の光にも似た強烈な光が放たれ、眩しさの余りに目を閉じたクラスティ達は…次に目を開いた時、思わず驚愕した。




──光の収まったその場に立っていた朝霧は、緋色の〈天照の神衣〉に身を包んだポニーテイルの髪型の見慣れた姿ではなく…真っ白な巫女服に身を包み、頭には鏡の付いた冠、ポニーテイル状に纏められていた黒髪はほどかれ、流れる様なストレートヘアー状になっていた。




そして何より…朝霧の纏う雰囲気は、近寄りがたい程に神々しい凛としたもので神々しいまでの美しい美貌をしていた。


「なっ…」


普段は、冷静でどんな事態にもなかなか動じないクラスティですらも、思わず驚愕したまま…朝霧のその姿に魅入ってしまう。




同性のリーゼやライムですら、魅入ったまま思わず息を飲む程だ。




──だが次の瞬間、〈緑小鬼ゴブリン〉の大群は一斉に、茫然とするクラスティ達にではなく朝霧へと殺到していった。


「しまった!?」

「なっ!?」


クラスティと十兵衛は、すぐに己の失態に気付いた。




──前衛職は、誰よりも〈敵愾心ヘイト〉を多く稼いで敵を引き付け続けなければならない。




だが、朝霧は回復職だ。




攻撃魔法とダメージ遮断魔法を並行して行使していた朝霧は、いつの間にか前衛職であるクラスティや十兵衛を追い越す程にこの場にいる〈緑小鬼ゴブリン〉の大群への〈敵愾心ヘイト〉を大量に稼いでしまっていたのだ。




たとえ朝霧が90レベルであろうと、100体以上いる〈緑小鬼ゴブリン〉達の一斉攻撃を連続で長時間受け続ければひとたまりもないだろう。




──十兵衛は、慌ててもう一人の回復職の天音を見る。




彼女は、召喚した〈月光を喰らいし魔狼フェンリル〉と共に〈魔狂狼ダイアウルフ〉二体と〈鉄躯緑鬼ホブゴブリン〉を同時に相手にしていて、そちらも放置できる状況ではない。


「ちっ!クラスティ!!御前を頼んだ!!」


そう言うが早いか、十兵衛は天音の方へと駆ける。



クラスティも、急ぎ朝霧の方へと駆け出す。


「リーゼ君!ライム!攻撃の援護を!!」


二人への指示も忘れずに行った上で、クラスティは急ぎ駆ける。




──だが、朝霧とクラスティ達との距離はかなり離れており、一気に駆けて距離を詰めるにしろ、〈ロングレンジカバー〉で〈緑小鬼ゴブリン〉達の攻撃を朝霧の代わりに受け止めるにしろ、〈ヘイトエクスチェンジ〉で朝霧の稼ぎ過ぎた〈敵愾心ヘイト〉を交換するにしろ…それを行うには離れ過ぎていた。




かといって、攻撃で蹴散らせば良いのではないかといえば…それは否だ。




クラスティと朝霧の開いた距離の間にいる〈緑小鬼ゴブリン〉の大群を本気で一気に蹴散らすつもりで攻撃を行えば…間違いなく、朝霧もその攻撃の巻き添えを食らう事になる。



(御前と組んだ時、初めての大規模戦闘レイドを経験したあの時に犯して以来の…まさか、こんな大失態を再び演じてしまうとは!!)


