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「こ、告白しなかったんだ。ちょっと見直した」
どこから現れたのか、霧山砂月が教室に入ってきて俺に話しかけてきた。
「見ていたのか……」
「は、話し声がしていたから。覗いちゃった」
霧山砂月はちょっとだけ申し訳なさそうに言う。
「笑えよ。何もできなかった。くそ」
優人に会って、実際に天川を見てしまうと何も言えなかった。
これで優人が天川に告白して、二人が付き合って終わりだ。ハッピーエンド。最高だよ。二人にとってはな。ハハッ。
俺は想像する。優人はどんな告白をするのか。天川はどんな返事をするのか。どんな場面だろうと俺は外野で、何をやるにしても遅い。
「なんで、告白とかするんだろうな」
俺はふとした疑問を霧山砂月にぶつける。
「な、なんでって……」
「好きだから告白するって、わかるけどさ。ダメ元でも挑んでいったりとかする、そのエネルギーとか、どこから来るんだろうな。……俺にはわからない」
「そ、それは成功する確率が高かったら告白して、低かったら告白しないって、は、話?」
「うん……まぁ、そんなところだ」
「そ、それは違うよ」
霧山砂月は俺を見て喋る。
「こ、告白するっていうのは、そういう打算的なものじゃなくて、せ、せずにはいられないものなんだよ」
霧山砂月は続ける。
「す、好きな人のこと考えたら、まともな考え方とかできなくなって、相手は自分のこと好きじゃないとか、こ、告白したらフられるんじゃないかとか考えるけど、でも、もし告白して成功したらって想像したら止まらなくなって、あ、頭がもうその考え一色になっちゃうんだよ」
霧山砂月は早口で、まくし立てるように言う。
「こ、告白して付き合えたらどんなに楽しいだろう。ど、どんなに幸せだろうって考えちゃうんだよ。そ、そうなったら、もう告白するしかないんだ。結果は考えずに、もう告白せずにはいられなくなるんだよ」
最後に霧山砂月は小声で「す、少なくとも私はそうだった」と付け加えた。言ったきり俺に背を向けたので、霧山砂月の表情を見ることはできなかった。
「……もう、遅いんだよ。畜生」
霧山砂月の話を聞いても俺にはどうしようもない。もう優人の告白は終わっている頃だろう。俺にできることはない。
「か、神様はね……」
霧山砂月は俺に背を向けたまま言う。
「か、神様が、もしいたとして、あ、悪魔でもいい、呪いでも……。そういうのが、もしあったとして、おしおきとか邪魔とかをしてきて、不幸な目にあって、見放されても、そ、それに屈するのか、従うのか、それとも壊すのか、そ、それは自由なんだよ。何をしようと自由なんだよ」
霧山砂月は言い終わっても俺の方を見ない。
今さらそんなこと言うな。うるさいな。
「わ、私が黒魔術に頼らなくなったのも、そ、それに気付いたからなんだ」
もう遅いんだよ。遅い。手遅れだ。手遅れだよ。
「わ、私は浅田君に告白して、後悔していない」
バカか俺は。
「うるせー。バカゴス女」
そう言って俺は走った。校舎裏を目指して全力疾走した。優人と天川のいるところへ走った。後ろから「だ、誰がバカだ」と霧山砂月の怒り声が聞こえた。バカは俺だ。
俺は走る。校舎を出る。外はもう陽が沈みかけていて、空がオレンジ色に染まっていた。
サッカー部の俊足で俺はあっという間に校舎裏に着く。
俺は優人に告白する。好きだと言う。お前が好きだという。男が好きだとか、そんなのはばれてもいい。関係ない。俺はお前が好きなんだ。男だけど好きなんだ。
校舎裏に優人と天川がいた。
待ってくれ、告白はまだ待ってくれ、俺が先に言う、優人が天川に告白する前に、俺が告白する。だから、ちょっと待ってくれ。
「優人!」
息をきらして二人の前に立つ俺。二人は俺を見る。
「英治……」
「浅田君」
優人……俺は――。
「ありがとう英治。僕達無事付き合うことになったよ」
優人の口から、俺が一番聞きたくなかった言葉が発せられた。天川の頬は赤く染まっていて、左手はしっかりと優人の右手に繋がっている。
「僕が心配で来てくれたんだろ。それにフォローもしてくれたみたいで。本当にありがとう、英治」
「……あぁ、そうだな」
俺は返事をすることしかできない。息は落ち着いてきたが、俺の心臓は変わらず激しく鼓動している。優人は俺に向かって「やっぱり英治は一番の親友だよ」と言ってくれた。
「私たちこの後、ファミレスでも行こうかって話していたんですけど、英治君も行きますか?」
「ハハ、行けるわけないだろ。二人で行ってこいよ」
「そうですね。うん、ありがとう浅田君」
