鬼と新人
エタってたわけじゃない!サイトのパスワード忘れただけさ!
全身の拘束具がきちんと作用しているか確かめる。うん、大丈夫そうだ。
「よっしゃ、次は二人同時だな。胸を借りるつもりで来い!」
「くっ、嬉しそうな顔しやがって…もうこうなったらヤケだ!殺すつもりで行くぞ!レイド!」
何だか悲壮な顔で決意を固めてるゲイン。いいね。どんどん殺しに来なさい。
「そうだな!僕達が勝てば何ら苦痛を受けることは無い!」
「おぉ?何かさっきまでと違って闘争心剥き出しじゃねぇか!いいね!」
そう言うと二人に信じられない、みたいな顔をされた。何故!?
「ふむ、では私が合図をすると同時に開始でいいのだな?キルヨ殿」
「ああ、頼むぜ」
す、と息を吸ったギドが手を振り下ろす。
「始めッ!!!」
「ぉぉぉおお!!【切り上げ】ッ!」
早速特攻して来たレイドの放った技が魔力を伴う白い筋となって俺に向かってくる。
「切り上げとは思えない威力だ…すげえなレイド。どんだけ訓練したんだ?【禍断】」
俺の呪文と同時に展開した六角形の壁がレイドの剣戟を受ける。
「硬…い!」
「ははは、当たり前だろ?」
あらゆる所から繰り出されるレイドの剣を結界で受けつつ背後から奇襲してくるゲインの組み立て式の突撃槍を掴んでへし折る。
「化け物がぁっ!!」
「褒め言葉褒め言葉」
そろそろレイドが鬱陶しいので結界に体当たりをさせて訓練場の壁までレイドを吹っ飛ばす。あ、壁に当たって気絶した。可哀想に(笑)
「……さぁ、やっと二人きりになれたね?」
「うわぁっ、鳥肌が!」
せっかく笑顔のサービス付きだったのに…
「…そんな反応されたらおねーさん寂しくてゲインをボコボコにしちゃうぞ?」
「謹んでご遠慮させていただく!【シャドウウォーク】」
ゲインが自分の影の中に入っていって、どうもそこから奇襲戦法をするつもりらしいが……まあわざわざ相手の戦法に合わせなくてもいいよな?
というわけで自影に手を突っ込み、ゲインの左脚を掴んで引き摺り出した。
引き摺り出した瞬間のゲインの顔は、まさに「は?」といった感じだった。その顔ににっこりと笑いかけると、顔を引き攣らせたが。
「御機嫌よう、ゲイン様?」
「………ちわす」
などと言いつつローブの中から短剣を俺に突き出そうとするのは素晴らしい。まさに暗殺者の鏡だ。まあ食らうかといえばそうじゃないんだけどさ。鎖鉄球の鎖で防ぎ、絡め取って何処かに放り投げる。
「先生、この武器持ってればどんな攻撃でも無効なんだよな?」
「実際にはそれ以上。攻撃の衝撃波のダメージも無くなるし、地面に当たった時に出る石礫なんかのダメージも丸ごとなくなる。轟音による耳へのダメージもなくなる」
「は……そりゃ凄いや。【フィックス】」
その呪文と同時に、なんとなくゲインの手の力が弱くなった気がするので引き剥がす。
「お…?外れねぇ」
「当たり前だ。さっきの魔法はポピュラーな生活魔法だが、その特性は魔力をいくらでも込められることだ。これには俺のギリギリの魔力を込めた。いくらあんたでも絶対に外されねぇ自信がある!【ブラスト】!五秒後に爆発だ!一緒に地獄に行こうぜ?先生!」
「あ、石鹸で外れた」
「あ?………えっちょ、嘘ぉ!?」
何故かゲインが狼狽しているが、そんなことは構わずに彼を上空に放り投げる。
「ぎゃあああああ!!!」
その声が聞こえたすぐ後、衝撃と爆音を撒き散らして上空に炎の華が咲いた。
「しょーり!」
何故かみんなの目が化け物を見るような目だったなぁ……
sideゲイン
「うう……済まん、ゲイン…」
「いや、別に気にしてないよ」
自分の体についた埃をはたいて落とす。傷がないのでその程度のことしか出来ないのだ。爆発に巻き込まれて気絶しても傷ひとつないとは……
「でも、初っ端から気ぃ失っちまって…お前一人にあれの相手を…」
「もういいよ。怖かったけど、怪我もしてないしね」
「うんうん、二人で一つの目標に向かって行くことで生まれる掛け替えのない友情、青春してるな!二人とも!」
「黙れ」
「うるさい」
先生が落ち込んでいるが、正直ざまぁ、と言う気持ちしか湧かない。
「俺、先生が落ち込んでてもざまぁ、って気持ちしか湧いてこねぇ」
「レイドもか…」
どうやら先生の言う通り俺たちの間では新たな友情が育まれているようだ。
