一週間後と時の証人
はい、第二章ですね。
これからも鬼人伝を宜しくお願い致します。
あれから一週間。
この日、大講堂には妙に緊張した空気が流れていた。明らかにこれは授業を選択するだけの空気ではない。そしてそんな空気に当てられた新入生が挙動不審になっている姿が各所に見受けられる。
なら、その空気の原因とは何か。新入生以外の学徒の会話を少しだけ聞いてみよう。
「おい、あれって…」
「ああ。間違いねぇ…『時の証人』リラだぜ!何で教職一本のあの女が授業選択のところにいるんだよ…」
「おい、それだけじゃねぇ!あっちを見ろ!『黒の雷光』ギド!んでもって『白の激流』リリア!『白黒』がどうしてこんなところに!?」
「んでもってその横にいる板金鎧は何だ!?あんな奴しらねぇぞ!新入生か!?」
「だろうな…あのおどおどした態度が何よりも雄弁に語ってやがる…」
「くそう、何であんな名もなき新入生があんな大物と一緒にいるんだ!」
「リラちゃんマジ天使」
「リリア様ー!踏んでー!」
「いや俺はリラ様に」
はいあいつらのせいでしたー。リラって意外と有名なんだな。
…ってか変態多くね?こんな人混みの中でそんな爆弾発言するもんだから新入生が引いてる。
…
まあいいんだけどね。目が全部あっちに向いてるおかげで俺は目立たずに行動できるし。というのも、どうも人間族が支配している土地だからだろうが、人間族以外の純粋種族はかなり少ないらしい。ハーフはいっぱいいるようだけど。
さーて、どんな授業があるのかなー…と、魔術実践か。これは一応覚えとこうかな。
鞄から出した筆で掌に魔術実践と書いて、下に通し番号を書く。数日前に鞄の中身をかなり整理したので今ではすぐに使うものはかなりすぐに取り出せるようになっている。基本的に、金銭、筆記用具、無銘刀などが数個づつ上にある。
ってそんなことどうでもいいな、今はこっちだ。
ここにある授業は、大きく二つに分けることができる。
学徒が先生か、教師が先生か、だ。
どう言う風に例えたもんか…そうだな。実際に店で売られている商品か、ネットオークションなんかで売られている商品か、ってとこかな?
教師がやっている方は勿論授業の質も一定を保障される。教える勉強を今までしてきた人たちだからな。それに比べて学徒が教えるものはやはり杜撰なものが多いようだ。
まあそれも教師に比べて、と言う意味で実際はそれが収入の人もいるのだから水準はそれなりに高いらしい。それでもそれなりだが。
あと、どこぞの剣聖が弟子を見つけるために授業を利用するということもあるらしく、その場合授業の水準がとんでもないことになるらしい。勿論倍率も。
教師がやっている授業はもちろん数が少なく、倍率がやばい。みんな良い授業を受けたいのは当たり前だからな。
反対に学徒がやっている授業はそれなりに多く、倍率も少ない。まあ絶対数の違いだな。
壁を見ると、まあいろんなものがあるわあるわ。どうもここら辺は生産コーナーらしいな。
「……鍛治、か……」
そういうのも一つ取っておこうかな。神にゲームのステータスを直接ぶち込まれたので鍛治もできるけど、そもそも鍛治の授業を受けないと学校の鍛治場が使えないらしいし。
うん、取っとこう。
こういう時に授業代の心配をしなくて済むのは良いことだ。
「えっと…?2…03と。よしゃ、じゃあこの二つで提出しようかな」
結局他にめぼしい物もなく、その二つを受講することに決めた。
「うっす、先生」
「おっす、キルヨ」
先生は初日だけ大講堂で待っていてくれるらしい。先生も恐ろしく面倒くさそうな顔をしつつ壁際に立っていてくれた。
「はいよ、これでいいか?」
「お、キルヨか、どれどれ…096番:魔術実践に…203番:鍛治で間違いないか?」
「ああ。それで良い…しかしあれだね。担任ってのも大変だね」
「まあな。でも俸給はなかなかいいからな。辞められない。それに学園で担任をすること自体がステータスになる。やって損なことはないさ」
「ふぅん…そんなに担任ってなるのが難しいのか」
先生が凭れている壁に同じようにして話を聞く。
「まあそうだな。事務はもちろん、戦闘も魔術もそれなりに出来なきゃやってられん。しかもその全てにおいて上級以上の水準を求められる」
「はぁ……俺には無理だな。やりたくない」
そう言うと、先生がずるっと足を滑らせた。
「無理な理由がそれかよ…ま、記憶が戻れば何か変わるかもな」
「うーん…本物の俺も多分同じこと言う…と思う」
ちなみに先生には俺が記憶喪失であることを伝えている。
まあ調べればすぐに分かることだけど…そこは、な。
「そうか…お前が学校で働いてくれるなら楽に…いや、厄介事が増えそうだな、逆に……おい、お前のツレだぞ」
「あ?ああ、本当だ。おぅい、リラ!ヘレナ!」
「キルヨさん!」
俺の声に反応したリラが駆け寄って来る前に俺の視界を銀が染める。
がばんっ!!