俺は笑顔を作って二人を送りだす。夕日に染まった二人の背中は眩しくて、俺は歩いていく二人を直視できなかった。
今度こそ終わった。俺は何も言えなかった。これで終わりだ。俺は何もできずに終わった。優人、俺な、秘密なんだけどな、男が好きなんだよ。本当だぜ。ちょっと前からそうなったんだ。そして今好きな人がいるんだ。お前も知っている奴だよ。教えてやろうか。俺の好きな奴はな――。
「優人ー!」
俺が叫ぶと優人と天川がこっちを振り向いて立ち止まる。
「優人ー! 俺は、お前のことが好きだー!」
俺は叫ぶ、優人に向かって叫ぶ。
「好きだー! 今でも好きだー! 好きなんだー!」
二人が俺を見てから、互いに顔見合わせて笑った。
「英治ー! 俺も好きだぞー。愛してるー」
「私も浅田君のこと好きですよー!」
二人は俺の告白が冗談に聞こえたようだ。笑顔で俺に手を振っている。俺も二人に向かって手を振った。夕日を受けた二人の背が見えなくなるまで振った。
俺は今この時が夕方でよかったと思う。それは夕日に染まった恋人達が美しいとかいった理由ではなく、夕日を背にした俺は逆光で、二人に俺の泣き顔を見られずに済んだからだ。
○
その夜、俺は夢をみた。どこかの暗い場所を走っている電車に、俺は乗っている。座席にいるのが居心地悪くて、俺は車内をうろつく。ふと外を見ると、電車が水の中を走っていることに気付く。やがて道の先が明るくなってきた。電車は光に向かって走っていった。俺は誰かと目があった気がした。
○
ジリリリリと目覚まし時計がなって、俺は目を覚ます。頭がぼーっとしている俺は、とりあえずテレビのスイッチを入れる。
「おはようございます。今日の天気は……」
お天気お姉さんが今日の天気を紹介している。今日の衣装は胸元が開いてていい感じだね。サービスショットを頼むよ。どこかの男性アイドルが朝から料理を作っていたが、不快な気分になった俺はテレビを消した。
「……今、俺、男を見て不快に思ったのか……」
俺は急いでもう一度テレビをつけるが、もうお天気お姉さんも男性アイドルも映っていない。俺は携帯電話でアダルト動画を探して見てみる。
楽しい。女の体を見て俺は楽しんでいる。男優の体ではない、女優を見て俺は興奮している。俺はもとの女好きに戻っていた。
うきうきした気分で通学路を歩く。道行く人々を見る。スカートの短い女子高生、露出の高い女子大生、タイトスカートのOL。男なんて目に入らない。世の中はこんなに魅力的な女性に溢れていたのだ。
学校に着くと、優人と天川が一緒いたので一言だけ挨拶を交わして教室へ向かう。俺はもう男好きではないし、優人の彼女になった天川をどうとも思っていないが、昨日フられたばかりの俺には、二人はちょっと眩しすぎる。
教室の俺の席の隣には、ゴス女の霧山が座っていた。そういえばもう元に戻ったんだから、この女に相談するどころか、もう会話する必要もないよな。
はっ何が呪いだよ。くだらねぇ。んなもんなぁ。寝て起きりゃ治ってるつーの。
「お、おはよ」
霧山は朝の挨拶を俺にしてきた。
おはようじゃないよ。朝から辛気くさい面で暗い声だすなよ。俺とお前はもう何でもないんだからな。一言いってやるか。
「……霧山」
「そ、そういえば呪いのことだけど、解き方わかるかも。い、今、黒魔術のコミュニティでマスターに聞いていて……」
「呪いはもういい」
霧山の前に俺は立つ。霧山は困り顔で俺を不思議そうに見ている。俺は霧山に向かって腰を九十度に曲げて頭を下げる。おじぎの形だ。
「え、な、何」
「霧山……。済まない」
「な、何のこと」
俺の謝罪に霧山はうろたえる。
「その、お前が告白してきた時にひどいこと言ったり、ひどい態度をとったりしたことだよ。謝るよ。ごめんなさい」
霧山を見たとき、俺に勇気を持って告白してくれたことを思い出して、俺は霧山に謝らずにはおれなかった。
「許してくれとは言わないし、いきなり謝られても信じられないかもしれないけど、本当に悪かったと思ってる」
「わ、わかったから、信じるからとりあえず、あ、頭上げてよ」
「あぁ」
俺は頭を上げる。上げた拍子に何かの液体が何滴か霧山の机に降った。俺は自分の頬が濡れていることに気付く。これは俺の涙だ。
「あ、俺泣いていたか……、ハハ」
泣いていたことに自分でも驚いて、思わず笑ってしまった。
「ふ、ふふ」
霧山もつられて笑った。二人で笑った。
「そ、その涙に免じて、ゆ、許してあげる」
「あぁ、ありがとう」
俺が霧山に頭を下げていたことと、涙を流していたことから、俺が霧山に告白してフられたという噂が流れたが、俺は「まぁ、いいか」と思った。




