相部屋とお約束
長らくお待たせしました。
パンパンに膨れた腹を撫で、はふ、と息を吐く。
「すっごい美味かったな…」
「そうですか?それは何よりです!」
聞けば今回リラが案内してくれた食事処、『真・食神達の戦場』は隠れた名店というやつで一度食べると忘れられないほど美味いが意外と知っている人は少ないらしい。絶対に名前も関係あると思う。俺ならこんな名前のとこには入らん。なんだよ真って。他にもあるのかよ。
「私がここを見つけた時はもう一人で大盛り上がりしてましたよ。宝の山を見つけた気分でした」
「そうか。よくあんな名前のとこに入ろうと思ったな」
「店長に引き摺り込まれたんですよ。ちょっとだけで良いからーって」
なるほど、それで食ったらめちゃくちゃ美味しかったと。
「はい!私もここだけは自信を持ってお勧めできます!」
そんな話から派生してどこどこの串焼きが美味いとかそこそこのサンドイッチは最高とかいったグルメ系の話になり、暇つぶしがてらその話題の中に出て来た店をハシゴしていった。
「…っぷあっ!!食った食った!!」
「…うぶっ、食べ過ぎました…」
そりゃあんなにも肉ばかり食べていたらそうなるだろう。戦場でも蛙定食大盛り食べてたし。その後も肉系の屋台ばかりハシゴしていた。彼女はどうも見た目にそぐわず肉食系のようだ。
一見お菓子とかが大好きそうなんだけどな。
「大丈夫か?何か食べるもの買って来てやろうか?フライとか」
「キルヨさんは鬼ですか!?」
ちなみにこの世界のフライはパン粉などは付いておらずどちらかと言うと天ぷらに近い。
「しゃあないな。じゃあリラはそこらで休んどけ。俺は今日の夕飯の材料買ってくる」
「あ…そう言えばキルヨさん自分で料理するんでしたね。何作るんですか?」
「材料選びながら決めるよ」
そう言って俺はリラをその場に置いて今まで居た飲食通りの隣の通り、野菜や肉やらがある食材通りに出た。
「さーて、何を作ろうかなー?やっぱり肉でガツンと行くべきか?いやいや今日は初日だしひょっとしたらリラが来るかもしれないしな。今日はもうスタミナ系はいらないだろうし…聞いとけばよかったか?」
何故か胃もたれなど関係なく笑顔で肉を食っているリラが脳裏に浮かんだが気のせいだろう。でも一応肉は買うことにした。
「まあ俺は今日はあっさりさっぱりしっとりで行きたいわけだけど…しっとり関係無いな…っと、なんだあれ」
俺が見つけたのは人集り。
そしてその中心にある一人の小さな女の子を痩せ型とマッチョの二人の男が怒鳴りつけているという場面だ。
「てめえ!人にぶつかっといてすいませんで済むと思ってんのか!」
「で……でも、なら何をすれば…」
「何でもあるでしょー?金とかー…体とか、ね…」
そんな事をほざかれた少女は顔面蒼白だ。微かに震えている気もする。
反対に男共はにやにやと下卑た笑いを少女に向けており、その目は情欲に濁り切っている。
……これもお約束…か。
俺が脚に力を溜め、男の所へ向かおうとする一瞬早く、男と少女の間に一人の女性らしき人物が割って入る。
というのも、その女性(仮)は全身に何の装飾も無い板金鎧を装備していたのだ。勿論顔もわからない。なので俺は声から彼女を女だと判断した。
まあ俺ならやろうと思えば臭いからでも心音からでも筋肉の軋みからでも性別を割り出すことは出来るのだが。やらないけど。それほど緊急事態でもないし。
むしろ緊急事態はこちらだ。あの女性、男共よりも弱い。このままだと彼らの毒牙に掛かる人数が一人増えるだけだ。
「何をしている…恐喝に暴行未遂、営業妨害…学園規制隊に捕まりたいのか?」
「は?…チッ、規制隊かよ。行くぜ」
なるほど、規制隊か。それならばあんなにも自信に満ちていたのも頷ける。
ちなみに学園規制隊とは学園バトル漫画によくいるような、学園の生徒達が運営している警察のようなもので、戦闘系統の科目を受講している生徒の中でも特に上位にいる者達を集めた武力組織らしい。
その団結は強く、一人に手を出せばそのことを報告されて必ず報復に来るのだ。
…とリラが興奮気味に言っていた。
彼らは自らがその一員である証として体の見える所にドラゴンの紋章を…
…付けてないな。
「おい、お前、エンブレムはどうした?」
「っ……」
二人の男のうち痩せてる方もそのことに気がついたようで、さっきの面白くなさそうな表情から一転、また先程のにやにやを顔に貼り付けた。
「おいおい〜…入ってない組織の名を騙るのは良くねぇな〜?」
「くっ…逃げるぞっ!こいっ!」
「逃がすかよぉっ!!」
彼女だってあいつらとの力量の差は自覚していたのだろう。ばれた途端に逃げの姿勢に入った。だが力量の差を感じていたのはあちらも同じらしい。少女の手を引いて逃げるのと男共が二人を捕まえようと走り出すのはほぼ同時だった。逃げ切れる可能性は低そうだ。