とぼとぼと帰っていく先生の背中を見送っていると、後ろから誰かに声をかけられた。
「ふむ…少しいいか?」
「ぎっ、ギド様!?」
「ギドでいい。これから生徒だけで打倒キルヨの作戦会議を開くとリリアが言って聞かんのだ。すまんが、少し付き合ってはくれんか?」
あまり先生は気にしていないようだが、この授業で俺達とヘレナ以外の生徒はみんな下手をすれば教師よりも学園に影響する人物達だ。そうそう呼び捨てなど出来るわけがない。
しかし、相手の要望を聞かないのもそれはそれで失礼なので「ギドさん」で勘弁してもらう。
「作戦会議……ですか?」
「ああ、お前達は聞いてないのか。二人とも気絶していたからな」
ギドさんの話によると、俺たち二人が気絶した後先生が次からは集団戦の訓練をすると言ったらしい。
「彼女は「今の時代に必要なのはチームワークだ」とか高説を垂れていたが、十中八九今日の授業がつまらなかっただけだろう」
「…………悪気はないんだろうけど…そこはかとなくバカにされてるな」
レイドの言うことも理解できるが、それは言っても無駄だと思う。俺達には力がないのだから。
「ああ…ゲインの言うことも理解できるけどよ…ああくそ!納得いかねぇ!というか『モノクロ』に『時の』を合わせても勝てないんですか!?」
「やっていないが、おそらくな。『校長』と『事務員』、それと『門番』が入ればまた話は違ってくるだろうが……」
ギドさんが次々に出していく名前。それは一人一人がこの学園都市カウェルにおいて実力者の一角を担う人物だ。
「カウェル三星じゃないですか…そこまでしても勝てるって断言出来ないんですか?」
「出来んな。むしろそれでも負けるかもしれん」
その言葉に絶句する。つまりそれはあの先生がこの街を征服しようとしても誰も止められないかもしれないということだ。
「それって…やばくないですか?」
「ふむ…まあヤバくはあるがそれほどでもないであろう」
奴が邪な心の持ち主であったならヤバかったがな、と、ギドさんは言った。
「そもそも、そんな懸念はカウェル三星の誰にでも言えることだ。あの方々の一人でも本気でこの街を壊そうとすればそれなりの被害が出ることは自明の理だからな。キルヨを危険視する、と言うのならばカウェルの最大戦力である五人も同様の扱いを受けねばなるまい?だが、彼らは危険視されていない」
「……ですが、彼らと先生は…」
「違う、と?」
ギドさんの先回りした言葉に頷く。
ちなみにレイドはもうこの話題に飽きたのか、他の面々のところに行っていた。
「何故そう思った?」
「え………それは…戦ってみて…」
そう言った瞬間、ギドさんの顔に少しだけ憤りのような物が浮かんだ。
「…それは、お前のような者がたった一度戦っただけでキルヨの実力を見破った、ということか?笑えない冗談はやめて欲しいな」
「………っ、そういうわけでは…」
「ではどういうわけだ?まさかただの勘、とでも言うのではあるまいな?」
そもそも、とギドさんは続ける。
「キルヨと三星の違いを見分けられるほどお前は両者と拳を合わせているのか?それならば私も納得するが、拳で人を分かるためには本当に気の遠くなるほどその人物と拳を合わせなければいけないのだぞ?人の実力を判断するだけとは根本的に違うのだ」
「…………」
正論だ。
正論だが、それではこの心の内に潜んだ不安を取り除けない。
「……分かっていても不安、そんな顔をしているな」
「……はい」
肯定すると、ギドさんはまるで仕方ないな、とでもいいそうな優しい目でこちらをみやってきた。
「私は先ほど言ったな?『拳で人を判断するには数え切れないほど拳を合わせる必要がある』と」
「はい」
「それは逆に言えば、『拳を幾度となく合わせていれば自ずと相手の為人が分かってくる』という意味だ」
「………」
それは、つまり……
「どうせ今更授業の受け直しは出来んのだ。精々キルヨの実力と人格を査定すれば良いだろうよ」
「は……はい!」
分かったら行くぞ、とギドさんが顎でみんなが集まっているところを指す。
………先生…キルヨの為人を暴く、か…
「俺に出来るのかなぁ…」
まあ…少しでも出来るようになるために、今はあの集まりに参加することだな。
【禍断ち】
鬼人伝の初級防御技。特に長所も欠点もない。よって書くことも少ない。
禍を断つと書くのにどう見ても禍っぽい妖術を防ぐことが出来ない。