勇者と王都
久しぶりに三千文字超えた…超えちまった…でもまだ聖水回の五千文字を超えてないからセーフだと思う。
あの金字塔を超える日は来るんだろうか?
勇者side
「カナコ、ご準備はできていますか?」
「エミリア?あー…ごめん、もうちょっと待って…っていうか入って中で待ってて?」
「はい」
そう言って、私は再び雑巾を持つ。
この一週間で王女様とも随分仲良くなった。
ただ、まあいわゆる地獄だった。いや、天国でもあった。
初日から王女の顔を見ることもなく王子による言語習得が始まって、脳味噌のキャパオーバーで動けないところにシューちゃん始め美少女メイド達による全身マッサージ。
キャパオーバーでぶっ倒れるのは変わらないが、二日からは一日おきに同じメンバーによるお風呂の世話。髪も洗ってくれるし絶妙な湯加減のいい匂いのするお風呂の中で全身をゆるゆる洗われてもう幸せすぎて死ぬかと思った。
しかも!しかも!!
メイドには主の命令を聞く義務があるらしくて、私が軽い気持ちで「添い寝してー」とお願いしたところなんと添い寝させてくれました!いや、これだけでもう勇者になった意味あるわ。余りあるくらい。
まあそんなこんなで天国と地獄の一週間を過ごした結果、私についた勇者補正もあってかなんと一週間でほぼ完璧にこの国の言語を扱えるようになった。勇者万歳。
ちなみに私が入って、と言ったのが王女様のエミリアだ。真っ赤な髪と真っ黒な髪がそれぞれ一房づつ入った金髪の女の子だ。
…いや、問題はそこじゃない。問題は、彼女がとんでもない美少女だということだ。そりゃもう、出会った瞬間あまりの綺麗さに空中三回転のバック宙をしながら耳血を吹きそうになったほどだ。吹かないけど。
今だって部屋に入ってきた彼女を見ただけで目眩が起きそうになった。
「…何やってるんですか?」
「何って、掃除だよ?ああ、エミリアは王女様だしやったことないのかな?」
今私は、一週間泊まっていた部屋を隅から隅まで大掃除している。
「………そんなものは使用人にでもやらせておけばいいではないですか」
「いやいや、それじゃあ意味がないんだよね…今私がやっているのはね?一週間私の代わりに雨風をしのいでくれたこの部屋への感謝の気持ちを少しでも表す事なんだよ。別の人じゃない、私がやるからこそ意味があるんだ」
「……でも、この部屋は城の内部の部屋ですから雨も風も当たりませんよ?」
「シット」
私は再び雑巾を掛け始める。これでも前の世界では必殺家事と呼ばれたかったのですよ。一週間程度の汚れじゃ私を手を止めることすら出来ないのですよ。まあ毎日自分でこっそり掃除してたから全然汚くないんだけどね。
「カナコ様、エミリア様、お茶をお持ちしましたってああ!また私達が働く前に!」
「うげ、シューちゃんだ……」
「使用人に馴れ馴れしく接しないでください!他の貴族に甘く見られますよ!それに私は使用人達の仕事を取らないでくださいって一番初日に言いましたよね!?言いませんでしたか!?」
「いえ、仰ってましたです、ハイ…」
「ならなんでまたこんなことをしているんですか?雑役メイドならともかく、私達のような接待用のメイドはは歩合制ですから仕事を取られると非常に困るんですが?」
「うっ……でもね?自分の世話をしてくれた部屋に恩返しをね…?」
「部屋の前に世話をした私達メイドに恩返しをして欲しいものですね。仕事を取らないという形で」
「うぅ…エミリアぁ、シューちゃんが怖いよぉ…」
「専属メイドがいるにも関わらず主が家事をするというのは他人目から見ればメイドの怠慢とも取られません。そうなればメイドの立場は非常に不安定になり、下手をすれば客人を蔑ろにした罪で職を失うこともあります。貴方がそういう行為をすることで単純に俸給が減るだけではないんです。シュテリアが言ってることの方がずっと正しいのですよ?」
「う……シューちゃんごめんなさい、もうしません……多分」
「雑巾を掛けながらそのセリフでは全く安心出来ないのですが」
「だってぇ…」
「全く…そんなことじゃ添い寝はお預けですね」
「ごめんなさいシューちゃん!やめますからそれだけは勘弁して!」
「はぁ…ではそんな事は私達に任せて早く支度をしてください。本来ならばそれも私達の役目ですが…」
「えーと、ごめんね?」
まあわかると思うが、この子はシュテリア。私の専属メイドの一人だ。
掃除洗濯料理全て熟練者であり、さらには勇者に付き従うものとして戦闘だってある程度できるとして選定された三人のメイドのうちの一人。まあつまりすごい人だ。家事は決して私も引けを取らないが今のところ戦闘センスはからきしだから、今の所私より彼女の方が有能ということになる。
って、そんな話はどうでもよくて。
私はこの一週間で創った四つの魔法のうちの一つ、【ディメンション】を使って時の流れの無い異次元にぽんぽんと荷物を放り込んでいく。まあこれだって気を抜けばこの城全部を飲み込むような大空間を生み出してしまうので慎重だが。
どうも私は勇者としてとても強い力を手にしたが、その力が強すぎて操作が上手くないらしいのだ。
「いつ見ても凄いですね、カナコの魔法は」
「王女様はもっと魔法を『創る』ということに対して疑問を持つべきです」
「酷いなぁ、それ程難しいことじゃないんだよ?」
「それを簡単と言える貴方も十分異常ですからね?
