衣と住
説明回が多過ぎて疲れたのは自分だけじゃないはず。
まだまだ続くよ説明回。
え、うわあっ!なんなんですかあなた達!?どんな戦争に行ってきたんですか!?…え?この女の子がやった?…十五人みなごろし…ちのあめ…あ、いや、なんで距離を…と言われましても…ひぃっ!?いやっちょっと待って近づか…っ!!いや、少々!少々お待ちください!少し準備がありますのでっ!
うぇぇえんおとうさんたすけてぇぇ!!ひとごろしがあああ!!ひとごろしがせいふくかいにきたあああ!!
うちの娘泣かせる奴は誰じゃああああ!人殺しだろうと何だろうと娘を泣かす奴ぁぶっ飛ばす!…っとリラちゃんかい!?なんでそんな血まみれに!?なるほど、娘が泣く訳だ…あん?なんだいあんたも血まみれだな。
…なるほどね。つまりリラちゃんが可愛過ぎてつらい、と。まあうちの娘の方が可愛いがな!はははっ!…うん?うんうん。そうだよな。やっぱりあの他人の言うことをすぐに信じる所とか、慌てたら舌ったらずになる癖も得点高いよな!客商売には向いてねえけどな!ははは!
ああ!それは分かる!どうせあんたもあれだろ!女にばっかもてて男には見向きもされなかったんだろ!うちの母ちゃんもそうだかんな!まあだからこそアタックしてきた俺に一瞬で惚れブッ!
……いてて、いくら恥ずかしいからってスパイクブーツ投げる奴があるか!まったくよ…母ちゃんはツンデレだぜブふっ!
…ちょ、これ、鉄下駄……どっから持ってきた!作った!?売れるかって!?売りもんに出来るわけねーだろ!……いやっ、そんな悲しそうな顔すんじゃねーよ…ああっ泣くな!泣くなって!置いてやるから!ちゃんと売り物にしてやるから!う、うおぉっ!!すげーな!この鉄下駄!めちゃめちゃ造りがしっかりしてるじゃねーか!おう!こりゃ即完売間違いなしだ!俺が保証する!…その笑顔は反則だぜ…それ見せられたらなんでもしちまうじゃねーかよ…ったく、俺が買うしかねぇな
…いくらにするか…素材も布よりもよっぽど高いしな…くそっ酒代が…また酒場で水しか飲めねえ日が続くのか…いやっチィの為だ。むしろ酒を止めるチャンスだぜ!
ん?どうしたあんた?…この鉄下駄?買うのか!?マジかよっ…同情心ならいらねぇぞ?…代わりに靴以外の商品を割引…か…一応聞くが、本当に使うんだよな?…わかった。この鉄下駄だって俺のコレクションになるよか使われる方がいいだろ。
おい!チィ!早速売れたぞ!よかったな!……あ、そう言えばリラちゃんどうしたんだい?何か用があったんだろ?…制服?あんたの?
…ああ、どうりで見ない顔だと思ったよ…さて、あんた、色を二つ決めてくれ!
人通りの少ない石畳の路地に二つの足音が響く。
一つはかっこかっこという革靴の音。その音の主は白いラインの入った紺色のローブを着た愛らしい少女。名をリラという。
もう一つはかしんかしんという鉄下駄の音。この音の主は黒いラインの入った黒いローブ……つまり真っ黒なローブを着た髪の長い美丈夫…美女だ。名をキルヨという。
「……キルヨさんのおかげでとんでもなく疲れました」
「うんうん俺のおかげだな。感謝してもいいんだぞ?」
いい加減に返事する俺に耐えかねたリラがしぽしぽと殴ってくるのを適当に相手しながら道を進む。リラによると先程は服屋に行ったので次は学園にいる間の寮を取るようだ。
「寮と言ってもランクがあります。1Lもありますし、そこらの家よりずっと大きな豪邸のような一戸建ての個人用の寮もあります」
「個人用の一戸建てって寮と呼んでいいのか?」
正直それはただの賃貸じゃないか?