クラスティは思わず、心の中で自分を叱咤していた。




──クラスティは、必死に駆ける自身の足が物凄く遅く動いている様に感じていた。




クラスティの急ぐ気持ちと裏腹に、駆ける足は全く気持ちに追い付かない。






──必死に駆けるクラスティの目前で、今まさに20体以上の〈緑小鬼ゴブリン〉の攻撃が朝霧へと命中しようとしていた。






◇◇◇






──焦る気持ちで朝霧の元へと駆けているクラスティとは裏腹に、朝霧の心は静かに凪いでいた。






──口伝〈明鏡止水〉。






朝霧はこの局面において、遂にこの口伝をものにした。




一気に迫る〈緑小鬼ゴブリン〉達の攻撃を…朝霧は流れる様な動きでかわし、同時に斬り捨てる。




続く五体の〈緑小鬼ゴブリン〉の攻撃をかわすと同時に斬り捨てる。




回避と攻撃を同時に行いながら…朝霧は次々に〈緑小鬼ゴブリン〉達を駆逐していく。




──そうして、朝霧が〈緑小鬼ゴブリン〉達を約50体近く撃破した頃合いに…クラスティは朝霧と合流を果たした。




朝霧と合流を果たした後、クラスティ達は破竹の勢いで一気に〈緑小鬼ゴブリン〉達を駆逐していく。




──気が付けば、目に見える範囲の〈緑小鬼ゴブリン〉達は一掃されていた。






◇◇◇






「〈口伝〉…?」

「ああ、そうだ。あの時使った技を…私達は〈口伝〉と呼んでいる」


休憩時間にライムから尋ねられ、朝霧はあっさりと答えた。


「御前、〈口伝〉とは何だ?」


同じ様に気になったのか、十兵衛が更に踏み込む様に尋ねる。


「そうだな……私は、『ゲーム時代の常識に囚われず、日々の研鑽と探究の末に辿り着く個人の技の境地』だと考えている。

先程の戦闘で使用した〈神威〉も、〈明鏡止水〉も…私自身の絶え間ぬ努力と修練の末に編み出したものだからな」


その説明に、十兵衛とライムは感心する。


「じゃあ、僕も努力と鍛練を続ければ…僕だけの〈口伝〉を手に入れられるのかな?」

「俺も、手に入れられるのか?」


二人の問い掛けに、朝霧はこう返した。


「……それは私にもわからない。

ただ、少なくとも〈放蕩者の記録〉内だけでも数名いる。

可能性が全く無いとは言えないな」


朝霧のその言葉に、ライムは俄然やる気になり…十兵衛は少し苦笑する。


「叔母さん、ライムさん、十兵衛さん。食事をどうぞ」


天音が持ってきたのは、美味しそうな真っ白いおにぎりだった。




ライムと十兵衛は、天音からおにぎりを受け取ると食べ始める。

しかし、朝霧は持ってきたおにぎりに手をつけなかった。


「叔母さん?」


不思議がる天音に、朝霧は苦笑しながら言葉を掛ける。


「……少し、念話をかけてくる」


そう言うと、朝霧は天音達の元を離れた。






◇◇◇






──休憩中の〈遠征軍〉の賑やかな喧騒から少し離れ、静かな森の中へと辿り着いた朝霧は…〈フレンド・リスト〉から念話をかける目的の相手の名前を見つけると、それをタップした。




少しの呼び出し音の後、澄んだ木琴の音と共に聞き慣れた声が聞こえてきた。



『ほいほ〜い。御前さん、ワシに如何な用かいな♪』




──それは、一週間近く前に連絡を取った『西武蔵坊レオ丸』…その人だった。




「一週間ぶりです。法師。

今、少々お時間を戴いても宜しいでしょうか?」

『かまへん、かまへん。ワシは、今現在ごっつう暇やねん。

で?ワシに何の用や?』


明るい口調で返事を返してくるレオ丸に、戦場でささくれ立っていた心が段々と和んでくるのを朝霧は感じ取った。


「実は……私は先程〈カスミレイク西部〉で〈緑小鬼ゴブリン〉との戦闘を終え、現在休憩を取っている真っ最中です」

『あ〜……〈ゴブリン王の帰還〉かいなぁ〜。

そっちはそっちで色々大変そうやなぁ〜』

「まあ今のところ、かつての大規模戦闘レイド大隊規模戦闘レギオンレイドの様に苦戦を強いられる程では無いので……そこまで大変ではありませんよ。

ところで、西の〈スザクモンの鬼祭り〉は如何ですか?」


朝霧のその言葉に、『いやぁ〜、御前さんには敵わんなぁ〜』という一言の後にレオ丸は答えた。


『ハッキリと答えるなら…御前さんの予想通りや。

カズ彦君の話によると、〈スザクモンの鬼祭り〉もそっちとあんま変わらん位に発生しとるみたいやで?』


レオ丸の言葉に、朝霧はため息を洩らした。


「(……少なくとも、〈ミナミ〉は今すぐには〈アキバ〉に手は出せない状況の様だな。とりあえず、今のところは安心だな。

…とは言え、油断は禁物だな。)

法師、情報提供…ありがとうございました。

もしアキバを訪れた際は、私の元を訪ねて下さい。

アキバの美味しい名物食べ物をご案内します」

『おお!ホンマかいな!!

いやぁ〜、アキバを訪れるのがごっつ楽しみやな〜♪』


上機嫌で朝霧の提案を聞いていたレオ丸だったが…何かを思い出したらしく、声音が心無し震えている様な感じになりながら言葉を続けた。


『……あ、そん代わりちゅうんはアレなんやけど……早苗さんからワシを守ったってや!神様、仏様、御前さん!ホンマ頼んまっせ!!』


レオ丸の必死の懇願を聞きながら、朝霧も過去に早苗がレオ丸に対してやらかしてきた行いの数々を思い出し…苦笑しながら答えた。


「その時は、息子のランスロットを引き連れてお守りさせていただきます」

『ホンマかいな!!御前さん!ホンマおおきに!!

ほな、御前さん。あんじょうきばりや!』

「ええ、法師もお元気で」




──レオ丸との念話を終えると、朝霧は一つため息を溢すと…仲間のいる休憩地点へと再び戻っていった。






◇◇◇






──斥候部隊からの報告で、クラスティ率いる先行打撃大隊は〈緑小鬼の将軍ゴブリン・ジェネラル〉が率いる近衛部隊の進軍経路を先回りをするべく移動を開始した。






──その行軍の最中、朝霧は周囲の大気が…自分を取り巻く世界の何かが変化する気配を感じた。




「ん?」


朝霧は思わず、〈汗血馬〉の歩みを止める




馬を次々と走らせていた〈冒険者〉達は、朝霧の騎乗する止まったままの〈汗血馬〉を避け、置き去りにする様に行軍を続ける。






──朝霧の微かに感じた違和感は、しかし…すぐに消え去ってしまい、周りの大気はいつものソレに戻っていた。



(……今のは一体……?)



確かに先程感じた違和感を…朝霧は、気のせいだとは思えなかった。




──しかし、幾ら考えても答えなど見つかる筈も無く…朝霧は軽く首を振ると、〈汗血馬〉を再び走らせて先へと進んでいった〈遠征軍〉へと追い付く様に急いだ。






◇◇◇






──朝霧は知るよしも無かった。




──自分が感じた『世界が変化する気配』は、シロエが〈大地人〉であるルンデルハウス=コードを救う為に行った口伝〈契約術式〉の魔法の気配であった事を……




──遠征軍内でそれを感じ取ったのは、自分唯一人だけであった事を……






──そして…自らの運命の歯車が、加速度的に回り始めた事を……

次回が、『第二部』の最終回です。

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