「…ほい、準備かーんりょ。さて行こうか!第一学園!」
その私の言葉にエミリアは嬉しそうな笑みを浮かべ、シュテリアはなんとなく疲れたような顔をした。
「はい!行きましょう!」
「………裏に馬車を用意しています…はぁ…」
どよどよと、クラス全体が少し騒がしい。それはきっと私の…いや、私達二人のせいなのだろう。
「今日づけでSクラスに転入することになったカナコ・ニシムラです。勇者という大役を背負っていますがその重圧に負けずに役目を全うしたいと考えています。宜しくお願いします」
「エミリア・シグハイア・ナカムラです。ご存知の通りこの国の第一王女です。皆さん宜しくお願いしますね」
「…お二人の筆頭専属メイド、シュテリア・コレットでございます。一応生徒として登録されておりますが、私の事は木石と扱って頂いて結構ですので…宜しくお願いします」
「はい、というわけで新たに三人がこのクラスに入りました。この学園に入った時点で立場は平等ですので気後れしないように。皆さん、彼女達の分からないことは親切に教えてあげてください…」
「あれが勇者だってよ」
「嘘だろ!?覇気の欠片も無い…俺でも勝てそうだぞ」
「王女様…相変わらずのお綺麗さだ」
「あのメイドの子なら不敬にもならないし、お前ちょっと声掛けてこいよ」
「お前がいけ」
「ん〜…こういうのはどの世界でも同じなんだねぇ…アウェーだ」
「カナコの世界でもこのような事態に陥るのですか?」
「まあね。シュテリアは?」
「私などが知る訳が無いではありませんか…」
そんな話をしていると、一人の野生的な黒髪少女が声を掛けてきた。
「おい、あんたら…そうだよ、あんただよ勇者と王女。ついでにメイド」
「んぇ?」
「…?」
「何か御用ですか?」
「今度の授業は移動教室だぞ。ついでに聞くけど、時間割持ってるか?」
「持ってない」
「ありません」
「申し訳ありません、御座いません」
そう言うと、少女は何も言わずに紙を一枚差し出した。
「ほら、時間割。出来るだけ丈夫な紙に写すんだな…全く、あの無能教師共が…時間割くらい自分で渡せっての…」
「あ、ありがとう!」
あたしがそう言うと、彼女は何やらとても驚いたような顔でこちらを見た後、ふっ、と柔らかく笑った。その笑顔がきつい態度とは裏腹に凄く可愛くて、私はついぼーっと見惚れてしまった。
「何だよ、意外と礼儀ができてんじゃねーか…今日から三日くらい掛けて学園の施設全部案内してやるよ。感謝しな」
「…………」
「…おい、聞いてんのか?」
「…っは!聞いてる!つまりあなたと三日くらい連続でデートできるのよねやったー!ありがとう!」
「いや、はあ!?でぇと!?」
「やったー!今度の授業はなんだっけ?」
「王国歴でございます、勇者様」
「行こう!ほら!…あ、名前なんていうの?私はカナコ!カナコ・ニシムラ!」
「いや、デート…ああ、私の名前はテル。テル・エレクトだ。」
「テルね!宜しく!ほら、二人も!」
「エミリア・シグハイア・ナカムラです…って、知ってますよね」
「シュテリアでございます。お見知り置きを」
「よっし!じゃあ行こうすぐ行こう!」
何だかとんでもなく元気の出た私は、エミリアとテルの手を引っ張ってテルの指示で授業場所へと向かい出した。
後ろから
「なぁ…勇者…カナコって同性愛者なのか……?」
「はい…かなりの重症でございます…」
「そ…そうか…苦労してんだな…」
「はい…まあそれでも気持ち悪いと切り捨てることが出来ない魅力があの方にはあるのですが…」
なんて会話が聞こえてきたが、なんだか恥ずかしいので黙殺した。
シグハイア第一学園
第二学園とは違い、こちらはどちらかといえば私立小学校〜高校に酷似している。基本は決められた時間割の中で決められた授業をする。
日々の授業代を稼がなければならない平民と違い、学生という職が許される貴族専用の学校だからこそできることである。
もちろん一般人の教師などおらず、全て教師、という職を持った人間が教える。よって全体的な生徒の練度は第二学園の比では無い。第一、第二学園の学園対抗武闘会というイベントが『処刑大会』と揶揄されることからもお察しである。