「いえ、その家の所有権が学校にあるので学校が貸し出しているということで寮です」
「ふぅん…じゃあリラはどんなとこに住んでんの?」
「私ですか?私は中の上くらいの寮に住んでいます。人があまりいないからすごく静かで過ごしやすいですよ?図書館も近いですし」
じゃあ俺もそこでいいかな…
「…今、俺もそこでいいかな、とか思いませんでしたか?」
…何故ばれた。
「……いや?そんなこと思ってないけど?」
「…この際その微妙な間は聞かなかったことにします。でも自分が住む所はしっかりと自分の目で確かめた方がいいです。百聞は一見に如かず、ですから」
うん。それもそうだな。確かにそうだ。
「なら色々と見た後でリラの寮に決めよう」
「私の言ってることちゃんと理解してます?」
「俺は誰からどんな圧力をかけられようと自分の思いを貫ける女になりたい」
「圧力に屈しないのと忠告を無下にするのはまったく違いますよ?」
「…何…だと…」
「当たり前じゃないですか…ほら、着きましたよ」
目の前には周りの建物よりもちょっと立派な建物があった。
「昨日の事務所に似てるな…というかほぼ同じだな」
やっぱり校舎やそれに通じる建物などは個性が出ないように作られているのだろうか、とか思いながら見ていると、
「昨日の事務所ですよ?」
と返された。確かによく見れば…っていうかよく見なくても昨日の事務所だ。
「ここって不動産もやってるんだなー」
そしてそれを全て遣り繰りしているハツノはいつか過労死するんじゃないか?
「…また今度手伝いに行ってやるか」
「ハツノさんですか?手伝いって言ってもやることはほとんどないと思いますよ?」
「え?いや、俺だって書類仕事くらいできるぞ?」
そう言うと、リラは「そう言えばそうだった」みたいな顔をして溜息を吐いた。
「キルヨさん…まだ記憶は戻りませんか?常識が通じな過ぎてなんかめんどくさいです」
「何?またなんかまずいこと言った?」
事務仕事を手伝いたいという台詞のどこに問題があるのだろうか。
「普通の店なんかの手伝いだったら問題ありませんけど、キルヨさんが手伝いたいと言ったのは国家の次に大きな権力を持つ学校の手伝いです。やっぱりこの街の…ひいてはこの国の防衛に関わる情報だって盛りだくさんです。あの事務所の資料室には校長でさえ許可なしには入れません」
…資料室…ねぇ
「その資料室ってどんなとこか知ってる?」
「ええ…と、そこに入った人の話では確か壁一面に隙間なくいろんな本や資料が積まれて、何故かソファとベッドがあったらしいですよ。もしかしたらその資料室で探し物をしながら一夜を明かすこともあるのかもしれませんね」
うん。俺昨日そこに泊まったわ。ハツノが資料室って言いかけてたからもしやと思えば。
あとリラちゃん、あれはただ本来の資料室から溢れ出した資料が置いてあるだけの客間だよ。何故かソファとベッドがある、じゃなくて何故か資料が積まれているが正解だよ。
まあ言わないけど。なんかこういう話をしてる時のリラって楽しそうで可愛いし。
案外彼女はミーハーなのかもしれない。
二人でドンドンとドアを叩く。
「お邪魔しまーす!ハツノ!生きてるか!」
ドンドンドンと扉を叩く。だが出てこない。
「ごめんください!ハツノさん!死んでませんか!」
リラがノックしているが、そんなんでは出てこないだろう。
「おい!マジで死んでねーだろうな!今おまえに死なれたら飯作ってやった俺が疑われるだろうが!勘弁してくれ!」
戸が軋み、蝶番から不安になる音が流れてくるほどに戸を叩く。なんだか扉がみしみし言っているが気にしない。
「うるっさいわ!死んでないから!だからやめろ!やめてくださいお願いだから!扉壊れる!」
お、どうやら生きてたみたいだな。
「ハツノ。いくら元気溌剌だからってそんな叫ばなくてもいいんだぞ?」
「誰のせいだと思ってるの!?」
…そりゃあ、
「リラだろ?」
「私ですか!?」
「違うわよ馬鹿…なんでそんな『何…だと…』みたいな顔してるの!?分かるでしょ!?」