ということで、手助けしようかね。
「豆腐の角に頭ぶつけて死ねっ!」
「はびゅっ!?」
アイテムボックスから出した【超硬質圧縮豆腐・カドニー】を男に向かって投げつける。
この豆腐はいわゆるネタアイテムであり、豆腐の角が相手に当たれば0.01%以下の確率で即死するが、豆腐の面が相手に当たれば絶対に死なないというものだ。ちなみに食べることもできる。下手な鉄よりも固いが。焼いても固いままだが湯豆腐にするとその効果は失われ、ただの湯豆腐が一つ残るという小ネタがあるのだがまあどうでもいいな。
まあつまりはその豆腐の面を相手に当てたわけだ。なので絶対に死ぬことはない…と思う。
「…ゲーム感覚で投げたけど、大丈夫だよな?」
痩せ男が何故かピクリとも動かないが大丈夫だろう。丈夫そうだし。
念の為に脈をとってみるが、全く問題無しだ。
「おいっ!逃げろっ!!」
「え?」
女性の焦ったような声に対してそう言って後ろを振り向いた瞬間に見えたのは剣を思いっきり振り上げた男の顔。
「死ねやびゅっ!!」
……を叩き潰したカドニーだった。
「な…!」
「…やべ、手加減間違えた…」
まあ大丈夫だろう。カドニーだし。
筋肉の方をとんでもない勢いで吹き飛ばした少し後、ぱちぱち、と先程よりも遠巻きにこちらを伺っている人々から拍手が送られた。それは加速度的に大きくなっていき、最後には割れんばかりの大喝采となった。
「ありがとう!スッキリしたぜ!」
「いつも商品を勝手に持って行かれて困ってたんだ!」
「おい!今の内に縛れっ!!これでこの辺りの被害も減る!」
「ありがとう!それなりに強い上に規制隊に目をつけられないように動いてたから誰も捕まえられなかったの!!」
領民達の話を聞く限りではやはり碌なやつではなかったようだ。カドニーを使ってよかった。
カドニーは面を当てればどんな攻撃でも体力が一だけ残るのだ。しかし一残るだけであって受けるダメージがゼロになるわけではない。
つまりは何度でも何度でも実際に『死ねる』のだ。実際アイテムの説明欄にも拷問用と書いてある。拷問用の豆腐って何だ。
「ん?」
すぐにその場を立ち去ろうとした時にローブの袖がくいと引かれるので振り向くと、先程絡まれていた少女がこちらを見つめていた。
「あっ、あのっ、ありがとうございました!」
「…いいよ、お礼なんて。それならあの似非騎士に言ってやんな。あの子、自分があいつらより弱いってわかった上であんたをたすけてくれたんだぞ?」
「あっ、騎士様もありがとうございました!」
俺の言葉を聞いてすぐに女性に向かって頭を下げる少女。素直だね。
「……いや、私は何もしていないよ。全てそこの魔人のおかげだ」
「謙遜するなよ…実際そうそう出来ることじゃないだろ。自分よりも格上の相手の前に立つっていうのは、さ」
そう言ってやると彼女は何処か照れるように下を向いた。
「……わかっていたのか」
「まあね。だからこそ俺は助けたんだし」
「…身も知らない私のためにそこまで…ありがとうございます!」
少女が感動して若干涙ぐんでいる。
「じゃあ俺はもう行くよ…二人とも、名前は?」
「あっ、私はシスです!本当にありがとうございました!」
「……私は、ヘレナ、だ」
シスに、ヘレナ、か。
「俺はキルヨ。シス、今度は絡まれんなよ。ヘレナも、今度は俺がそばにいるとは限らないから無理するんじゃないぞ。じゃあな」
そう言ってカッコ付けて別れた。そこまでは良かったが、
「………よろしく」
「なんという偶然……」
今目の前にいる炎のような赤い髪の女。彼女が相部屋の住人らしい。
名前はヘレナというそうだ。偶然にも昼に会った彼女と同じ名だ。
彼女は部屋では着ていないが、いつもは全身を甲冑で包んでいるようだ。まるで昼に会った彼女のようだ。
……まさか寮の相部屋の生徒が彼女だとは。
「こんな漫画的展開あるんだなー…ああ、飯食う?一応四人分は作れる量買ってきてるけど」
「頂こう!」
おう。若干食い気味に肯定された。どうやらリラと同じく食べることが大好きなようだ。
「お邪魔しまーす…うわ、良い匂い!」
「ああ、リラか。やっぱ来たのか。今ならまだ冷えてないから早く手ぇ洗ってこい」
「はい!」
「…ヘレナ、どうだ?美味いか?」
「……美味い!私も料理はそこそこできる気だったが、流石にここまでではない…」
確かに、自分で味見に食べてみた時も信じられないほどうまかった。さすがは神に貰った知識、と言ったところか。
学園規制隊
学園の平和を守るために行動する武力組織。行動理念は『火の粉一粒反乱の元』。『自分で守ろう自分の学園』。『汚物は消毒だァ!!』。など。事務系の仕事をこなす団員が少ないのが目下の悩みらしい。団員のスカウトは団長一人が行う規則であり、団員募集などはしていないらしい。現在四十九代目。『規制隊頂点決定編』とかいつかやるかも。