「へぶっ!!」
「キルヨぉぉ!!どこ行ってた!朝起きたら布団にいなくて心配したんだぞ!!」
おぅ……
心配してくれるのは嬉しいが!嬉しいが!ごつごつした鎧が顔に当たってる!このままじゃあれだ。鎧が顔の形に凹む!ってか力強いな!マジで凹むぞ!
しかしだからといって力づくで剥がせばヘレナの鎧にもダメージが行くかもしれない。
よって俺にはタップするくらいしか道が残されていない。
「ヘレナさん!キルヨさんタップしてる!タップしてるから!」
「うん?ああ、済まない」
やっと気がついたヘレナが俺を解放する。
「ふぅ…まさかいきなり襲いかかってくるとは!……もしかして欲求不満?」
「違うっ!!さっきも言っただろう!朝起きたらキルヨがいなくて今まで探していたんだ!」
心配させてたか…そりゃ悪いことしたな。
そんな気持ちを込めてヘレナの頭を撫で繰り回すと「ふにゃあ……」と緩み切った笑みを見せた。
「うんうん、ヘレナはかわいいなー」
「……」
少しだけ赤くなって俺の手から逃れるヘレナ。照れてるのか?ん?
「うるさい変態!」
そんな感じのことを聞いたら罵倒されました。何故だ。
「ヘレナさんじゃないですけど、キルヨさん、何で先に行っちゃったんですか?」
「ん?おお、誰かと思えば『時の証人』さんじゃないか」
あ、リラが潰れた。
「………きるよさんんんん……」
「どうした?『時の証人』さん?」
あ、起き上がりかけてたのにまた潰れた。
「な……」
「な?」
「何でその呼び方知ってるんですか!!何で!!」
「さっき聞いたんだよ」
「うう…恥ずかしい……」
「そうか?そんなにがっかりするもんじゃねぇよ?いいじゃん『時の証人』。かっこいいじゃん」
「うぅっ……キルヨさんがいじめる…」
本気で褒めてるのに、なんでそんなに落ち込むのかな?(笑)
「キルヨ…さっきの話…」
「ん?ああ、俺がなんで二人を置いていったのかって?そりゃ、お前ら2人…特にヘレナには自分自身の交友関係を作って欲しいからな。それには俺は邪魔だ。まあ、あいつらのおかげでそんな計画も無きに等しくなっちまったけどな」
そう言って数メートル先の人集りを指差す。その中心には恐らくあの二人がいるはずだ。
「……すいません、知らない人に話しかける勇気がなくて…」
「リラに同じく………」
「お前ら……そこまで他人と話すの苦手かよ…」
………うん?
まともに話せるようになるまで一日かかったヘレナはともかく、なんでリラは俺とすぐに打ち解けられたんだ?
「えっと…あの時は…まあ、いろいろと衝撃的な事が多すぎて…」
「ああ、黄金の聖水事件?」
「ぎゃあああ!!何で口に出すんですか!!!」
「黄金の…?何だそれは」
「説明しよう!黄金の聖水事件とは…」
「うわああああ!!!うわあああああ!!本当やめてくださいよ!!殴りますよ!?」
殴られては一溜まりもないので、そこで口を噤む。いや、ヘレナさん、そんな不満そうな顔されてもね?俺だって痛い目見たくないしね?基礎能力の違いで全く痛くない可能性もあるが。
「おい、キルヨ」
「んあ?どうした?先生……何これ」
声をかけてきた先生から二枚の紙を渡される。
「お前の授業の志願者だぞ」
「マジで!?」
確かにその紙をしっかり見ると、2人の男の名前が書かれている。って二人も!?
「実践授業って、人気あるんだなあ…」
始めて授業をする時は、せいぜい一人来れば良い方だと聞いていたのに。
「まあ、実践授業って名前のおかげだな。実はその授業はある程度の強さを学園に認めてもらってないと開くことのできない授業でもあるしな」
「え?俺それ聞いてないんだけど」
「言ってないからな」
「いや、じゃあ俺いつの間に強さを認めて貰ってたんだ?」
「ギドとリリアに勝っただろうが…あいつらは第一第二学園においてかなりの実力者だからな」
「そういえば四位とか七位とか言ってたような…」
「まあそれは第二での順位だがな。どっちの学園でも戦闘科で十位以内に入れば立派にトップの一角だ」
「ふぅん……」
「そしてその二人相手に十分以内に勝負を終わらせたキルヨ、お前は何かやばいくらい注目されてるぞ」
「何それ聞いてない!?」
「言ってないからな…その二人も一応は貧乏だが貴族だからな…何処かでお前の戦闘の結果を知ったんだろうよ。そんな目をしてた」
「実践授業の名前のおかげじゃねぇじゃん!」
「いやいや、一つしかない授業はかなり人目を引くからな。それも理由の一つさ」
「マジかよ…『貴様のような奴があの二人を倒すとは思えん!証拠を見せろ!決闘だ!』とか言わねぇだろうな…?」
「そんなことは無いと思うぞ?」
「………どうだか」
そんな話をした次の日、
ついに初授業が始まった。