「…今日は俺の寮を借りに来たんだよ」
「すっごい強引に話を逸らしましたね…」
「…あんた…いや、もういいわ。どんな寮が良いの?」
部屋に案内されながらハツノに希望を伝える。
「ああ…自炊出来るように台所が欲しいのと、あと最低限ベッドは欲しいな。あと可愛い子がいればなおよろしい」
「じゃあここでお手伝いとして住むってのは?可愛い女の子もいるよ?」
「ここで住んだら事務員になっちゃうじゃん」
「…じゃあリラちゃんのとこかな?」
リラが私は美少女じゃ無いですよとか言ってるけど無視だ。無視しかない。
「いやね、新しい出会いとかもしたい訳だわ。だから出来れば広いとこがいいかな?人が沢山住んでるとこで」
そこまで言うとハツノが壁から資料を取り出し、ぱぱぱと高速でめくり、その中から1枚の書類を抜き取った。
「…一番安い寮が合致する点が一番多いけど?同性二人一組の相部屋。一階に自炊場有り。ただ家具が一切無いから自分でマットレスなりハンモックなり持ってくる必要があるね。それか床で寝るか。水場は共同。一応風呂付き。時間帯で男女が分かれてるね」
「…部屋の広さは?」
「まあ、二人がそれぞれのプライベートを確保出来るくらいかな。四人までなら身を寄せ合えばギリギリ寝れるかな?ってくらいだね」
ふむ…中々良い感じかな?家具とかは買えばいいし。むしろ自分で作れるし。
「じゃあそこで…」
と言いかけた瞬間、リラに肩を掴まれた。
リラの方を向くと、笑顔だった。笑顔なのに、とんでもない迫力だ。
「キルヨさん?まさか、見ないで決めたりはしないですよね?」
「…勿論!」
そう言うとすぐに手を離してくれた。
「なら良いんですよ。また見ないで決めるなんて言い出したらどうしようかと思いました…ハツノさん、案内してください」
「はっ、はひっ!!」
ハツノもビビりまくりだ。かくいう俺も鳥肌が収まらないが。
先ほど言っていた一番安い寮、『ライサン二棟寮』。その名の通り二棟の建物からなるかなり大きい寮だ。
その他にもハツノが選んでくれた数戸の寮を見たが、やはりハツノが最初に選んだだけあってライサンが一番俺の琴線に触れた。同性と相部屋なところとか。
そこ以外だったら?と言われれば返答に困るが。
「じゃあハツノ、ここで頼む!」
「了解!今日の夜には手続きが終わってるからまた事務所に来てね。鍵を渡すから」
「おう。次は…」
服は買った、入学もした、家も借りた、校長に挨拶もした。
…あとは…
「あれ?終わりか?」
「そうですね…勉強道具なんかは学園で安く買えますし、特別な道具を使った勉強もしないでしょう?魔法薬学とか」
「ああ…じゃあ残りの時間どうしようかな…」
そう言った時、くるぅ…となんだかとても可愛い音が俺の腹から響いた。
「……よし、ご飯を食べよう」
「…何でいつもは男っぽいのにこんなところだけ女の子みたいなんですか…」
うん、そう言えばいつの間にやらお昼時だ。そう考えると腹の虫が暴れ始めた。
「リラ!オススメの店教えてくれ!」
「…はい」
なんでそんなにも不満気なのか知らないけど、悩み事があるなら聞こうか?と聞いたらリラにしぽしぽ殴られた。
何故だ。
さ、サンダー!
チルミィ=チィ
この世界での女性の名前で最も多い名。チルミィは最もポピュラーな花。日本で花子とか名付けるのに近い。
しかしこの世界ではチルミィと名付けるということは
『あ、こいつの親名前考えるの面倒臭がりやがったな』
と瞬時に判断されるのでイジメに遭いやすいという実態がある。
ちなみにこの価値観はチルミィという女性が多過ぎて国籍管理が滞った王政府が後の世の為に決死の覚悟で国お抱えの全間者を国全体に放ち地味に地味に意識誘導した結果。
この王は世間的には賢王でも愚王でも無いとされているが政治界上層部では紛うことなき賢王。特に国籍管理局では彼の像が置かれており、新入りはその像を研く仕事から入る程である。
ちなみに全国民の国籍が置いてある王立魔法図書館の極秘資料室に入る時の合言葉は『人名インフレ(ヒトメーインフレ)』。どうでもいい。